第四節【飛竜隊】
飛竜と闘うには、動きを止めさせる必要が在る。
竜族の中では比較的に、下位に位置付けされる種族では在るのだが、其れでも人間の手には余る存在で在った。高い知能を有しており、空中を縦横無尽に飛翔する敏捷性が在る。地を這う事しか出来ない生物には、飛竜を捉える事は艱難を極めていた。其れを可能にするには、其の性質を識らなければ為らない。
ダイナー帝国が有する飛竜隊は、飛竜の生態を識り尽くしている。何処に生息して、どう謂った獲物を狩るのかも、習性も全て理解している。野生の飛竜を捉える事は、彼等にも難しい。だが卵を奪う事は、そう難しくは無い。故に卵から孵った飛竜に、己が親だと刷り込む事が可能なのだ。幼竜の段階で飛竜は、空を飛ぶ為の『風』を手に入れる。飛竜が空を飛ぶ原理は、翼に依る浮力だけでは無い。独自の魔力コントロールに依って、風を操っているのだ。其の能力は生後、直ぐに発現する。
飛竜種は大別すると、三種類の属性に分類する事が出来る。
光属性を持った特殊な飛竜。此れは飛竜種で唯一、上位種の竜族に分別されている。聖地アリアドスに近接する様にして聳える霊山レディントン、其の頂上にのみ生息している為、容易に人が足を運ぶ事すら儘為らない。彼等は非常に強い魔力と、言葉を介する程の知能を併せ持っている。
風属性の飛竜が一般的に識られているが、其の生息地は疎らでダイナー帝国では余り目撃されていない。
飛竜隊が主に騎乗する飛竜は、火属性で在る。ダイナー帝国周辺の魔力は、高濃度な火属性の魔力を帯びている。火山帯の付近に群棲している所為か、火属性の魔力を多く取り込んでいる。
機動力は光、風、火の順で飛竜種の中では比較的に鈍重な種では在るが、其れは飛竜種の間で在る。人が相手取るには充分に、素早かった。
「各員、飛行しながら敵を殲滅しなさいッ!!」
エアリゼの号令を受けるまでもなく、彼等は飛行態勢に入っている。無数に飛び交う飛竜の上で、飛竜隊の面々が詠唱陣を錬成し始めていた。在る飛竜は敵兵に目掛けて急降下をして、騎乗する兵が其れに合わせて槍に依る刺突を放っている。擦れ違いざまに敵兵が血飛沫を上げて、後方に吹き飛んでいた。
飛びながら火を吐く飛竜もいた。業火に包まれて、全身が炎上する敵兵。生きた儘、焼かれているにも関わらずに悲鳴の一つも上がらない不気味さが在った。
敵兵の全てが、感情や痛覚と謂った人間らしさが欠落している様で在る。
戦況は一方的で在った。
詠唱陣に完成と共に、飛竜隊の魔術が次々に敵兵を屠って往く。ダイナー帝国が誇る飛竜隊の力は、敵兵の反撃を赦さなかった。
圧倒的に有利な戦局を見て、エアリゼは静かに離脱して往く。敵の数は多かったが、問題は無い様に思えた。実際にエアリゼが抜けて暫くしても、飛竜隊の勢いは止まらない。
飛竜隊の大勝は確実かと思われたが、不意に戦局が傾く事と為る。
グラナス王が現れたのだ。虚の眼には、絶望的な闇を湛えている。
周辺を包む魔力には、異常な狂気が宿っていた。
●
カイラートは半ば、焦っている。
先程まで座視を決め込んでいたグラナス王が、突如として動き出したからだ。全ての兵を引き連れて、此の場から去っていった。恐らく飛竜隊を討ちに向かったのだろうが追撃に向かう余裕は無い。
赤髪の獅子は、容易に此の場を突破させてはくれないからだ。
飛竜に騎乗するカイラートの動きに、グランは平然と対応している。
敏捷な動きで翻弄しようと試みるが、移動する先には常にグランが待ち構えている。近付く事を諦めて中距離から魔術を放とうとすれば、此方よりも先に剣先から土属性の魔術を放ってくる。巨大な土の矢が、カイラートを襲い掛かっていた。愛騎竜で在るヴァルキリーを急上昇させて、其れを交わすが屋内の為、高度を上げれないでいる。
「お前の力は、そんな物か?」
此方を見据えて、グランは次の詠唱陣を錬成させている。其の錬成速度が以上に速い。此方は防戦一方で在る。
「望み通り、私の本気を見せてやろうッ!!」
護りを固めていても、勝機は訪れそうにはない。為らば被弾を覚悟して、突撃するしかなかった。飛竜隊は、ダイナー帝国の一番槍だ。如何なる戦場でも、先駆けて敵陣に突入しなければ為らない。譬え其処が死地で在ったとしても、敵陣に穴を空けるのが飛竜隊の役目だ。
ヴァルキリーと供に突撃するカイラートを、巨大な土石の槍が襲う。僅かに横に逸れただけで、カイラートは突撃する。左肩を衝撃と熱が襲うが、落竜しない様にしっかりと手綱を腕に巻き付けていた。鈍痛を襲う左肩とは対照的に、左腕の感覚が麻痺している。全く力が入らない。放てるのは一撃が、限界で在るのは明白で在る。外せば反撃されて、命を喪う事と為るだろう。槍の先に全ての魔力を籠めて、突進に依る一撃を放った。
