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グランドールフェスト  作者: 五月雨 拳人
第一章 グランドールフェスト
9/30

激闘 アイザックに勝利せよ 2/2

 対戦するグランドールは別々の通路から闘技場に入るため、二人の初期位置は相当離れている。そのため開始直後から戦闘になるわけではなく、まずはお互いの姿を見つけるところから始まるのがグランドール同士の戦いだ。


 なので、巧真は廃墟の街をアイザックの姿を探してうろうろさまよっていた。

 ヴァリアンテの視点から見る廃墟の街は、まるでよくできた3Dのゲームみたいで、巧真は思わず自分がいま別の世界にいるのを忘れてゲームセンターにいるような気分になった。


「こう広いと相手を探すだけでも大変だな」

『気を抜くな。相手は腐っても元軍人だ。こういう場所での戦闘は訓練でも実戦でも死ぬほどやってきたからな』


 ギリガンに言われるまでもなく、巧真は充分過ぎるほど警戒していた。建物の陰に目を凝らし、相手が瓦礫を踏む音を聞き逃すまいと耳をそばだてていた。


 だが、


「どおっ!?」


 いきなり背後から強烈な衝撃を受け、ヴァリアンテが吹っ飛ばされた。咄嗟の事で受け身も取れず、地面を豪快に削りながら倒れる。


「何だ!?」


 ヴァリアンテが慌てて起き上がると、目の前にスペレッサーがいた。スペレッサーはヴァリアンテが無様に地面に這いつくばっているのを嬉しそうに見届けると、音も無く飛び上がりビルの屋上に着地する。


『今のは挨拶代わりだ。油断してるとケガじゃ済まないぜ』


 胸の魔導石からアイザックの声がした。口調が明らかにこちらをからかっているのがわかってムカつく。


『泣きを入れて試合をやめるなら今のうちだぞ』

「誰がするか!」


 ヴァリアンテがビルに飛びついて登ろうとすると、


『ひゅ~、威勢だけはいいな。ま、無駄な努力だけどせいぜい頑張りな』


 スペレッサーは出て来た時と同じように音も無く消えていった。仕方なくヴァリアンテはしがみついていたビルから下りる。


「くそぅ、好き放題言いやがって」

『だから気を抜くなって言っただろ!』

「まだ距離があると思ったんだけどなあ……」

『ここは奴の庭みたいなもんだ。地形は全部頭に入ってるだろうし、重たいヴァリアンテが動く気配は奴に筒抜けだ。お前は下手に動かず、壁を背にして奴の動きに集中しろ!』

「わかった」


 ギリガンの指示通り、巧真はヴァリアンテをビルの壁を背にして立たせる。これでさっきみたいな背後からの不意打ちはないし、前だけ警戒していればよいので楽ちんだ。

 と思っていたヴァリアンテの頭部に、さらさらと砂が降り注いだ。


「?」


 見上げた巧真が見たものは、ビルの屋上から太陽を背にこちらに向かって飛び蹴りを仕掛けてくるスペレッサーの真っ黒な姿だった。


「なにっ!?」


 驚きながらも咄嗟に対空攻撃を出したのは、さすが世界二位の格闘ゲーマーだと言えよう。強烈なアッパーを打ち出すヴァリアンテ。ゲームならこちらの攻撃が勝つか、悪くても相打ちだった。

 だが現実は、スペレッサーの長い足がヴァリアンテの腕が届く前にヒット。スペレッサーは軽量なため、手足が長くてもバランスが取れる。なのでどうしても重心を低くするために体型がずんぐりしてしまう重量級のヴァリアンテは、リーチで負けてしまうのだ。

 またもや強烈な衝撃が巧真を襲う。


「ぐはっ!」


 目の前の魔導石がある台に猛烈に腹をぶつける巧真。肺を握られたような痛みに息が詰まる。

 しかしこれで思い出した。さっきも後ろから不意打ちされたと思ったが、実際は上から飛び蹴りをかまされたのだ。


 そもそもアイザックが建物の陰と高さを利用して隠れながらこちらの頭上を取り、背を見せたら飛び蹴りをかましてまた隠れるヒット&アウェイを得意とするのは、試合前にギリガンから聞いていた。

