そして僕は空を見上げた。2
巨大な浮石の上に作られた街『スレアテート』
古代言語をそのまま使っている街だ。
この街には空団と呼ばれる、地上で言う冒険者ギルドのような組織がある。
空団と冒険者ギルドの違いは、浮石艇を使うかどうかの違いしかない。
冒険者が馬車や徒歩で遠出するのに対し、空団員は浮石艇を操縦して遠出を行うのだ。
そんな訳で、空団員の操縦士に遠出の送り迎えを依頼する冒険者は多い。
閑話休題
スレアテートの空港に1艇の浮石艇が入港する。比較的大きな浮石艇で、全体的に豪華絢爛な装飾がされている。
そこから降りてくるのは、10人の少女達。その中で一際目立つ少女がいた。
シャルロット・ル・フェーヴル
国の防衛関連を担うフェーヴル家当主の三女で、天才的な魔法使いでもある彼女は、何も不自由ない生活かつ潤沢な財産により、欲しいものは殆ど手に入る暮らしをしていたせいか、我が儘で横暴な性格となっていた。
これでは不味いと感じたフェーヴル家当主は、上二人の娘のように政略結婚はさせずに、本人の魔法の素質をそのまま使えるように冒険者にさせてしまったのだ。
これで金勘定や人間関係の大事さを学んで、横暴な性格が治せるのではないかと当主は思っていたのだが、ネームバリューが強すぎて逆効果になってしまった。故に、今のうちに家との繋がりを切って、何かしらの損害を被らないようにしようかと思うフェーヴル家当主である。
「ふんっ。みすぼらしい街ですわね。貧相な匂いがしますわ」
「邪魔な蟻どもですわね。馬車で踏み潰しても問題無いんじゃないかしら?」
そうとは知らずに今日も毒を吐き、敵を作るシャルロット。側にいる他の少女達は一切反論せずに、そうですね!私もそう思います!等とご機嫌とりしてばかりだ。
一行は空団の総合依頼取扱所に入ると、現在ある中ででの最高難易度の討伐依頼を受ける。
その間も毒を吐き続けるシャルロット。そんな険悪な雰囲気の中で1人の男が入ってきた。
「おい、あいつサバイバーか?」
「ああ、あいつだ。今回も帰ってきやがった」
「よし勝った!」
「ちっ!悪運の強い奴め」
「ばーろう。それは奴にとっての誉め言葉だ」
急に騒がしくなる中、男は受付まで行く。
「お帰りなさいウィリアムさん。また置いて行かれたんですね。報告は受けてますよ」
「そうか、他の奴は無事に帰ったか。よかった。ああ、はいこれ犠牲になった2人のタグ」
「…わざわざありがとうございます」
「二人が襲われたカモアギリスだが、右目に矢をぶっ射して来た。多分見れば分かると思う。あと、そのせいで凶暴化した恐れがある。すまない」
「分かりました。副団長には私から言っておきます」
「ありがとう。それと、これ。依頼のマイケル草30株」
「あら、流石ですね。先に帰って来た彼らは10株にも満たなかったのに」
「流石に新人には負けんよ」
「なに言ってるんですか。ウィリアムさんもまだ22じゃないですか。年寄り臭いですよ?…はい、依頼完了の書類が出来ました。サインをお願いします」
「はいよっと。…他の奴への報酬の分配はどうなってんだ?」
「はい、山分となっておりますので均一に分配されます」
「そうか。犠牲者2人の報酬は、彼らが元から組んでいたパーティーに上乗せしてやってくれないか?」
「…よろしいのですか?」
「ああ、俺は臨時だからな」
「ではその様に。依頼達成お疲れ様でした」
「ふあ~疲れた。帰って寝よう。何時もの宿にいるから何かあれば使いを寄越してくれ。じゃっ」
「はい、またのお越しをお待ちしております」
そう言って『サバイバー』と呼ばれた男は出ていった。
少し面白くなかったシャルロットだが、今しがた入ってすぐ出ていった汚い男など直ぐに忘れ、自分の浮石艇に戻って準備することにした。
