森の中
次の日の朝、私とロッタさんは宿で各々の準備を済ませた。
彼女は鎧を着て、赤い紐で自分の髪を結い、お気に入りの大剣を肩に背負う。私は黒い和服を着て、肩に青いたすきをかけ、除霊道具を入れたバッグを肩にかけた。
朝10時にボルタさんを店に迎えに行き、森へと向かう。森まではそう離れてはいなかった。村から離れて徒歩30分程歩けば、白く染められた木々が集まった森が見える。
「すごい……確かにこの森にだけ雪が降ってる。それに、確かにそれほど寒くない」
森の入口に立ち、その様相を眺めた。
森の上空にだけ、黒く重そうな雲がかかっている。森の中は一面の雪で覆われているものの、そこから離れると一切の雪は見当たらない。
ロッタさんから事前に聞いてはいたのだが、この森は雪が延々と降っているのにも関わらず、寒くなかった。体感としては20℃くらいの気温だろうか。そのため、年中雪が降る気候であっても積もり続けることはなく、この森は一定の積雪量を保っているそうだ。
また、安全な森と言われていた通り、森の中でも見晴らしが良かった。木と木の間隔が十分に離れていて、森の奥までの視界が保たれている。確かに、この森で迷うことは難しいだろう。森の中からでも遠くの町を見ることが出来るのだ。森の中央まで入ったとしても、子供でも一人で帰ることができるかもしれない。
ただただ感心していると、ホウキを持ったボルタさんが心配そうに尋ねてきた。
「それで……どうしましょうか? どのように森の中を探すつもりなのですか?」
「とりあえず、前回アスク君を発見したところまで案内してもらっていいですか?」
「……わかりました」
ボルタさんを先頭に、森の中を進む。彼女の黒いローブは森の中では目立っていた。それを見て、ふとアスク君がどのような格好でいたのかが気になった。
「アスクくんは、当時どのような服装だったんですか?」
私が聞くと、彼女は振り向かずに答える。
「今の私と同じです。黒いローブを着ていました」
「……じゃあ、森にいたとしたらかなり目立ちますよね」
「そうですね……。こないだ、ここであの子を見たときは確かにかなり目立っていました」
「因みに、その時に見たアスク君はどうでしたか?」
「……どうだったか、とはどういう意味ですか?」
「大きくなっていたか、という意味です。7年前にいなくなったわけですから、今の彼は17歳になるはずですよね?」
「…………」
彼女は答えなかった。ただ、ひたすら無言で森の奥へと進んでいく。彼女との間で気まずい空気が流れていた。
……恐らく、彼女の見たアスクくんは成長していなかったのだろう。子供のままの姿だったのだ。ただ、もしそれを口にすれば、普通の人なら「ありえない」と返すだろう。続けて「やはりボルタさんは何かと見間違えたのだろう」となる。それは彼女にとって不利益だ。彼女はそれをわかっているのだろう。
そして、自分でもそれはおかしなことだと理解している。ただ、信じたいのだ。アスク君が生きていることを。
「なあ、ナカハラ。……何か感じるか?」
後ろからロッタさんがためらいながら聞いてくる。
「微弱ながら霊気を感じますね。悪質なものではないようですが……」
ロッタさんが、聞きたくないことを聞いたとばかりに顔を歪ませる。
「じゃあ、やっぱり……」
「まだ、アスク君と決まったわけではありませんよ。とにかく、行ってみましょう」
森の中をもう3キロほどは歩いただろうか。森の中の雪景色。いくら進んでも一向にその風景は変わらなかった。
ボルタさんが急に立ち止まる。
「……たしかこの辺りでアスクを見たと思います。それで、向こうの方へと走って行ったんです」
ボルマさんは更に森の奥を指し示した。まだまだ森は奥に続いているようだ。
私は辺りを見まわしてみる。……特に他と変わらない。ここに何かがあるとは思えなかった。霊気も相変わらず微弱に感じるだけで、強くも弱くもならない。
「どうなんだよ、ナカハラ。何か感じるか?」
「……特に、何も」
「……どういうことだ? アスク君の霊がこの辺にいるんじゃないのかよ?」
「……まだなんとも言えません。とにかく、ここら辺を中心に探してみましょうか。それじゃあ、ボルマさん…………ボルマさん?」
ボルマさんから返事がない。彼女を見てみると、様子がおかしい。
彼女は森の奥を見て、目を見張り固まっている。震える手で彼女は森の奥を指差した。
「アスク…………あそこにアスクが……!」
彼女が指した方を見る。森の奥。そこには黒いローブを着た、男の子の背中があった。
――――あれが、アスク君なのか?
アスク君は確かに子供の姿のまま、そこにいた。ここに来て、徐々に肌に感じる霊気が強くなってきている。やはり、あれはアスク君の霊――――。
突然現れた彼の姿に何もできないでいると、アスク君と思われる子供は、背を向けたまま森の奥へと走っていく。
「――――ちょっと待ってよ。僕も行く――――」
彼がそう言ったのがわずかに聞こえた。
森の奥、誰もいないはずの方へと何かを追いかけるように彼は走る。
「アスク! 待って!」
ボルマさんが走って追いかけようとする。耳をつんざくような声が聞こえたのはその時だった。
『――――お母さん、こっちに来ないで!!!!』
――――突然、子供の声が頭に響く。あまりに大きな声。耳をふさぐが、音は止まずに効果がない。これは、直接脳に響く声だ。彼の想いの声。その声は何度も何度も同じように頭の中に響いた。
――――ひどい頭痛のような。いや、これはそんなものじゃない。目眩がするほどの、頭蓋に亀裂でも入ったんじゃないかと思える程の音。声。これでは歩くことさえままならない。私はその場に膝をついた。
追いかけようとしていたボルマさんも、耳をふさいで立ち止まる。顔は苦痛に歪んでいた。彼の方へと手を伸ばす。だが、彼が立ち止まる様子はなく、いつのまにかその姿は消えていた。
「アスク! 待って……!! お願い! 止まって!!」
「おい! どうしたんだよ!? ナカハラ! ボルマさん!」
ロッタさんは何が起きたのかと困惑している。
苦痛の表情で耳をふさぐ私の肩を、彼女は強く揺さぶった。
「おい! しっかりしろ! ナカハラ!」
――――なるほど。霊感がない人には聞こえないのか――――。
ボルマさんが耳を塞ぎながらも、アスク君が走った方へと覚束無い足取りで歩を進める。
「待って……アスク……!」
アスク君の声が、また聞こえた。
「――――ちょっと待ってよ。僕も行く――――」
『――――お母さん、こっちに来ないで!!!!』
なんなんだ、これは…………。
アスク君の、二つの声。それが頭の中にこだまする。




