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ある願いの話

 家でぼうっとしていたら、どこからか電話がかかってきた。

 めんどくせえ、と思って電話に出ないでいたが、いつまでもベルが鳴り止まない。仕方なく出てみると、なんとアンデットバスターの若造からじゃねえか。屋敷のアンデットは片付いたって言う。驚いた、あいつらやってくれるじゃねえか。


 アンデットさえいなけりゃ、あの物件はなかなか上等なもんだ。


 500万……いや、900万、1000万ゴールドで売っても十分に買い手はつくだろう。そこにアンデットを住みつかせちまったのは痛かった。まったく、馬鹿なことをした。


 しかし、事務所では赤髪の若い姉ちゃんと、ひょろっとした小僧しか見かけなかったような気がする。それ以外にも腕利きの連中を雇っているのだろうか? あの二人だけでどうにかできるとは到底思えない。


「しかし、そうなると、困ったな……」


 どうせ今回もダメだと思っていた。報酬なんて用意していない。そもそも金を払おうなんて思っちゃいなかった。


 ――――難癖つけて、追い出してやるか。

 そうだよ。俺、詮索するなって奴に釘を刺しておいたじゃねえか。そこを突けばいい。あの屋敷から無事に出てきたんだ。見てはいけない物のひとつやふたつ、どうせ見てるに決まっている。

 それに、屋敷周辺の連中に話を聞き回っていたみたいだし、俺がアルシアを殺っちまったことぐらい、検討はついているんだろう。


 ……ああ。嫌なことを思い出しちまった。あの日、屋敷でアルシアに言われた言葉。


「子供が出来てるって。病院の先生がおめでとうございますって、私に言ったのよ」


 アルシアは目を大きく開き、希望に包まれたような表情で言ってきた。その時の俺は苦虫を噛んだような表情になっていただろう。いきなり、手錠をかけられたような気分だった。


 何も言わない俺に構わず、アルシアは続ける。


「だから、そろそろ私たちも結婚しないと。そうでしょう? 幸せな家庭を作るのよ!」


 アルシアは目を爛々と輝かせる。


「グレイク、あなたって蓄えはいっぱいあるじゃない? だから、仕事なんてやめてもいいと思うの。子供の幸せのために、私たちは全力を注ぐのよ! そうそう。グレイク、タバコを吸ってるみたいだけど、子供のことを考えると、そろそろやめたほうがいいわ」


 いきなり牢屋にぶち込まれた気分だった。どうしていいかわからない。

 アルシアの顔が、おふくろと――――くたばったババアの顔と重なって見える。うぜえ。黙れよ。俺の好きにさせてくれ。


「言葉遣いもなんとかしたほうがいいかも。だって、そんな乱暴な口調、子供が真似したら困るじゃない? 服装もね、きちっとしないと。そんな着崩した感じじゃみっともないでしょ」


 ――――なんて女だ。

 そんな無垢な笑顔で、なんて残酷なことを言いやがる。

 体に鎖が巻きついていく気分だった。

 やめろ。やめろ。俺は自由なんだ。

 誰にも縛られないんだ。

 もう誰にも指図はされない。

 ババアに決められた未来なんて、歩みたくない。


 仕事で使った金槌が、そばにある。

 いつの間にか、俺はそれを手に取っていた。

 振り上げて、下ろす。

 アルシアの頭を、何度も金槌で殴った。


 気づいたときには、アルシアはもう息をしていなかった。

 なんてこった。俺は何をしてんだよ。

 とにかくこれを、どこかに隠さないと――――。


 ――――あの時のことは後悔していない。

 妙なこと言い始めたアルシアが悪いんだ。

 俺は自由だ。縛られなんかしない。

 ――――どこまでも自由なんだよ。



「すみませーん。さきほどお電話したアンデットバスターの者ですー」


 扉がノックされ、男が大きな声で俺を呼ぶ。俺は過去から意識を取り戻し、玄関の扉を開けた。頭に包帯を巻いた兄ちゃんが、珍妙な服を着て立っている。その後ろで赤髪の姉ちゃんが腕を組み、不機嫌そうに俺を睨んだ。


「おう。すまねえな。ご苦労だったよ。上がってくれ」


「いえいえ。お邪魔します」


 兄ちゃんと姉ちゃんが家に上がる。リビングの方へと二人を促した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



「あの屋敷で、アルシアさんの遺体が見つかりました」


 二人をソファに座らせて、開口一番。兄ちゃんが言った。


「へえ」


 俺は笑う。こいつ、まさか死体を見つけちまうとは。――――恐れ入った。これはただでは帰せない。


「あれ? 驚かないんですね、グレイクさん。あなたが当時使っていた屋敷で。一緒に暮らしていたアルシアさんの遺体が。あなたの家で見つかったんですよ?

