42.奔放な女王
パーティーの翌日、私は急にアマラ様に呼びつけられ、豪奢なサロンに招かれていた。
(き、綺麗……)
イフレン帝国の女王、アマラ様を目前にして、私の頭の中に真っ先に浮かんだ言葉がこれだった。
昨晩のパーティーで確かに会ったものの、あの時は緊張しすぎてあまりまじまじとアマラ様を見ていなかった。けれど、今朝アマラ様の豪奢なサロンに呼びつけられ、私はこうしてアマラ様に謁見する機会を得た――、いや、得てしまった、のほうが気分的には正しい気がする。
(慌てて身支度してここに来たけれど、こんなに綺麗な人の前にくるのであれば、もっとちゃんと身支度する時間が欲しかったわ……)
近くでアマラ様を見ると、その美貌には驚かされるものがある。齢は40をいくらか過ぎたあたりだと聞いているものの、きめ細かい肌といい、引き締まった身体といい、とてもそうは思えない。
輝く鮮やかな赤毛に、瞳は明るいヘーゼル色。顔立ちは完璧に整っていて、彫刻や人形のようだ。しかし、長いまつ毛に縁どられたアーモンド形の大きな瞳は、尋常ならざる強い意志が宿っている。
まるで、絵の中にいる神々しい女神が目の前に現れたようだ。
(この人が、イフレン帝国を治める、皇帝アマラ様なんだ……)
あまりの美しさに見とれていると、アマラ様は形の良いすっきりとした目を細めた。
「オフェリア、そんなに見つめるでない。今見つめなくても、どうせ長い付き合いになるのだ。この先私の顔なんて飽きるほど見ることになるぞ」
からかいまじりの女王の一言に、私は我に返り、慌てて深く頭を下げた。
「し、失礼いたしました、陛下」
「うむ。許そう。私の顔は確かに鑑賞にするに値する彫刻のごとき美しさがあるから、熱心に見つめたくなるのも当然だ。非礼だとは思わないよ」
あまりのナルシストな発言に、私は面食らった。
宰相としてアマラ様の後ろに控えていたシルファーン卿が呆れた顔をする。
「あのー、アマラ様。そのナルシストっぷり、どうにかなりませんかねぇ」
「うるさいぞ、シルファーン卿。私は美しい。それは自明のこと。そして、美しいものを美しいと言って何が悪い」
「はいはい、そうですね」
慣れた調子で、シルファーン卿はおざなりに答えた。アマラ様もシルファーン卿のおざなりな返事に特に気を害した様子もない。そのやりとりは、上下関係に対し異様なまでに厳しい貴族たちとの通常の会話とは常軌を逸する。破天荒な女王、という称号は伊達ではないらしい。
シルファーン卿と同じく、宰相としてアマラ様の後ろで控えていたライムンドが、呆然とする私に助け舟を出す。
「陛下、オフェリア様は長らく社交界から離れておりましたゆえ、あまりに突拍子もない発言には対応できません。あまり困惑させるような物言いは……」
「ああ、ライムンドの言う通りだな。しかし、オフェリアも少しずつ慣れてくだろう。そうでないと、ここではやっていけないからな!」
からからと美しい女王は呵々大笑する。シルファーン卿とライムンドが、そろって大きなため息をついた。どうやら天真爛漫な女王にかなり手を焼いているらしい。
ずっと立ちっぱなしだった私に、控えていた侍女の一人が、気を利かせて椅子をすすめてくれた。私はアマラ様と向かい合って座る。
アマラ様は笑うのをやめて、長い足を組んだ。
「さて、オフェリアよ。会えてうれしく思うぞ。無理やり王宮に呼んで、すまなかったな」
「い、いえ。私こそ、なかなか体調が整わず、こちらにくるのが遅くなって申し訳ございません。お久しゅうございます、アマラ様」
「大きくなったな、オフェリア。最後に王宮で会った時は、お前は人見知りしてほとんど話してくれなかったんだ」
「まあ、それは失礼いたしました。申し上げにくいのですが、あの時の私は幼く、アマラ様とお会いした日のことをあまり覚えていないのです」
私は、過去のことを詮索されないよう、注意深く答える。シルファーン卿がフン、と鼻で笑い、小馬鹿にした笑みをうかべたものの、アマラ王はすんなり納得したらしく、深く言及することはなかった。
「……いやあ、それにしても、改めて近くで見ると、目元が、兄上……いや、先代の皇帝そっくりだな」
「そうでしょうか?」
「ああ、本当によく似ている」
「そう言ってもらえて、光栄ですわ」
私はあいまいに笑ってこたえた。オフェリアの父親である先代の皇帝とはもちろん面識はなく、肖像画しか見たことがない。そのため、正直なところ似ていると言われてもあまりピンとこない。
「それで、身体の調子はどうだ?」
「回復致しました。今は万全ですので、ご心配には及びません」
「そうか。それにしても、昨日は結構やられたみたいだな。声が嗄れているぞ。よっぽどいじめられたな。かわいそうに」
アマラ様は優しく私に微笑みかけた。
「よしよし、がんばったな。数多の貴族たちに囲まれようとも如才なく受け答えし、ナタリー嬢ともやりやったそうじゃないか。やるなぁ」
「ずいぶん詳しく把握してらっしゃるんですね」
「ああ、もちろんだ。貴族たちはおしゃべり好きな上に、オフェリアに興味津々ときた。嫌でも耳に入ってくる。まあ、皆、お前が王宮に上がる前は、したり顔で実在していない皇女だの、影武者だの好き勝手言っていたものだが……」
私はひやりとした。
「皆さま、そのようなことを……」
「フン、気にするな。そんなもの噂は噂だ。現に、皇女は私の眼前にいるのだから。それに、パーティーではオフェリアはなかなか評判がよかったんだぞ」
「まあ、そうだったんですの?」
「ああ。ずっと田舎にこもっていたとは思えないほど、洗練した身のこなし、そつのない受け答え、斬新な着こなし。偉大な先王の一人娘はかくあるべし、とな」
私は頷きつつ、心の中で苦笑する。「斬新な着こなし」に関しては侍女たちの嫌がらせをどうにか回避したもののため、完璧に計算外だ。ふと後ろに控えるシルファーン卿を見やると、面白くなさそうな顔をしていた。実に分かりやすい御仁だ。
アマラ王は侍女から差し出された紅茶に口をつけて、ふいに真面目な顔をした。ヘーゼル色の瞳が、私を射抜く。
「……さて、本題だ。お前は次期皇帝候補として王宮に上がった。お前は玉座を掴む意思がある。そうだな?」
「ええ、もちろんです」
背筋を伸ばして私は答える。
志半ばで倒れた友達との約束を果たすために、私はなんとしてでも玉座を目指さなければならない。
アマラ王は微笑んだ。
「良い顔だ、オフェリア。では、私から一つ贈り物をやろう」
「贈り物……、とは?」
「教会、楽隊、騎士団、商会、この中から一つ選ぶが良い」
「贈り物にしてはずいぶん大仰なのでは!?」
今まで被っていた猫を全てかなぐり捨て、思わず素でつっこむ私に、アマラ王は意味深な笑みを深めた。