 なのに実際に戦ってみると事前に考えていた動きがまるでできない。足が地に着かず、頭が真っ白になる。これが実戦というものか、と巧真は改めて今自分が戦場にいる事を自覚する。


「くそ、動きが早い上に何て身軽なんだ……」


 腹が鈍く痛み、痛みと恐怖が身体を強ばらせる。しかし巧真はそれを気合でねじ伏せる。何故なら目の前に敵が降りて来ているからだ。今を逃せばまたビルの上に逃げ、こそこそ隠れて後ろから襲って来る。だからこの機を絶対に逃してはならない。


 チャンスは決して逃すな。


 これを守ってきたから巧真は世界二位まで上り詰めたのだ。


「うおおおおっ!」


 雄叫びを上げながら、ヴァリアンテはスペレッサーに迫る。接近してしまえばリーチの差は関係ない。

 パンチやキックの連続攻撃で、スペレッサーに逃げる隙を与えない。重量差から考えて、まともに当たりさえすれば勝負は決まったも同然だ。


『お? ヒヨッコのくせになかなかいい動きするじゃねーか』


 勇猛果敢に巧真は攻める。しかしアイザックの操るスペレッサーにはかすりもしない。せめてガードさせればダメージを蓄積させられるのだが、当たらなければそれすらも望めない。

 これが熟練のグランドール乗りの実力か。


 ならば、と巧真は試合前に頭の中でシミュレートしていた戦法に切り替える。

 アイザックの右目は眼帯だ。つまりこちらが左に回るように動けば、彼からは死角になるはずだ。

 作戦通り巧真はスペレッサーの右側に回るように左に動く。そして死角に入ったとところでパンチを繰り出した。


 理論的には、これで当たらないほうがどうかしていた。

 だがアイザックはまるでこちらの動きが見えていたかのように、カウンターパンチを出してきた。

 もう一度言うが、リーチはスペレッサーのほうが長い。カウンターをモロに喰らい、ヴァリアンテの巨体が後ろに倒れる。決着かと思われる瞬間に、観客が沸いた。


「嘘だろ……」


 確かに自分は死角に回ったはず。なのにどうして。


『どいつもこいつも馬鹿の一つ覚えみたいに俺の右に回ってきやがって。いい加減慣れるっつーの』


 どうやら考える事はみんな同じのようだ。


『それによく考えてみろ。俺の右目はこんなだが、スペレッサーの目は両方問題なく機能してる。たとえ操縦士の目が見えなくても、グランドールの視覚が正常なら関係ないんだよ』


 アイザックに言われて今さら気づいた。巧真もヴァリアンテの目を通じてものを見ているように、アイザックもスペレッサーの目を通じてものを見ているのだ。視覚を共有しているのだから、操縦士本人の目がどうであろうと関係ないのだ。


『一つ勉強になったな、坊や』


 楽しそうな笑い声を残し、スペレッサーは再びビルの谷間に消えた。充分追い打ちをかけられる状況だったのだが、敢えてそうしなかったのは余裕の現れなのか。それとも慎重なのか。はたまた遊んでいるのか。この秒数で決着するほうに賭けていた連中から盛大なブーイングが起こる。合掌。

 これでまた振り出しに戻った。いや、ダメージが増えたので単に状況が悪化しただけだ。体力をゲージで例えるならレッドゾーンでちかちか明滅している。


 ゲームだったらスーパーコンボや超必殺技が解禁になり一発逆転を狙える状況だが、現実はそんな都合のいいものなんてなく、ただ満身創痍の死にかけの素人が本格的に死ぬのを秒読みしているだけだ。

 せめて一矢報いたいところだが、技能経験のみならずリーチでも負けているのでどうにもお先真っ暗である。

 唯一勝っているのは、機体の重さぐらいであろうか。だがこんなもので勝っても嬉しくもなんとも――


「いや、待てよ」


 ギリガンの言葉を思い出す。確かスペレッサーはウッドゴーレムで、その素材ゆえに耐久性や出力が他のグランドールに劣る、だったか。


 つまり現在の状況は近距離打撃型ストライカーのヴァリアンテ対軽量でヒット&アウェイ型のスペレッサーという事になる。これは少々相性が悪い。勿論キャラの性能差イコール対戦の勝敗というわけではないのだが、今の巧真の操作技量ではその差をひっくり返せない。


