1.自称神様
「どうも、神様ですよ」
気づけば私は白い部屋に座り込んでいた。
目の前には白髪で年齢も性別も分からない見た目の、自称神様が得意満面の笑みで立っている。私は面食らって何度かゆっくり瞬きをした。
不思議そうな私の顔を見て、自称神様はハッとした顔をする。
「あ、あわわ、あの時助けてもらった猫です、って言ったほうが分かりやすいですかね?」
「……えーっと、私が助けた猫って、もしかして、シロ?」
「あっそうです! いかにもその通りです! 覚えてくださっていてよかったぁ! シロとは、アナタが名付けたワタクシの仮の名前。今は神様なので人間の姿をしています。ほらほら、目とか髪の色とかがそれっぽいでしょう?」
神様は長いまつ毛に縁どられたきれいな山吹色の目をぱっちりと開き、絹糸のような白色の髪の毛をこれ見よがしにかきあげてみせた。
シロは私が小学生のころに近所で拾った、山吹色の目をした白猫だ。確かに特徴は一致している。……いや、一致してはいるけれど、私が拾ったのは絶対人間の姿はしていなかったはずだし、もちろん自称神様でもなかった。
「えっと、シロ、どうしてそんな姿なのか聞いてもいい?」
「あっ、ワタクシ、先ほど名乗りました通り神様なんですが、訳あってあちらの世界に飛ばされてしまいましてね。姿は猫になるし、言葉は喋れないし、お腹が空いて途方に暮れていた時に、餌と住処を与えてくれたのがアナタだったんです。あの時はありがとうございました」
ペコリ、と頭をさげる神様に、私は反射的にいえいえ、と頭を下げる。
「ワタクシ、アナタと10年生活して虹の橋を渡った後、無事にここに戻ってきたのですが、気になって時々雲の上からアナタのこと見ていたんです」
「そうだったの?」
「ええ。だってアナタってほら、学校の成績も可もなく不可もなく、何かとびぬけて優秀というわけでもない、典型的な器用貧乏なタイプだったじゃないですか。その上お人よしでしたしね。そういう人は、なぜか何かと貧乏くじを引きがちなのがこの世の理。ですから、そりゃあもう、ワタクシ、そんなアナタのことが心配で心配で……」
「そんなに心配しなくても」
私が苦笑すると、神様は私を可哀そうなものを見る目で見つめた。
「いえ、ワタクシの予想通りアナタはひどい人生を歩まれてしまいました。親元を離れ、なんとか大学を卒業し、就職してみれば、そこはいわゆるブラック企業。時間を捻出して婚活を始めてみれば、なんとまあ自称投資家や怪しげな宗教家などなど、ロクでもない男にばっかり言い寄られ……」
「…………」
「挙句の果てに運命の人と出会ったと思いきや相手は妻帯者。ようやく妻帯者と別れて次に付き合った自称ミュージシャン。そして最終的に自称ミュージシャンには都合よく金をむしられていただけだと気づき……」
「……………………………」
「失意のうちに行きつけのスナックで深酒し、帰宅時にたまたま乗ったタクシーがひどい交通事故に巻き込まれ、28歳の若さで死んでしまわれた」
なんて嘆かわしい、と神様は目頭をそっと抑えた。私は暗澹たる気持ちになる。第三者から語られる自分の人生が、思ったよりも悲惨だったからだ。
「いやあ、我ながら山あり谷ありの人生だとは思ってたけど、思ったよりヤバ――……ん、あれ?」
私はピンと来て口を開く。
「……って、28歳の若さで死……? え、待って、私死んじゃったの?」
「おっと、気づいてらっしゃらなかったのですか! これは失礼いたしました! 先に言うべきでしたね。アナタは今、死後の世界にいます。天国の一歩手前、というところですね」
「あー、そうなんだぁ……。変な場所にいると思った。せめて結婚してから死にたかったなぁ……」
私は深いため息をつく。確かに好きな人から都合よくATM扱いされていることに気付いたのはショックだったし、失意のどん底にはいたけれど、それでも結婚を諦めたわけではなかった。
神様は不思議そうに首をかしげる。
「ワタクシ、不思議なのです。『結婚は人生の墓場』だとか、『全ての悲劇は結婚で始まる』だとか、結婚は古今東西散々に言われているものであるのにも関わらず、どうしてアナタはそこまで結婚にこだわるのです?」
