いない子供
依頼人の家は村の中央に位置する薬屋だった。
『昔ながら』と言ったような雰囲気があり、建物にはそれなりの年季が入っている。カウンターに座っていた40代くらいに見える女性に話しかけると、その人が依頼人のボルマさんだった。
「……森の中で、うちの子供がいなくなってしまったんです」
眉根を寄せ、ボルマさんは言う。
フードの上からでもわかるくらいにやせ細っていて、顔には深いシワが刻まれていた。年齢は30代後半らしいが、それより老け込んで見えた。顔立ちは整っている。若い頃は美人だったのだろう。
「その日、私は息子のアスクと森に薬の材料を取りに行ってたんです。ただ、途中で忘れ物に気づいて、私だけホウキに乗って家に帰ったんです。……馬鹿なことをしました。木の実を取るなんて次の日にすればよかったのに……森に戻ったら、元の場所にはいなくて…………いくら探してもみつからなかったんです」
ボルマさんの視線が話すたびに下に落ちていく。彼女は膝の上で、拳を強く握っていた。ひどく後悔しているのだろう。彼女をなだめたあと、いくつかの質問をすることにした。
「家に帰って森に戻るまで、どの位時間がかかるんですか?」
「5分もかからなかったと思います」
「……誰かにさらわれた、とか。そういう風に考えたことは?」
「……最初はそれも考えました。ホウキに乗って攫ってしまえば、かなりの魔導技術が必要だとは思いますけど、不可能ではないかと。……でも、今はそうじゃないと思っています」
彼女の発言に、ロッタさんが眉根を寄せる。
「なぜですか?」
「……見たんです。アスクがあの森で走っているのを。つい2日前です。間違いなくアスクでした。あの子、まだ森にいるんです」
「……えっ? 2日前に見つけたんですか? アスク君に声はかけなかったんですか?」
「精一杯、大きな声であの子の名前を呼びました。走って追いかけようともしました。でも、そしたらあの子、物凄く大きな声で、『来ないで!』って叫び始めて。思わず足を止めてしまったんです」
「来ないで、ですか……?」
「そうなんです。私、もうなにがなんだかわからなくて……」
彼女は額に手を当て、下唇を噛み締めていた。
今まで大人しく聞いていたロッタさんが口を開く。……珍しい。いつもは口を挟まないのだが。
「その、アスクって子はいつからいなくなったの?」
ボルマさんが彼女の言葉に表情を引攣らせ、目をそらした。彼女は一層眉根を寄せると、観念したように頭を下げる。
「……これを言うと、皆さん依頼を断っていくんです……。どうか、お願いします! いついなくなったかを聞いても、依頼を断らないで欲しいんです!」
ボルマさんの大きな声が店内に響く。
ロッタさんが狼狽した。
「ちょっとちょっと! なんだよ、急にさ!? いついなくなったのか聞いただけだろ!? ほら、そういうのって重要じゃんか! なんだよ!? 一体、いついなくなったって言うのさ!?」
ボルマさんがゆっくり顔を上げ、答えた。
「……7年前です……」
静かな店に、その声が響く。
私とロッタさんは顔を見合わせた。
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今日はもう時間も遅いということで、私たちは宿屋に戻った。食事をすませた私たちは宿屋の隣にあるバーで晩酌をすることにした。
活気のあるバーだ。なかなか繁盛しているようで、店員さんの元気な声が飛び交い、お客さんの笑い声が店内に響いていた。ロッタさんは運ばれてきたビールを半分飲むと、テーブルにどんとジョッキを置き、『ぷはー!』と気持ちよさそうに息を吐く。
彼女の頬は既に赤くなっている。目も据わり始めていた。彼女はあまり酒に強くはないが、何故かよく飲もうとする。逆に私はそれほど飲まないが、どうやら酒には強い方らしく、酔おうと思ってもなかなか酔うことはない。故に、酔いつぶれた彼女を介抱するのは私の役目だった。
「……しっかし、どうすんのさ? 以来の件。7年前にいなくなった子供なんて探しようがないじゃんか?」
彼女がテーブルの骨付き肉に手を伸ばす。こぶし大の肉を豪快にひとかじりした。
「でも、ボルマさんは森でアスクくんを見たって言ってましたよ?」
私はビールをちびちびと口にしていた。何度飲んでも苦いだけで、美味しいとは思えない。
「……そりゃ見間違えだろ。7年前だぞ? 7年間もあの森で待ってるワケないだろ。どこか遠くで暮らしてるんじゃないか?」
「遠くで暮らす行動力があるのなら、まずは家に帰りませんかね、普通」
「そう言ったって……そうじゃなけりゃ……あの森で死んでるってことになる。遺体は、雪の中ってことに……」
ロッタさんが徐々に視線を落とす。あまり考えたくないことを考えている時の、彼女のクセだった。
「……残念ですけど、その可能性が一番高いかと」
ロッタさんが、テーブルを叩く。いい音が店に響いた。他のお客さんの視線がこちらへと泳ぐ。
「ナカハラは知らないだろうけど、あの森は滅茶苦茶安全な森なんだぞ!? 子供でも一人で遊べるような森なんだ! わかってんの!?」
ロッタさんが唾を飛ばして言う。
「わかってますよ……何度も聞いてます。でも、情報を集めて俯瞰で見た限り、そうとしか思えないんですよ」
「じゃあ、ボルマさんが見た子供の姿はなんだってんだよ!?」
「……多分、アスク君の霊なんじゃないかと。それが一番、辻褄の合う答えかと思います」
言いながら私も視線を落とす。……私だって好きでこんな答えを出したわけじゃない。他の答えを見つけようと必死に探した上で、見つからなかったのだ。どうしようもない。
顔を上げるとロッタさんがビールを一気に飲み干していた。しかし、表情は晴れない。
「嫌な依頼だね、まったく……」
「でも、皮肉にも私たち向きの依頼ということになってしまいましたね」
明日の朝、私たちは森に向かう。そこにいないであろうアスク君を探すためだ。珍しく酔いつぶれなかったロッタさんと二人で宿屋に帰り、晴れない気持ちを抱えながら私は布団の中へと沈んだ。