「――となると、キャラを変えるしかないか」


 巧真は一度両方の手の平を学生服のズボンの尻で拭うと、勢いよく中央の魔導石に叩きつけた。

 ヴァリアンテを動かすのではない。以前魔導石の中で見つけたヴァリアンテの機体性能ステータスバー。あれを変更するためだ。


『おいタクマ、お前こんな時になにやってんだ!?』

「今のヴァリアンテじゃスペレッサーに勝てない。だから勝つために色々いじってやるんだよ」

『色々ってお前――』

「悪いけど、今取り込み中なんだ。集中したいからちょっと黙ってて」

『っ…………、…………』


 ギリガンが黙りこくると、巧真はヴァリアンテの魔導石に意識を集中する。内部に深く侵入し、ヴァリアンテ自身を形成するステータスのような部分に辿り着いた。


「これがヴァリアンテの基本スペックか」


 見れば、ヴァリアンテの基本的な性能ポテンシャルはパワー、スピード、ジャンプ力など平均的な数値に設定されている。これは汎用性はあるが、ある意味無個性と言うか面白味が無いと言うか、何でもできる反面何かに秀でているわけでもない無個性な状態だ。


 だから巧真はこのステータスを変更し、ヴァリアンテをある能力に特化させる。他の数値を限界まで減らし、その分をパワーに全振り。数値の変動に応じてヴァリアンテの外観が見る見る変わっていった。短い足がさらに短く太くなり、対して腕は太く長く。ただでさえずんぐりしていた体型がさらに極端になり、ほとんどゴリラみたいになった。今のヴァリアンテの姿をリサが見たら泣くかもしれない。


「これで良し。あとは動作をいくつか追加して、と」


 こうして一つの能力に数値を振った反面他の能力がガタ落ちしたが、一点突破型のヴァリアンテが出来上がった。


 だが巧真が集中して作業できるのもここまでだった。いくら遊び好きなアイザックでも、棒立ちになっている敵をいつまでも放置するほど甘くはない。ただでさえ遊び過ぎて試合時間が伸びたせいで客がだれてきているのだ。プロの賭けグランドール乗りとしては、ここいらできちんと試合を締めて腕を見せたいところであろう。


 ここで決着をつけようと、これまで慎重だったアイザックが近接戦闘を仕掛けてきた。今度はヴァリアンテがスペレッサーの猛攻に防戦一方になる。さすが歴戦の操縦士。上下左右に打ち分けられた攻撃は、まともに喰らうのを避けるだけで精一杯だった。


『どうしたどうした? いつまでもやられてないで、ちょっとはやり返せよ。怖いのか? 頑張れよ、男の子だろ?』


 しかし、ただやられっぱなしでいる巧真ではない。アイザックの連続攻撃を懸命に防御しながらも、彼が攻撃を繰り出すリズムやパターンを盗むのに努める。

 そしてそう長くもない時間で、巧真はアイザックの攻撃のクセを見つけた。


「そこだ!」


 スペレッサーの右回し蹴りを、ヴァリアンテが左脇に抱え込むようにして受け止めた。


『なにっ!?』


 そしてすぐさま“吸い込み”、スペレッサーの左足を右脇に抱え込む。


「いくぞ。せーの、」

『なんだぁっ!?』


 スペレッサーの両足を抱え込んだヴァリアンテは、その場で回転を始めた。一回、二回、三回と回転し、徐々に速度を早めていく。


 軽量級とは言え、スペレッサーもグランドールである。ヴァリアンテはそれを軽々と振り回してジャイアントスイングをかける。それは、このために巧真がヴァリアンテの基本設定をパワー特化型に書き換えたからだ。そうでなければ、いくら軽量級のスペレッサーでもこうは振り回せない。


 プロレス技であるジャイアントスイングは、安全を考慮して相手をただ振り回すだけである。それでも強烈な遠心力で頭に血が上り、三半規管が狂って技から解放されてもしばらくはバランス感覚を失いまともに立って歩く事ができなくなる壮絶な技だ。


