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ある彼女の話

 再び女性部屋に入ろうとしたが、扉は強い力で封じられていて、開けることができなくなっていた。教を唱えてもその力が弱まることはない。

 ……まいったな。


「私、完全にアルシアさんに嫌われましたね」


「勝手にレディの部屋に入るからだぞ、ナカハラ」


 ロッタさんはニヤニヤ笑う。


「仕方ないですね。他の部屋を探索してみましょう」


 そう言って私たちはリビングから離れることにした。



 探索しようと思えば、この屋敷はどこまでも広く、キリがない。探索範囲は、予め狭めることにした。

 一応、霊気の感じられない2階にも上がって様子をみてみたが、やはりというべきか、ほとんどの部屋は使われていなかった。


「2階、ほぼ使われてませんね」


「この広さでグレイクとアルシアの2人住みだものな。1階だけで足りるだろ」


 2階の探索は無駄だと考え、1階の探索を集中して行う。


 なるべく霊気を強く感じる方向へと私たちは進んだ。

 先ほどの女性部屋を除けば、霊気は入口から見て北東の方から強く感じられる。霊気が強くなる、ということは、アンデット達も強くなるということと同義ではあるが、今のところロッタさんが苦戦する様子はない。

 寧ろ、アンデットたちが強くなればなるほど、ロッタさんは楽しそうに振舞った。


「ああー。いいねぇいいねぇ! 楽しくなってきやがった!」


 向かった先にあったのは、キッチンだった。個人が使うには余りにも広い。ロッタさんは中央にある調理台の上に飛び上がると、大剣をぐるぐると円を描くように振り回す。近づくアンデットたちを吹っ飛ばし、一掃した。

 私はと言うと敵の攻撃をかわしながら、アゴに手を当て思索していた。


 キッチンの敵は、倒しても倒しても湧き出てくる。次から次へと壁からアンデット達は生成されていった。


 ……壁から。思えばこの屋敷に入った時も、リビングでもそうだった。アンデットたちは、必ず壁から湧いてくる。


 壁。


 そこに何かあるのか?試しにキッチンの壁を叩いてみたが、特に変わった様子はない。……ここではないのか。


 目をつむり、意識を集中してみる。

 霊気はどこから感じる? もっと北東の位置だろうか?

 ……違う。

 霊気はこの部屋からだ。この部屋自体から強く感じる。

 では根源はどこだ? 横か。それとも上だろうか。

 ……下だ。床下から霊気は強く感じられる。

 下に地下室があるのか? 入口は?

 キッチンを見回したが地下室の入り口のようなものはない。

 ……いや。妙なものが一つある。

 キッチンの端に、不自然に置かれた木製のテーブルが一つ。調理台は十分に大きい。あの木製のテーブルの出番はないように思える。


 ロッタさんが大きな調理台の上で暴れてる。

 スケルトンがロッタさんに向かって素早く剣を振るが、ロッタさんはそれを大剣で受け止めた。更に彼女はスケルトンの剣を跳ね飛ばし、敵が狼狽しているところを討つ。


 私は彼女の戦闘の邪魔にならないように、身を屈んで移動し、部屋の端にある木製テーブルに近づいた。……やはり、私の勘は当たっていたようだ。

 テーブルの置いてある下には、床を隠すように1枚の木の板が敷かれている。テーブルをどかし、床の板をめくると地下に降りる階段が現れた。……これで隠していたつもりなら、なんとお粗末なことだろう。


「ロッタさん地下室があるみたいです。降りてみましょう」


「……ああ? なんだよ、もっと楽しみたかったのに……」


 ロッタさんは不満そうに膨れながらも、剣をひと振りして敵を払い除けた。



 足元に気をつけながら、階段を1段ずつ降りる。地下室はやはり薄暗く、どんよりと湿った空気が肌を包んだ。魔導による一応の電灯がぶら下がっているものの、その明かりは小さくて頼りない。木製の天井と壁は狭く、頼りのロッタさんの大剣も振り上げることはできそうにない。

 ロッタさんはつまらなそうに大剣を肩から下ろし、引きずって歩いている。


 地下室は、所謂ワインセラーに使用されるような空間だった。しかし、そうとして使われていたような様子はなく、殺風景な何もない通路と、ワインを置くためであろう8畳程度の空間があるだけで、他に目立ったものは特に置かれていなかった。それ故、おかしな部分を見つけるのにそう時間はかからなかった。


