fragile 10
でも…
「そんな難しい事は言わないよ。
ただ、俺の目の届かない所で事故にあわないで。
あんな心臓に悪い…辛い思いはもうごめんだから」
真剣な言葉に、切ない眼差しにハッと息をのむ。
「ごめ…」
「謝って欲しい訳じゃないし、怒ってる訳でもないんだ」
私の言葉に被せるように智は言った。
「ただ…そうだな。
もう悠香のいない人生は考えられないって事。
だから何があっても駆けつけられるよう、俺の目の届く所にいてくれ」
まるで宝物にでも触れるように恭しく私の頬に触れる智の、慈しみのこもった顔から目が離せない。
「笑ったり迷ったり悩んだり。
時には泣いたり怒ったり。
そんなかけがえのない大切な時間を、悠香と共に積み重ねていきたい。
今回の事でつくづく思ったんだ。
悠香に万が一何かあっても、今のままでは俺にはそれを知る術も…それどころか下手したら会う事すらできない。
今回はたまたま…悠香の携帯の待ち受けや、君の自宅で病院からの電話を取ったのが俺だったり、偶然が重なって何とかなったけど、「家族」でないとどうする事も出来ない壁がある。
それは困る…っていうか、嫌なんだ。
今回の件で俺と君の絆は深まったと、そう思うけど…。
目に見えない絆だけでなく、対外的な関係性も含めて、悠香と一緒に積み重ねていきたいんだ。
俺達、まだ出会って1年も経ってないし、気が早いって思うかもしれないけど…。
その、君となら思いやりと愛に溢れた家族になれるっていうか、家庭を作りたいっていうか」
——それって、まるでプロポーズのようじゃない?
いつも何があっても平然としていて、弁が立って余裕綽々な智が。
途中からは頭を掻きむしって、時折詰まりながらも懸命に言葉を紡いでいるなんて。
「こんなグダグダでほんっと申し訳ないんだが、これでもプロポーズのつもり…なんだ。
いや、話の流れがおかしいとか、今言う事か?とか我ながら思うし、カッコ悪いんだけど…」
手を伸ばし、必死になって言い募る智の唇に触れて言葉を遮る。
「私、相当頑固よ?」
「…知ってる」
「やきもちだって焼くし」
「うん」
「束縛だってしちゃうかもしれない」
「悠香なら大歓迎。
それになにがしかの欠点があっても、お互いにそれを受け入れて補い合っていければと思う訳よ。
文句言ったり時には喧嘩しても、やっぱり一緒に居たいなぁって」
——好きな人にこれだけ想ってもらえるなんて…。
もの凄く幸運な事なのかもしれない。
一時は途切れかけた絆を再び取り戻した後だからこそ、余計にそう思う。
「答えは急がな…」
「よろしくお願いします」
「って、…え?」
即答したのがよほど意外だったのか、彼は鳩が豆鉄砲を食ったように目をパチクリさせた。
「えー…と、悠香、さん?」
「これからも末長くよろしくお願いしますね」
にっこり笑ってみせると、口をぽかんと開けたまま更に目を瞬かせる。
そんな…間が抜けた顔ですら愛おしいと思うのだから、私も相当なものね。
「えっと、いいの?俺で…」
何を今更、と思わなくもないけれど。
「貴方が良いの」
そう告げた瞬間の智の表情を、一生忘れることはないだろう。
純粋な歓喜に輝く、愛する人の心からの笑みを。
——絆。
それは脆くて儚く、些細な事で壊れてしまうモノ。
一方で強固でかけがえのない大切な…私達が積み重ねてきた日々の証。
それを智と、これからも更新していけるなら……。
この事故も、そう悪いものではなかったのかもしれない。