 しかし、ジャイアントスイングの本来の目的はそうではない。


「喰らえ!」


 巧真はコマのように回転しながら移動すると、スペレッサーの頭部を瓦礫の山にぶつけた。


『がっ……!』


 激しい音を立て、スペレッサーの頭が瓦礫に衝突する。凄まじい衝撃に、スペレッサーの頭が首からもげかける。そう、ジャイアントスイングの正しい使い方は、こうやって相手の頭部をコーナーポストなどの硬いものに激突させ、一撃で頭蓋骨を砕いて即死或いは致命傷を与える事なのだ。


 とは言え、技をかけられているのはグランドールなので、頭を瓦礫にぶつけようが中の操縦士が直接死ぬ事はないので安心して頂きたい。ただグランドールは投げられる事を想定していないので、振り回されれば中の人は遠心力で床や壁に貼りつけられるし、その勢いで何かに衝突すれば尋常じゃない衝撃が襲うだろうが。


「これでトドメだ!」


 スペレッサーの頭を砕くだけでは飽きたらず、巧真はハンマー投げの要領でスペレッサーをビル目がけて放り投げた。


『げっ!?』


 スペレッサーがビルに向かって一直線に飛ぶ。一階入り口のガラス張りの自動ドアを景気良く破壊してダイナミック入店を敢行すると、しばらくしてビルの反対側から壁をぶち破って出て行く音がした。

 廃墟の闘技場に、盛大な土煙が上がる。

 それまでアイザックに向けられていた声援がぴたりと止み、闘技場は水を打ったように静かになった。


「どうだ……」


 静寂の中、ヴァリアンテの操縦席に巧真の荒い呼吸音が響く。全身汗だくなのは、暑さだけではない。ただでさえダメージが蓄積していた中、ジャイアントスイングという大技を繰り出したため、巧真自身も相当体力を消耗したのだ。


 膝は笑っているし、目は既に焦点が合わない。もしこれでスペレッサーが立ち上がったら、今度こそ巧真は手も足も出ずに負けるだろう。

 立つな。

 これで終わってくれ。

 巧真が祈るような気持ちでスペレッサーが飛んでいったビルの穴を見つめていると、


「スペレッサーの大破と操縦士アイザックの失神を確認。試合続行不可能のため、この勝負、シンドゥータクマの勝ち!」


 胴元のアナウンスが闘技場に響き渡った。

 と同時に悲鳴と怒号が沸き上がり、ハズレ賭け札の紙吹雪が舞った。


「やった……」


 勝利を宣告され、一気に緊張の糸が切れた巧真は、魔導石の上に覆い被さるように倒れた。


『やった、やったなタクマ! 本当にアイザックに勝っちまったぞ! これで予選免除で本戦出場確定だ! おい、聞いてるのか!? 何とか言えコラ!』


 歓喜するギリガンの声は、巧真にはもう聞こえていなかった。

 度重なるスペレッサーの攻撃による交通事故並の衝撃。おまけに初めてグランドールを長時間操作する肉体的疲労。そして生まれて初めての実戦という膨大なストレスにより巧真の心身は限界を突破していた。


     †     †


 目が覚めると、巧真はベッドに寝かされていた。白いシーツ、鉄パイプ製の簡素なベッド。隣のベッドとの間を仕切る白いカーテン。消毒液の臭い。何だか学校の保健室を思い出させる。

 今までの事は全部夢で、本当は通学途中に貧血か何かで倒れて保健室に運ばれたのではなかろうか。そのほうが別の世界でグランドールに乗るよりよほど説得力がある。

 だが巧真のそんな淡い期待は、


「おう、気がついたか」


 カーテンを勢いよく開けて現れたギリガンの顔と声に粉微塵に打ち砕かれた。


「まあ、そうだよな」

「あ? 何か言ったか?」

「いえ、それより俺はどうしてここに」

「決着の後すぐに気を失っちまってたんだよ。それよりどうだ、気分は?」


 言われて巧真は上体を起こそうとするが、腹部に鈍い痛みを憶えて低く唸った。


「無理するな。初日に長時間グランドールに乗ったんだ。自覚が無いだけで身体は相当こたえてる。それにあれだけスペレッサーにやられたら、恐らく今夜はろくに眠れねえから覚悟しとけよ」

