20.元第一皇子の来訪
いつも通り、主人公コリン(オフェリア)の視点になります。
「さて、今日はイサク様が来られるわけだが……」
「ええ、そうね」
「お前、変なことを考えるなよ」
緊張した面持ちでギルジオに念を押す。それもそのはず、あと数刻で、元第一皇子であるイサク様がこの城に来訪するのだ。
「手筈は全部頭に入っているな?」
「ゲストルームで当たり障りのない雑談をして、昼食のあと、適当なところで話を切り上げてお帰り頂く、でしょ」
「そうだ」
ギルジオは先ほどからずっと窓の外を見ている。この日の当たる2階の部屋からは、前庭と門の様子が一望できるため、いち早く来客に気づくことができるのだ。
私は窓の外を見やった。前庭の花は美しく咲き誇っている。
マレーイ城はいつも通り静かだった。時々、侍女たちの足音が廊下に響く程度だ。ただ、私にはなんとなく、この雰囲気が嵐の前の静けさのような気がして仕方がない。
ギルジオは落ち着かない様子で部屋の中をうろうろ歩き回る。
「いつものおしゃべりは禁物だ。それから、殿下の前で髪の毛をいじるな。挨拶は相手の出方を待ち、できるだけ喋らず、とりあえず笑っておけ!! それから、とにかく、とにかくだ、ボロを出すな!!!」
ギルジオの言葉の最後あたりはほぼ絶叫に近かった。私はキーンとなった耳を抑えつつ、軽く頷く。
「わかってるって」
「言葉遣い!」
ピシャリとギルジオが言ったのに、私は肩をすくめて答えた。私よりもギルジオのほうが何倍も緊張している。
「なんでギルジオのほうが緊張してるの? 受け答えするのは私でしょうに」
「お前も多少は緊張しろ! 前々から思っていたが、お前の心臓は鋼鉄かなにかでできているのか? 昨日の兄上との夕食も、全然緊張してなかっただろう」
「最初のうちは、緊張したよ。でも、結局のところ、緊張したって仕方ないでしょ」
「……鋼鉄製の心臓に、同じく鋼鉄でできた毛が生えているらしいな」
「はいはい、褒めてくれてありがとう。そういえば、オフェリアはどこにいるの? いつもの部屋?」
「三階の隠し部屋にいる。万が一でも、見つかったらまずいからな。それから、お前に伝言だ。『遍くすべての神々から加護があらんことを』、と」
「……うん」
私はしっかり頷いた。正直な人間を愛するとされている神々が、嘘偽りだらけの今の私を祝福してくれるとはとても思えないけれど。
私は気を取り直して微笑んだ。
「今日の私、すごくオフェリアに似てない?」
そう言ってくるりと一回転して見せた私に、ギルジオは複雑な顔をした。
「……ああ。どこからどう見ても、オフェリアにしか見えない。本当にそっくりだ」
「お化粧もしたからね。それにドレスだって素敵だし」
今日の私の恰好はいつもよりも豪華だ。チルガに伝わる豪奢なレースをふんだんにつかった薄いベージュのドレスは、昨日染めたばかりの亜麻色の髪に良く似合っている。
非公式とはいえ、元第一皇子に会うのだ。いつも陰口ばかり言ってくる侍女たちも、さすがに今日ばかりは協力的だった。
この城にある一番良いドレスを選び、化粧を施しされた私は、どこからどう見ても第一皇女オフェリアだ。
ギルジオは私の姿を見て感慨深げにため息をついた。
「……オフェリアが健康であれば、と思わずにはいられない。こうやって健康に、自分の足で歩く日は、もうオフェリアには来ない」
「ギルジオ……」
一瞬しんみりしてしまったけれど、私はどうしても気になることがあって口を開いた。
「そう言えばギルジオの言葉遣いってそんな感じでいいの……? イサク様の前では私にはもちろん敬語で話しかけてくれるのよね?」
ギルジオは途端に嫌そうな顔をした。
「お前、人が感傷に浸ってるときに……」
「でも、私は身代わりとはいえ、私は第一皇女のオフェリア様なわけだし?」
私が首を傾げると、ギルジオはさらに嫌そうな顔をしたものの、ややあって小さい舌打ちをする。
