36.おじい様からの贈り物
その夜――……。
私は休むから、とだけ伝え、侍女を全員下がらせて、ベッドの上で重いため息をついた。
「はー、厄介だわぁ……」
ため息の原因は、侍女たちにあった。あの、貴族のご息女たちのことだ。
「あー、もう、貴族ってめんどくさい」
私は続けざまにため息をついた。そうでもしないとやっていられない。
前いたマレーイ城の侍女たちも確かに厄介だった。こちらに聞こえるようにささやかれる陰口に、子馬鹿にした態度。こちらから話しかけても無視されることもしょっちゅうあった。けれど、一応身の回りの仕事はしっかりこなしてくれていたはずだ。
しかし、新しく私についた侍女たちときたら、態度が悪い上に仕事もできない。
(久しぶりのお風呂も最悪だったし……)
私はベッドの上で胡坐をかく。露わになった脛に真新しい痣ができている。
侍女たちが立派な湯船に張っていたお湯の温度は、熱湯ではないかというほど熱く、入ったとたんに私はたまらず悲鳴を上げてバスタブの縁で強かに足をぶつけてしまった。脛の痣はそのときにできたものだろう。
お風呂でしたたかに脛を打ってうなる私に、侍女たちは心配するどころかこれでもかとあざ笑った。
『あら、ごめんあそばせ。オフェリア様がいた場所は、お風呂の温度が低めでしたのね』
『次はお水がよろしいかしら?』
『あら、それじゃ可哀そうよ。都会流のお風呂の温度に慣れていただかないと』
侍女たちの言葉には明らかに棘があった。わざとやったのは間違いないだろう。
どうやら、侍女たちは、私のことを田舎者だと馬鹿にしているようだった。
「はー。あの侍女たちも、貴族の端くれだから、それなりに私に対抗意識があったってことかしら」
めんどくさい。心底めんどくさい。
その上、ドレスを着せればモタつくわ、私の髪の毛を梳く力は強すぎてブチブチと髪が切れるわ、お茶をドレスにこぼされるわ、なにからなにまで困ること尽くめ。
最終的に、私は侍女たちになにかを頼むのをやめた。
しかし、侍女たちが侮っている通り、私が田舎者であまり社交界のことを知らないのも事実だ。悔しいけれど、あの侍女たちのほうが社交界に関しては何倍も詳しい。
なんとか下手に出て仲良くするのが得策だと思わないでもないけれど、あちらから敵対心を抱かれている以上、仲良くできる自信がない。
「さすがに、これは困るわ……」
.
どうしたもんか、とため息をついた時、軽やかにドアがノックされ、第一大公がのっそりと部屋の中に入ってきて部屋の中央の椅子にどっかと腰を下ろした。
「あ、あの……」
「ワシじゃ、部屋に入ってもいいかね」
「もう部屋に入っている上に、椅子にも座っていらっしゃいますわよ、おじい様」
私は苦笑して夜の挨拶をする。第一大公はただ嬉しそうに目を細めた。
お茶を持ってきてもらおうと侍女を呼ぼうと考えたものの、昼間の働きっぷりからそれは止めたほうが良さそうだ。第一大公にお茶をこぼされてはたまらない。
私は仕方なく、自分で淹れた紅茶を第一大公に勧めた。先ほど、キッチンに忍び込んで勝手に淹れたのだ。部屋に客人が来ることを想定していなかったため、適当に淹れたものだったけれど、あの侍女たちが昼間に入れてくれたお茶より多少マシだ。
第一大公は差し出された紅茶をうまそうにすする。
「はあ、いやはやこうやって孫が我が庵に来てくれるとは、何とも嬉しいのう」
「そう言ってもらえて、私も嬉しいですわ」
「どうだ、こちらは?」
第一大公はひょいっと眉毛を上げる。
プライドばかり高い侍女たちの嫌がらせで困っています、とも素直に言えず、私はあいまいに微笑む。
「正直なところ、まだなんとも。慣れていませんから」
「それもそうだ。まあ、何か足りないものがあれば言いなさい。そう言えば、クローゼットは見てくれたかね? 我が最愛の孫へのささやかなプレゼントなんじゃが……」
「えっと、まだ見ていませんわ」
「おお、ちょうど良い。お前さんの反応が見たかったんじゃ」
第一大公はそういうと、私の手をとっていそいそと隣のクローゼットへ連れていく。
クローゼットは部屋の隣にあるのに、昼間は侍女たちのあれやこれやのおかげで、一度もこの部屋を覗いていなかった。私はそっとクローゼットの扉を開け、ランプに火を灯す。
クローゼットを見渡して、私は驚いて口を両手で覆った。
そこには、色とりどりのドレスや靴、宝飾品の数々が並んでいた。どれも一目見てよいものだとわかるものばかりだ。きっと、平民の私であれば、確実に一生働いても手に入れられないだろう。この場所はまるで、豪華なブティックのようだった。
「す、すごい……!」
「この部屋はすべて、オフェリアへのプレゼントじゃ。受け取っておくれ」
「そ、そんな!」
私は思わず言葉を失ったまま、周りをぐるりと見渡す。
「これ、全部いただいてもいいんですか? おじい様、こんなに? 夢みたい!」
はしゃぐ私を見て、満足げに第一大公がフォフォフォ、と笑った。
「いやあ、それほどに喜んでくれるとは、贈りがいがあるのう。お前は一国の皇女、そして未来の皇帝だ。それなりに良いものを身につけなさい」
「はい、おじい様。あっ、でもサイズは……」
「ギルジオから訊いておる。もし寸法が合わないものがあれば、腕の良い仕立て屋を呼ぼう」
いつギルジオが私の服のサイズを調べたのかについて気になるものの、今はさておき、ありがたい配慮に違いはなかった。なんたったって、マーレイ城にあったオフェリアのドレスはどれもかなりキツかったのだ。
私が宝飾品に目を輝かせ、ひとしきりはしゃぐのを、第一大公はずっと目を細めて見つめていた。
誤字脱字の指摘いただきまして、ありがとうございます!





