表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/18

ある霊能力者の話

 私の名前は中原純也。

 神奈川県三浦市にある山の麓に住んでおり、霊能力者を生業としている。


 これは、私が実際に体験した話だ。



 その日、私はとある男性からの依頼を受け、電車で富岡まで足を運んでいた。


 依頼の内容は、『吠える箱を除霊してほしい』との事だった。


 依頼者は先週の休日に、家の離れにある倉庫の整理をしていたらしい。その時に、倉庫の奥で小さな箱を見つけたのだと言う。


 その箱は小さいながらも宝石などで豪華に飾られていて、形はロールプレイングゲームでよくあるような宝箱に似ていた。


 豪華な箱であれば、当然中身も良い物が入っているに違いないと思い、男性はその箱を迷うことなく開けた。


 しかし、残念ながら中身は空っぽ。


 何も入っておらず、男性は落胆した。だが、箱自体がすでに高そうな宝石で装飾されている。これだけでも充分価値がありそうだと思い、彼はその箱を家に飾っておいたそうだ。


 その日から、彼の家では夜になると奇妙な声が聞こえるようになったのだという。


「獣のような声でしてねぇ。いやぁ、獣というより、怪物ですかな。耳をつんざくようにうるさくて。確実にあの箱から声がするんですよ。もうその声が恐ろしくて恐ろしくて、夜もおちおち寝てられませんよ」


