22.玉座
2020.1.21 すみません、昨日一度22話をアップロードしたのですが、話があまりに長いので2話に分割しました
(ああ、困ったなあ……)
私は、心底困っていた。
海に面した広い庭で、私の歩調に合わせて歩く隣の赤毛の人物は、イサク・ジヴォ・ガイアヌ。この国の王位継承権第二位、いわゆる第二皇子と呼ばれる人だ。威風堂々した立ち姿は、すでに王の風格と威厳を漂わせている。
平民からすれば、正真正銘の雲の上の人。本来であれば平民である私が、こうやって並んで歩くことは許されない
だけど、現に彼は私の隣で泰然と歩いている。
(人生って不思議だなあ……)
私は遠い目をした。半年前の私に今の状況を説明したとして、絶対に信じないに違いない。絶対に、間違いなく。
イサク様は唐突に口を開いた。
「風邪は治っていると聞いたが、外に連れ出しても良かったか?」
「え? ええ、大丈夫です」
本当は風邪なんてひいていませんから、とも言えず、私は至極簡単な返事を返した。
イサク様は鷹揚に頷く。
「さっきは、無礼なことを言ってすまなかったな。俺はどうやら記憶違いをしてしまったらしい。前会った時とは、別人のように感じたからな」
(そりゃあ、別人ですからね!)
私は一瞬正直にそう答えかけたけれど、喉から出かけた言葉を飲み込んで、微笑んだ。
「イサク様と最後に会ったのは、宮廷のパーティーでしたか。ずいぶん時が経ってしまいましたね。その上、あの時は少しご挨拶申し上げただけでしたし……」
「ああ、そうだったな。そういえば、あの時オフェリアはオルディアス卿の弟と一緒だった」
「ギルジオのことですね。彼とは物心つく頃から一緒ですから」
私はギルジオにあらかじめ用意された言葉を用心深く答えた。
「ああ、後ろの護衛は、ギルジオといったか。ずいぶん、過保護なヤツだな」
イサク様は少し振り向いて後ろを見やった。ギルジオはずっと一定の距離をたもちつつ私たちの後ろをついてきている。
「すみません。二人きりで話す、というのはやはり難しいようです」
「庭まで護衛とは、なかなか手厚いものだ」
イサク様が不服そうに鼻を鳴らしたのに、私は苦笑してみせた。
ギルジオは護衛として私たちと行動を共にする、とライムンドから説明されてはいるけれど、実際のところ私の監視が真の目的だろう。私が身代わりとして適切に振る舞っているか、常に見張っているのだ。
「……それにしても、あれは優秀な護衛だな。相当のやり手だぞ」
「わかるんですか?」
「ああ、立ち姿と歩き方で分かる。残念だが、撒けそうにないな。これでは俺も、悪いことはできまいよ」
そう言って、イサク様は八重歯を見せて二ッと笑った。この皇子は、笑うとなぜかすごみがでる。
(わ、悪いことってなんなの? もしかしたら、ギルジオが目を離したすきに私を殺すのが目的なの? 確かに第一皇女であるオフェリアを殺せば、イサク様はまた第一皇子に返り咲くわけだし……)
私は内心びくびくしつつ、あいまいな笑みを浮かべてごまかした。さっきから背中に嫌な汗をかきっぱなしだ。
(ナタリーとシルファーン卿と一緒にいるほうが、マシだったかも……)
私は思い出して複雑な気持ちになる。
イサク様が私と二人きりになりたい、と申し出たときに、ナタリーとシルファーン卿は驚いた顔をしたけれど、次の瞬間これ幸いとばかりに頷いたのだ。
『わたくしは、この陰鬱な城のお宝を探しに行きますわね! 王宮から消えた名匠の彫刻がなぜかこの城に飾ってあったと、昔聞いたことがありますの。真相を確かめなければ!』
『ああ、そうでしたねえ。そう言えば、ひそかに第一大公は他の領土を攻めるため、この城に武器を集めているとかいう噂もありましたし』
そう言って、野次馬根性丸出しの顔で、ナタリーとシルファーン卿は意気揚々と城の探索を始めてしまった。どうやら二人がここに来たのは、めったに招待されない謎に包まれたこの城の探索が目的だったらしい。
いくら隠し部屋にいるとはいえ、本物のオフェリアは三階にいるため、二人が万が一その部屋を見つけられても困る。そのため、シルファーン卿と犬猿の仲であるライムンドが、二人の案内を買って出る羽目になってしまった。
いつも余裕しゃくしゃくといった様子で微笑んでいるライムンドにしては珍しく感情を表に出し、心底嫌そうな顔をしていたけれど、彼の心配をしている場合ではない。
(イサク様と二人きりにはなるのはどうしても避けたかったなぁ)