「え……?」


 いきなり脅され、巧真は不安になる。そう言えば試合中は緊張と興奮で気にならなかったが、それらが解けた今は首や身体中の筋肉に鈍痛がする。事故などに遭った直後はアドレナリンが出ているので痛みを感じないが、しばらくするとあちこち痛み出すのに似ているかもしれない。


「とにかくアイザックに勝ったんだ。これでグランドールフェストの本戦出場は決まったも同然だぜ。やったな」


 にやりと笑って親指を立てるギリガンの後ろから、いきなり不機嫌そうなアイザックの顔が飛び出した。ビルに投げつけられたのが相当効いたのか、額や肩に包帯が巻いてある。


「うわっ!」


 突然対戦相手のアイザックが出て来て驚く巧真に、アイザックの顔がさらに不機嫌になる。


「ったくいつまで寝てやがるんだ。だらしねえなあ」

「すいません……」

「フン、そのだらしねえのに負けた奴が偉そうに」

「何だとこの野郎」

「いいからさっさと用件を言え。お前がどうしても訊きたい事があるって言うから、こうやって面通しをさせてやってるんだぞ」

「ぐ、このジジイ……」


 敗者の弱みか、アイザックは悔しそうに歯噛みをすると、気を取り直すようにわざとらしい咳払いをした。


「おい坊主、お前一体どうやって試合中にグランドールを変形させた」

「え?」

「ほら、最後のアレ。どう見ても形が変わって性能が上ってただろ。そうでなけりゃ、いくらスペレッサーが軽いとは言えあそこまで馬鹿みたいに投げられやしねえっつーの」

「ああ――」

「おう、それはわしも知りたい。タクマ、お前何をどうやったんだ?」


 二人に詰め寄られて巧真は後退ろうとするが、また身体中に痛みが走ってそれもままならない。

 観念して溜息を一つつくと、全てを洗いざらい白状した。

 最初は半信半疑で聞いていたアイザックであったが、黙って聞いているうちにみるみる驚愕の表情に変わる。


「お前、技師を使わずに自分でグランドールの行動術式をいじれるのかよ」


 すげえな、と呻くアイザックに、ギリガンが「それだけじゃねえぞ。タクマは複数の魔導石の適正を持ってるんだ。とりあえず光系と火系は確認済みだ」と補足する。


「複数の適合持ちだと? 嘘だろ? とんでもねえ奴だな」

「それにしてもタクマ、どうしてヴァリアンテの基本設定をいじれば機体もそれに対応して変化するって気づいたんだ?」

「最初にヴァリアンテの行動術式をいじった時に、こいつの機体設定みたいな項目を見つけたんだ。その時は特に何とも思ってなかったんだけど、こいつの装甲がミスリルって聞いてたから、もしかしたら魔導石の設定に対応するんじゃないかって思ったんだ」

「そうか。ミスリルは魔力に反応して形状を変えたり特性を付与したりできる特殊な金属だからな。魔導石の設定を変えてやれば、それに応じて形状を変えるぐらいはやってのけるかもしれん」


 合点がいった、という感じにギリガンが手の平に拳を打ちつける。


「だがいくら理屈でできるとわかっていても、試合中に試そうとは思わねえな。しかもぶっつけ本番だろ? まったくとんでもねえ奴だな」

「確かに。お前には驚かされてばかりだよ」


 そしてアイザックとギリガンは示し合わせたかのように、同時に言った。


「お前、いったい何者なんだ」

「え……」


 医務室に沈黙が満ち、二人の視線が巧真に集まる。

 巧真は困惑していた。正体を疑われた事に、ではない。今さらそれを訊くか、という戸惑いである。

 そして迷う。今ここで自分の正体を明かしてしまって良いのだろうか。自分は別の世界の人間である、なんて話を誰が信じよう。きっと頭のおかしい奴だと奇異な目で見られるか、試合で頭を強く打ったのかと心配されるに違いない。


 それに、話したところでどうなる。自分でもどうやってこの世界に来たのか、どうやったら元の世界に帰れるのかまったくわからないのに、それを他人に話したところで何か解決策が出るとは限らない。ただ余計な心配と戸惑いを与えるだけの可能性がかなり高い。特にギリガンやリサ、ヴィルヘルミナなどは工房の危機で頭がいっぱいのはずだ。これ以上問題が増えても困るだけだろう。


