35.厄介な侍女たち
「ちょっとちょっと、どういうことなの!?」
私にあてがわれた東向きの広い部屋に入るなり、部屋に私の荷物を運び入れていたギルジオを詰問した。
「おじいさん、ボケてたじゃん!」
ストレートな私の言葉に、ギルジオのこめかみがピクリと震える。一瞬の間があったものの、ギルジオは一つ咳ばらいをすると、頷いた。
「確かに第一大公は記憶があやふやです。しかし、政治的手腕は相変わらずで、尊敬すべき人物ではありますので……」
「それってつまり、政治に関しては頭がしっかりしているけれど、その他のことに関してはさっぱり、ってことでしょ?」
「殿下」
一応たしなめたものの、大筋はあっていたらしく、ギルジオはそれ以上言及しなかった。
「ねえ、あそこまでボケてしまってるなら、早く引退させてあげたほうが良いんじゃない?」
「いけません。それでは、この国の政治が成り立たなくなってしまいます」
「たった一人のおじいちゃんがいなくなるだけで? この国の政治ってそんなに脆弱なものなの?」
私の質問に、ギルジオは言葉を詰まらせる。
おそらく、今までのことを鑑みると、高齢の大公を未だに重用している理由は、この国の貴族の派閥、そして権力のバランス云々が大きいのだろう。
それでも、たった一人の孫のオフェリアの死にもたちあえず、権力に固執する第一大公がなんとなく哀れだった。未だに政治に関わり続けている理由が、第一大公の意思なのか、それとも周りの人間の思惑なのかは分からないけれど。
私はソファに座って適当なクッションを抱いた。今はとにかく長旅で疲れている。色々考えるのは後だ。
「はー、疲れた……」
「わかりました。侍女を呼んで、風呂を入れさせましょう」
「ちょっと待って、その前にギルジオ、そこに座って?」
ギルジオは怪訝な顔をして、私の目の前の椅子に座らず、私の足元にきて床にひざをついた。私はこめかみをおさえる。
「言い直すわ。ギルジオ、椅子に座って」
「いえ、俺は単なるオフェリア様の護衛。殿下の御前で椅子に座ることはできません」
「もう! いいから、四の五の言わずに座りなさい」
侍女を呼んでしまうと、あとあと面倒だ。なんせ、侍女たちは私が身代わり皇女だということを知らないのだから。事情を知っているギルジオと二人きりのうちに、話しておきたいことがあった。
ギルジオは渋々と言った体で、私の前のソファに座る。私はギルジオの澄んだ薄緑色の瞳を見つめた。
「……なんでしょう?」
私の視線と沈黙に負けて、ギルジオは口を開く。丁寧な口調に、私はゲンナリとした顔をして見せる。
「端的に言うわ。その口調、止めて。私には、今まで通り接してよ」
「しかし……」
「確かにオフェリアは私を第一皇女として扱うように言ったけど、こうやってよそよそしい接し方されると調子が狂っちゃう。せめて二人きりの時だけでもいいから、前と同じようにふるまって。これは命令よ」
命令、という言葉に、反論しようと口を開いたギルジオが難しい顔をして押し黙った。私が命じたとなれば、オフェリアの最期の願いとも矛盾しないだろう。
それに、ギルジオのなにより大事な人であるオフェリアに成り代わって、蝶よ花よと大事にされるのは嫌だった。それでは亡きオフェリアをないがしろにしているような気がしたのだ。
ややあって、ギルジオは頷く。
「わかりました」
「そうじゃないでしょ?」
「……クソ、分かったよ」
「ちょっと、クソまでは言わなくて良いわよ! 多少は敬意を持ってよね!」
「元通りにしろと言ったのはお前だろ。言っとくが、二人きりの時だけだぞ」
そういうと、ギルジオは前触れもなくゴチン、と私の頭にゲンコツを食らわせる。
「い、痛い! なにすんのよ!」
「おい、あの偉大なる第一大公を、『ボケてる』なんて言い表すのは止めろ! とんでもなく不敬だ!」
荒々しくそれだけ言い捨てると、ギルジオはさっさと部屋を出て行く。どうやら私の「ボケてる」発言はかなり頭にきていたらしい。丁寧な口調でしゃべっていたけれど、中身は相変わらず短気なギルジオのままだ。