「……その時になったらもちろん言葉は改める」
「いやあ、楽しみだわ。私に向かってかしこまるギルジオを見られるなんて」
高笑いをする私を、ギルジオはきつく睨んだ。まあ、いつもひどい扱いをされているのだから、今日くらいからかっても良いはずだ。
心底嫌そうな顔をしてギルジオが再び舌打ちをしたその時、急に外で馬の嘶きが聞こえた。私は窓の外を見やると、立派な青毛の馬がひく馬車が一台、マレーイ城の前庭に入ってくるのがみえた。
「……あれって、イサク様の馬車よね? もう着いたみたい」
「ああ、間違いない。それにしても到着が早い! こういう時は時間ぴったりに来るものだろう! こちらにも準備というものがあるのに、マナー違反だ!!」
「ねえ、今日って、イサク様と侍従の人が来るって話じゃなかった? 馬車の窓からちらっと見えたけど、女の子と男の人が一緒だったよ」
「はあ? そんなわけ――……」
そう言うと、ギルジオは窓の外を見る。そして、大きく天を仰いだ。
「あれは……、ナタリー嬢とシルファーン卿も一緒か!」
「ナタリーって、イサク殿下の妹さん?」
「そうだ。くそっ、イサク様と侍従一人で来ると聞いていたのに、よりにもよってナタリー嬢とシルファーン卿か!」
ギルジオは足音荒く出て行った。恐らく、ライムンドに予期せぬ来訪者の到来を告げ、侍従にゲストの数の変更を伝えに行ったのだろう。
ギルジオと入れ替わりに、待機していた侍女たちが無言でズラズラとはいってきて、私の化粧や衣類の乱れをなおしはじめる。
(そういえば、さっきギルジオが言ってたシルファーン卿って、確かオフェリアが毒に侵されたことに関係がある人じゃなかったっけ)
明らかに、ギルジオはシルファーン卿を憎悪していた。どんな人物かはよく知らないけれど、私も注意するに越したことはないだろう。
侍女たちが準備し終えるのを見計らったかのように、訪問客の訪れを告げる侍従の号令が城中に響き渡った。
「ありがとう、もう行かなくちゃ」
侍女たちに礼を言って、私は足早にホールに向かう。二階の廊下から、吹き抜けになっている一階のホールの様子が見えた。ホールにはすでに人が集まっている。
その中で、ひときわ華々しいオーラを放つ、燃えるような赤毛の青年がまず目に入った。遠巻きからでも整っているとわかる顔立ちをしている。しっかりと厚みのある体躯を包む濃紺の軍服は、輝かんばかりの刺繍が施されていた。私は足を止めて、目をすがめる。
(多分あの人が、イサク様? ステータス表示、オン――……)
急いで行かないといけないのに、私は好奇心に負けてステータスを表示させる。見慣れた四角い箱が、赤毛の青年の横に表示させた。
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なまえ:イサク・ジヴォ・ガイアヌ
とし:18
じょうたい:なし
スキル:ちょっかん
ちから:A
すばやさ:A
かしこさ:A
まりょく:C
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(うわあ、やっぱりあの人がイサク様か……。遠くから見てもオーラが全然違うのよね。その上、この人、とにかく能力値が高いなぁ……)
王としてふさわしい人物だという前評判は本当だったようだ。
(それにしても、スキル、ちょっかん? 直感のことかな?)
私は内心首を傾げた。初めて見たスキルだ。
その時、イサク様が前触れもなく急にこちらを見た。すべてを見通すような、鋭い目が私を射抜く。そして、ややあってその鋭い瞳は少し細められた。笑ったのかもしれない。
私の心臓が大きく音を立てた。
<裏話>
やっとイサクが出てきました!
イサクはオフェリアに会う前日、なぜか緊張してなぜか眠れませんでした。
そのせいで明らかに寝不足ですが、そうでなくてもイサクはかなり目つきは悪いです。
脱字報告ありがとうございました!





