表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
17/37

噂の


2人の住む町に最近出来た、美味しいと評判のパティスリー。

そういう情報は口コミで瞬く間に広がるものだ。


蒼製作所も例外ではない。

ランチタイムに美里から情報を仕入れた悠香は、早速帰りがけ北条にその話をした。


実は悠香は甘いものには目がなかった。



「でね、わざわざ電車に乗ってまでも買いに来る人が絶えないんですって。

美里のお勧めはモンブランで、これがまた絶品だって彼女力説してたわ。


それにチーズケーキもしっとりしてて、程よい甘さで勿論くどくなくて後味がさっぱりしてすごく美味しいって。

ねぇ今度1回寄ってみましょうよ」



こんな時の悠香は、子供のように目をキラキラと輝かせて本当に可愛らしい、と北条はだらしなく伸びそうになる鼻の下に手を押し当てた。


「それだったら今から行ってみようぜ。

まだ大丈夫だろ?時間」


そう促すと悠香はニッコリ笑って


「えぇ」


と嬉しそうに頷いた。



さすがに噂になるだけあって、洒落たドアから店内に入ると真っ先に目につくショーケースには、色とりどりのケーキが並べられていた。

種類も豊富で大きさも様々なケーキの前で、悠香は途方に暮れたように立ち尽くした。


ケースの前でどれが良いか頭を悩ませている他の女性同様、もしくはそれ以上に迷っている恋人に北条は新鮮な驚きを感じた。



——悠香でもこんなに迷う事があるのか…。


大胆な決断力と実行力。

それらを兼ね備えた、職場での彼女と同一人物とは思えないほど、ケースの前で迷い決めかねている悠香。

次から次へと目移りするのか、あっちこっちと視線を移し、頬に手を当てて考え込む悠香の様子を、北条は微笑ましく見守った。


「ねぇ智、これとこれとこれ、どれが良いと思う?」



ややあって、困りきった表情で彼女が指差したのは、案の定モンブランとチーズケーキとアップルパイ。


「かなり迷ってこれだけに絞ったんだけど…どれも美味しそうで決められないの」



——あぁ、ホント可愛い。

意思に反して緩みそうになる頬を無理やり引き締め、北条は妥協案を出した。


「じゃあそれ、全部買ったら?」


「でも…」


躊躇うようにケースを見つめる悠香に北条は安請け合いした。


「それくらいペロッと食べられるって」


「だけど…一遍に食べたら太っちゃう」



甘いものが苦手な北条は、ケーキの類を殆ど食べないのを知っている悠香は、なおも躊躇ったが


「大丈夫だって。

まぁまずあり得ないと思うけど、万が一悠香がおデブさんになったとしても俺の愛は変わらないし、そんなに心配なら食後の運動に全面的に協力するから」


臆面もなく言い放つ北条の台詞を聞き終わるや否や、悠香は火を噴きそうなほど真っ赤になって


「智ッ!」


と涙目で睨みつけた。

けれど睨まれている北条はどこ吹く風といった様子で


「じゃあ、これとこれとこれ」


さっさと注文をして会計を済ませる。

そしてケーキの箱を受け取ると、悠香の腕を取って店を後にした。



「もぅ!人前でなんて事を言うの。

あぁ、恥ずかしくて二度と行けないわ!

素敵なお店だったのに」


しっかりケーキの箱は受け取ると、悠香は北条を置いて足早に歩き出した。

慌ててその後を追いかける北条。

けれど悠香はいくら北条が声をかけても、返事はおろか視線すら合わせようとはしなかった。



もてる割に空気を読まない1言のせいで、アイドル的存在以上にはなれなかった北条だが、それでも自分の不用意な発言で恋人が怒っているという事は理解していた。


「なぁ、悠香、なぁって。

俺が悪かった、この通り!」


目の前でパンっと両手をあわせ、オーバーな仕草で謝りたおす北条を、悠香は横目でジトッと見上げる。

どう見たって間違いなく自分の方が、恥ずかしい思いを味わわされた、いわば被害者の筈なのに。



先程から謝り続ける北条と、それを受け入れない自分を見る人々の視線に、納得の行かない思いを抱きつつ、悠香は溜め息をついた。



…本当の本当は、もうそれほど怒っている訳ではないのだ。

けれど後ろからついてくるこの男は、甘い顔をするとすぐ調子に乗る癖がある。

ここは今後の事も考えて、少しきつめにお灸を据えておこうと悠香は考えていた。


敢えて返事をせずに更に歩くスピードを上げる。

歩きながら鞄をまさぐり、鍵を取り出してマンションのオートロックを解除すると、当然のように北条もついてきた。



「悠香」


運良く1階で待機していたエレベーターに乗り込むと、北条はさっさと開閉ボタンを押し悠香の腕を取った。


ちゃんと向き合い


「さっきはホント…ごめん」

と頭を下げる。

真剣な眼差しに心がぐらりと揺れそうになる悠香であった。


「すごく…恥ずかしかったのよ。

人前であんな恥ずかしい事言うのはやめて」

…でも簡単には許してあげないんだから、と抗議すると


「どっちが?」

思いがけない台詞に、悠香の頭は一瞬真っ白になった。


「…え?」


「いや、だからどっちが恥ずかしかったのかなって。

前半と後半」


「ど っ ち も!!」



——やっぱりこの人に「場の空気を読む」事と「女心を理解する」事を望むのは、無理な相談なんだろうか…?


真剣に頭痛を覚えた悠香であった。


  * * * * * *


噂になったのはむしろ彼らの方w


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