お手柔らかに
別に社運をかけたプロジェクトでも、各地から精鋭を選りすぐった一大プロジェクトでもない。
どちらかといえば地味というか、堅実な企画だが…本社の営業本部長のお声がかりという事もあり、技術・製造部門に営業、総務、経理など各方面から人が集められた。
営業本部長、矢野聡一郎
営業1課より、主任・北条 智。
以下、江藤 和希、門馬 直人、田嶋 翔。
技術部より主任・今西 悠香、営業補佐兼任。
以下、主任補佐・野口 航平。
総務部より原沢 美里。
経理部より国枝 那月。
これだけのメンバーを集め立ち上げられた、その名も「Zeroプロジェクト」。
通常の業務から外された時は、正直何故自分が?と不満と不安の方が大きかったが…。
蓋を開けてみれば、部署の垣根や上下を取っ払った、実にやりがいのありそうなプロジェクトだった。
単なる1営業が、企画製造から参加させてもらえるなんて機会、滅多と…いや2度とあるもんじゃない。
若手がメインとあって、現場はいつも活気あふれて和気藹々。
時に議論が白熱するものの、互いの主張が「より良いモノ」を作る為とあって、雰囲気が悪くなる事はなかった。
そんな中でも、特に接する機会の多かったのが、かの今西 悠香。
我が社のアイドルにして、隠れファンも多いという女性。
清楚で控えめで優しくて…なんて、表の顔に騙されてはいけない。
現場に入れば油にまみれての作業も厭わず、というか進んでこなし、ベテラン顔負けの知識と腕をもつ。
クソがつくほど真面目で、責任感が強くて、大雑把に見えて繊細で、そのくせ妙に鈍感な所もあって天然で。
簡単には妥協しない情熱を持ち、それでいて割り切る事も切り捨てる事も出来る、潔さと強さがある。
男どもを大声で怒鳴りつけ、かと思うと鮮やかにいなし、時におだてて手綱をとる。
その手腕は見事というより他はない。
そしてもう1人。
我が社で今西女史と人気を二分するという国枝 那月。
彼女もまた、プロジェクトの一員としてその能力を遺憾なく発揮している。
「より良いモノを。
その情熱は素晴らしいし、気持ちはわかります。
しかし…何ですか、この計算は。
予算は限られているんです。
自然と湧いてくる訳でも、空から降ってくる訳でもない。
どんなに良いモノでも完成させてこそ、売れてこそでしょう?
金をかければ良いモノができる訳じゃないんですよ?」
彼女の言い分は正しい。
それは認める。
そして、良いモノを作りたいという俺達の思いが暴走しないよう、ストッパーとして苦言を呈してくれている事も。
『モノづくりとは、相手を思う心だ』
10年前、大学を卒業したばかりの俺を拾ってくれた先代社長の言葉だ。
自己満足や独りよがりで作ったモノは、どんなに良いモノでもお客様の満足度は低い。
とことん話し合い、突き詰めて相手の望むモノを形にする。
そういう意味では、勿論今回のプロジェクトにもお客様がいて、ライバル企業もいる。
製品の仕上がりは当然、価格やサービスという競争を勝ち抜いて、契約にこぎつけなければならない。
そこは営業の腕の見せ所だが…。
* * * * * *
先方との打ち合わせも数を重ね、要望を持ち帰っては検討を繰り返す。
その作業も、費やす時間も、全くと言っていい程苦にはならなかった。
それはひとえに、今西さんの存在が大きいからだと言っても過言ではない。
「お疲れ様」
PCと向き合い、何やら細かい調整をしているらしい今西さんに、近所のカフェでデリバリーしてきた珈琲を渡す。
「あ…北条さん、お疲れ様です。
ありがとうございます、おいくらでした?」
なにやら難しい顔をしていた今西さんが、やや表情を緩めながら振り向く。
「良いって、そんくらい。
頑張ってる今西さんにサービス」
ウインクなぞしてみせながら、何でもないように笑ってみせる。
と…
「頑張ってる俺には珈琲ないっすか?」
「珈琲いいなぁ~」
「抜け駆けはナシにしましょうよ、北条さん!」
途端に江藤、田嶋、門馬の営業チームから、やっかみに満ちた声が上がる。
「珈琲ならそこにあるぞ」
シレッと備え付けのサーバーを指差すと、さらに上がるブーイング。
そんな俺達を見て、今西さんは可笑しそうに小さく笑った。
「皆さん、仲良いんですね」
「そりゃ、付き合い長いですから」
1番長い付き合いの同期、門馬が張り切って答える。
って、おい、お前彼女居るだろうが。
ナニ張り切ってんだよ。
「散々しごかれましたしね、このヒトに」
使えるようになったが、その分生意気にもなった江藤。
コイツの新人教育をしたのは5年前、だったか。
「何だかんだで面倒見がいいんですよ、北条先輩は」
…何だかんだって何だよ。
ちゃんと面倒見てるだろうが、田嶋め。
「あーはいはい、わかったよ。
珈琲淹れりゃいいんだろ?」
「淹れるのはサーバーですけどね」
いちいち突っ込んでくるな、江藤のヤツ。
くそ、あいつの分だけ砂糖増量してやる。
肩を竦めながらサーバーに向かうと、そのすぐ後を今西さんが追ってきた。
「あの、淹れるのはサーバーだし、お礼と言っちゃアレなんですけど…北条さんの分は私がやっても良いですか?」
——可愛すぎるだろ!
おかげでその日の仕事が捗ったのは、いうまでもないだろう。
そして、甘すぎる珈琲に江藤が悶絶した事も。
…ザマミロ!