 もっと、驚いたっていいじゃないですか」


 兄ちゃんが……ナカハラって言ったか。奴がわざとらしく首をかしげた。


「……お前、どこまで調べやがった」


「出来る限りは調査しましたね。あそこで起きた大体のことは把握していると思いますよ」


「おめぇよ、俺が言った言葉、忘れちまったのか?」


「……詮索するな、でしょうか?」


「そうだよ。言っただろうが。それを隅々まで調べやがって。こりゃ、報酬は無しだな。払えねえよ」


「どちらにしても、報酬はまだ頂けません」


「……何?」


「まだ、浄霊は済んでいませんから。今、お金をいただくことはできませんよ」


「どういうことだよ? 屋敷は片付いたんだろ?」


「ええ、屋敷は。でも、アルシアさんがまだなんです。彼女まだ、浄霊されてませんから」


「はあ?」


 コイツ、何言ってやがる。あの屋敷の中で、コイツも頭がやられちまったのか。ナカハラは続ける。


「アルシアさん、かなり手ごわい悪霊になってましてね。こういう手合いは、読経や九字なんかじゃ成仏はされないんですよ。彼女の無念を晴らしてあげないと」


「……言ってる意味がわかんねえな」


「すぐにわかりますよ。グレイクさん。あなたにも手伝ってもらわないと困りますから」


「手伝うって……何をだよ」


「簡単です。彼女の話を聞いてあげて欲しいんです」


「彼女って……」


「アルシアさんですよ」


 何言ってんだコイツ。俺はカッとなって、テーブルを叩きつけた。


「無理に決まってるだろ! 死んでるって、さっきお前が言ってたじゃねえか!」


 ナカハラは、にっと頬を上げて笑う


「降霊術って、ご存知…………ではないですよね?」


「はあ? なんだよそれ!」


「じゃあ、ちょっと今からやりますので、静かにしててもらってていいですか?」


 ナカハラは、ソファにあぐらをかく。なんだか妙な呪文を唱え始めた。


「なんだよ。コイツ、何を始めようってんだ?」


 姉ちゃんに聞く。冷たい視線が返ってきた。


「コイツ、妙な術を使うんだよ。いいから、黙って見てな」


 切り捨てるように、女は言う。


 しばらくすると、ナカハラは呪文をやめて立ち上がり、妙にゆっくりとした動きで珍妙な踊りを踊り始めた。


「なんだよ! めんどくせえなあ! こんな踊りなんか見たくねえよ。さっさと出て行ってくれ!」


「だから、黙ってなよ。もうすぐあんたもアルシアに会えるからさ」


 女は口角を上げ、嫌な笑みを作る。


「アルシアに……会えるだと!?」


 何言ってやがるんだ、この女!

 アルシアは死んでるんだよ!

 お前らが遺体を見つけたって、さっき言ってたじゃねえか!


 いつの間にか、ナカハラは踊りをやめて、首をだらんと垂らして突っ立っていた。


「……グレイク……グレイク……? そこにいるの?」


 ぼそぼそと、ナカハラが言う。

 なんだよ……急に名前を呼び捨てにしやがって。

 もしかして、これがアルシアだって言うのか?

 バカバカしい。こんなのに付き合っていられるか。


「馬鹿にしやがって……! こんなので俺がビビると思ってんのか!?」


「グレイク……タバコはもう……やめた?」


 ――――ナカハラが言う、その言葉に背筋がゾクッとした。


 タバコ……タバコだあ?

 ……やめたよ。あの日から。

 なんだかアルシアに見られてる気がして、怖くなって、今はもう、すっかりやめちまった。……なんでそんなこと、知ってるんだよ。


「お腹の子供は……傷つけないでくれて……ありがとう」


「お腹の子って……」


 ――――アルシアが妊娠してることなんて、誰にも言ってない。そんなこと、なんで知ってる。


 ナカハラの顔が、歪む。

 歪み、皮膚が泡立ち、ズルリと顔の皮が落ちたかと思うと、その顔はアルシアの顔に変わっていた。――――それは、俺が殺したあの日の顔。頭から血を流している。右の目玉が潰れている。いつの間にか、服もオレンジのものに変わっていた。青いネックレスも首にかけている。


「ひいぃっ!!」


 俺は情けない声を上げ、ソファの肘置きを、震えた手で力一杯握っていた。


「一緒に……子供たちの面倒をみましょう? 一緒に、幸せに暮らすの。子供が大きくなって、おじいさんになっても、死ぬまで、ずっと、いっしょ。いいでしょう?」


 アルシアが迫って来る。頭の割れた、その顔で。

 頭から血の滴る、その顔で。

 嫌だ。嫌だ。やめてくれ。

 自由……俺は自由なんだよ。束縛しないでくれ。

 怖いんだ。誰かの指図で動くのは。

 そのくせ失敗したら知らない顔をされるのは。

 怖いんだ。怖いんだよ。


 俺の気持ちを見透かしたように、アルシアが言う。


「……あなたは自由よ。一緒に作っていくだけなんだから、幸せを。

 何かに縛られているわけじゃないの。幸福に向かって歩くだけなの。

 だから、一緒に……」


 アルシアが、俺に向かって手を伸ばす。

 本当か? 本当に……それは自由なのか?

 信じて、いいのだろうか。


 震える手を、ゆっくりとアルシアに伸ばす。

 指がアルシア触れると、その顔は傷つける前の顔に変わっていた。いい女。目が大きくて、かわいい女だ。明るくて、人気者だったアルシア。……結婚するのも悪くない。初めてそう思えた女だった。


 ただ、突然のことに俺は怯えてしまった。ただ不安だったんだよ。

 未来が勝手に決まっていくような気がして。

 傷つけるつもりなんてなかったんだよ。

 ……本当だ。信じてくれ、アルシア。


「ごめんな……ごめんなさい……」


 アルシアにそれを伝えると、俺の意識は徐々に遠のいていった。

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