「……それは大変でしたね。それで、その箱はどこに?」


「こちらです」


 リビングのテーブルの上に、きらびやかな箱が一つ置かれていた。箱は緑や赤の宝石で彩られている。話で聞いたとおり、確かに豪華な箱だった。


「これはすごい……。触っても大丈夫ですか?」


「ええ。どうぞ」


 私はバッグから取り出した手袋をはめると、その箱を手にとった。箱はそれだけで、ずっしりと重い。装飾の重さがほとんどだろう。


「すごいな……。これ、ルビーとサファイアですよね? それにこの宝石はダイヤモンドなんじゃ……この石、本物なんですか?」


「妻は本物だと言ってます。私は偽物だと思っておりますがね」


「本物だったらどれだけの価値になるかわかりませんよ……。この箱、開けてしまっても大丈夫ですか?」


「ええ。ぜひ見てください。お願いします」


 箱をテーブルに置き、手を合わせ一礼する。ゆっくりと息を吐いてから、おもむろに箱を開けた。


「……どうですか。何か見えますか?」


 男性が私に尋ねる。

 私は箱の中を見て、小さく彼に頷いた。

 この世ならざるものが、確かに中にいる。


 ――――目で見るでなく、心で物を見る。

 すると、それら異形の者は自ずと姿を現していく。

 箱の中は決して空ではない。


 しかし――――。


「……何ですかね? これ」


「……はあ?」


 私の間抜けな返事に、男性ぽかんと口を開け、間の抜けた声を返してきた。


 箱の中、私の目で見えるのは黒い影だった。いくら目を凝らしても、その姿をはっきりとは見ることはできない。

 影。ただただ、影だ。

 こんなことは初めてだった。


 自慢ではないが、私は幼少の頃からどんな霊でもその姿をはっきりと目で捉えることができた。それは、気を抜いていると現世の人と間違えてしまうほどだ。


 それなのに、何故だろう。

 これはモザイク。いや、シルエットというべきか。真の姿を隠すように全体が黒く染まり、その正体は拝めなかった。


 ……これ以上は無理だ。

 見続けていても何もわかりそうにない。


「こちら、一度お預かりしてもよろしいでしょうか? 持ち帰って、よく調べさせていただきたいのですが」


「ええ。もちろんですよ」


「一週間ほど時間をいただければ答えが出せると思います。何かその他に気になることがあれば、こちらにお電話を」


 そう言って私は彼に名刺を渡した。



 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



「何なんでしょうね……これは」


 帰りの電車の中。

 箱の中のシルエットを眺めながら、私は一人つぶやいた。時刻は夜22時頃。田舎に向かう電車は、人もまばらだ。


 ――――こんなことは初めてだった。全くもって正体がわからない。


 まず、この霊は人ではないだろう。かと言って、そこいらの動物霊とも思えない。

 形が異様すぎる。もはや、現世の者の霊とは思えなかった。


 箱の中のシルエットをじっと見つめていると、その霊には大きな羽根があるように見えた。――――羽根。しかし、鳥ではない。長い首と尻尾が生えているし、足が四本ある。


 コウモリ。ムササビ。昆虫類。その何れともこのシルエットとは一致しない。

 身体ががっちりしていて、四足歩行の動物。それでいて羽が生えていて、長い首と尻尾を持つ者。


 そんな生物がいるだろうか。

 そう考えていると、たった一つだけ思い当たるものがあった。


「まさか…………ドラゴン?」


 自分で言って、自分で吹き出した。乗客の数人が怪訝そうな目を向けてくる。


 ――――まさか。そんなわけが無い。

 ドラゴンなんて空想上の生き物だ。そんなものが霊になって現れるはずもない。


 箱を閉じて、バッグにしまう。そろそろ三浦海岸駅に着く頃だった。



 私の家までは駅から降りて40分ほど歩かなければならない。おまけに坂道が多いという二重苦だ。


 街灯も少なく、闇はどこまでも深い。私の他に、夜道を歩く人の姿は見つけられなかった。自然と足が速く動く。


 闇の中に長く身を置くと、良くないものが見え始める。

 次第に、良くない考えが頭の中を支配し、良くないもの達に取り憑かれる。それは、とにかく面倒だった。早く、家に帰りたい。


 周りにあるのは田んぼだけ。民家は遠くに見えるだけ。その明かりはとうに消えていて、ただただ不安を煽ってくる。


 もう少しで家に着くというところで、どこからか嫌な気配を感じた。何かにじっと見られているような、そんな居心地の悪い気配。


 後ろを振り返るも、誰もいない。

 周りを見渡しても、闇ばかり。

 怪しいものは見当たらない。


「まさか……」


 カバンの中。箱の中。何かが蠢く音がする。


 箱を取り出そうとカバンに手を突っ込む。すると、急に自分の足が何かに掴まれたように動かなくなった。


 足元を見る。ズブズブと深い闇に足がはまっていた。闇はまるで水面のように、うねうねと表面を波立たせている。


「なんだこれ……!?」


 深い沼にはまったみたいに、身体がどんどん沈んでいく。


 ――――これはまずい。

 このままでは、闇に囚われてしまう。


 急ぎ、手を合わせ教を唱える。


「観自在菩薩 行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空……」


 二本の指で空に円を描き、中心を貫く。最後に手刀を使って、九字を切った。


「……臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!」


 足元にあった、闇の沼は霧散する。私は安堵の息を吐く。


 教を唱えただけ。九字を切っただけだ。それだけで消えてしまうのは、明らかに低級霊。しかし、闇に引きずり込む力を持った低級霊など今までに見たことがない。


 ――――その時になって、ようやく背中にある気配に気づいた。


 凍えるような悪寒。酷く強い、睨む視線。ぶつぶつとノイズのように、恨みの声が私の耳元で囁かれた。


「しまった……!!」


 振り返ったが、もう遅かった。見たこともないほどの巨大な闇。その闇が津波のように高く舞い上がり、私に覆いかぶさってきた。


 成すすべもない。

 私は断末魔の叫び声も上げられず、いとも簡単にその闇に飲み込まれてしまった。



 ――――あの箱はなんだったのか。

 私を飲み込んだ巨大な闇は、一体何だったのか。

 2つの謎を残したまま、私は現世を後にした。



 ――――私の名前は中原純也。

 神奈川県三浦市の山の麓に住んでおり、霊能力者を生業として――――いた。


 これは、私が実際に体験した、不思議な物語だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