27.死神オフェリア
「本当に、毒入り紅茶の一件は大変だったわね」
一連の騒動の話をすでに聞いていたらしいオフェリアが、私たちの話を聞くなり、悲しそうな顔をして目を伏せた。
今日は私とオフェリアが会う日だ。私がこの城に来てしばらくは私たちが会うのは許されていなかったけれど、オフェリアの強い希望でこうやって喋る機会が設けられた。ただし、ギルジオも同席する、という条件付きで。
私はオフェリアの部屋について真っ先に、イサク様が来た日の話をした。
結局、毒入り紅茶事件は、ビビという名前の侍女が崖から身を投げたことにより、真実は闇の中にきえてしまった。
「なんかひっかかるけど、これで良かったのかな……」
「良いわけないだろう。これでは、俺たちはシルファーン卿を弾劾することができない! せっかくあの悪党を失墜させるチャンスだったのに」
「シルファーン卿とビビがつながっていたら、まっさきに私が偽物だってバレると思わない? そしたら、私を殺すメリットってないと思うんだけどな」
「じゃあ、ビビの嫌がらせか?」
「いくら私のことが嫌いだったからって、私を殺すまでする?」
私の言葉に、ギルジオは言葉をつまらせた。
オフェリアは震える手を握りしめ、深いため息をついた。
「ビビはよく話し相手になってくれました。気の強い子だけど、人を殺すようなことができる子ではありませんでしたわ……」
「そっか……」
「ええ、ビビは目先の利益にくらんで、自らの立場を脅かすような短絡的な行動はしないはずです。侍女の仕事に誇りをもっている子でしたもの」
オフェリアは眉間にしわを寄せて沈痛な面持ちをして、死者に対する祈りの言葉を口にした。とてもショックを受けているのは明白だ。見知った人物が毒殺の嫌疑をかけられ、その上に身を投げてしまったのだから、ショック受けるのも当たり前かもしれない。
オフェリアがたいそう落ち込んでしまったことに見かねたギルジオが、話題を変えた。
「まあ、イサク様との面談はうまくいったんだ。それは僥倖だった」
「ああ、そうでしたね。そこはしっかりと褒めてあげなくては」
オフェリアは、骨張った手を伸ばして私を優しく撫でた。子供にするように褒められて、なんとなく気恥ずかしい。
「ライムンドから、コリンはイサク様と堂々と渡り合っていたと聞きましたわ。それはそれは立派だったと」
「そう言ってもらえると嬉しいな。そういえば、イサク様とギルジオが喧嘩になりかけて大変だったのよ」
「まあ、ギルジオも事情があったのでしょうけれど、喧嘩はダメよ」
余計なことを、という顔でギルジオが私を睨む。私はそ知らぬ顔をして内心舌を出した。これくらいの仕返しをしても罰は当たらないはずだ。
オフェリアは心配そうに眉根を寄せた。
「イサク様はどうでしたか?」
曖昧な質問の意味を、私はすぐに理解した。暗に私たちの関係の悪化を心配しているのだろう。皇子と皇女、王位継承権の順位がひっくり返ったことで何かしらの関係の変化があってもおかしくはない。
私は首を振る。
「最初見たときはぶっきらぼうだったからびっくりしたけど、意外と優しい人で安心したよ」
「ああ、そうね。本当に小さい時に何度か遊んだことがあるけれど、とっつきにくい印象を与える男の子でした」
「そうなの。見た目がちょっと怖いよね。でも、かっこよかったし……」
「まあ! かっこよかった? どういうところがかっこよかった? コリンはその、イサク様は好みのタイプなの?」
かっこいい、という単語に反応した先程まで落ち込んで顔色が悪かったオフェリアの顔が、にわかに明るくなる。
ギルジオはげんなりした顔をした。
「本当にオフェリアはそういう話が好きだな。すぐに食いつく」
「いいじゃない。わたくし、恋愛のお話は大好きですわ」
いつもは皇女らしく泰然と振舞っているオフェリアだけれど、こういうところは年相応の女の子らしい。
先ほどの心配そうな表情から打って変わって、きらきらした目で話の先を促されて、私は苦笑して言葉をついだ。
「イサク様はクールでカッコよかったよ。やっぱり、口うるさい人って嫌じゃない?」
あんたみたいなね、と横目でギルジオを見てやると、ギルジオは面白くなさそうに鼻をならした。オフェリアはクスクス笑う。
