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<完結>身代わり皇女の辛労譚!  作者: 沖果南
身代わり皇女の教育と奮闘
15/94

15.皇女と身代わりの少女

 静かな廊下を忍び歩きでコソコソと歩いていた私は、ひときわ豪華なぶ厚いドアの前で立ち止まり、そっとノックした。すぐに、優しい返事が返ってくる。


「どうぞ、お入りになって?」


 私はドアを開け、明かりのついている部屋に滑り込むように入った。


(相変わらず、すごい豪華な部屋……。さすが第一皇女の部屋って感じ)


 私は感心して嘆息した。こういう場所はどこかムズムズして落ち着かない。

 この部屋の主であるオフェリアは、ベッドの上で穏やかな笑みを浮かべていた。前回来たときは侍女たちが大勢いたのに、今日は侍女たちは一人もいない。恐らく、人払いをしたのだろう。

 私はオフェリアにぺこりとお辞儀をした。


「こんばんは、オフェリア。手紙の通り、来たよ」

「いらっしゃい、コリン。来てくれてありがとう。さあ、椅子に座って」


 私は言われた通りに椅子に腰かけ、少しだけ背筋を伸ばした。いくら親しげに話すことを許されているとはいえ、相手はこの国の第一皇女だ。

 当のオフェリアは花が咲くような可憐な笑みを浮かべる。


「相変わらず、わたくしたちは似てますね。それより、ここまで滞りなく来ることができまして?」

「うん、問題ないはず。廊下では誰にも会わなかった。それに、私の部屋の下にはギルジオがいて、いつも私が逃げ出さないか耳をすませているみたいだけど、今はアンが私の代わりに部屋にいるのよ」


 私にお茶を持ってきてくれたアンと入れ替わりで、私は部屋を出た。アンは毎晩私にお茶を持ってきてくれるため、夜に部屋に来ることも不自然ではないし、入れ替わるのも容易だった。ギルジオはアンが私の代わりに部屋にいるとは微塵も思っていないだろう。

 オフェリアはニコニコと笑う。


「わたくし、ずっとあなたとゆっくりお話ししたかったの。だけど、あなたに会いたいと言えば侍女たちや乳母からは止められるし、ギルジオからも許可が下りなくて」

「だから昨日、アンにあの手紙を渡したのね」

「ええ。手紙を書けば、コリンは来てくれると思ったの」


 私はなるほど、と頷いた。

 公式の面会であれば、ギルジオを通じて会うことになるはずだ。


(まあ、私はいろんな人に良く思われてないもんね)


 私は苦笑する。

 ここに来て一か月、私もだいぶ貴族としての基礎を学んで、それなりの振る舞いはできるようになった。それなのに、未だに侍女たちのあからさまな陰口は健在だ。廊下ですれ違う従者たちも私には冷たい。

 事情を知らないらしいオフェリアは、リラックスした様子で私に柔らかな視線を向ける。


「ギルジオから話はたくさん聞いているのよ」

「ギルジオから?!」


 私は面食らって聞き返す。オフェリアは微笑んで頷いた。


「ええ。ギルジオったら、ここ最近コリンの話ばかり」

「どんな話……? やっぱり悪口?」

「あら、心配しないでちょうだい。良い話ばかりよ。コリンはすごく良く頑張っている、と」


 そう言うと、オフェリアは、痩せて骨ばった手で私の頭を優しく撫でた。


「本当に、コリンはすごいわ。どんなに怒られても言い訳せず、毎晩復習まできちんとするんですってね。それに、算式は教師の方が驚くほどできるとか。ギルジオが驚いていたわ」


 急にたくさん褒められて、私は顔が赤くなるのを感じた。まあ、算式は、前世の数学の知識があるからできているだけだし、他の科目はボロボロなのだけれど。

 それにしても、陰でギルジオが私のことを良く言っていたのは意外だ。というか、信じられない。

 驚きを隠しつつ、私は苦笑しながら顔の前で手を振った。


「ありがとう。でも、褒められるほどじゃないよ。ギルジオからはしょっちゅう『オフェリアだったらすぐ理解した』、『オフェリアなら言われずともわかる』って言われちゃうんだから」

「ギルジオったら、人を比べるのははしたないことだと、何度伝えたらいいのかしら。人はみんな、育ってきた環境が違うのだから、得手不得手があるのは当然のことなのに……」

「その言葉、もっとギルジオに言ってやって!」


 私が思わず大きく頷くと、オフェリアは楽しそうにころころと笑った。相変わらず屈託のない笑みだ。そして、その笑顔はぞっとするほどに透明だった。


(この笑い方、誰かに……)


 少し記憶をたぐると、すぐに思い当たった。

 私を可愛がってくれた父方のおばあちゃんだ。病に倒れ、死を目前にしたおばあちゃんは、確かにこういう透明な瞳をしていた。


「オフェリアの身体は、治らないの……?」


 思わず、不躾な質問が口をついてでてしまう。

 オフェリアは私の唐突な質問に一瞬逡巡し、困ったように微笑んだ。


「もう、わたくしは長くはないでしょうね」


 オフェリアの口調は淡々としていた。


「わたくし、今、『最期の願い』を考えているの」

「そんな……」


 私は絶句した。

 オフェリアのいう「最期の願い」というのは、この国独特の風習のことだ。

 この国の人々は死ぬ間際に、遺される人たちに願いを託す。

 つまり、「最期の願い」を考えているということは、死期が近いとオフェリアはすでに悟っているということだ。

 最期の願いは、人によって様々だ。「死ぬ前に高級な食べ物を食べたい」と所望する人もいれば、遺される家族に「喧嘩をしないように」と告げる人もいる。

 そして、最期の願いを聞いた人たちはその願いを全力で守り、叶えなければならない。もし死者の願いに背くようなことをしたら、冥界の神々から災厄がもたらされると言われている。


