あるグレイクという名の男の話
屋敷の情報を集めるため、まずは屋敷周辺の住民に、ロッタさんと一緒に聞き込みをすることにした。地図を見れば屋敷の向かいには一件の民家が建っている。バレイシアさんという家族が住んでいるようだ。
「ああ、あの屋敷ですか? なんだか物騒な話ばかり聞きますよねえ。あまり子供たちには近づかないようと、いつも注意してます」
玄関の扉をノックすると、30代くらいのウェーブのかかった金髪の女性が、バタバタと慌ただしく扉を開けて飛び出してきた。太ってるというほどではないが、ポッチャリと、まあ、なんというか、豊満で。ビー玉のような丸く青い目をキラキラと輝せていた。たぬきのような愛くるしい顔をしている。
とりあえずはこの女性から、屋敷の話を聞いてみることにした。
「あの屋敷って、いつ頃にできたものなんですか?」
「確か5年前じゃなかったかしら。私たちがここに住み始めてすぐに建ったはずだから」
「へえ。そんなに古い物件じゃないんですね。じゃあ、あの家に住んでた人って、見たことはありますか?」
「たしか、あの屋敷が建ってからしばらくはグレイクさんが使ってたと思ったけど。わかるかしら? 不動屋さんのグレイクさん」
「えっ」
私は目を丸くする。
グレイクさんがあの屋敷に関して、何か関わっているとは思ったが、まさかこんなところで名前が出てくるとは思わなかった。しかし売り物である物件を使っていたとは……不動産屋の特権だろうか。
私の横で話を聞いていたロッタさんが、肘で脇腹を小突いてくる。
「いきなりヤツの名前が出てきたな。どうにもきな臭いぞ」
「……ですね」
こうなると、グレイクさんについての情報がもっと欲しくなる。バレイシアさんに更に詳しく聞いてみた。
「グレイクさんはいつ頃まであの屋敷に住んでたんですか?」
「たしか、3年前にはもう住んでなかったと思うわよ。……いや、住んでないと言えばずっと住んではいなかったのだけれど」
「……どういう意味です?」
「ほら、グレイクさんって見ようによってはかっこいいじゃない? 結構、モテるのよ、あの人。いろんな女性をひっきりなしにあの屋敷に連れ込んでね。だから、まあ、ホテル代わりってところよ」
私の横で、密かにロッタさんが顔を赤らめた。彼女はこういう話に、あまり耐性がないらしい。何の八つ当たりなのか、私の背中を一発殴ってきた。
「ぐうっ!」
意味がわからないし、かなり痛い。
「――――つうー……。じゃあ、グレイクさんはあの屋敷で暮らしてたわけではないんですね?」
背中をさすりながら彼女に尋ねる。
「そうね。どちらかといえば、連れ込まれた女性の方が長く使ってたと思うわよ。一番長く居たのは、アルシアちゃんかな」
「アルシアちゃん?」
「そう。アルシアちゃん。明るく元気な子でね。可愛い子だったのよ。……あんなことさえなければ、もしかしたらグレイクさんと結婚してたかもしれないわね」
「……あんなこと?」
「ええ。知らないかしら? 今から2年前に――――痛っ!」
バレイシアさんが顔を歪め、声を上げる。
「どうしました!?」
「……気にしないで。大丈夫。この子が私の太股をつねってきただけよ」
バレイシアさんの横に、小さな男の子が立っていた。バレイシアさんはしゃがみ、優しい笑みを浮かべて子供の頭を撫でる。
「ダメじゃない。人の足をつねっちゃ」
彼女はゆっくりとした口調で子供を諭す。
「おかあさん。ゲームのつづきしよ?」
そう言って子供は、一生懸命にバレイシアさんの腕を両手で引っ張った。
「ごめんなさいね。さっきまでこの子と遊んでたのよ」
「こちらこそすみません。お邪魔してしまったみたいで」
「いえ、いいのよ。わからないことがあったらいつでも聞いて?」
「ありがとうございます。それじゃあ、お邪魔しました」
そう言って私は玄関のドアを閉めた。
「アルシア、ね。2年前に何があったのかしら」
ロッタさんがあごに手を当て考えている。
「その人についても、詳しく聞いたみたほうが良さそうですね。……あ。あっちの畑に人がいますよ。聞いてみましょう」