「幼馴染だから庇うわけじゃないけれど、ギルジオも素敵な人よ。素直じゃないところはあるけれど、真面目で、紳士的だし、面倒見が良いわ」
ギルジオはオフェリアの言葉を聞いた途端に真っ赤になった。私は思わずオフェリアの言葉に釈然としない顔をしてしまい、それを見たギルジオが顔を赤らめたままこめかみを震わせる。たぶん、オフェリアの前でなければ、間違いなくげんこつが飛んできたところだ。
オフェリアはおっとり微笑んだ。
「わたくし、ギルジオとコリンはとてもお似合いだと思いますのよ。だって、二人ったら本当に仲が良いんですもの」
「「仲良くない!」」
私とギルジオがほぼ同時に言い返した。
「こんな馬鹿、一緒にいたら頭が悪くなる!」
「私だってこんなヤツお断りよ!」
「なんだと!? 俺だって土下座されても願い下げだ!」
私とギルジオが必死になってお互いを罵倒しあっている様子を、オフェリアは目を細めて見つめた。
「ギルジオは、コリンの前で見せるような顔を私には絶対してくれなかったわ。コリンのほうがわたくしよりも本当の幼馴染のようで、少し嫉妬しましたのよ」
「オフェリア、そんなことはない! 誤解だ!」
言い訳をするようにギルジオは必死でオフェリアに言いつのったけれど、オフェリアは頑として「二人はお似合い」という意見を曲げなかった。
このままでは埒が明かないので、私はそそくさと話を変える。
「オフェリアは、どんな人がタイプなの?」
「えっ、わたくしですか? わたくしは……そうね、優しくてお話が上手な人が好きよ。それから、ミステリアスで、穏やかな人が好き」
「ライムンドとか?」
ライムンドの名前を聞いたオフェリアが顔を真っ赤にした。ギルジオの顔が分かりやすく暗くなる。
「ま、まあ! なんで知っているの?」
「前に、ギルジオが教えてくれたの」
「いやだ、ギルジオったら!」
オフェリアは小さく悲鳴をあげながら、赤い頬を手で覆う。対してギルジオは今にも死にそうな顔をしていた。我ながらキラーパスを送ってしまったようだ。
「ライムンドのどこが好きなの?」
「そうねぇ……。さっきも言ったけれど、優しくてミステリアスなところかしら。それから、あの寂しい瞳……」
「寂しい瞳?」
私は首を傾げたけれど、オフェリアは意味ありげに微笑んだだけでそれ以上は何も言わなかった。
ギルジオが咳ばらいをする。
「まあ、この帝国の女皇は独身でなければいけないんだ。こういう話をしても不毛だろう」
ギルジオの突然の言葉に私は驚いてかたまった。初耳だ。
「えっ、もし、もしも私が結婚してしまったら、王様になれないってこと……?」
私の言葉に、オフェリアは慌てて手を振った。
「安心して! 心配しなくても、コリンがわたくしの身代わりである以上、絶対に結婚はできません」
「ん!? なんで??」
「あっ、コリンが魅力的じゃないと言っているわけではないのよ。わたくしは、死神オフェリアというあだ名がついていますの」
「なにそれ」
目をぱちくりさせる私に、オフェリアは苦笑してみせる。
「わたくしが産まれた時、おばあさまとお母様が続々と神のもとに還られたの。その上、わたくしが生まれた翌週に流行病が大流行。ちまたではあっという間に全部わたくしが産まれたからだと噂がながれてしまって、それでついたあだ名が『死神オフェリア』。結構有名な話だと思っていたけど、コリンは知らないかしら……?」
「知らない……」
私はイフレン帝国の南端、バスティガに住んでいたためか、そういう宮廷のうわさ話の類にはとことん疎い。
オフェリアは苦笑した。
「死神オフェリアというあだ名のせいでこの18年間、縁談ひとつきませんでした。だから、心配しなくても結婚なんてできないと思いますわ。女王の夫は帝国ですから、理想的な状況とも言えます」
「そ、そんなぁ……」
私は目の前が真っ暗になった。
(私の前世からの夢が……!)
私の望みは結婚をして、幸せな家庭を築き、平凡な人生を歩むことだ。そのためにこの二回目の人生を歩んできたと言っても過言ではない。それなのに、今その夢は一気に音をたてて崩れ去った。それはもう、見事に。
がっくりと肩を落とす私を、オフェリアが不思議そうな顔をして目をぱちくりさせた。





