エピローグ
「コイツ、伸びちまってるぜ」
ロッタさんが汚いものに触れるように、グレイクさんを指先でつつく。
「無理もないでしょう。あれほどの霊気に襲われたら、普通は立っていられませんよ」
私はそう言いながら、タンスの引き出しを漁る。金目のもの、金目のもの……無いなぁ。ここじゃないのか。……困ったなあ。この家、なかなか広いじゃないか。全部探るのはそこそこ時間がかかるだろう。
「お前、さっきから何してんだよ。ガサゴソと人の家を漁ってさ」
私はロッタさんを一瞥だけし、作業に戻る。
「報酬ですよ、報酬。100万ゴールド頂かないと。その為に働いたんですから。依頼人が伸びてちゃあ、自分で探すしかないでしょう」
「お前ねえ……。そんなのグレイクが起き上がったら貰えばいいじゃねえか」
「彼、さっきのでアルシアさんにとり憑かれてしまったと思うんです。……多分、起き上がってもまともな状態ではないでしょう。きっと依頼のこと話したって通じないですよ」
「ちょっと待て。それってよ……浄霊がまだ終わってないってことじゃないのか?」
彼女が鋭いことを言う。私の漁る手が止まる。
「つまり、まだ依頼は完了してないってわけだ。こりゃ、報酬を頂くわけにはいかないねえ」
ロッタさんがニヤニヤ笑う。まるで、いじめっ子だ。
「ほぼ……ほぼ、完了してますよ!」
「……帰るぞ、ナカハラ」
「待って!? 待ってください!! 私、3日もほとんど何も食べてないんですよ!? 報酬頂かないと死んじゃう!!」
「だから、金貸してやるって言ってるだろうが」
「それ、よくよく考えたらおかしいですよ! 金管理に厳しいロッタさんが、私に簡単に貸してくれるわけないもん!! きっと暴利ふっかける気なんだ!!」
「おー、ナカハラ、私のことわかってんじゃーん」
「やっぱりそうじゃないか!! やめてえ!!」
ロッタさんは私の後ろ襟を掴み、引きずりながら事務所まで歩いていった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
――――その後のことを、少し話そう。
まずはアルシアさんについて。
彼女については、屋敷で遺体が見つかったため、その後葬儀が行われることになった。葬儀では村中の人が集まってきて、それはそれは大きな規模のものになった。
まるで、村全体が彼女の家族のようで、多くの人は自分の肉親を失ったかのように嗚咽を漏らしていた。
「ジェイクさん。一つだけ、お尋ねしたいことがあるんですが」
葬儀が終わった後、私はジェイクさんに声をかけた。
「なんだ?」
「……アルシアさんのご両親は、今どこにいらっしゃるんですか?」
しばらく沈黙したあと、ジェイクさんは重い口を開く。
「……両親なんて、いないんだよ。村全体が家族なんだ。アルシアにとっても、俺たちにとってもな」
彼女の部屋で、家族の絵を見た時から、そうではないかと思っていた。やはり、彼女には一般的な両親という存在はいなかったのだ。それ故に、自分だけの家族を渇望し、夢見たのだろう。
「……アルシアは俺が拾ったんだよ。もう20年も前になるか。アルシアは道に捨てられてたんだ。当時、俺は金なんてなくてよ、とても子供なんか育てられるような状況じゃなかった。それで、この子供を誰が育てるかって、村中で話してよ。一つの答えが出たんだ」
「……村人全員で育てる、ですか」
「そうだ。村全員で名前を考え、村全員で育て、愛した。今でもその答えが良かったのか、悪かったのか……。俺にはわからんよ」
アルシアさんの部屋の中に飾られていた様々な種類の家族写真は、つまりそういうことなのだろう。彼女の引き出しの中の絵を見た私は、ジェイクさんにそれ以上何も言うことはできなかった。
次に、グレイクさんについて。
あのあとグレイクさんは、例の屋敷を買った。仕事を辞めて、屋敷で家族3人で仲良く暮らすのだという。
彼は週末には必ず、広い庭でバーベキューをしていた。
「嫁も息子もバーベキューが好きなんですよ。だから、週末には必ずこうやってみんなでバーベキューをね。あ、そうだアルシア。そろそろカボロを焼かないか?」
そう言ってバーベキューをするグレイクさんは、どう見ても彼一人だけだった。
グレイクさんは、例の物件を買ってから一ヶ月後、屋敷の中で死亡した。死因としては単なる自然死なのだが、その遺体はかなり異様なものだった。まだ若いはずのグレイクさんなのだが、彼は老人と見間違うような白髪と、顔に深いシワ刻んで亡くなっていたのだ。
降霊術の時に言っていた、アルシアさんの言葉が思い出される。
『子供が大きくなって、おじいさんになっても、死ぬまで、ずっと、いっしょ』
彼女の願いは叶った。もう、この世に未練はなくなり、静かに浄霊されたようだった。
その後、屋敷には悪い霊はつかなくなった。
アンデット達も寄り付くことはなくなり、あの物件は再度別の人に売り渡されることになった。
買ったのはサンチェス一家という子宝に恵まれた8人家族だ。浄霊のアフターケアとして、旦那さんの方に一度だけ質問をしたことがある。
「この屋敷に住んでいて妙なことはありませんでしたか?」
40代くらいの男性だった。少し太っていて、髪をオールバックに決めた優しそうな旦那さんに見えた。
「ええ。悪いことは何も起きてませんよ。……ただ」
「ただ?」
「……よく、私たち週末にバーベキューをするんですけどね。その度に、カボロがキッチンに置かれているんですよ」
ほかの地方では見たこともない、丸々と大きく立派なカボロだったという。このあたりの名物だというのは知っていた。しかし、家族が用意したのかと尋ねれば、誰も知らないと答える。ひとりでにカボロが用意されるわけもない。ここらで有名なカボロ畑といえば、ジェイクさんのところだ。
旦那さんはジェイクさんに聞いてみたのだという。
「これ、ジェイクさんのところのカボロですよね? いつの間にかキッチンの調理台の上に置かれていたんですよ。もしかしてこれ、ジェイクさんが持ってきてくれたんですか?」
そう聞くと、ジェイクさんは一瞬驚いた顔をしたが、やがて優しい顔になり、
「そりゃ、アルシアが用意したんだろう。食べてやりなさい。あんたらにも食べてもらいたんだろうよ」
と、笑ったそうだ。
「確かに妙なことではあるんですけど……でも、なんとなく……怖くないんですよね。アンデットがいた屋敷で暮らしているっていうのに。むしろ、誰かが見守ってくれているような、そんな気がして。もしかしたらいい物件を買ったのかもしれません」
――――サンチェスさん一家はその後も、何事もなく暮らしたという。




