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<完結>身代わり皇女の辛労譚!  作者: 沖果南
身代わり皇女の故郷と誘拐
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4.偽名の青年

 ギルティス、と名乗る青年は、見れば見るほどきれいな顔立ちをした青年だった。静かな湖畔のように澄んだ薄緑色の瞳は、長い金色のまつ毛に縁どられている。

 あまりにも整いすぎた顔立ちは、近寄りがたい印象すらも与えるほどだ。

 その上、その表情からは何を考えているか全くわからない。ともすれば接する人を緊張させてしまう威圧感すらある。


(年は近いはずなのに、なんかやりにくいなぁ……)


 能力値の高さで選んだ人だったけれど、どうも苦手なタイプだったようだ。

 私のステータス表示だと、その人の性格までわからないので、時々こういうことが起こる。

 そうは言っても仕事は仕事だし、ギルティスがとびぬけて優秀な人物には変わりがない。

 私はお父さんに言われた通り、工房を案内して回った。


「これが1号炉で、これが2号炉。それから、あっちに3号炉から8号炉があるの。一つ一つの炉ごとに、溶かす鉄の種類が違うのよ」

「扱っている鉄の種類は何種類くらいですか?」

「うちの工房だとざっと14種類くらいかな。ほかの工房では2,3種類のところが多いのだけど、うちは工房が大きいから、その分扱える鉄の種類も多いの」


 それから、と前置きして、私は足を止め、ギルティスに向かい合った。


「今更だけど、フルネームを教えてもらっていい? ギルティスって、名字よね?」

「ああ、コリン嬢にはまだ自己紹介をしていませんでしたね。私の名前はギルティス・ハーレイス。齢は17です」

「ギルティス・ハーレイス……」


 よどみなく名乗られた名前は、やはり私がステータス表示で視た「ギルジオ・オルディアレス」という名前ではない。


(あくまで偽名で通すつもりなのね)


 どういう事情であれ、偽名を使っていると気づいた以上、警戒する必要がある。厄介事に巻き込まれるのはごめんだ。

 私が一瞬口をつぐんだのを不審に思ったらしいギルティスは、訝しげな顔をした。


「どうかしました?」

「ううん、なんでもない。私も自己紹介させてね。知っていると思うけど、私はコリン・ブリダン。16歳よ。あなたのほうが年上なわけだし、敬語はやめて。堅苦しいのは苦手なの。第一、この工房では私に敬語を使う人なんていないし」

「……わかった」

「理解が早くて助かるわ」


 よろしく、と手を差し出すと、ギルティスは一瞬虚を突かれたような顔をする。


「あ、ああ、握手か……。よろしく、コリン」


 ギルティスはぎこちなく手を伸ばして、私の手を掴む。

 少しひんやりとした手のひらは、ごつごつしていた。

 ギルティスは感慨深げに私の手を握って、何を言うでもなく、しばらく手を握ったまま、離そうとしなかった。


(……あれ、あれれれ? 握手の時間、やけに長くない?)


 私は首をかしげるのをグッとこらえ、かろうじて笑顔をつくってみせる。


「あ、あの、ギルティス? 手を放してもらっていい?」

「……! すまない。その、知り合いのことを、思い出してしまって……」


 ギルティスはハッとした顔をしてぎこちなく私の手を放し、難しい顔をして少しだけ私から視線を外す。一瞬、薄緑色の眼の中に光るものが見えた。


(えっ、涙……!? 泣くほど!?)


 私は顔の血の気が引くのを感じる。悪意はなかったとはいえ、私の一言でギルティスを傷つけてしまったかもしれない。


「だ、大丈夫? 知り合いの人と何かあった? 喧嘩とか、かな。 話を聞くだけなら、私でよければ喜んで聞くからね?」

「…………」

「あっ、もしかして泣くほど私と握手が嫌だった? そうだったら本当にごめん! 嫌だったらすぐ言ってね」


 蒼い顔して立て続けにバタバタと質問する私に、ギルティスはゆっくりと向き合った。改めて見つめた瞳に涙らしきものはない。いつも通り、どこか冷たい印象を受ける薄緑色の双眸がそこにあるだけだ。

拍子抜けした私は、あれ、と首をかしげる。


「泣いてない……?」

「……すまない、無礼なことをしてしまった。忘れてくれ」

「え? ええ、もちろんよ」


 不可解な点はあるものの、ギルティスが泣いていなかったことに私は胸を撫で下ろす。勘違いだったのかもしれない。

 ただ、なんにせよギルティスには触れてはいけないのっぴきならぬデリケートな事情があるらしいと察した私は、早々に話題を変えた。


「えっと、さっき勢いでギルティスと呼んでしまったけれど、ギルティスさんって呼んだ方がいいかしら? あなたの方が一応年上だし」

「いや、ギルティスと呼ばれるほうがしっくりくる。前の雇用主にはずっとギルティスと呼ばれていたからな」

「そうなんだ。ねえ、ギルティスは前の仕事って何をしていたか聞いてもいい?」

「バルテイシアで、簡単な護衛の仕事をしていた」


 バルテイシア、と聞いて私は目を見開いた。


「やだ、バルテイシアって、ブンガの山を越えたところにある村じゃない! 私、バルテイシアの人に初めて会ったわ。すごく遠くから来たのね」

「この冬にバルテイシアは流行病で壊滅的な状態になったから、離れざるを得なくなった。流行病のせいで雇い主も死んだしな。それで、山を越えたバスティガに居を構えて、仕事を探していたんだ」