今回も無事に帰り着いた俺は、総所(総合依頼取扱所)に報告を済ませた後に、珍しく長期で借りている宿で風呂に浸かりながら明日の事を考えていた。
帰って来たばかりだが、早めに依頼を消化しないと懐が寂しくなる。宿泊代と食事代と水代は、つい先日1クトゥス(1週間)分は払ってあるからいいとして、問題は矢代と防具代だ。
短弓本体は、エルフのアルケミストがアングリルドラコ(角竜)の角から削り出したものだから壊れることは滅多にないだろうが、消耗品である矢は買うか作るかの2択しかない。
防具もどちらかと言えば消耗品で、何度かは体を守ってはくれるがほぼ数日でボロボロになってしまう。
フルプレートメイルのような重武装をしていても同じだ。モンスターの中には火を吐くもの、酸を掛けてくるもの、金属が主食なのもいるのだ。避けるという動作が非常に重要な空団や冒険者には、まず重武装の奴は居ないと言っていいだろう。特に空団員は、浮石艇に素早く乗り降りしないといけないせいで、重武装なんてやってられないのである。
話しを戻そう。
大抵の防具は、その使用者の体の動きを阻害しないように作られている。俺の防具は、革と金属で急所を守るだけの軽さと動きやすさを重視したタイプだ。その下に、体にピッチリ合うタイプの服とパンツを着ている。
だが、今回の帰還でかなりボロボロになってしまった。防具の元になる素材があまりいい素材じゃなかったせいかもしれない。まぁ、何度か助かってはいるから感謝はせねば。
おそらく防具代だけで5万モネはするだろう…。
何時も使う矢が100束で1万モネ。
替えの弦は…まだあるか。
今回の報酬が2万モネ…。
足りない…どう考えても足りない……。ああモネモネ欲しい…。
「はぁ…たまにはソロで稼がないとダメかなぁ」
ソロは危険が付きまとう、どころではない。常に死と隣り合わせだ。討伐系とかは特にヤバい。助けが来ないという絶望の中で依頼を達成しないといけない。ただでさえ、高難易度の討伐系か採集系の依頼しかない空団の依頼掲示板の中から、ソロで出来そうな依頼を見つけることがどれだけ難しいことか。
空団の依頼とは別に、スレアテートの下にある街の冒険者ギルドで依頼を受けてもいいが、報酬が安い上に依頼主がよく分からない依頼が多いからあまり受けたくない。
まぁ、ごちゃごちゃ考えても意味はない。取り敢えず明日にでも依頼を見に行くとしよう。
そう思い、風呂から出て普段着に着替え、明日に備え寝る準備をする。
やはり疲れていたのか、直ぐに夢の世界へ落ちていった
朝、ボロボロになった防具に応急措置を施し、準備を終えてお得意先の工房へ向かう。
「ヴェンいるかー?」
「いる。ウィルか。入れ」
「おーう。うわー、散らかってんなー」
「散らかっていない。すべて場所を把握している。それでなんの用だ」
ヴェントス。古い言葉で"風"を意味するらしい言葉の名を冠するこいつは、件のアルケミストのエルフだ。容姿端麗かつ長寿な種族だが、なにせ人口数が少ない故になかなか街中でも見ない。
「ああ、何時もの矢を100ほどくれ」
「そこの角に50づつ束ねてある。1万だ。その台に置いておけ」
この男は腕はいいんだが…なんというか、金に無感情というか、凄い心配になる。早く嫁を取らせたいのだが、エルフの女性もなかなかいないせいで半ば諦めている。
「ここ、置いておくぞ。確認しろ…したな?よし、じゃあまた来るわ」
「まいど。気を付けて行け」
「あいよー。またなー」
ヴェンと別れ、空団の総所に向かう。途中なんか凄い奴らがいたが、多分貴族の娘かなんかだろう。今から出発するのだろうか。
あの娘、なんか凄い毒を吐いているようだけど、彼女の将来は大変そうだなと思ってしまうのは、他の奴と考え方がズレているせいか。
それより自分のことだ。他人の事を心配している暇はないぞ!よし、今日もがんばろう!
