聖なる夜の小さな奇跡・後
サンタクロースである彼の本来の仕事は、子ども達にプレゼントを渡す事。
仮面の男のせいでだいぶ時間を取られてしまったけれど、一応ノルマのような物があるらしい。
北条さんは私を自宅まで送り届けてから大急ぎで片付けると言ったけれど。
なんとなく離れ難かったのと、今を逃すとちゃんと説明してもらえない気がして、強引に頼み込みソリに同乗させてもらった。
そんな押し問答もあったせいで、結局全てのプレゼントを配り終わったのは明け方に近い時間帯だった。
——あと1時間もすれば、夜が明ける。
同時にこの奇妙な空中散歩もまた、終わってしまうのだ。
その前にどうしても聞いておきたかったので
「私には知る権利があるんじゃないかしら?」
彼の目を見つめ、あざといかなぁ?と思いつつも可愛らしく小首を傾げてみる。
すると、渋い顔をしながらも北條さんは頷いた。
「じゃあ、…あの男の正体を聞いても?」
「ブラックサンタだ」
躊躇いがちに口にした問いに、彼は素直にそう答えてくれた。
「あの、子ども達の夢を奪うという?」
「そ」
あっけらかんと頷かれ、言葉に詰まる。
トナカイのひくソリが空を飛んでいるだけでも夢物語のようなのに、まさかブラックサンタまで実在するだなんて。
あまりにも非現実的過ぎて、なんて言って良いものか。
でも、そういえば北条さんは「俺が見えるのか」と言ったわよね。
これだけの騒ぎが起こり、堂々と空を飛んでいるにもかかわらず誰にも気付かれてない、という事は…?
——一体、どういう事なの?
現実離れした事ばかりで混乱する私を宥めるよう、北条さんは静かに話し始めた。
「俺達サンタの一族とブラックサンタの一族は、遥か昔から戦い続けてきたんだ。
ブラックサンタは子ども達の夢を奪い、それを自分達の糧とする。
夢を奪われた子ども達は、生ける屍のようになってしまうんだ。
息はしてるけど、ただ生きているだけの人形になっちまう。
俺達サンタは子ども達を守る為、プレゼントを口実に1軒1軒パトロールする。
俺達の配るプレゼントには、ブラックサンタの侵入を防ぐ護符のような役割があるんだ。
プレゼントのある家にはブラックサンタは入れない。
それに俺達も奴らも、活動できるのはクリスマスイブの1日に限定されている。
だからその1日を防ぎきるのが俺達サンタクロースに課せられた使命という訳」
予想を遥かに超えた突拍子もない話に、ただ呆然とするしかない。
あまりにも呆けていたからだろうか。
「…こんな話、信じられない?」
尋ねる彼の声が、それまでとはうって変わって切なげで、どこか寂しそうで。
ハッと我に帰った私は咄嗟に
「いいえ、あなたを信じるわ」
そう答えていた。
「…本当に?」
「えぇ」
「何でそんな簡単に俺の事なんか信じられるんだ?俺が……怖くないのか?」
探るような瞳の奥に見え隠れしているのは…不安?
それとも…悲しみ?
「怖い?何故…?」
言葉の意味が解らなくてパチパチと瞬きをすると、彼は顔を曇らせ
「俺は、君達とは違う」
小さな声で呟いた。
——何か、あったのかしら。
もしかしたら、彼は私達と「違う」という事で何か辛い目にあったのかもしれない、と漠然と感じた。
だから…彼は自身の事をあまり話したがらないのだろうか。
オープンな様でいてきちんと線を引き、そこから先は決して踏み込ませないようにしていたのだろうか。
…だとしたら。
私はその先へ踏み込みたい、と思った。
本当の彼を…知りたい。
もし、踏み込んでも良いのならば…。
「確かにあなたと私は違うかもしれない。
あなたの事を、私は何も知らないのかもしれない。
でも、私の事をあなたは助けてくれたじゃない。
本当は私なんかほっといて、あなた1人で逃げ出す事も出来たのではなくて?
にもかかわらずあなたは何度も何度も、身を挺して守ってくれたわ。
そんな人の事を怖がる訳ないし、十分信ずるに値する人だと私は思う」
本心からそう思っている事をちゃんと伝えたくて、彼の目を見つめながらキッパリと言い切る。
すると北条さんは、ガシガシと頭を掻くと大きく息を吐き出し
「サンキュ」
と小さく呟いた。
それでも曇ったままの彼の表情に、不思議と胸が騒ぐ。
何故だろう…。
何が彼をそんなに苦しめているの?
それを知ったところで、私に何ができるかわからない。
何もできないのかもしれない。
それでも…。
けれど私が口を開くよりも早く、北条さんが言葉を発した。
「仲間以外で、俺の正体を知ったのは君が初めてだ」
切なさと苦しさの滲む瞳に、悲しみの混じった声色に思わず息を飲む。
「君が俺を信じてくれるのなら、俺も君の信頼に応えたい。
だけど…ごめん」
——ごめんって…何?
言い難そうに口を開いては、その度に言葉を飲み込む北条さんは、何故かとても深刻な表情を浮かべていて。
私もまた、その先を聞くのが怖くて黙って彼を見つめる。
どれくらい無言のまま、見つめあっていたのだろう。
やがて意を決したように、北条さんは口を開いた。
「サンタの世界にも色々掟があってね。
正体を知られた場合、その人の記憶を消さなければならないんだ」
「それって……」
「君の記憶を…消さなければならない」
唐突に
『美人に隠し事なんて出来ない性質なんでね』
と言った北条さんの真意が分かった気がした。
その途端、胸にスッと冷たいものが落ちる。
「だからなの…?
どうせ記憶を消すから、しゃべったって平気だろうって?」
自分でも驚くくらい冷たく低い声だった。
「違う、と言いたい所だけど」
酷く寂しそうな顔で北条さんは首を振る。
「最初はそのつもりだった。
あそこでアイツに出くわさなければ、そうしていただろう。
だけど…なんでかな?
それ以上に君にだけは嘘を吐きたくなかったんだ」
むしろ彼の方が傷ついたような顔をして、私をじっと見つめていた。
「……記憶をもし消されたら、どうなるの?」
「どうもなりはしない。
後々障害が出る事もないし、今夜君が見た事だけが綺麗に消える」
「あなたの事も?」
「君にだけは本当の俺を覚えていて欲しい。
俺の全てを知って欲しい。
だけど…それは不可能なんだ」
絶望を秘めた声でそう呟くと、北条さんは手を伸ばし私を両腕で包み込んだ。
「私だって忘れたくない、あなたの事」
私もまた、両腕を伸ばししっかりと彼を抱きしめた。
「今まであなたが私達に見せてきた姿じゃなく、本当のあなたを忘れたくない。
いいえ、もっと知りたいの」
「悠香….さん」
「悠香って呼んでくれたじゃない。
あんなに必死になって守ってくれたじゃない。
抱きしめてくれたじゃない…。
忘れたくない、忘れるなんて出来ない!」
——私…いつの間にか、こんなにも北条さんに惹かれていたのね。
「……ごめんな」
…そんな優しい声、ずるい。
顔をあげると、北条さんはそっと指先で私の頬に触れた。
そして
「俺は忘れないから」
そう言うと何か棒のような物を取り出し、サングラスをかけた。
「な…に?」
目の前で光が炸裂し…私はゆっくりと意識を失った。