イサク様のスキル「ちょっかん」は、オフェリアの身代わりである私にとっては、かなり厄介だ。最初はナタリーのおかげでなんとかごまかせたけれど、どんなはずみで私が身代わりと見破られるかわかったものではない。
(冷静に考えたら、私が二階からイサク様のステータスをこっそり表示している時も、私にすぐに気づいた。あれも、スキルがあったからすぐに気づけたんだ)
さすが、イフレン王国の第二皇子と呼ばれる人物は一筋縄でいかないようだ。
私たちはやがて、薔薇の小道を抜け、小高い丘の上にたつ東屋についた。この東屋は、アズネア海を一望できる。
「イサク様、少し休みませんか?」
「ああ」
私の誘いにイサク様はすぐに頷き、東屋のベンチに腰かけた。
後ろを歩いていたギルジオが、侍女にお茶を持ってくるように合図したのがみえた。私も少し歩き回って喉が渇いてきたため、ありがたい配慮だ。
イサク様は長い足をゆったりと組んで、ゆったりと海原を眺めた。潮風が燃えるような赤髪を揺らす。
「きれいなものだな、この海も」
「はい。アズネア海は、海の神ガカリンガが最も愛した女神チルに求婚する際に送った海ですから。この世界のあらゆる美を詰め込んだそうですよ」
「ほう、詳しいな。オフェリアは神話が好きなのか。覚えておこう」
イサク様は目を細めた。思いがけず優しい表情をする。一瞬見惚れてしまいそうになったけれど、私は慌ててこっそり自分の膝をつねった。今この瞬間にも私の命を虎視眈々と狙っているかもしれない相手にときめいている場合ではない。
イサク様はまっすぐ私の瞳を見つめた。
「本当に、別人のように美しくなったな、オフェリア」
私は頬が熱くなるのを感じた。思わず目をそらすと、あからさまにぎょっとした顔をしているギルジオと目が合った。どうやら聞き耳をたてていたらしい。
一瞬ギルジオはなにか言いたそうな顔をしたけれど、ややあって複雑な面持ちをしてあさっての方向をむいた。
(何よ、その反応は!?)
おおかた私に失礼なことを言いかけたのだろう。私は内心むくれた。ギルジオの反応のせいで、イサク様に褒められて舞い上がった気持ちも一瞬で台無しだ。
イサク様は私の返事を待たず、何事もなかったかのようにあっさり話題を変えた。
「オフェリアはアマラ王の勅令で王位継承権が一位になったわけだが、どうだ? 順当にいけば、次の王はオフェリアだろう。どんな王になりたいのだ? なにをしたい?」
イサク様の質問に、私は思わず身を縮ませた。
(またデリケートな話題を持ち出してきたわね……)
私もこの城に来て初めて知ったのだけれど、現在このイフレン王国の王位継承権をもつ者は、5人いるらしい。全員先々代の王の孫だ。
先々代の王の長男にあたる、先王オーウェンは、世継ぎになる男の子に恵まれず、一人娘オフェリアのみを遺してこの世を去った。
当初王位継承権第一位、つまり第一皇子と呼ばれていたのは、先々代の王の次男グスタフ様の息子、イサク様だ。この王国の誰もがみな、次の王はイサク様だと考えていた。オフェリアは、もともと王位継承権4位で、王座には程遠い皇女だった。
しかし、王が崩御し、玉座についたアマラ王が今後は男女平等に王位継承権を与える、と勅令を出したせいで、事変は一変する。王位継承権の順位が大きく変わってしまったのだ。
この勅令で、先王の一人娘であるオフェリアが、いきなり第一皇女となる。
逆に言えば、先代王の弟の息子のイサク様は、第一皇子から第二皇子となり、王位継承権の順位を下げた。
そのため、この話題は私たちの間ではとてつもなくデリケートなのだ。私の回答によっては、関係が即座に悪化する可能性もある。
私は慎重に言葉を選ぶ。
「えっと……、はっきり言って、未だに自覚がないのが現状です。私が、王になるなんて……」
「ほう」
「イサク様が、次の王になるお方だと思っていましたから」
私は正直に答えた。お仕着せの言葉では、イサク様には見抜かれてしまいそうだ。
その上、私は一か月前にこの城に連れてこられた身代わり皇女だ。無理に王がなんたるかを語るのは、生まれながらに王になるように教育されてきたイサク様やオフェリアに失礼な気がした。
「そうだな。……あの勅令はなんせ急だった。俺も寝耳に水だったんだ」
「まあ、イサク様も?」
「ほう、オフェリアのその反応を鑑みるに、あの勅令はアマラ王の独断か。わからんお人だな、あの人も」
イサク様はあごの下を軽く撫でた。





