28.それぞれの夢
「皇女は結婚できないってどういうことよー。最初から教えてよー」
「最初にそんなこと言ったらお前は間違いなくやる気をなくしただろう。だから言わなかったんだ」
夕食後、恒例になってきたその日の講義の復習をしていた手を止めて、私はジトっとした目でギルジオを見る。ギルジオはすました顔で本を読んでいた。
「っていうか、なんで私の結婚願望の話をギルジオが知ってるの?」
「お前の実家の工房のヤツ全員、お前が結婚相手を血眼になって探してるって話していたぞ」
「えっ、嘘ぉ!? なんでみんなそんなこと話してるのよ!」
割と恥ずかしい事実をいまさら知ってしまって、私は頬が赤くなるのを感じた。
工房の人たちはとにかく話好きだけれど、まさか初対面のギルジオにそんなことを話しているとは思ってもみなかった。
ギルジオは私の綴りを横でチェックしながら首をひねる。
「俺には理解不能だ。なんでそんなに結婚にこだわるんだ」
「別に結婚がゴールってわけじゃないでしょ。幸せな家庭を築いて、つつがなく慎まやかに生活して一生を終える。それが私の夢だったの」
私の回答に、ギルジオは懐疑的な顔をする。ギルジオの家庭は両親の借金で崩壊したのだ。そのため、あまり家族にいい思い出がないのだろう。
「ギルジオには理解できないかもしれないけど、やっぱり私は落ち着いて安らげる家がほしい」
「ここで生活している以上、この城はもうお前の家みたいなものだろ」
ギルジオは至極当然のように訊いてきた。私は失笑する。
「ここは違う。少なくとも命を狙われたり、身代わり皇女やらされたりするような場所は家って言えないわよ」
「そんなものなのか」
ギルジオは明らかに納得していない面持ちをする。ギルジオにとっての「家」とは、寝食ができて、風雨をしのぐ場所という認識なのだろう。家や家族に関する話で、ギルジオと分かり合える日が来るとは到底思えない。
「そういえば、オフェリアも、そんなに結婚願望なさそうだったわね」
「当たり前だろう。オフェリアの夢は皇帝になることただ一つ。女皇は国と結婚するものだ。そして、オフェリアは王位継承権の順位こそ低かったものの、賢王オーウェン様の一人娘として、王となるべく教育されてきた。あの優しさと高貴さ、として聡明さはまごうことなき王の素質だ。だからこそ、偉大なる運命の神はオフェリアを皇帝とすべく……、って、聞いてないだろお前!」
ムッとした顔をしたギルジオに、私は舌を出す。
「ギルジオのオフェリア礼賛は聞き飽きたってば。アンタの夢はそんなオフェリア様を陰ひなた関係なく支えること、でしょ? もう何度聞いたと思ってるの」
こちとらギルジオからオフェリアのすばらしさについては、耳にタコができるほど聞いている。私は内心ため息をついた。
(ギルジオのオフェリア礼賛を聞いていると、こっちまで哀しくなるわ)
初めはオフェリアの礼賛を聞くたびに、オフェリアに対して嫉妬の気持ちもあったことは否めない。だけど、それはだんだん憐憫に近い気持ちにかわっていった。
オフェリアは生まれてこのかたずっと、皇帝となるべく育てられてきた女の子だ。そして、彼女は当たり前のように皇帝になるのは自らに課せられた使命だと思っている節がある。
『貴女様はこの国の頂点に立つお方』
周囲から常に言われ続けるこの言葉は、もはやオフェリアを縛る呪いの言葉でしかない。
この城は、権力の妄執という病魔にとりつかれている。
あの優しくて繊細な女の子が、果たしてこの国の皇帝になるのを本心から望んでいるのかはわからなかった。でも、オフェリアの素直で従順な性格を鑑みると、自分の意思とは関係なく、周囲の期待に応え、そうふるまっているだけの気がして仕方がない。
(可哀そうなオフェリア……)
私はなんとなく考えに浸りかけたけれど、ギルジオから注意散漫だ、と怒られたので考えるのをやめる。いろいろ考えたところで、オフェリアの本心を聞き出せない以上、答えが出るわけがない。
再びわけの分からない帝王学と格闘し、ギルジオに綴りの間違いを10個ほど指摘されたころ、控えめにドアがノックされ、アンが部屋に入ってきた。
「アン、もう体調は平気?」
いつもの温かい紅茶のカップを受け取りながら訊くと、アンは微笑んで頷いて、ポケットから鉛筆と紙を取り出す。
『大丈夫です。ご心配おかけしました』
「もっと休んでよかったのに」
『いえ、休んでいても、落ち着きませんから。こうしているほうが心が楽なんです』
根っから仕事人間のアンらしい答えに、私は苦笑した。
アンが倒れた時にはどうなるかと思ったけれど、幸い飲んだ毒の量が少なかったせいか、アンはすぐに回復した。アンが昔、たまたま同じ毒を飲んでいて耐性がついていたのも不幸中の幸いだったといえるだろう。毒を飲んでしばらくは記憶が曖昧になって混乱していたけれど、今はすっかり元通りのようだ。
とにかく、アンが無事に仕事に復帰できたことに、私が心の底からほっとしたのは言うまでもない。
「アン、まだ身体はしんどいでしょうから、もう休んで」
『はい、ありがとうございます。せっかくのお二人の時間に邪魔しました。おやすみなさい』
アンは少しだけいたずらっぽく微笑んで頭を下げると、すぐにさっと下がった。出された紅茶をうまそうに飲んでいたギルジオは怪訝そうな顔をする。
「……せっかくのお二人のお時間にお邪魔しました、って、あの侍女、なにか勘違いしてないか」
「二人で勉強しているところにお邪魔しました、ってことでしょ」
私が何気なく答えると、ギルジオは眉間にしわを寄せ、小難しい顔をしたあと、すぐに頭を振って頷いた。
「……俺は別に何の勉強にもなっていないが、そういうことにしておこう」
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