ボディーガード
矢野本部長指揮のもと、大成功を収めたプレゼン。
その後、厳しい競争を勝ち抜き、無事契約を取り付ける事が出来た。
この契約をモデルケースとし、今後は関連企業や中小企業との契約を目指す事なり、営業1課が後を引き継ぐ事となった。
そしてプロジェクトの成功を祝う打ち上げが、メンバーと技術部1課・営業1課合同で店を貸しきって行われ、本部長の簡単な挨拶をもって今しがた終了。
1部の人間が次はカラオケに行こうと騒いでるのを見ながら、悠香はそっと帰り支度を始める。
2次会組に捕まらないように、そそくさと店を出ようとすると
「今西どこに行くんだ。
まさか帰るなんて言わないよな?
お前もカラオケに来い!」
セクハラで有名な営業1課長が、逃がさないぞと言わんばかりに、悠香の腕を掴んで引き止めた。
「あの…でも私」
「課長命令だ、お前も付き合え」
——直属の上司でもないくせに、課長命令って…。
矢野本部長の前でも、同じ事が言えるのかしらね。
女性社員を不躾にジロジロ眺め、セクハラ発言を繰り返し隙あらば絡んでくるくせ、女をお茶汲みか雑用係くらいにしか思ってない。
社内でもだいぶ問題視されてはいるものの、営業成績は抜群に良いため表立って処分もされず、また矢野本部長の「注意」もさほど効き目がない。
そんな営業1課課長が、悠香は大嫌いだった。
普段は2人きりにならないよう細心の注意を払い、それなりに上手くにあしらってきた。
しかし酒臭い息を吐きかけられ、腕を掴んだままニヤついているこの男を1発ぶん殴ってやりたい。
そんな衝動に悠香は駆られ、拳を握りしめる。
「今西さん、ちょっと!」
その時北条が絶妙のタイミングで呼び、これ幸いと悠香はそちらへ駆け寄った。
「ありがとうございます、助かりました」
目聡い北条は、これまでも何度か悠香のピンチを救ってくれていた。
「で、どうする?
課長ああ言ってるけどカラオケ行く?」
フルフルと首を振る悠香に
「だよな~」
北条も呆れたようにため息を吐いた。
「化粧室に篭ってな、頃合い見計らって電話するから」
「おーい、今西!」
大声で呼ぶ課長から逃れるよう、悠香は化粧室に駆け込み、それを見届けた北条は
「今西さん、具合が悪いそうなんで、先に行っててください」
と課長に頭を下げた。
「ホントか?なら俺が待ってて…」
「何言ってるんですか。
皆、課長の歌を楽しみにしてるんですよ。
あいつらの楽しみ奪っちゃ駄目でしょ」
さり気なく近くにいた門馬と江藤に目配せすると、心得たとばかりに
「そうですよ、課長の十八番聞かせてくださいよ」
「さっ、課長行きますよ。
いつものとこで良いんですよね」
と課長の腕を両脇から引っ張り、店から連れ出してくれた。
社の人間が全員店を出たのを確かめると、北条は悠香の携帯を呼び出した。
「今西さん、もう大丈夫だよ」
化粧室から出てきた悠香は、ややゲンナリしながら
「いつもありがとうございます」
と礼を言った。
「どういたしまして。
もう帰る?帰るなら送っていくけど」
「そんな…送っていただかなくても大丈夫です、私」
「なーに言ってんの。
万が一課長に見つかったらどうすんの?」
途端に眉を顰めた悠香のおでこをツンと突付き
「ボディガードって事で」
とウィンクする北条の言葉に、悠香は甘える事にした。
* * * * * *
週末の夜という事もあって、遅い時間にもかからず通りには人が溢れていた。
それは電車内も同じ事。
ラッシュ時よりはマシ、という程度の混雑に辟易しながら乗り込んだ車内は、暑さのせいもあって妙に息苦しかった。
「っ!」
我先にと降りる人に押され、堪えきれず吊革から手が離れてしまった悠香がよろめく。
とっさに北条は腕を伸ばしていた。
人の流れに逆らわずに悠香をドア脇の手すりの所まで誘導し、その前に壁の如く立ちはだかる。
「あ…りが、とう」
「いいえ、ボディーガードですから」
至近距離でニヤリと笑う北条に、悠香の鼓動が早まる。
今度は電車に乗り込んでくる人に押され、腕を突っ張り耐える北条。
けれど傍から見たら壁ドンに見えなくもない体勢。
しかも何気なく顔を上げた瞬間、予想以上に近い所に顔があり、悠香は慌てて顔を伏せた。
——なんか、心臓に悪いかも。
一旦意識してしまうと、もうダメだ。
北条の鍛えられた腕や逞しい胸、そしてほのかに漂う爽やかな香り。
どうしようもなく意識してしまうそれらをシャットアウトしたくて、悠香が目を瞑った瞬間。
電車が揺れ、押された北条の身体が密着する。
「っ!ごめん」」
「いえ…」
北条の胸に顔を押し当てる形となり、焦った悠香の耳にドクドクドクと早い鼓動が届いた。
——北条さんも…少しは意識してくれているのかな。
だとしたら、ちょっとだけ嬉しいかも…と思いつつ、悠香はそっと笑みを浮かべた。
嫌がるそぶりを見せず寄り添う悠香に、不可抗力とはいえ密着してしまった北条の心臓は高鳴る一方だ。
つい抱きしめたくなるが、流石にこれ以上はマズイ。
そう思って自制しているが、鼻先を掠める甘い香りに、ともすれば北条の理性は焼き切れそうになる。
——嬉しい。
けど…心臓に悪い。
せめても、と顔を上げる北条を笑うかのように、窓の外では三日月が青白い光を放っていた。