「ここの壁、補強してありますね」


 部屋に入って右側の壁の一部が、上から板で補強されている。明らかに何かを隠している。強い霊気もここから感じられた。やはり、本体は『壁』に潜んでいたか。


「壊してみるか?」


 ロッタさんがそう言いながら、補強された壁を軽くノックする。私は頷いた。


「お願いします」


「オッケー。…………うおおおおおおおおらああああああ!!」


 ロッタさんが渾身の力で、壁に向かって拳を打ち込む。

 ズガン! と、派手な音を立て、木の壁は大きく破壊された。

 ……壁の奥に何か見える。二人で壁の板を剥がすと、中から出てきたのはやはりというべきか、白骨化した遺体だった。


 遺体はオレンジ色の服を着ていて、首には青い石のついたネックレスをしている。アルシアさんの部屋にあった写真と同じだ。間違いない。この遺体はアルシアさんだろう。白骨化した遺体の頭部は一部陥没していて、何かで強く殴られたような形跡がある。


 壁の中にはそのほかにも、ベビー用品がまとめて押し込められていた。ベビーカーに赤ちゃん向けの服。哺乳瓶や、子供をあやすオモチャなど。一部が黒く変色した金槌は、恐らく彼女を殺した時の凶器だろう。

 これでキーワードは全て出揃った。あとは――――。



 ――――その時、冷たい一陣の風が私の背中を撫でた。悪寒がして、全身が総毛立つ。ただならぬ霊気だ。


 ――――ああ。彼女が、怒っている。……怒らせてしまった。


「……アアアアアアアアア!!!!」


 壁の中、白骨した遺体が叫ぶ。耳をつんざくような叫び声。私は両手で耳を塞ぐ。ロッタさんはその爆音に顔を背けた。遺体はカタカタと動き始めている。

 遺体の右腕が素早くロッタさんの方に向く。


「ロッタさん! 危ない!」


 私の叫びは虚しく、ロッタさんは後ろへと吹き飛ばされていった。持ち主を失った大剣が、音を立てて床に落ちる。


「ぐあっ!!」


 壁に背中を強く当てたロッタさんが、苦しそうな声をあげる。彼女は宙に浮き、壁に背中を叩きつけられたまま身動きが取れなくなっていた。まるで、標本の蝶だ。


「ロッタさん!」


 私は思わず叫んだが、彼女の心配している場合ではない。遺体の、アルシアさんの左腕が私に向いているのだ。ああ、今度は私の番じゃないか。手を合わせ、急いで教を唱える。しかし、無駄だった。

 いとも簡単に、私はアルシアさんの力によってロッタさん同様、宙に浮き、壁に背中を打ち付けた。アルシアさんが私の目の前に迫り、白骨化した細い指で私の頭を強く掴む。


「私の、家族の、邪魔をするなあ!! 出てけ、出てけ、出ていけぇ!!」


 アルシアさんは叫びながら、私の頭を壁に何度も打ち付ける。まるで私の頭はバスケットボールだ。木の壁が、私の頭蓋の硬さに負けて割れ始める。ミシミシと嫌な音を立てるのは、壁の方か、私の頭か。頭の痛みに、次第に意識が遠のいていく。おぼろげな頭で、なんとかいくつかの言葉を見つけて、繋げて、声に出す。


「アルシアさん……アルシアさん……あなたがここで何をされたのかは……大体の察しはついています……グレイクさんですよね……あなたを殺し、ここに閉じ込めたのは」


 ――――そうだ。

 ジェイクさんから話を聞いた時、ほとんどの答えは出ていたと言える。

 アルシアさんが失踪した2年前、グレイクさんは何らかの理由でアルシアさんを殺害し、地下室の壁に遺体を隠したのだろう。そして、その後グレイクさんは『アルシアさんが失踪した』と、ジェイクさんに嘘を伝え、自ら捜索を申し出た。これはおそらく狂言。怪しまれないための発言だ。しかし、探したところで見つからないことはグレイクさんが誰よりも理解している。殺してしまったのだから見つかるはずがない。だから、彼は真っ先に「見つからない。帰ろう」と、捜索を引き上げたのだ。


 ……まあ、一緒に隠されていた子供用品を見る限り、殺した理由も分かりそうなものだが。


「私は……あなたのお手伝いをしたいんです……あなたが天国に行くためのお手伝いを……できることだったらなんでも協力します……だから、まずは手を離して……」


 私がそう言うと彼女は一瞬狼狽し、指の力が、ふっ、と弱まった。

 私の体が床に落ちる。横を見ればロッタさんも同様で、床にうつ伏せになって横たわっていた。私の言葉が届いたのだろうか。……そうであってほしい。打ち付けられた頭が割れそうに痛い。後頭部が熱を持ってる。


「本当に……?」


 どこからか優しい声がする。さっき聞いたような、でもどこでも聞いたことのないような声。アルシアさんの声だろうか。

 私は床に這いつくばりながら、なんとか頷いた。

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