37.侍女たちの策略
翌日目を覚ますと、昼過ぎだった。私は思いっきり伸びをする。
部屋には誰もいない。おそらく、侍女たちはわざと私を起こさず、寝坊させたのだろう。幸いにも午前中予定がなかったから問題はないけれど。
私がのんびりとあくびをしてカーテンを開けると、ややあって物音に気付いた黒髪の侍女が部屋にやってきた。
確か、ジルという名前の侍女だったはずだ。
「あ、おはよう。……ってもう、朝じゃないか」
「オフェリア様、おはようございます。今日はパーティーがありますので、お昼ご飯のあとはすぐに支度を」
ぺこりと頭を下げたジルは、よくよく見れば頬が腫れていた。痛々しい。
「あの、頬っぺた大丈夫? どうしたの?」
「! ……別に、気にしないでください」
ジルはそう言って私の視線から逃れるように後ろを向き、朝食――、もとい昼食を手際よく用意し始める。
そっと私は目を細めた。
(ステータス表示、オン――……)
心の中でそう唱えると、ジルの背中の横に四角い箱と共に文字が表示される。
―――――――――――――――
なまえ:ジル・ファーマー
とし:19
じょうたい:けが
スキル:そうじ・りょうり
ちから:C
すばやさ:B
かしこさ:B+
まりょく:C
―――――――――――――――
(なんだ、みんな能力がなくて仕事ができないんだと思っていたけど、ジルは結構できるタイプなんだ)
差し出された紅茶もちゃんと美味しかったし、さっさと私の寝ぐせを整える手も丁寧だ。この侍女に関しては他の侍女たちとは違うようだった。
(それにしても、頬っぺた怪我をしているみたいだけど、大丈夫かな……)
心配になってジルの顔を覗き込んだけれど、ジルはツン、と顔をそむけた。
ジルは少々ぶっきらぼうだけれど、彼女が用意された昼食は美味しい。その上、食後のお茶まで、給仕の流れは完璧だった。
そのうちに、ゾロゾロとほかの侍女たちがあらわれる。見るからに面倒くさそうな顔をしていた。
ジルが私の横にいるのを見て、侍女のリーダー格であるミランダが鼻を鳴らす。ジルの細い肩が怯えたように震えた。
「ジル、オフェリア様は自分でそれくらいできるようでしてよ。昨日も自分で紅茶を淹れていらっしゃったようだし」
侍女たちが一斉にミランダの後ろで小ばかにした顔でニタニタと笑う。
どうやら侍女たちは、昨晩私が勝手に台所で紅茶を淹れていたことに気づいていたらしい。だったら一声かけなさいよ、と思わないこともない。
けれど、私は平然と微笑んで何も言わず、受け流した。私の態度に鼻白んだ侍女たちは、面白くなさそうな顔をする。
「……まあ、今日はパーティーもありますし、私たちも準備がありますので、急いで準備をしなくては」
「そうよそうよ。今日はイサク様もいらっしゃるらしいもの」
イサク様の名前を聞いた私の心臓が大きく跳ねた。
そう言えば、マレーイ城で会った時、イサク様から「首都に来る際には必ず連絡するように」と伝えられたのだ。私はその約束を反故にしてしまっている。
しかし、私に考え込む暇を与えず、侍女たちが「早く準備しなくては」と騒ぎ立てたので、私はとりあえず頷いた。
「では、ドレスを着替えるのを手伝ってほしいわ。それから……」
「それから?」
「私は流行のドレスが分からないの。今夜は大事なダンスパーティーだし、みんなで私のために選んでほしいな」
私の言葉に、侍女たちは一瞬目をぱちくりさせる。しばらく変な沈黙が続いたものの、急に笑顔になったミランダが最初に口を開いた。
「まあ、それだったら社交界デビューに相応しい服がクローゼットにあるはずですわ」
そう言って、ミランダたちはそそくさと隣のクローゼットに移動していった。私はほっと胸をなでおろす。どうやら、下手に出たのが功を奏したらしい。
しかし、馬鹿な私はその時気付いていなかった。
私が安心してホッとため息をついたその時、侍女たちは揃って意地の悪い笑みを浮かべていたことに。
*
日が暮れるにつれ、イフレン王国の王宮は離れであるこの部屋まで人の歓声が聞こえてくるほど賑やかになってきた。パーティーの開催時間が刻一刻と迫っている。侍女たちは私を着替えさせた後、さっさと退出してしまった。彼女たちも彼女たちなりの準備があるのだという。
じきに、ギルジオが私を呼びに来るだろう。それまで、手持ち無沙汰だ。
私は離れから見える王宮の尖塔を眺めながら、物思いにふけった。
(イサク様に、どんな顔をして会えばいいんだろう……)
マレーイ城で会った、炎のような髪の色をした気高い皇子。私が、オフェリア以外の貴族で初めて好感を持った人物。
(アンの毒殺未遂騒ぎとかあったからなぁ……)
結局真相はうやむやになってしまった手前、かなり気まずい。なんせ、ライムンドやギルジオがイサク様たちを犯人呼ばわりしたのだ。この城にくる前に連絡をするよう伝えられたけれど、やっぱり、私から連絡するほうがおかしいかもしれない。
そのうちに、慌ただしい足音がこちらに向かってやってきた。ノックのあと、正装したギルジオが入ってくる。ギルジオの服は落ち着いてシックな藍色の燕尾服だ。肩口に留められた金鋲が、きらきらと光っている。
「オフェリア様、失礼しま、って、どうしたんだその恰好は!」
私の部屋に入ってきて早々、ギルジオが私の恰好を見て絶句した。
「あっ、ギルジオ。今日の恰好、どうかな? おかしくない?」
そう言って、私はくるりと一回転して見せた。
侍女たちが選んだのは、裾が広がる細やかなレースが美しい、豪奢な黒色のドレスだ。漆黒のドレスに合わせて、身に着けたアクセサリーも細部にわたるまで全て黒一色。亜麻色の髪の毛はシンプルにまとめられている。
しばらく絶句していたギルジオが、ややあってワナワナと震え始める。
「なんでお前、よりにもよって黒を選んだんだ! 全身真っ黒じゃないか!」
「黒が流行ってるって、ミランダたちが……」
「そんなわけないだろ! 黒は喪に服す人間が身に着ける色だ!」
ギルジオの怒声に、私は目の前が一瞬真っ暗になりかけた。
「もしかして、私は喪服を着てるってこと!?」
「その通りだ。お前の今着ている服は、完璧に喪服だ! パーティーに着ていっていい服じゃない!」
どうやら、ミランダたちが選んだものは社交デビューに相応しいとは言い難い代物だったらしい。
しかし、ここまでくるともはや怒りを覚えるどころか一周まわって笑ってしまう。侍女たちも侍女たちだけれど、素直にミランダたちの言うことを信じ、騙された私も馬鹿だった。
今から着替えようにも、もう時間がない。侍女たちを呼んでも、誰も姿を現さなかった。
私以上に怒っているギルジオが苛立ちを抑えようともせず、大きな舌打ちをする。
「……クソ、あの侍女連中、あとで会ったら絶対にただじゃおかないからな!」
「ギルジオ、怒るのはとりあえず後だわ。私に考えがあるの」
残された時間はあまりない。私は早足でクローゼットに向かった。
すみませんが、色々立て込んでおり、更新がゆっくりめになります。
いつも丁寧に誤字の指摘をしてくださる方いらっしゃいますよね……? ありがとうございます!!気を付けているのですが、いつもいつも申し訳ないです。
それと同時に、感想も頂けたり、本当に拙作は読者様に恵まれているな、と思っております!





