21.皇子と悪役令嬢と怪しげな人
「イサク様、本当におひさしゅうございます。ようこそチルガへ。お元気そうでなによりですわ」
ホールに着いた私は、とりあえずイサク様に膝をおって公式の挨拶をする。
イサク様は、黙って頷いた。背が高く、ヘーゼル色の目は私を完全に見下ろしている。彫りの深い顔立ちは、整ってはいるものの、鋭すぎる目の印象が強すぎて威圧感すらあった。
「様子を見に来た。いきなり来てすまなかったな。身体の調子はどうだ」
挨拶もなく、イサク様はよく通る低い声でそれだけを単刀直入に訊ねた。
社交辞令ではなく、本気で私の体調を心配している声色だった。ぶっきらぼうだけど、悪い気はしない。
しかし、王宮儀礼を著しく欠いた物言いだったため、ギルジオが一瞬で腹を立てた。どうやら、私以外の人物の前でも瞬間湯沸かし器っぷりは健在のようだ。
「第一皇女に向かっていきなりその言葉は、無礼ではな――……グッ!?」
ギルジオが全て言い終わる前に、私は思いっきり彼の足を踏んずけた。ギルジオがひるんだすきに、私は即座に口を開く。
「ご心配おかけしました。風邪が長引いたため、大事を取って式事を欠席させていただいただけです。今はすっかり元気ですわ」
「良かった。思ったより顔色もよさそうだ。安心した」
そう言うと、イサク様は何もかも見通してしまいそうなまっすぐなヘーゼル色の瞳で、上から下まで私を見た。
「……ところで、お前は本当にオフェリアか?」
「えっ」
一瞬、時が止まったような気がした。私はイサク様の無遠慮な視線から逃れることができず、石のように固まる。
横に立つギルジオとライムンドの顔に緊張の色がよぎった。
(ああ、なるほど、これがスキル『ちょっかん』……!)
どうやらこの国の第二皇子はとにかく直感が鋭いらしい。その能力は遺憾なく発揮されている。幼馴染のギルジオも「どこからどう見てもオフェリア本人にしかみえない」と認めたにもかかわらず、一瞬で私がオフェリアではないことを見抜いたのだから。
(やばい、ここでライムンドに役に立たないって判断されたら、私、死――……!)
「いやだ、お兄様。どこからどう見ても、この皇族らしからぬ貧相な顔立ちはオフェリアじゃない」
緊張した雰囲気を一瞬で甲高い声がぶち壊した。
甲高い声の持ち主は、イサク様の後ろからひょこりと顔を出す。
赤い髪を優雅に結った、美少女だ。イサク様に少し面差しが似ていて、どうしてもキツい印象を与えがちな顔には、これでもかというくらい白粉が塗られていた。
(この子が多分、イサク様の妹君のナタリーよね)
ナタリーの言葉に、イサク様は首を傾げた。
「お前はそう思うのか、ナタリー?」
「ええ。この皇女らしからぬ幸薄そうな顔。間違いなくオフェリアです!」
ナタリーはしっかり断定して、自分の言葉に自信たっぷりに頷いた。
「まったく、こんな忘れようにも忘れられないほど不吉な顔立ちをお兄様はお忘れになったの?」
「……そうか、思い違いだな。俺はどうも人の顔を覚えるのが苦手でな。すまない」
イサク様は私に頭を下げる。どうやらナタリーの言葉でとりあえずは納得したらしかった。
(た、助かった……)
散々容姿を馬鹿にされたけれど、なんにせよ、この悪役令嬢のおかげで私の寿命が延びたのは確かだ。
ナタリーは私より1つ下の15歳で、王位継承権は第4位。王位からは程遠いものの、私と同じ皇女だ。
当のナタリーは私を前に、ふんぞり返って意地悪く笑った。
「フン、こんな北の土地で引きこもっていると、ドレスも化粧もトレンドが数年前のまま止まってるじゃない。こんなイモ臭い子が王位継承権一位なんて、この先が思いやられますわ」
あからさまな敵意と辛辣な言葉に、頬が引きつりかけるのを、私は何とかこらえた。
この城の侍女たちとギルジオのおかげで、馬鹿にされるのはもう慣れっこだけれど、このドレスは侍女たちが一生懸命選んでくれたものだ。馬鹿にされていい気はしない。
しかし、反射的に言い返すことはせず、私は一呼吸おいて落ち着いて答えた。
「教えていただきましてありがとう、ナタリー。社交界とは長らく無縁の生活をしてきたから、どうしても流行には疎いの。これからいろいろ教えてくださいね」
「ええ、このナタリーになんでも聞いてちょうだい」
ナタリーは、これでもかというくらい意地悪く微笑んで答えた。協力的な言葉とは裏腹に、副音声で「アンタには何も教えやらないわよ」とはっきり聞こえそうだ。
私は眩暈がした。
(私、これから先こんな人たちとやりあっていかなきゃいけないの……?)
思わず気が遠くなりかけた私をしり目に、それまで黙って目を細めていたライムンドが突然口を開いた。
「すまないが、こちらはどなたかな? 明らかに招待はしていない人物だ。自己紹介してもらえるかい?」
そう言って、ライムンドはナタリーの横の人物を指さした。
(こ、こら、人を指ささない!!!)
ライムンドのぶしつけな態度に、私は内心冷や汗をかいたけれど、指をさされた当の本人は少しも気にした様子もなくのんびりと微笑んだ。灰色の髪を一つに結び、丸メガネをかけたやおら愛嬌のある糸目が印象的な男性だ。
「これは失礼、私はアイル・シルファーン。確か、もう数回オルディアレス卿とはお会いしておりますが、毎回初対面のような顔をなさいますな」
どうやら、この人が要注意人物のシルファーン卿のようだった。
「君の顔はよく忘れるなぁ。覚える意味がないからだろうか」
ライムンドはシルファーン卿に煽られたのに対して、平然と煽りかえした。一瞬にして、場の空気が悪くなる。
私がなんとか悪役令嬢の言葉をかわしたというのに、最悪だ。
内心冷や汗をかきながら、ゆったりと私は微笑んでみせる。
「まあまあ、ここで立ち話はやめましょう。あちらでゆっくり話しませんこと?」
私ゲストルームに行こうと踵を返したその時、私の手を急にイサク様が掴んだ。その場にいた誰もがぎょっとした。
「殿下、いったい何を――……」
ギルジオが怒った様子で私とイサク様の間に割り込もうとしたけれど、イサク様のまっすぐな目が私の視線を絡めとった。
「オフェリア、二人きりで話さないか」
(ン――ッ!?)
私は絶叫したくなるのをこらえ、目を白黒させるのが精いっぱいだった。
今回出てきた皆さん、どいつもこいつもマイペースで書いてて嫌になりました……。
<裏話>
ギルジオは今回静か(当社比)ですが、最初から最後までずっと内心キレ散らかしています。
関係ないので省きましたが、ナタリーのステータスは、
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なまえ:ナタリー・ジヴォ・ガイアヌ
とし:15
じょうたい:なし
スキル:なし
ちから:E
すばやさ:C
かしこさ:B
まりょく:B
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こんな感じです。甘やかされて育ったので、かなり非力なご令嬢です。





