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扉を開けた先の休憩室は、大きな笑い声で満たされていた。
そこには柘植さんがいた。笑っていたのは柘植さんと飯島さんともう一人の先輩だった。柘植さんは僕の事を目に留めたけど、その間はずっとその笑いに浸っているみたいだった。その瞬間僕が悲しくなったのは、柘植さんは僕の事が見えていないようだったからだ。多分、それはあくまで一時的な事だったとは思う。その時は、柘植さんは何かで頭がいっぱいだったんだ、と。でも柘植さん達が何で笑っていたのか、僕にはどうしても分からなかった。それは高校生の僕には、いやもしかしたら、根本的に僕という人間性では馴染む事が出来ないような事だったのかも知れない。根拠はないのだけれど、どうしても僕はその時そう思わずにはいられなかった。あるいは、飯島さんがそこに居たから余計そのように思えたのかも知れない。柘植さんが遠く感じられた。それは寂しさだった。
それからしばらく経った頃だろうか、飯島さんと柘植さんが同じ時間帯にレジに並ぶ所を多く見かける気がするようになった。それだけじゃなく、僕の目からは、二人の間に何かしらの親密な空気がかよっているに見えていた。正直に言うと僕はそれが嫌だった。柘植さんと男性とが一緒にいて欲しくないという嫉妬心からではなかった。飯島さんの人間性と柘植さんの純朴さとが調和しながら重なり合う事が不快だったのだ。
その不快とはつまり、飯島さんという人間に対する軽蔑だった。飯島さんは仕事も出来るし、見た目も嫌な感じはしないし、人柄も一見悪くない。大抵の人は彼を嫌いにならないだろう、柘植さんがそうであるように。でも僕にはどうしても、その中にある冷徹さを感じ取らない訳にはいかなかった。何かふとした拍子にそれは確かに見えた。その眼差しから、人間を根底から信用していない冷たさを、何度も僕は垣間見てきた。ある時僕は飯島さんに対して感服し、でもある時は、僕は飯島さんに生理的嫌悪感を抱いた。
そんな飯島さんと柘植さんが万が一結ばれる事になれば、もしかしたら僕は自分の存在意義を見失ってしまったかも知れない。柘植さんのような女性が、あんなに冷徹で実際的な人を好きになれば、少なくとも僕の中の女性と自分に対しての認識が全てひっくり返っえてしまった事だろう。要するに僕はそれが怖かったのだ。
今になって思えば、それはあまりにも自意識過剰だったような気がする。実際に僕がその恋にコンプレックスを抱いていた事は間違い無かった。僕は柘植さんの像を前にいつも自分を推し量っていた。柘植さんは水のように、何かの拍子でいとも簡単に笑う事が出来る。でも僕は笑う時、笑おうとしなければ笑えない。そこには少しの虚偽と不自然味がある。柘植さんは恐らく、水準以上の環境で、温かい家庭に囲まれて、大切に育てられて来たのだろう。でも僕は安アパートで育ち、何度も家を引っ越し、何の教養を教わらず、一時は養護施設に預けられ、野草を裸足で踏みしめながら生きてきた。そしてそれは消えない匂いとしてずっとまとい続けなければいけない。もし柘植さんと僕が完全に違う種類の人間だったとしたら、僕は何を想えば良いんだろう。
心地良かった筈の恋心が徐々に黒く淀んでいき、気がついた頃には当人を苦しくさせている、といった事を多くの人が経験している。残念ながら僕はその時、その中にいた。柘植さんと休憩室で一緒になった時、上手く話に入れなかったら、僕は長い間落ち込んだ。柘植さんがあまりにも自然な笑みを浮かべたら、僕は遠い彼方へ消えてしまいそうな程胸が切なくなった。単なる時間の流れにさえ、距離を離されてしまう気がした。
そんな内なる淀みは一度だけある機会を通して、僕の心の表層の上にはっきりとした形で現れ、そして小さなシミをそこに残した。アルバイト内で記念アルバムのようなものを作る事になり、それがきっかけとなった。写真を取る為にカメラを向けられた僕の視界の隅で、柘植さんはこちらを見ていた。僕のいつもみたいに少し不完全で不器用な顔色を、フィルムは焼き付けた。上手く言えないけど、柘植さんと僕の間に隔たりがあるような気がした。
