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グランドールフェスト  作者: 五月雨 拳人
第一章 グランドールフェスト
8/30

激闘 アイザックに勝利せよ 1/2

「どうする? すぐにでも始めるか?」

「ああ?」


 ギリガンの問いに、闘技場の使用許可を取り付けて帰って来たアイザックは眉間に深い皺を刻む。


「馬鹿言うんじゃねえよ。こんな面白い見世物、俺たちだけで楽しんだら勿体ねえだろう」


 そう言うとアイザックは、まだ日陰でのびている二人のグランドール乗りに向かって靴を鳴らして歩いて行くと、


「おいお前ら、いつまでのびてやがる! さっさと街に戻って観客集めて来い!」


 大声で怒鳴りながら尻を蹴飛ばした。

 これにはばてていた男たちも慌てて起き上がり、自分たちのグランドールも積まずにトラックに乗って走り去っていった。

 街に向かって伸びる土煙を満足そうに眺めると、アイザックは大きく伸びをする。


「それじゃあ二時間ばかし待つとするか。俺は昼寝すっから、お前らもテキトーに時間潰しとけや」


 大きなあくびを一つすると、アイザックはさっきまで男たちが休んでいた日陰に悠々と寝そべり、すぐに寝息を立て始めた。

 宣言通り昼寝を始めたアイザックに、巧真たちは間を持て余す。


「……どうします?」

「うむ、そうだな……」


 とは言うものの、今から練習したところで、たった二時間で何ができるのか。無駄に体力と魔導石内の魔力を消耗するぐらいなら、アイザックのように昼寝でもしていたほうがよほどマシである。

 だが、だからと言って彼のように昼寝できるほど巧真の肝は太くない。なので集められるだけ情報を集める事にする。事前に情報があると無いのでは雲泥の差だ。


「とりあえず、アイザックの戦い方とかグランドールの特性とか詳しく聞かせて下さい」

「そうだな。作戦とまではいかんが、情報は必要じゃな」


 二人はアイザックに聞こえないように離れた日陰にどっかりと腰を下ろし、作戦会議を始めた。


     †     †


 アイザックに蹴り出された男二人が街に行ってから、一時間後。

 最初に闘技場に現れたのは、賭けを取り仕切る元締めの男だった。

 男は対戦する二人を見て賭けが成立しない事を一秒で察すると、即座に賭けの内容を切り替えた。

 つまり、アイザックと巧真のどちらが勝つかではなく、アイザックが巧真を何秒で倒すか、に変更したのだ。


 男は持参した自立式の黒板にチョークででっかい四角を書くと、それをマス目状に仕切り数字を書き込んでいく。

 五秒、十秒、十五秒、二十秒……と五秒刻みに秒数を書き込んでいく。やがて黒板にびっしりと数字が書き込まれた「巧真が何秒で負けるかオッズ表」が出来上がった。

 その頃になると、見計らったかのように闘技場の常連たちがわらわらと詰めかけ、書き上がったばかりの黒板に群がった。


「アイザックの相手、誰だこれ?」

「タクマ? 知らねえな、どこの新人だ?」

「今日登録? それで初戦闘? 馬鹿じゃねーの!?」

「このオッズ表意味わかんなかったが、それ聞いて納得。そりゃ勝負になんねーわ」

「まあ間違いなくアイザックの負けはねーな」


 観客たちは口々に好き勝手言いながら、それぞれ思い思いの秒数に賭けていく。人気は五分前後に集まり、賭けは順当かと思えた。だが伊達か酔狂かはたまた日もまだ高いというのに酒で酔ったアホなのか、極端に長いのと短いのに賭ける奴もちらほらといた。どこの世にも、大穴狙いをしたがる奴はいるのだ。