「だめよ、最期の願いなんて、縁起でもない……」


 私は弱弱しくたしなめてみたけれど、オフェリアはただ黙って首を振っただけだった。このうら若き乙女に死の影は着実に近づいているのだ。


「私のお父様は、予期せぬ事故で最期の願いを口にすることはありませんでしたけれど、幸い私はじっくり考える時間がありますから」


 オフェリアは優しい口調できっぱりと言い切った。

 オフェリアの言葉は、自分の命を諦め、感傷に浸って悲観的になった人間のものではなかった。死を運命として受け入れ、穏やかにそれを待つ人の言葉だった。

 静かな部屋に長い沈黙が流れた。やがて、オフェリアが口を開く。


「コリン、そんな哀しい顔をしないで。人は遅かれ早かれ、死ぬものです。短い人生だったけれど、わたくしは幸せでした」


 オフェリアの細い指が、私の頬の輪郭をそっと撫でた。


「ただ、心配なのはあなたよ、コリン」

「……私?」

「いきなり皇女の身代わりになれと命じられて、困惑したでしょう。あなたにどれほど迷惑をかけたかわかりません。どれほど謝っても、許してもらえないかもしれないけれど……」

「オフェリアが謝ることじゃないよ。 身代わりなんて言いだしたのは、ライムンドたちなんでしょ?」

「いいえ、おじいさまとライムンドの暴走を止められなかった。その時点でわたくしに責はあります。あなたには大変な思いをさせてしまっているのは、わかっているのよ。ごめんなさい」


 悲しそうにひざ掛けをぎゅっと握り、肩を震わせるオフェリアの頭を、今度は私が撫でる。


「オフェリアは、悪くないよ。でも、私のために怒ってくれてありがとう」

「……やだわ、わたくしのほうが年上なのに、こうやって慰められてしまったわ」


 オフェリアは、恥ずかしそうに微笑んだ。


(なんか調子が狂うなぁ……)


 この部屋に来る前に、私はオフェリアに文句の一つでも言ってやろうかと思っていた。けれど、儚げで健気なオフェリアの前ではどうしても毒気が抜けてしまう。

 守ってあげたくなる女の子というのは、きっとオフェリアのような女の子のことを言うのだろう。ギルジオがオフェリアを憎からず思うのも分かる気がした。

 オフェリアは優しく微笑む。


「コリンは明るくて、楽しくて、本当に良い子ね」

「えっ、そう?」

「コリンが来てくれて、この城は変わったわ。明らかに賑やかになったの。まるで、私が元気だったときみたいに」


 オフェリアは懐かしそうに少し遠い目をした。オフェリアが元気だったころに思いを馳せているのだろう。

 私は別の意味で遠い目をする。


(賑やかって言っても、別に良い意味の賑やかじゃない気がするんだけど……)


 賑やかさの内訳うちわけとしては、ギルジオや教師陣の罵倒半分、侍女たちの陰口半分、と言ったところだろう。

 私がそっと訂正しようと口を開く前に、オフェリアが急に小さなあくびをした。

 すでに夜は更け、オフェリアも少し疲れが見え始めている。そろそろ部屋に戻る時間だ。

 私はベッドサイドの椅子から腰を浮かす。


「そろそろ帰るね」

「わたくしは、もっとお話ししたいけれど……」


 残念そうな顔をするオフェリアに、私は元気づけるように微笑む。


「オフェリアの体調がいい時とか、たまにこうやって来ていいかな? 私のこと、コリンって呼んでくれるの、もうオフェリアだけだからさ」


 私がそう言うと、オフェリアは意外そうな顔をした後、急にぽろりと大粒の涙をこぼした。その涙は、とどまることなく溢れてオフェリアの頬を濡らす。

 私は驚いて中腰のまま固まる。


「え、オフェリア、どうしたの? 私、傷つけるようなこと言っちゃった?」


 オフェリアは流れる涙をそのままに、小さくしゃくりをあげた。


「ごめんなさい、本当に、ごめんなさい……。私のせいで、あなたは名前も、居場所も、生活だって奪われたというのに。それなのに、これからも会ってくれるなんて……」

「だから、オフェリアのせいじゃないってば!」

「……コリン、あなたってなんて優しい子なの」

「ええ、ちょっと泣かないでよ~! 私が泣かせたみたいじゃない」


 私が笑いながらそう言った時、突然、ノックもなく荒々しくドアが開いた。


「オフェリア!!」


 廊下の冷たい空気とともに、そこには、顔を真っ赤にして怒り狂ったギルジオと、しょんぼりと項垂れるアンが現れる。


(あ、これはまずい)


 どうやら私が部屋から抜け出したことがバレたらしい。

 私は背中に嫌な汗がつたったのを感じた。

誤字報告ありがとうございます!毎回すみません……

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