ある想いの話
中は広いリビングだった。中央に大きな丸テーブルがあって、10個の椅子がそれを囲んでいる。何もない殺風景な部屋、と言いたいところだが、この部屋にも戦士たちの亡骸が無数に転がっていた。
先程よりも強く霊気を感じるが……。根源はもっと奥だろう。向かいに見える扉の方から、更に禍々しいものが肌に伝わってくる。
壁際の遺体がカチャカチャと音を立てて動き始めた。
後ろでロッタさんが剣を構える気配がする。
「ロッタさん。ここ、お願いできますか?」
「あ? なんでだよ。お前どこに行く気だ?」
「先に奥の部屋に行ってます。申し訳ないですけど、ここ、片付けてもらっていいですか?」
「……別にいいけどさ」
言いながら、ロッタさんは生成されたばかりのスケルトンの首を打つ。怒るか、と思ったが特に不満そうでもなかった。私は敵の攻撃を回避しながら、必要あらば敵に札を貼り、浄霊しながら先へと進んだ。
アンデット達から遠ざかり、私は息を荒げながらようやく扉の前に立つ。後ろでは相変わらず、ロッタさんが楽しそうに大剣を振っている。
奥の扉を開けようと、ドアの把手に触れると、『ビリリ!』と電流が走った。私は思わず大げさに退く。
……静電気か?
……いや、違う。
何度触れても電流が走る。
そもそも電流ではないのかもしれない。これは、強い霊気だ。
「ここには入って欲しくないみたいですね……」
これでは扉を開けられない。だが、部屋に重要な何かがあるのは間違いないようだ。手を合わせ、教を唱える。
しばらく読み続けると、少し邪気が払われたような気がしてもう一度、把手に触れる。……大丈夫だ。今度は痺れない。私はおずおずとドアを開けた。
ドアを開けた瞬間、ものすごい勢いで何か大きな物が私の顔を目掛けて飛んで来た。私は瞬間的にしゃがみ、頭を抱える。間を置いて、後ろの方で何かが落ちる音がした。恐る恐るそちらを向くと、椅子が一つリビングの床に落ちている。
……あの椅子が、私の顔をめがけて飛んできたらしい。
「なんだよその椅子! 今、その部屋の中から飛び出してきたぜ!? あはは! ビビんなよ、ナカハラ!」
ロッタさんが後ろの方で愉快そうに笑う。
……笑わなくたっていいじゃないか。私は少しムッとしながらも、警戒しながら部屋に立ち入った。
部屋の中は女性部屋のようだった。
今までの部屋よりは小さいが、一人で使うには十分すぎる広さだ。私がこの部屋を女性部屋と認識したのは、部屋の隅に化粧台が一つあったからだ。その他に、大きなベッドが一つ。テーブルにソファ、書斎机が一つ。
書斎机が気になって、近寄ってみる。机の上に写真立てがいくつも並んでいる。家族写真のようだが……何か不自然な印象を受けた。
手に取って、一つずつ眺めてみる。
どの写真にも、中心にいるのは見たことのない女性だった。彼女は活発そうで、明るい笑顔を作っている。彼女はどの写真でも、オレンジや黄色などの明るい色の服を着ていて、首に青い石のネックレスをつけていた。
この女性が、恐らくはアルシアさんだろう。周辺の聞き込みの印象と一致する。身長はロッタさんと変わらない。160cmといったところか。年齢は20代前半くらいに見える。目がまん丸と大きくて、愛らしい顔だ。少し肌が黒く、東南アジア系の印象を受けた。長く黒い髪を、後ろでまとめているようだ。
そうか……。
何がおかしいのかと思えば、この写真のすべては、どの写真とも周りの家族が一致しないのだ。アルシアさんの立ち位置はいずれも同じなのに、それ以外の家族がまるごと別の人に入れ替わっている。それなのに、いつも写真の中心にいるのはアルシアさんだった。
つまりアルシアさんと周りにいる人たちとは、どちらも他人なのだ。他人の家族写真の中、アルシアさんは家族のように写っている。
……よく見れば、周りにいる人はいずれも、この周辺で聞き込みに応じてくれた人たちだ。写真の1枚にはジェイクさんも写っていた。
どういうことだ……?
何故、アルシアさんは他人と撮った写真ばかりをここに飾っているんだ? その実、本物の家族の写真はここには無いようだった。
そう言えば、聞き込みをした時に、彼女の両親の話は一切出てこなかった。子供が居なくなれば、真っ先に心配して出てくるはずの人物。家族。両親。
その影が見えてこない。彼女の本当の家族は……どこにいるんだ?