そのように淀んだ恋心を抱いたまま恋が実るという事例は多分殆どないだろうし、実際に僕は上手く柘植さんと接する事が出来なくなっていった。一度シフトの時間が同じ時刻に重なった事があって、その時僕は初めて柘植さんのメイク姿を目にした。シフト表を見れば、休憩室で誰と一緒になるのか分かるので、僕はもしかしたら柘植さんは僕に見せる為にメイクをして来たのかと考えたりした。でもそれは単なる自意識過剰なのかも知れなかった。それでもいずれにせよ、僕は言葉にしてみたかった。「柘植さんのメイク初めて見ました、凄く綺麗です」と言いたかった。でもその時僕は、その言葉を使う権利が自分にはないのだとどうしても思い込んでしまって、言う事が出来なかった。それだけでなく、数日後、休憩室で柘植さんに話かられた時、僕は顔を軽くしかめてしまった。本当は好きなのに、何故自分がそうするのか分からなかった。その時、柘植さんの心が僕の手の届かない場所へと、音もなく消え去ってしまったような手応えを確かに感じていた。
帰りの道に通る川沿いの風景の数々には、すでにそのような淀みが投影されていた。僕にとって柘植さんの存在は特別だった。それは代わりの利かない、理屈で点数をつける事の出来ない、たった一つの温かな存在だった。柘植さんが側にいる人生と、そうでない人生とでは、意味が180度変わってしまう程、僕の心の奥深くにすでにそれは入り込んでいた。どのような言葉でも形容出来ない。美人だから苦しいんじゃない、優しいから苦しいんじゃない、温かいから苦しいんじゃない、それが柘植さんだから苦しくなるのだ。僕は気が付くと柘植さんの代りになるものを心の中で探し、あらゆる可能性が詰め込まれたみたいにそびえるあの遠い暗い空に投影し、映し出そうとした。でもそんなものなんて無かった。届かなかったら最後、諦めるしかない存在なのだから。
それからしばらく柘植さんと顔を合わせる事なく日々が過ぎていった。家に帰り布団の中に入る度、柘植さんの像を心に置いていた。その時、僕はもう柘植さんが手の届かない所に向かいつつあるのだと気が付いていた。このまま時間が過ぎ去り、柘植さんはもっと大人になり、僕とは違う能動的な背の高い男の腕に抱かれるのだろうと想像した。いや、本当は初めから気が付いていたのだ。まだ今の内だけは、柘植さんは若さ故の好奇心で僕に少しだけ好意を抱いているに過ぎないのだと。それでも、例えそれが短い限定された期間の事だとしても、僕は柘植さんと何かを共有したかった。仮に柘植さんがいつか、僕という人間の底を見て気持ちを離す事が決まっていたとしても、それでも限られた時の中で少しでも爪痕を残したかった。もし出来るのなら、万が一に賭ける気持ちで、ささやかな魔法をかけてみたかった。そして、その淡い夢は終わりを迎えようとしていた。自転車を漕ぐ僕の目から涙がこぼれた。
扉を開いた時、なんとなく何かの予感が心の中からこみ上げている気がしていた。制服に着替えて、連絡ノートを読む。時刻を確認して、厨房へ向かう。
柘植さんがいた。本当に好きな人と出会えた嬉しさは、正確に形容する事なんてやっぱり出来ない。温かいとしか言えない。いつもと何かが違っていた。それは僕の自意識過剰なんかではない。それだけははっきりと言い切る事が出来る。時間が止まっているようだった。その時柘植さんと僕は何かを共有していた。そう、柘植さんは僕の事を意識して心に置いていたのだ。まるで温かい水に浮かんでいるみたいだった。柘植さんは僕の目をちゃんと見ていた。僕の名前を呼んでからから言った。「久しぶりだね」その言葉には、些細だとしても何かが確かに込められていた。それは僕の心にずっと残り続けるものだった。それがたとえ、すぐに柘植さんの中から消えてしまうものだとしても。
それが柘植さんとの思い出の最後だった。
家の事情で引っ越す事になり、その数週間後、アルバイトも変わる事になった。送別会で柘植さんの姿は見えなかった。シフトが重なっていたのか、それとも僕の事を何らかの形で意識していた事によってなのかは分からない。いずれにしても、それっきり柘植さんとの関係が終わってしまった。
新しいアルバイト先も似たようなファーストフード店だったけど、イマイチ刺激がなく、そのせいで日常が一気に退屈になった気がした。学校が終わり、特に予定のない日は家でテレビを見たりゲームをしたりしたけど、どこか自分が周りから取り残されているみたいなほんのりとした虚しさを感じていた。柘植さんの事が思い浮かぶ度、そこにあるはずの光り輝いた温かいどこか、そこへ届かない眩しさに目を突かれ、そして手を伸ばした。
そんな風に日々は過ぎていき、やがては僕の心苦しさはその日常の忙しさの中に少しずつ溶けていき、気がつけば表面上に現れない程薄くなり、殆ど見えなくなっていた。
そして僕は19才になり、父親の伝手で配管工事の仕事に就いた。