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ある戦闘の話

館の門をくぐり、敷地の中に入っていく。

晴れているというのに、敷地の中はどこか薄暗く、寒々しい。


屋敷の庭は、それなりに広い。テニスくらいなら問題なく庭で出来そうな広さだった。中央に佇む噴水は、長いこと使われていないようで、乾ききっている。地面は石畳で覆われているが、覆われていない場所に関しては草が生え放題になっていた。


ロッタさんは臆する事なく、寧ろアトラクションの列に並ぶ子供さながら、ウキウキと庭を進んでいく。戦闘前の彼女は大抵こうだ。彼女は戦うのが、とにかく好きらしい。私もあとに続いていく。


「どうだ? ナカハラ。何か妙な気配は感じるか?」


ロッタさんが私に振り返り、聞いてくる。

まるで、「ジェットコースター、ドキドキするね!」とでも言わんばかりの表情だ。


「感じますね……。まだそこまで強くはありませんが」


噴水のあたりから屋敷を眺める。

屋敷は一般的な大きさの家が小・大・小と3つ並んだような外観で、更に奥行きがある。デパートまでとは言わないが、図書館くらいなら優に超える大きさだった。築5年の割には、なかなか重厚な雰囲気がある。霊魂たちの怨恨がそう見せているのだろう。

屋敷の中で霊魂が渦巻いているのが、透けて見えるようだった。


下調べによれば、グレックさんとアルシアさんの二人はここで一緒に暮らしていたのだという。二人だけではあまりにも広すぎるのではないだろうか。持て余すに決まってる。


「ナカハラ。準備はいいかい?」


ロッタさんが屋敷のドアに手をかける。彼女はニヤニヤと嬉しそうだ。特に止める理由もなく、私は頷いた。


「……それじゃあ。行こうか」


彼女はドアを、おもむろに開ける。


――――冷気。いや、霊気か。

冷たい風が屋敷から外に吐き出される。

生臭い空気が鼻を刺激した。

ビリビリと肌が痺れてくる。


――――いる。

ここには間違いなく、何かが潜んでいる。

嫌な気が充満し、空気は澱んでいた。


二人、屋敷の中に入るとドアは大きな音を立てて勝手に閉まった。念のため、ドアが開くかどうか確認してみると、案の定、開かない。


「……閉じ込められたみたいですね」


「そりゃそうだろ」


ロッタさんはそんな事を気にする様子もなく、1階のホールを見渡していた。


屋敷の中は、春先だというのに酷く寒い。晴れているはずなのに、窓から光は差し込まない。キンキンと耳鳴りもしてきた。何か悪いものがいるときは、大抵、耳鳴りがするものだ。


屋敷の中はひどい散らかりようだった。

床には戦士たちの骨や鎧が転がっている。壁やテーブル、椅子などの調度品には、傷か、でなければ血が洩れなく付いていた。この部屋だけでもパッと見て、20人以上の遺体の痕跡が見られる。


「やっぱり中に入っても広く感じますね」


「ああ。これで心置きなく暴れられる。さあ、来やがれってんだ」


屋敷は2階建て。天井は高く作られている。ロッタさんが安心して大剣を振り回せる構造で、安心した。戦闘好きの彼女の事だ。満足に戦えなかったら、何を言われるかわかったもんじゃない。


「――――くるよ!」


ロッタさんが言う。


壁の方から、何やらカチャカチャと音がする。見れば鎧や骨が勝手に動きはじめ、人の形に構成され始めていた。


鎧は、人を必要とせずに勝手に動き始める。

骸骨は立ち上がり、人のように歩き始めた。

魔法使いのフードは髑髏の魔術師となり、杖をもってカタカタとあごを鳴らす。


アンデットたちは次々と生まれる。

その数、ざっと20はいるだろうか。

各々の化物達が武器を持ち、私達に襲いかかってきた。


「うひひっ!!」


そう笑ったのは化物ではない。ロッタさんだ。

嬉々として大剣を振り回す。


骸骨の化け物、スケルトンの頭にロッタさんの大剣がぶち当たる。

頭は向こうに吹っ飛び、青白い光を放って消滅した。


次の瞬間、人無き鎧が長剣を振り上げ、ロッタさんの頭に振り下ろそうとする。ロッタさんはその振り下ろされる剣を、あろうことか、手の平で横へと叩き払った。


「あははははは!! 遅い! おせぇよ、バァカ!!」


ロッタさんは、バットのように大剣をスイングし、鎧の横っ腹にヒットさせた。スケルトンと同様、吹っ飛び、消える。


ロッタさんは、とにかく素早い。

かなりの重さの大剣を、まるで短剣を振り回すかの如く軽々と扱った。


彼女のそれは、まるで踊るようだ。

時に高く跳ね上がり、時に敵の下に潜り込む。アクロバティックな動きでアンデット達を翻弄し、次々と倒していく。彼女の戦い方を剣術と呼ぶのは相応しくないのかもしれない。彼女は手で攻撃を避け、足で敵を蹴り倒す。全身を用いて戦い、剣は飽くまで攻撃手段の一つに過ぎないようだった。


ドクロの魔術師、リッチが杖を振り、ロッタさんに向かって炎を放った。ロッタさんはスライディングをしてそれを避け、更にリッチの足を払う。体勢を崩したリッチは宙に浮き、ロッタさんは素早くそれに向かって剣を振る。リッチは光を放ち、霧散する。ロッタさんは満足げに笑みを浮かべた。


20人以上いたアンデットはすでに残り7体。ロッタさんはモンスターよりも、よっぽど化物じみていた。


「ナカハラァ! あんたも戦いなよ! こんなに楽しいこと、他にないぜ!?」


戦え、と言われても……。これは、除霊・浄霊だ。楽しんですることではない。心を込めてするものだ。


手を合わせ、教を読む。


「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空 度一切苦厄  舍利子 色不異空 空不異色 色即是空 空即是色……」


宙に円を描き、中心を貫く。

手刀で早九字を切る。


「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」


部屋にいたアンデットたちが、全て霧のように消えていった。ロッタさんは、ゲームを取り上げられた子供のように、頬を膨らませる。


「……なんだよ。またナカハラお得意の呪文かよ。たまには体動かして戦えばいいのに」


「無茶言わないでくださいよ。私、戦闘には向いていないんです。だからロッタさんに、いつも付いて来てもらってるんじゃないですか」


この世界に来て間もない頃は、私も一応の戦闘技術を身に着けようとした。

しかし、なにを練習しても私の運動音痴が露呈するだけで、いずれも上手くいかず、早々に諦めたのであった。それ故に私は『戦闘狂』と、みんなから揶揄されるロッタさんを心から尊敬している。だが、同時にその力の怖さも重々理解しているつもりだ。


改めて部屋の中を見渡す。

化け物たちは綺麗にいなくなった。


1階は広いロビーになっている。その両側に階段が一つずつ。また、ロビーの奥には大きな扉が一つ見える。その扉が気になった。やや、強い霊力を感じる。


「奥に行ってみましょうか」


「おう」


私たちは屋敷の奥の扉へと進んだ。

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