 ああ、なるほど、と私は頷いた。医療があまり発達していないこの世界では、流行病が原因で職を失うのはよくあることだ。


「それじゃ、ギルティスはこういう工房で働くのは初めてなのね」

「そうだ」

「初めてのことに挑戦するのは不安かもしれないけれど、大丈夫。ここの人たちは、何かと世話焼きだから、わからないことがあったらすぐに聞けばいいよ」


 私の言葉に、ギルティスは軽く頷いた。その面持ちに不安げな色は微塵もない。自分の能力にそれなりに自信があるのだろう。

 確かに、あれだけ能力値が高ければ、なにをしても間違いなくうまくこなせるはずだ。


(絶対に仕事はできる人なのよね……。そこは確信しているんだけど、どこかひっかかるところがあるというか……)


 私はとりあえず中断していた工房の案内を再開する。

 埃っぽい工房の中で、時々掃除番の職人たちが話しかけてきて案内を中断させることはあったけれど、よどみなく私たちは工房内を進んでいった。

 炉のある工房を案内し終え、私達は鋳物砂を置く倉庫に足を踏み入れる。

 雑多な倉庫内は、いつも通り薄暗い。


「ここは道具が多いし、説明し始めたらキリがないの。道具の名前は仕事をしているうちにだんだん覚えるはずだし、好きに見て回って良いよ。私はここで待ってるから」


 ギルティスは軽く頷くと、興味深そうに木枠の棚を眺め始めた。私は木枠を片付けるふりをして、ギルティスから離れる。


「何度見ても、見た目はかっこいいんだけどね~」


 私は誰も周りにいないのをいいことに、思わず独り言ちる。

 ギルティスの整った相貌はもちろんのこと、身のこなしはキビキビしているし、少しも無駄なところがない。前は護衛をしていたと言っていたけれど、もしかしたらかなり上級職の人を相手にしていたのかもしれない。だとしたら、こんな田舎で鋳物を作る仕事につくなんて、少しもったいない気もする。

 

「なんだ、コリン、やっと結婚相手を見つけてきたのか?」


 ぼんやりしていた私に、誰かが後ろからトーンを落とした声で話しかけてきた。私はハッとして振り返った。バルおじさんだ。私の代わりに頼んでおいた鋳物砂の荷下ろしはすでに終わったらしい。

 私は苦笑した。


「もう、そんなことあるわけないでしょ! 彼はギルティス。明日からうちで働くことになったの。ちなみに心に決めた人がいるそうだから、あんまりそうやってからかわないであげてね」

「そりゃあ残念だな! あんな綺麗な顔の兄ちゃん、なかなかいるもんじゃないぞ。こりゃあ作業場の女たちが騒ぐな」

「確かにかっこいいけど……」


 私の歯切れの悪い返事を気にすることなく、羨ましいこった、とバルおじさんはおおらかに笑う。


「まあ、お前さんが選んだんだ。間違いない人選をしたんだろうさ」

「そう思う?」

「そりゃあそうさ。お前さんが選んだヤツらはみんな優秀だ。新人も、見るからに仕事ができそうな顔をしてらあ。あれは間違いなく即戦力になる」


 自信満々にうんうん、とおじさんが頷いたその時、木枠の棚を見上げていたギルティスが私の名前を呼んだ。バルおじさんは軽く微笑むと、「邪魔したな」ともとの持ち場に戻っていく。


(バルおじさんの印象は良いみたい。それに、ギルティスと話している限りだと、怪しいところとか、変なところとかは特にない……)


 ギルティスは確かに多少言動が変わっているところもある。けれど、全く常識がないわけではなかったし、質問すれば過不足なく的確な答えが返ってくる。バルおじさんが言うように一緒に働けば、確実に戦力になるだろう。

 なにより、偽名を使っているということに気付いたせいで、私は少し疑心暗鬼になりすぎていたのかもしれない。

 

(別に、偽名を使ってようがなんだろうが、必ず悪いことをしたとは限らないし。名前を偽るなんてよっぽど何か事情があってのことだろうし、いつか事情を話してくれるはずよ。それを待てばいいじゃない!)


 自分にそう言い聞かせ、私は一つ大きく頷いた。心の中のモヤモヤはとりあえず無視することにする。私の勘なんて前世から当たった試しがないのだから。

すみません、一回上げたのですが、おかしい箇所があり、一度削除してもう一度投稿し直しました。

本編改変バージョンとなります。

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