「そして僕は空を見上げた」
半壊しながら去って行く浮石艇をチラッと見ながらふざけてみる。その隙を見逃すまいと巨大な焔の塊がさっきまで居たところに着弾する。
今日の依頼は、とある主要空路に居着いたフランマドラコの討伐だ。国の依頼なだけに報酬は分割してもなお破格で、ベテランの冒険者12名にフリーの上級空団員4名を加えた4パーティーによる討伐戦と言うことで、ソロで依頼を受けるより楽ができると踏んで受けた。
近距離隊、遊撃隊、遠距離隊、支援隊に分け、効率良く速やかに討伐することを目的とした部隊、なのだが、2つ問題が生じた。
1つは、ベテランどころかほぼ新人の冒険者が4人居たこと。
もう1つは、その4人が協調性がなかったことだ。
俺から見ても、明らかに冒険者になって1年も経っていないような4人で、遠距離隊を任せるには不安があったのだが、空団での依頼ということで何も言わなかったのだ。
空団が許可したなら…と言うことでほかのメンバーも納得はしたのだが、知り合いのベテラン冒険者から要警戒の旨を言われた。
その不安は的中し、意味の無い魔法攻撃や必要以上の威力を込めた魔法を放つせいで近距離隊は瓦解し、注意を引いていた遊撃隊の意味も無くなり、その注意を引いてしまった遠距離隊に攻撃が集中した。
これ以上は危険と判断したベテラン達は撤退を選び、遠距離隊が注意を引いている間に浮石艇へ駆け出していた。
「ウィル!お前も早く逃げろ!あいつらに構っていると死ぬぞ!」
「わかってる!だが!少しでも生存者は増やしたい!奴らの退路を開けるだけ開く!」
「ばかやろう!もう知らねぇからな!お前1人でもいいから帰ってくるんだぞ!!」
「ああ!あっくいけっ!!羽根つきトカゲ野郎に気付けれんぞ!!」
「帰ってくるんだぞぉおお!絶対だぞぉぉぉおおおお!!」
「ったく、心配性め…ありがとよ」
感傷に浸るのは後だ。あの娘達は、1人が障壁系魔法のオビスとか言うやつで凌いでいるが、もう持たないだろう。
フランマドラコの背中側に走り、ヤツに向けて殺気を飛ばす。
その殺気に気づいたのか、ヤツがこっちに注意を向けるのを感じながら遠距離隊の4人に向けて叫ぶ。
「依頼は失敗だ!!急いで浮石艇に向かえ!その間俺が注意を引く!」
「……!」
なにか喋ったようだが、あいにくそれに返している隙はない。
「急げ!死ぬぞ!!」
3人が走り去り、1人がフラついて倒れる。パッと見た状況からして魔力欠乏による意識障害か。まったく世話の焼ける。
倒れている娘と、浮石艇が置いてあるの方向に注意が向かないように目の付近を狙う。決して目に当ててはいけない。当てれば凶暴化し、更に被害が増える。
ベストなのは、ヤツに対して俺が何も出来ないと思い込ませて、俺で遊ぼうとさせることだ。強い生物は、自分が強いと考えると攻撃が少なくなり、相手で遊びたくなるものだ。その隙を見て逃げ出したいのだが、こいつの場合遠距離隊がかなり怒らせたから望み薄ではあるがな。
数分すると、ちょうど視界に乗ってきた浮石艇が写り混んだ。
浮石艇は浮石の反重力作用で動くのだが、推進停止の時や方向転換の時に魔力を使う。その為に割りと大きな魔力波動が出るのだが、攻撃を最低限にしていたせいか、ヤツは浮石艇の推進の魔力に気付き、そっちに注意が向いてしまった。
「グガガガ」
「あ、やっべ!」
ヤツの口腔内に特大のフレアの兆しが見え、慌てて標準をヤツの右目に定める。そして、フレアが放たれる直前に射撃。命中!
