背中合わせ〜北条視点〜
俺が今西さんと共に仕事をするようになって2ヶ月余り。
新プロジェクト、別名「Zero計画」が発足してから、今西さんと俺は何かとコンビを組まされる事が多くなった。
社内では、俺が新しい恋人に今西さんを選んだと、無責任な噂が広まった。
もっとも、その噂を耳にするたび何故か今西さんは真っ赤になって否定し、密かに俺は溜息をついていたりするのだが。
そんなある日
「申し訳ありませんでした!」
社内での小会議を終え、俺と今西さんが事務所に戻ると、部長室で野口と門馬がひたすら
頭を下げていた。
「野口君と門馬さん、どうしたの?」
小声で近くにいた原沢に今西さんが訊ねる。
すると少し心配そうな返事が返ってきた。
「2人とも社の車で事故に遭ったんです。
って言っても信号待ちしてたら、後ろからドカーン!だそうで…」
よく見れば門馬は左手を三角巾で吊っており、野口は右足にギプスをつけている。
と思ったら、本部長に呼ばれた。
「3日後に四菱で行われるプレゼン、この2人に行ってもらう予定だったんだが…突然のアクシデントだ。
そこで君達に代わりに行ってもらいたいんだがね」
* * * * * *
そんな訳で、急遽ピンチヒッターとして赴いた四菱にて。
綿密な打合わせのもと行ったプレゼンは大成功を収め、俺達はホテルに戻る事にした。
「なんだか美味しいとこ取りしちゃったみたいね」
このプレゼンの為、野口と門馬が1ヶ月も前から資料を揃え対策を練り、毎日遅くまで準備していたのを知っていたのだろう。
ちょっぴり申し訳なさそうに今西さんはそう言った。
「…だな。
門馬のヤツに手握られて『俺達の分まで頑張ってください』って言われた時にゃ、どうしようかと思ったけど、無事終わってやれやれだ」
出がけに、社のロビーまでわざわざ見送りに来た門馬と野口は
「俺達の分まで頑張ってください!」
「俺、信じてますから。
北条さんと今西さんのこと」
エールなのか懇願なのか脅迫なのか分からない事を口々に言い、俺達を送り出した。
飛行機とタクシーを乗り継ぎ四菱に直行した為、この時点では俺達は知らなかったのだが
「チェックインですか?
ではこちらにご記入をお願いいたします」
と言いながらフロントの女性が取り出した鍵は1つだけ。
「あの、1部屋…だけ?」
「ツインのお部屋を1部屋でご予約を承っておりますが」
「じゃあ、それキャンセルしてシングル2つとか取れないかな」
「申し訳ありませんが、今夜は全室埋まっております」
思わずあちゃーと頭を抱えた。
野口と門馬。
男同士だし予算の関係もあって1部屋にしたのであろうが。
俺と今西さんはそういう訳にはいかんだろ、と俺がぶつぶつ言う横で
「あぁ、私は構いませんよ」
全く動じていない様子で今西さんがさらっと言ってのけたりするものだから…。
——普通構うだろう!
内心突っ込みを入れつつ、それはそれで美味しい状況には違いないので、曖昧に俺が頷くと
「じゃあそういう事で」
と今西さんはさっさと手続きを済ませた。
「あのさ…今西さん分かってるよね?
この状況」
乗り込んだエレベーターの中で、念のため確認してみる。
「あら分かってますよ、もちろん。
それだけ北条さんを信用してるって事です」
実に軽やかに、そして無自覚に爆弾を落とし微笑む今西さん。
「…あっそ」
確かに、強引にナニかして嫌われたくはない。
ないのだが、それにしても…。
信用ってつまり、男として見られてない事?
こっそりため息をつく俺に、気づかぬ今西さんは
「ほら、着きましたよ」
ガチャリとドアを開けて中に入り、無邪気に手招きをしている。
——あーもう!なるようになれ。
腹を括った割に、2つ並んだベッドが真っ先に目に入り、慌てて視線を逸らした。
——ホント、俺って…情けねぇ。
「北条さんすごいですよ、このバスルーム。お風呂大きい!
それに洗面所にはポプリが置いてあっていい香り」
俺の内心の葛藤など微塵も気づいてない今西の歓声。
頭を抱えたものか、サラッと流したものか…一瞬真剣に悩み後者を選んだ。
* * * * * *
「ほら、北条さんしっかりしてください」
打ち上げと称して近くの無国籍風居酒屋へ行き、そんなつもりはなかったのについ飲み過ぎたようだ。
ホテルに戻るまでは大丈夫だったのに、エレベーターに乗り込むなり、急に目が回ってきた。
咄嗟に何かに掴まろうと伸ばした手を、今西さんが支えてくれた。
「北条さんって家に着いてドアを開けた途端、酔いが回ってくるタイプ?」
「そぅ…かも」
情けない事に足元がおぼつかない。
「大丈夫ですか?ほら、もうすぐですから」
肩を貸してくれるらしい今西さんの好意に甘えて、支えてもらいながらよろよろと進むのがまた、何とも情けない。
「ごめん…な」
どうにか部屋に辿り着き、ベッドまであと2~3歩という所で今西さんが突然バランスを
崩した。
倒れ込むのを咄嗟に支えようとしたのだが…何分にも状況が悪すぎる。
「きゃあっ!」
「うわっ」
素面なら目も当てられないような惨状、と言わざるを得ない大失態。
どこからどう見ても押し倒した、としか見えない状況に焦って体を起こそうとするも、うまく力が入らない。
「北条…さん?」
すぐ下には今西さんの真っ赤な顔。
あぁ、その顔…。
ものすごーく色っぽくてそそられるんですけど。
なんて不埒なことを考えていたら…
「気持ち、悪…ぃ」
神罰テキメン。
「えっ?…え?
あ、あの…ちょっと待って!」
動けそうにないのを素早く見て取った今西さんは、慌てながら俺の身体の下から這い出し、空のゴミ箱を差し出した。
「大丈夫ですか?
吐いちゃったらラクになりますよ」
なんて言いながら背中まで擦ってくれる。
さすがにこれ以上、みっともない姿を晒すつもりはない。
また実際ムカムカするものの、辛うじて吐くには至らないようなので、忍の一字でひたすら我慢する。
それでもしばらく背を擦ってもらうと、ずいぶん気分がマシになったので、今西さんに礼を言うと枕に顔を埋めた。
「良かった、さっきより顔色ずいぶん良いですよ。
じゃ何か飲み物買ってきます。間違いなく喉乾くと思いますから」
ドリンクを買いに行こうとしてくれてる今西さんの手を咄嗟に掴んでいた。
「北条さん?」
「ごめん、飲み物よりこっちの方が落ち着くんだけど…」
挙動不審も我儘も百も承知だ。
というか、セクハラの可能性もあったのだが…。
振り払ったりはしないだろう、という確信めいた予想もあった。
けれど俺の言葉を聞くと、今西さんは照れ臭そうに笑い
「じゃ、しばらくこうしてますから、眠れるようなら寝ちゃってください」
と柔らかく手を握り返してくれた。
おかげで夢見がやたら良かった事は間違いない。