続いて、書斎机の引き出しを開けてみる。中にあったのはスケッチブックだった。引き出しの中、何冊ものそれが丁寧にしまってある。何気なく、一番底にある古そうなのを手に取ってみた。
スケッチブックを開いてみると中にはクレヨンのようなもので、おそらく家族の姿が描かれていた。父と母と、女の子が一人。3人集まって笑っている。子供が書いたものだろう。タッチは粗いが、どこか微笑ましいものがある。
どのページも同じだ。全て、両親と女の子の絵。それ以外の絵はどこにも見当たらなかったペラペラとめくってみて気づくのは、描かれている子供の方は、おそらくアルシアさんだろうということ。そして、両親の姿が、どの絵も安定していないということ。
――――両親の姿が、どの絵も違う。
ある絵では、父親が金髪で母親が黒髪なのに、ある絵では両親とも黒髪になっていたり、太っていたり、痩せていたり。いずれも決まった姿では描かれていなかった。
新しい方のスケッチブックを見てみる。
こちらは最近書いたものらしく、クレヨンではなく鉛筆画になっていた。定期的に描いていたのだろう。流石に絵が上手くなっている。ただし、子供の頃と変わらず両親の姿は安定していなかった。
それは、絵が上手くなっているからこそ余計にはっきりとわかった。
そして、一番新しい絵を見て、私は、はっと息を飲む。
両親の絵。
その顔が、アルシアさんとグレイクさんの二人に変わっていた。逆に、今度は子供の顔が、どこかぼんやりとしている。
――――嫌な気配がする。この絵から、歪で強い念を感じた。
――――闇だ。彼女の深い闇の部分に、今私は触れてしまっているのだ。
微笑ましいはずの絵なのに、どこか、アルシアさんの中の歪んだものが伝わってくる。
残りの引き出しを開けてみる。特にそれ以外には何も見つからなかった、
もう一度スケッチブックを手に取り、ページをめくろうとする。すると、何か冷たいものが私の手首を掴んで、それを邪魔をした。
――――手だ。誰かの手が、私の腕を掴んでる。驚いて、横を見る。ロッタさんかと思ったのだが、違った。
――――私の横には、アルシアさんが立っていた。
彼女は、私の腕を痛いくらいに強く握る。腕はピクリとも動かすことができない。彼女は目の前の写真と同じように、オレンジ色の服を着ていて、首には青い石のネックレスをしている。ただ、今の彼女は写真の中の彼女とは明らかに違っていた。
隣にいる彼女は、頭から血を流し、顔を赤く濡らしていたのだ。何かで殴られたのか、顔は潰れたように醜く歪んでいた。
「見ないで……」
彼女が、か細く震える声で言う。私がはっと息を飲んでいると、彼女は私の腕を引き千切れそうな程強く、後ろへと引いた。
異常な程、強い力。
私は体ごと、後ろに投げ飛ばされていた。部屋のドアに背中がぶち当たる。呼吸が出来なくなる。背中の痛みに喘いでいると、いつの間にか、アルシアさんは目の前にいた。
彼女は、ぐいっ、と私の鼻先にまで顔を近づけてくる。
……頭が割れている。右の眼球が潰れかけている。頭蓋が窪んで、元の形を失っていた。彼女の頭から流れる血が、ポタポタと下に落ちて、私の和服を濡らした。
キィーッ、と後ろのドアがひとりでに開く。アルシアさんは、もう一度私の腕を掴むと、今度は部屋の外にへと、私を投げ飛ばした。
「ぐぁっ!」
私は中途半端な体勢で宙に舞う。受身も取れず、私はまたもや背中を強く打ち付けてしまった。今度は床にだ。「ひぃ!」と、私は情けのない声を上げる。
「……大丈夫か? ナカハラ。いま、おまえ空飛んでたぞ」
顔を上に動かすと、そこにはロッタさんがいた。アンデットは周囲にいない。彼女が片付けたのだろう。
「こっちはもう片付いたから、部屋に入ろうと思ってたのに、まさかお前の方から来るとはな」
私は一筋の涙を流しながら、背中をさする。
「あの世でも、女性の部屋に勝手に入るのはご法度みたいです……」
「……何言ってんだ、お前」
ロッタさんは呆れたように言いながらも、私に手を差し伸べた。




