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<完結>身代わり皇女の辛労譚!  作者: 沖果南
身代わり皇女の王宮と苦闘
41/94

41.守りたい人

 イサク様とシルファーン卿が去っていき、部屋には私たちだけが残った。二人の足音が聞こえなくなり、ライムンドが柔和な顔を私に向ける。


「殿下、なぜイサク様など一緒にいたのです。彼は我々の敵です。もし何かあったらどうするのですか」

「何かあったら……? イサク様は優しい人よ。敵だって決めつけないで。それに、もしなにかあっても、護衛としてギルジオが一緒だから大丈夫でしょう」


 私は注意深く答える。ライムンドはギルジオに少し目を向け、それから軽いため息をついた。


「我が弟、ギルジオへの信頼が厚いことは素晴らしいことです。ですが、しかし、彼だけで対応できないこともあるのです。この前の一件もありますから」

「私の紅茶のカップに毒物が入っていたこと? あれは、私のことを妬んだ侍女たちがやったかもしれないじゃない。真相が分からないのなら、イサク様たちをむやみに疑うべきじゃないわ」

「真相が分からないからこそ、あらゆる面を疑わねばならないのです」

 

 ライムンドの返答に、私はすぐに反論できなかった。

 確かに、ライムンドの言うことにも一理ある。誰が犯人か分からない以上、確かにイサク様にも嫌疑の眼は向けなければいけない。あのイサク様が、私を毒殺しようとしたなんてと思いたくないけれど。

 聞き分けのない小さい子に教え諭すような口調で、ライムンドは私に話しかける。


「オフェリア様、イサク様が玉座を狙っている以上、第一皇女である貴女様は邪魔な存在なのです。何とかして退けたい相手に決まっている。貴女にはもちろん、それが理解できるはずです」

「…………」

「イサク様は敵です。そのことを、ゆめゆめお忘れなく。では、今日は離れにお戻りください。確かに顔色が悪いですからね。では、私は広間に戻ります」


 そう言って、ライムンドは一つお辞儀をすると、長居は無用とばかりにさっさと部屋を出て行った。

 部屋には、気まずい沈黙だけが残る。パーティーの喧騒だけが遠くから聞こえた。一階は貴族たちがひしめき合っているようだけれど、二階はかなり静かだ。侍従の足音一つ聞こえなかった。おそらく、王宮の二階にいるのは私たちくらいだろう。

 ややあって、お腹の底から大きな吐息を漏らすと、ソファの背もたれにもたれかかる。


「はぁー、疲れた……」


 ずっと笑顔の仮面を顔面に貼り付けていたせいで、頬が痛い。明日は顔面が筋肉痛になりそうだ。喋りすぎで声も嗄れている。

 ギルジオは珍しく気づかわしげに私を見やった。


「部屋に戻りますか?」

「良いわよ、しばらくここにいましょ。慣れないヒールで足が痛くて、しばらく歩きたくないの。それに、一人でこのドレスは脱げないけど、あの侍女たちはしばらく帰ってこないだろうし……」


 侍女たち、という単語を聞いて、ギルジオの眉間に深い皺が入った。


「あいつら……、いや、あの性悪な侍女たちは、最初からあのような生意気な――……いえ、不届きな態度なのですか?」

「うん。侍女として私に仕え始めてからずっとあの調子。正直、ちょっと困ってて――……」

「なぜ、俺に言わなかったのですか」

「えっ。なぜって言われても……。だって、ほら、ライムンドが、せっかく色々貴族の関係を考慮しつつ集めてくれた侍女たちだったわけだし、私がその努力を無下にするのもどうかなあって……」


 私は口ごもった。ギルジオのぎゅっと握ったこぶしがブルブルと震えている。怒っているのだ。


「兄上の努力は確かに尊いもの。しかし、それはそれ、これはこれです」

「う、うん」

「どうか正直に答えてください。あの侍女たちに、ほかの嫌がらせも受けていたのでは?」

「ええ、まあ。あっ……、でも、耐えられないほどじゃなかったのよ。ね、ねえ、そんな怖い顔しないで」


 なぜか嫌がらせをされている私が、あの侍女たちのフォローにまわってしまう。それくらい、ギルジオは怒り狂っていた。

 これ以上侍女たちの話をすると、ギルジオの頭が怒りで爆発してしまいそうなので、私は慌てて話を変える。


「そんなことより、別の話をしよう! えーっと、そうだ! 今日の私はどうだった? 身代わりだってバレてないよね?」

「……おい、いい加減言葉遣いを直せ。ここは王宮だ。誰かがうっかり俺たちの会話を耳にしていたらどうする」


 氷より冷ややかな目つきでこちらを睨みつつ、ギルジオが小声ですごむ。相変わらず、あれやこれやと怒ることに忙しいことだ。

 私は渋々口調を切り替えた。


「今日はどうだったかしら、ギルジオ? 我ながらよくやったと思うのだけど」


 最近ではいつもの口調から貴族令嬢たちが使うような、「高貴で優雅」なしゃべり方に言葉を切り替えるのも慣れてしまった。

 私の口調が変わったのに満足したのか、ギルジオは嘆息すると軽く頷く。


「――まあ、及第点と言ったところでしょう」

「あら、及第点ですって? まったく、ギルジオったら、素直に褒めてくれてもいいのに」

「誰が褒めるか! ――……誰が褒めます、でしょう、……か」

「口調がめちゃくちゃになっていますよ、ギルジオ」


 私は苦笑した。とにかく、厳しいギルジオから見て、私の今日の言動が問題なかったのであれば社交デビューは成功した、ということでいいだろう。

 とはいえ、先ほどのパーティーはお世辞にも楽しいものではなかった。


「あの貴族たち、はっきりとは言わなかったけど、明らかに私が偽物だって疑ってかかってる人もいましたわ。全員、私と話した途端、拍子抜けした感じでつまらなそうな顔をしていましたけれど……」