「くそぅ、みんな好き勝手言いやがって……」


 外野の声に、巧真は一人ほぞを噛む。


「言わせておけ。それより、こいつを持っておけ」


 ギリガンは巧真にピンポン球ほどの大きさの魔導石を渡す。石には紐がついていて、ネックレスみたいになっていた。


「なにこれ?」

「通信用の魔導石だ。試合が始まったらわしは闘技場の中には入れないからな。これを通して会話をするんだ」

「なるほど。無線機ね」


 巧真は通信用の魔導石を首からかけ、学生服の中に入れる。これで準備万端だ。

 するとタイミング良くアイザックがやって来た。


「いい感じで客が集まって来たじゃねえか」

「お前が集めたんだろう。ったく、大げさにしやがって」

「まあそう言うなよ。竜を狩ってた大昔とは違うんだ。今どきグランドールの使い道なんて、戦争か賭けに使うかしかねえだろうが」


 竜と聞いて、ギリガンの表情が一気に険しくなる。


「フン、百年も生きとらん若造が利いた風な口をきくな。これだから賭けグランドール乗りはいけ好かんのだ」


 嫌悪感を隠そうともしないギリガンに、アイザックは苦笑いをすると、


「おい坊や、準備はできたか?」

「あ、はい」

「それじゃ、ちゃんとオムツしてから闘技場に入って来いよ。大事なグランドールの操縦席を汚すと、そこのオッサンにどやされるからな」


 そう言って笑いながらアイザックは自分のグランドールの所へと戻って行った。


「くそぅ、子供扱いしやがって……」

「だったら一発かまして、奴の鼻を明かしてやれ」

「だったらギリガン、お金貸して!」

「……いきなりどうした」


 意味がわからず、ギリガンは困った顔をする。


「あんなふざけた賭けがあってたまるか。だったら俺は、俺が勝つほうに賭けてやる。そして死んでも勝って、俺が負けるのに賭けた奴らに大損させてやるんだ」


 歯を食いしばって悔しがる巧真の形相に、ギリガンは吹き出して大笑いする。


「よっしゃ、その賭けわしも乗った! 大した額は出せないが、お前の心意気分くらいは張ってきてやる。せいぜい気張って奴らに一泡吹かせてやれ!」

「ありがとう!」


 二人はがっしりと右手を握り合い、男の友情を暑苦しいまでに高め合う。そして巧真はヴァリアンテに。ギリガンは巧真の勝利に賭けるために元締めの所に向かった。


 試合が始まる。


     †     †


 グランドール用の通用口を通り、ヴァリアンテは闘技場に向かう。

 一歩中に入ると、耳をつんざくほど盛大な歓声が巧真を襲った。

 歓声は、闘技場をぐるりと囲む外壁を削って作られた観客席から起こっていた。その数は、街の人間が全員集まったんじゃないかと思えるほどで、よくもまあ昼日中から賭け事にうつつを抜かす人間がこんなにもいるもんだ、と呆れを通り越して感心してしまう。


 だがこの歓声は、決してこれから闘う二人の健闘を讃えるような綺麗なものではない。金や欲望が絡んだ、ある意味人間らしい醜さを孕んだものだ。

 その証拠に、歓声のほとんどはアイザックに向けられたもので、自分が賭けた秒数に合わせて巧真を倒してくれと懇願するものがほとんどだ。


 残りは、自分が賭けた秒数まで死んでも倒れるんじゃねえぞと巧真を恫喝するものだ。

 歓声を浴びる経験は、格闘ゲームの大会で幾度かある。だがあれは賭けで金の絡まない観客の純粋な応援によるもので、いま巧真が生まれて初めて浴びるこの醜くも汚らしい欲望丸出しの雑音は、まだ競馬場にも入れない年頃の男子には精神的にキツいものがあった。


 始まる前から賭博中毒者の罵詈雑言による精神汚染を受け、巧真のテンションが一気に下がる。

 だがこの罵声を浴びせかけている連中全てがアイザックの勝利に賭けている事を思い出し、再び怒りと悔しさが湧いてくる。


 気合充填完了。こいつらに目にもの見せてやる、と巧真が奮起したところで、闘技場全体に響き渡るほどの大きな声がした。


「ただいまより、アイザックと……えっとシンドゥタクマの特別試合を開催します! なお、この対戦は両者の階級が激しく異なるため、いつもの賭けとは形式が異なる事をご了承下さい。ただし試合の規則は公式のものを採用しておりますので、両者ともくれぐれも間違いのないようにお願いします」


 賭けの元締めが巨大スピーカーを通したような大音量でアナウンスを告げると、再び闘技場内が歓声の渦に巻き込まれた。


「公式の規則って?」


 首にかけた魔導石に向けて巧真が問うと、すぐさまギリガンが応えた。


『グランドールの対戦には決まった規則があるんだ。手短に言うと、


①試合続行不可能になったら負け。


②武器を使ったら負け。


③操縦士を殺しても負け、だ。憶えておけ』


「わかった。……って、それだけ?」

『今はこれで充分だ。詳細はこれが終わってからゆっくり教えてやる』


 ボクシングよりも少ないルールに不安を感じるが、人間は頑丈なグランドールの中なのでそうそう間違いは起きないのだろう。そう納得し、巧真は気持ちを試合に切り替える。

 マイクのハウリングのような耳障りな音に、ざわめいていた観客が一瞬で静まる。その静寂を大音量のアナウンスが塗り潰した。


「皆様、永らくお待たせ致しました。これより試合開始の運びとなります」


 胴元の試合開始を宣言するアナウンスに、静まっていた観客が再び湧く。


「お二人さん、よござんすか?

 よござんすね?

 それではいざ正々堂々、勝負開始!」


 元締めの合図とともに、闘技場を揺るがすほどの歓声が上った。


 試合が始まった。

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