「……そりゃあ、両親が一緒にいて幸せそうだったから、かなぁ。それに、両親以外の誰かに、心底大切にされてみたかったのよ。まあ、騙されてばっかりで結局叶わなかったけどね」
「ああ、なるほどなるほど」
ふむふむ、と頷くと、神様は自信たっぷりに微笑んだ。
「それでは、不肖ながらこの神様であるワタクシが、お世話になったアナタにラッキーチャンスを与えます」
「えっ、どういうこと?」
「アナタにもう一度人生を生きなおしてもらおうと思うのです。鶴の恩返しならぬ、猫の恩返しですね」
「えー、また赤ちゃんから人生をやり直すってこと?」
反射的に私は不満そうな声を上げていた。どうやら私の不満げな反応は予想していなかったらしく、神様は少し驚いた顔をする。
「何か心配事でも? あっ、もちろんアナタには幸せになってほしいので、ワタクシが持ちうる力をすべて使ってサポートしますよ!」
「いや、いきなりそう言われても……。第一、もう一度人生を生き直しても確実に結婚して幸せになれると思えないというか……」
「あぁ、生まれ変わるのは日本ではないですよ?」
「何それ? 違う人として生まれ変わるってこと!?」
「そういうことです。いわゆる、異世界転生というものですね」
私の言葉に軽く頷くと、神様は懐からぶ厚い本を取り出してペラペラとめくる。
「えーっと、このページです。アナタはイフレン帝国の一般的な家の娘として生まれ変わってもらおうと思っています。生まれ変わる予定の地は、バスディガ。温暖で天災も少ない場所です。両親は思いやりのある善良な人間たちですし、ここであれば幸せになること間違いなし! いかがです?」
「うーん、いろいろ聞きたいことはあるけど、それだけじゃなぁ。いくら生まれたときの環境が良くても、人生何があるかわからないじゃない?」
「さすが散々な人生を生きているだけあって、用心深いですねえ……。では、とりあえずアナタの望みを3つほど教えてください。ワタクシも神様ですし、命の恩人のために一肌脱いでさしあげましょう!」
さあ、と両手を広げる神様に、私はいの一番に思いついた願いを口にする。
「それはもちろん、幸せな結婚して安泰に人生を過ごすことよ!」
「なんと! 見事な即答っぷり! 徹底していますねぇ。しかし、大変言いにくいのですが、その……、そういうのはご自分で叶えていただきたく……」
「えー、なにそれ!」
「ワタクシ、あくまで最下級の神様なので、人生を左右させるようなことはできないのですよ」
「じゃあ、誰もが一目惚れしちゃうような美女に……」
「すみません、そちらは美の女神たちの管轄になっちゃうので、ワタクシはどうしようもできなくて……」
思ったより叶えられる願いの範囲が狭いらしい。私があからさまにガッカリした顔をしてしまったため、神様は心底しょんぼりした顔をする。
「なんか、すみません」
「あ、いや、こっちもなんか、ごめんね。無理言っちゃって」
「いやいやいや、こちらの力不足です。命を助けてもらった恩返しだというのに、力になれることが少なくて本当にすみません……」
ペコペコしながら、あまりに悲しそうな沈んだ顔をする神様がいい加減可哀そうになってきたので、私は慌てて言葉をつないだ。
「ねえ、具体的には何ができるの?」
「ええっと、スキルをつけたりするくらいなら……」
「スキル? 例えば?」
「そうですねえ。アナタ様が生きておられた世界の、RPG系のゲームを思い出してください。あの中でできることであれば、大抵できます」
「へえ、すごいじゃない!」
私が褒めると、神様はにわかに頬を染め、自慢げに胸を張った。
「そうです! アナタは最強の魔法使いにも、負け知らずの女剣士にすることだって……」
「あー、強い女は婚期逃すって友達に言われたから、そういうのはちょっと……」
「な、なんと! やっぱりワタクシでは、アナタにお力添えできかねますでしょうか……」
「ちょ、ちょっと待って、そんなにまた落ち込まないで! ちょっと考えさせてくれる?」
再び落ち込もうとする神様をなだめつつ、私は考える。
(前の人生の失敗点を活かしつつ、確実に結婚して幸せになるスキルは……)
私は頭をフル回転し始める。幸い、私が考えている間、神様は急かすことも無理やり話を進めることもしなかった。
熟考の後に、私はようやく口を開く。
「それじゃあ、3つの願いを叶えてほしいの――……」