ゲンコツを食らって、多少ひりつく頭を撫でながら、私は唇をとがらせた。
「前と同じように接してほしいって言うのは、ちょっとダメだったかなぁ」
せめて「多少フレンドリーに」あたりにすべきだったかもしれない、等々考えながら、私は改めて周りを見渡す。
私にあてがわれた部屋は、見事な調度品に溢れた部屋だった。部屋は広く、カーテンや絨毯の類は、落ち着く薄い緑色に統一されている。クローゼットは隣にあると聞いているので、おそらく服や装飾品の類はそちらに置いてあるのだろう。
立ち上がってそっと窓を開けると、王宮のスカイブルーの屋根が見えた。私の髪を、冷たい風が揺らす。
(ついに来ちゃった……)
私は軽く目を閉じる。オフェリアの身代わりとして、私はこの場所にいる。
本当は、オフェリアがこの場所にいるはずだったと思うと、胸が痛い。夢の中で会ったオフェリアは、眩しい笑顔で王になりたかったと言っていた。それなのに、今ここにいるのは身代わりの私だ。
「真実の愛を見つけるまで、全力で玉座を目指して……、か」
夢の中のオフェリアの言葉を思い出して、私はため息をついた。
正直気が進まないのは事実だけれど、とりあえずやるしかない。
しばらく物思いにふけっていると、控えめにドアがノックされた。私は慌てて顔をあげる。
「ど、どうぞ?」
「失礼します」
そう言って入ってきたのは、ライムンドが雇った私の侍女たちだった。全部で6人いる。年は10代半ばから20代前半、といったところだった。
「これから、オフェリア様にお仕えさせていただきます」
言葉は丁寧だけど、どこかツンケンした態度で年長者らしい金髪の侍女が言う。
「わたくしは、アーチボルト家のミランダです」
「わたくしは、ハブモン家のマーガレッドですわ」
「わたくしは、マリブ家のジャンヌですわ」
「わたくしは、ウシカヴィチ家のジューン」
「わたくしは、ビリオット家のリゼットですわ」
侍女たちの自己紹介ににこやかに頷きながら、私は内心げっそりした。
(あー、全員、典型的な貴族令嬢だわ……)
どことなく、この国の第二皇子であるイサク様の妹、ナタリーを連想させる侍女たちに、私はなんとか微笑みを浮かべるのが精いっぱいだった。
みな自分の家柄から名乗るあたり、気位の高さを感じる。侍女同士で自分の出自でマウントを取り合っている気もしなくもない。事実、侍女同士で交わされる視線は時々剣呑な色がまじっている。
そんな中、一番後に自己紹介した侍女だけは「ジルです」名前を告げただけで終わった。黒髪を三つ編みにしたジルは、他の侍女たちと比べるとかなりさっぱりとした印象を与える。
「あー、みんな、今後ともよろしくね。さっそくなんだけど、お風呂に入りたいんだ。準備してくれないかな」
一瞬、侍女たちは顔をしかめて、顔を見合わせた。私はどうやら、彼女たちの意にそぐわない発言をしたらしい。
「……最初は、親睦を深めるためにお茶会を開催されるのかと思いましたのに、お風呂をご所望ですのね。わかりましたわ」
ミランダと名乗ったリーダー格の侍女が不服そうにツン、と顎をそらし、踵を返すと皆ゾロゾロと部屋を出て行く。
「えっ、全員で行く?」
私は呆気に取られて独り言をつぶやく。マレーイ城では侍女が2人しかいなかったので、そういうものなのかな、と思わないでもないものの、やはり風呂の準備に6人は必要ない気がする。
(うーん。まあ、アンやマリーは手際が良かったからなぁ……。あの侍女たちは貴族令嬢みたいだし、まだ不慣れな部分もあるのよね、きっと)
そう無理やり自分を納得させると、私は持ってきた荷物をさっさと荷解きし始める。私の荷物はそこそこ多かった。1人で荷解きしようと思えば、おそらく1週間はかかる。なにかとこちらにも人手が欲しいのは確かだ。
(本当は、何人かこっちの荷解きも手伝ってほしかったけど、私の指示も悪かったしなあ…)
なんだかモヤモヤしながら待っていると、やがてジルが私を呼びに来たため、私は気を取り直して明るい声で返事をした。
久しぶりの更新になってしまい、すみません!
ブクマ、評価等ありがとうございます!