「第一皇女が身代わりだった、なんて分かった日には、それこそ格好のゴシップになりますから。あの手この手をつかってオフェリア様の粗を探そうとしているのですよ。あの貴族たちは皆、貴女様の敵です」

「わざわざ人の弱点を探すなんて、よっぽど暇なのでしょうね」


 私は貴族たちの好奇心交じりの嫌な視線を思い出して、フン、と鼻を鳴らす。

 数か月前に私なら、王宮のパーティーと聞けば憧れに近い感情を抱いてときめいていただろう。けれど、今は、王宮のパーティーに集う美しく装った貴族たちの胸中は醜い欲望や権力争いが渦巻いていることを、私は知っている。

 ギルジオは肩をすくめた。


「実際に、暇なのですよ。先代の皇帝たちが苦心して作り上げてきたこの平和な日々に、貴族たちはおこがましくも飽き飽きしているのです。だからこそ、ゴシップに飢え、貴族同士で足を引っ張り合う」


 ギルジオの口から飛び出たとは思えないほどの痛烈な貴族批判に、私は驚いた。ギルジオも、全て言い終わった後で少し苦い顔をする。


「没落している家柄出身とはいえ、生粋の貴族の俺がこんなことを言うなんて、よっぽど貴女様の思想に染まってきた、ということでしょうかね。しかし、あながち間違っていないから困りものだ」

 

 そういうと、ギルジオは頬をかく。

 王宮のパーティーは佳境に入っているらしく、人々の嬌声や浮かれた音楽がさんざめく。きっと、今頃下の階の大広間ではイサク様が貴族たちに囲まれているだろう。イサク様に向ける貴族たちの態度は、私にむけるものと全く違った。期待や尊敬、そしてご令嬢たちからの陶然とした眼差し。

 それに対して、皇女オフェリアは、まったくもって歓迎されていなかった。

 貴族たちは皆、イサク様が第一皇女である私を退け、玉座を掴むことを心のどこかでは望んでいるのではないか。


(そして、当のイサク様だって、本当は玉座を狙っている。信じたくはないけど、私の存在は絶対に邪魔よね……)


 そんな疑心暗鬼に近い気持ちが、私の心の中に暗い影を落とす。


「ねえ、ギルジオ。やっぱりイサク様は他の貴族たちみたいに私たちの敵なのかな」


 私が首を傾げると、ギルジオは端正な顔をぐしゃりとしかめた。


「当たり前です。先ほども、イサク様の誘いにのってパーティーを中座するなんて、馬鹿げた――……いえ、とんでもないこと、許されるものではありません。貴女様はどうも、イサク様に対して無防備すぎる」

「でも、助かったのは事実よ。あのままあそこにいたら、私は絶対ボロを出してた。イサク様が悪い人だって、私は思えな――……」

「オフェリア様、そろそろ戻りましょう。王宮でこのような話をするのはあまり得策ではないですからね。やはり、どこで誰が聞いているかわかったものではないですし」


 私の話を無理やり遮って、この話はおしまい、とばかりにギルジオは私の手を取る。私は、ギルジオの手を跳ねのけた。


「話は終わってないでしょう。真剣に答えて。それに、そんなにイサク様を毛嫌いしなくて良いじゃない」

「俺は第二皇子を毛嫌いしているわけじゃない。俺は警戒をしているだけです。兄上が申し上げた通り、俺一人では貴女様を守れないかもしれない。それに、勝手に行動されると、守れるものも守れない」


 私はムッとする。


「別に守っていただかなくても結構。自分の身は自分で守れます」


 私がキッパリとした口調で答えた次の瞬間、視界が反転した。ギルジオが有無を言わせぬ速さで、私を肩に担いだのだ。


「え、な、なに!?」

「聞き分けのない貴女様を担ぎました。よっぽど帰りたくないようですので」

「――ッ!! 無礼者、おろしなさい!」

「よっぽどお疲れのようだ。遠慮なさらず。遠回りにはなりますが、幸いにも離れまで人目につかないルートがありますので」


 言うが早いが、とっととギルジオは部屋を出る。私は何度か暴れたけれど、ギルジオの腕力に敵うわけがなかった。今回ばかりはどうやらギルジオのほうが上手だったようだ。

 しばらく暴れても、ギルジオは離してくれなかった。こんなみっともない姿を誰かに見られたら、と心配したものの、ギルジオが選んだルートは適切で、侍従一人とすれ違うこともない。

 私が大人しくなったのを見計らって、ギルジオはやや抑えた低い声で呟く。


「大人しく守られてろ」

「だから、守ってくれなくていいってば!」

「……頼むから。そうでないと、俺はオフェリア様との約束が果たせない」


 私はハッとして口をつぐむ。

 ギルジオの顔は見えなかったけれど、声音から、いつにもなく真剣な顔をしているのは簡単に想像がつく。

 

「ずるい。オフェリアのことを引き合いに出されたら、反論できなくなるじゃない」


 王宮の喧騒を背に私が小さく答えると、ギルジオが安堵の笑みを浮かべたような気がした。

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