「ブガバアアアアアア」
フレアは放たれたが、起動がズレて直撃は免れた。
「グギァ………」
少し暴れた後、器用に前足で目に刺さった矢を取り除き、残った左目で此方を睨んでくる。
「そして僕は空を見上げた」
結論から言うと、なんとかフランマドラコからは逃げ出せた。
お陰で離脱用アイテムがかなり無くなってしまったが。
それと、魔力欠乏でぶっ倒れた娘もしっかり救出できた。
今は木の根元に寝かせているが、もうそろそろ起きるだろう。
それにしても、なぜ態々この娘を助けたかと言うと、例の貴族の娘だったからだ。
恐らくだが、貴族を見捨てたという罪で全員何かしらの罰を受けるだろう。最悪処刑もある。
それを回避するために少々無茶をしたんだが、この娘を街まで持っていくことが無茶なんじゃないかって思い始めてきた。
ただでさえ高慢で我が儘、良いところ育ちでサバイバルなんてしたこと無いだろう。しかも、体つきを見るあたり素の体力は無さそうだし、足もかなり細い。
「ん…」
どうやら覚醒が近いようだ。水とマイケル草を準備する。
「ここ…は…?」
「悲しい事に森の中だ。お嬢さん」
「わた…くしは…はっ!?ミリーは?アンナとクリスティーナは!?」
「落ち着け、恐らく無事だ」
「そう…状況から見て私は置いていかれたのね…。当然の報いだわ」
「そう僻むもんじゃない。まだ生きてるだろう?」
「ええっと、貴方は…?」
「一応同じ依頼仲間だから覚えてて欲しかったんだが、まいいさ。改めまして、俺はウィリアム。ウィルと呼んでくれ。シャルロット・ル・フェーヴル嬢で間違いなかったか?」
「ええ、間違いありませんわ。それで?私を助けてどうするつもりなのかしら?正直、私が居なくなって喜ぶ人間の方が多い気がしますわ?助ける価値などありはしないと思いますわよ?」
「………」
「今更気づいたのかしら?それならここで私を犯して殺してもバレはしませんわ?大丈夫ですわよ?私は処女ではありますが、せめて気持ち良くなれるように努力致しますわ。さぁどうぞ」
「………………」
「どうしたのです?うら若き少女の体ですわよ?」
「なぁ……」
「はい?」
「そんなに涙流して、震えている女を抱けると思うか?俺にはそんな特殊な性癖は持ち合わせてないぞ」
「えっ……あっ………」
「はぁ…ほら、水とマイ…薬草を練り込んだ軟膏だ。怪我した所を水で洗ってこれ塗っとけ。あと、ほれ、綺麗な布だ。涙拭け」
「………」
「俺は周囲に警戒石を置いてくる。それまで少し生きることを考えとけ」
そう言って俺は立ち上がりつつ、ウエストポーチの中から警戒石を取り出して周りに置いていく。
チラッと横目に見た彼女は、地面に座りながら静かに泣いているようだ。
警戒石を置き終わり、彼女がいるところまで行って弓と矢筒と一体化したリュックを置く。
リュックの中から着火材を取り出し、警戒石を置くついでに集めてきた枝と枯葉を組んでいく。
「インチェンディウム」
点火の魔法で着火材に火を点けて、組んだ枝の中に放り込む。その上に折り畳み式の鍋置きを置き、鉄で出来たカップを置いて水を入れていく。
ある程度お湯になってきたら、カップを取りあげてその中にトウゼン草の乾燥した葉を包んだ布を入れて沈める。
布から染みだした黄緑色のエキスが全体に回ったぐらいで布を取り出し、カップを彼女へ渡す。
「飲んどけ。今まで飲んできたものより不味いかも知れんが、そのお茶には気を落ち着かせる効果がある。それを飲んだら一度寝るといい。警戒は俺がしておく。心配するな。こんな危険なところでお前を襲える程の勇気はない」
「分かりましたわ………美味しい……」
「お、貴族様の舌にも合うとは思わなかった。さっきも言ったがそれ飲んだら寝ろよ?数時間寝るだけでも十分違う」
余程口に合ったのか、彼女は直ぐに飲んでしまった。
「どうして…助けてくれるのです?」
一息ついて落ち着いたのだろう。先程口にした疑問をもう一度してきた。
「理由は2つある。第一にというかこれが一番重要なんだが、あんたが貴族の娘だからだ。あんたを見捨てて逃げたとなれば、それ相応の罰が下る。最悪、参加者全員の首が物理的に飛ぶ可能性もある。本来なら、あんたを一番浮石艇に乗せてやりたかったんだが、まさか倒れるとは思わなかったからな。
それと、出来れば言いたくはないんだが、あんたの取り巻きらしき3人がいただろう?その女3人は、あんたが倒れたのを確認しながらも、助けようとせずに浮石艇に乗り込んだ。この意味が分かるな?それが気に食わなかった俺の良心からきたお節介が、もう1つの理由だ。さぁ、聞きたいことは聞いたろ。もう寝ろ」
「………ありがとうですわ」
「どういたしまして」
そうして彼女は、暫くすすり泣きをして寝息を立てて眠りについた。