 ただ、みんなを信用していないわけではない。もしかすると、彼らがこの世界ならではの知識を所持していて、それが解決策になるかもしれない。そういう可能性もまったく無いとは言い切れない。が、かなり低い可能性である事は巧真でもわかる。


 つまり、話すのは今ではない。


 世話になる相手にこのまま自分の正体を隠し続ける事は、義理や礼節を欠いた行為だとは思うが、かなりデリケートな問題であるために相談する時と相手は選ばなくてはならない。

 そこまで考えて、巧真はふにゃりとした笑みを浮かべると、


「さあ、何なんでしょうねえ?」


 思い切り誤魔化した。


「それよりアイザックさん、用件はそれだけですか?」


 巧真このまま流れでうやむやにしようとする。


「ん? ああ、いや、まあそうだな」


 いきなり話が変わって、アイザックが急によそよそしくなる。何か言いたそうだが言いたくない、或いは言うのが気恥ずかしいといった感じだ。

 しばらく彼らしくない煮え切らない態度が続いたが、遂にギリガンがしびれを切らした。

「鬱陶しいのう、言いたい事があるならはっきり言わんかい。それとも用が無いならもう出て行け」

「う、うるせえな! ちょっと待ってろ……」


 そう言うとアイザックは巧真たちの視線から隠すように後ろを向くと、右目の眼帯を裏返す。

 するとそこにはコインのようなものが貼りつけてあった。アイザックはそれを剥がすと、「ほらよ」と無造作に巧真に向けて親指で弾く。


「わわっと……」


 慌てて両手で挟んで受け止める。手を開いて見ると、それはコインではなく円形のメモリーチップのようだった。大きさは五百円硬貨ほど。表には、読めないが何か文章が刻まれており、裏面には端子がびっしりと打ち込まれてある。


「これは?」

「グランドールフェスト予選免除権だよ。大会が始まったらそいつを運営に持って行けば、晴れて予選免除になるからそれまで大事に持っとけ」

「また妙な所に隠したもんだな」

「当たり前だろ。これを持ってりゃ誰でも予選が免除になるんだ。危なっかしくてそこらに隠してられるかっつーの」


 賭けの対象になるのだから、予選免除権はアイザック本人でなければ使えないというものではない。つまり賭けのネタにしようが売って金に換えようが持ち主の勝手だし、欲しい奴はどんな手を使ってでも手に入れてしまえばそれで予選免除だ。なので予選免除権を手に入れた者は、それを大会まで守り通さなければならない。逆に言えば、守り通せる者でないと手に入れても無意味なものだという事だ。


 その意味を理解した巧真は、それまで軽い気持ちで親指と人差し指で摘んでいたメモリーチップを、慎重に学生服の上着のファスナーがついているほうの内ポケットにしまった。これでよほどの事がない限り落としはしないだろう。後は人為的な事さえなければ。


「大事にしまっとけ。間違っても失くすなよ」

「はい」

「あとな、優勝しろとは言わねえが、せめて一回戦は突破しろよ。でないとお前に負けた俺の立つ瀬がないからな」

「頑張ります」

「フン、自分勝手な事言いよって。まあお前に言われるまでもなく、目指すは優勝だがな」

「でっかく出やがったな……。まあ無理だろうが、少しでも長く本戦に残って思い出作っとけよ」


 そう言うとアイザックは身を翻し、巧真たちに背を向けた。

 医務室から出て行こうとするアイザックの背中に、巧真が慌てて声をかける。


「あのっ……!」

「あん?」


 アイザックは背中越しに、顔だけ振り返る。


「ありがとうございました」


 自分を負かした相手に礼を言われ、アイザックはぽかんとする。そしてに苦笑すると、何も言わず片手を軽く上げただけでそのまま去って行った。

 扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。その足音を追うように、巧真は言った。


「案外悪い人じゃなかったね」

「それはどうだろうな」


 したり顔でギリガンが言ってからしばらくすると、誰かが通路のゴミ箱を思い切り蹴飛ばした音が聞こえてきた。

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