視界の隅を、グランの剣撃が掠める。
鋭い痛みと、鈍い衝撃が交差する。慥かな手応えを感じたが、グランは未だ倒れていない。
血に塗れるグランの眼には、闘志が宿っている。
――嗟、そうか。此の男は王なのだ。其の『資質』と『覚悟』が在るからこそ、こんなにも強いのか。
薄れ逝く意識の中で、カイラートに『王』の在るべき姿を視ていた。
既に自分は落竜して、地に伏している。其の自分の上空を、ヴァルキリーは旋回している。見えなくても気配で、其れを感じ取る事が出来た。此れからグランの追撃を受けて、自分は死ぬのだろう。けれど既に、グランも致命傷を受けている。直ぐに手当てをしなければ、其の身体は死に蝕まれてしまう。少なくとも、飛竜隊への追撃は不可能だ。グラナス王の力は未知数で在るが、最も厄介な男の無力化には成功している。其の対価に自分の命を差し出す事は、ほんの少しも惜しくはない。
「何故、そんな顔をする……?」
血を吐きながら、カイラートが問う。
「解らない……」
哀しそうな赤髪の青年の眼には、一筋の泪が流れている。
「確かに此の国は、滅びに向かっている。俺は王として、其れを放置する事が出来ない。だが……父は、変わってしまわれた。何かに脅える様にして、俺に王位を譲った。そして、其の翌日に……慥かに、父は死んだ」
言っている意味が、理解できない。其れに理解した処で、自分は間も無く死ぬのだ。
どうする事も出来ない。
「王鱗紋は御前に、我が家臣としての力を求めている様だ。殺すには、惜しい。国を裏切れとも、謂わない。だから、協力してはくれまいか?」
益々、意味が解らない。
「巫山戯た事を、言うな。俺とお前は、敵同士だろうがッ……」
そう言うのが、精一杯だった。
視界がぼやけている。身体の感覚が失われていた。もしも、戦乱の世でなければ、グランに心を赦していたのかもしれない。
死の際に、そんな馬鹿げた考えが過ぎっていた。
「俺は、父を討たねば為らない……」
其の言葉を最後に、カイラートの意識は途切れていた。
●
「愚か者達よ……死を、受け入れるが良い」
異常な密度の魔力が、グラナス王を包み込んでいる。其の質量は飛竜隊を、壊滅状態へと追い込もうとしている。
飛行する飛竜達が、重力に依って地に叩き付けられて往く。グラナス王の得体の知れない力が、飛竜の身体を粉砕している。全身の骨が砕ける音。吐き出される夥しい量の血。騎乗していた男の悲壮な表情。阿鼻叫喚を思わせる飛竜隊の悲鳴が、グラナス王の心を甘く撫でている。死の微睡み程、居心地の良い物はない。其れを知らぬ愚かな者達には、死を以って教えなければ為らない。
そうする事に依って、死に魅了された者は、等しく我が軍門に下るのだ。死した兵や飛竜の骸が、音も立てずに起き上がり始める。最早、自分が手を下す必要もない様だった。
死を纏った兵団が、残る飛竜隊を襲い始めた。恐怖に駆られた人間は恐ろしく脆い。曾ての自分がそうで在った様に、愚鈍な眼では何も視えないのだ。
「死を受け入れよ。さすれば冥皇様の祝福が、愚かなお前達を御救いするだろう……」
先程まで味方で在った者が死に、敵として蘇る事は動揺と恐怖を生む。迷いや惑いは、隙を生み出して正しい判断力を根こそぎ奪い去ってしまう。最早、彼等は恐怖の傀儡だ。真面に闘える者は、残ってはいない。壊滅は時間の問題で在る。
此の国は決して、滅びる事はない。
死を以って、生まれ変わるのだ。其の為に自分は、冥皇と契約を交わしたのだ。
死を率いし暗黒の皇は、寛大な『抱擁』を自分に与えてくれた。死は等しく、皆を救ってくれるのだ。
先刻、水竜皇を仕留め損なったのは失敗で在ったが、間も無く息を引き取るだろう。そうなれば、我が軍は依り強固と為る。
巫女が一人、水竜皇の元へと向かった様だが、何も出来ぬ筈だ。ダイナー帝国は既に、ゾメストイのクーデターに依って墜ちている頃だろう。ゾメストイとは同盟関係に在る為、巫女を殺す訳には往かないが、放置しておいても問題はなかった。其れよりも問題なのは、不肖の息子で在るグランの方だ。在れに双竜剣を継承させたのは、失敗で在ったようだ。
何れは、殺さなければ為らない。
己に仇為そうとする者には、一切の容赦は与えない。
巫女を聖地アリアドスに踏み入れさせない事を条件に見逃しているが、万が一にも条約を破ればゾメストイとて容赦はしない。冥皇の加護を得る物は、そう何人も必要ない。
今の自分には、素晴らしい力が在る。