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グランドールフェスト  作者: 五月雨 拳人
第一章 グランドールフェスト
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登録 免許は携帯せよ 2/2

 二時間後。


 巧真たちは一度駐車場に戻って休憩となった。

 ヴァリアンテから降りた巧真に、ギリガンが「ほらよ」と水の入ったコップを渡す。空調の無い蒸し風呂状態のヴァリアンテの中で汗だくになった巧真は、一気飲みで水を胃に流し込んだ。たちまち汗が噴き出す。


「どうだ。ちったあ慣れたか?」

「う~ん、とりあえず基本的な動作には慣れたけど、他にどんな行動術式が必要かは実際に戦ってみないとわからないなあ」


 巧真が組んだ行動術式はあくまで基本的な動作だ。当然実戦ともなればそれだけではカバーできない状況が出るので、出来ればより実戦的な情報データが欲しいところである。


「なるほど。じゃあここらで一発模擬戦といくか」

「模擬戦かあ。それもいいな」


 慣れない身体に大きな衝撃を受けるのは腰が引けるが、いきなり実戦をやらされるよりはよっぽどいい。何より一人でエア格闘をしているだけでは、どうしても自分の攻撃力や反応速度がわかりづらい。なので模擬戦をすれば、相手を通じてヴァリアンテのより詳細なデータが取れるだろう。

 そして格闘は、対人戦が一番面白くて身になる。どんな格闘家だって、鏡の前でシャドウをしているだけでは絶対に強くなれないのだ。

 ただ対人戦には大きな問題がある。


「――となると、誰かに相手を頼まないとな」

「ですよねえ」


 それは、相手がいないとできない事だ。


「とりあえず工房うちのツテで何人かに声をかけてみるか」

「できれば同じ『鉄』階級で、同じくらい初心者でお願いします……」

「お前と同じくらい、ってのは難しい注文だな。それに素人同士が対戦しても大して得るモンねえぞ。男ならドカンと格上に胸借りて来い」

「痛くなけりゃ、そういう根性論は嫌いじゃないんだけどなあ」


 だがギリガンの言う通りである。ゲームでも素人同士だと得る物は自分の操作経験値以外はほとんど無い。成長を望むのなら、上手い人と戦って負けながら技術を盗むのが一番だ。

 やるしかないか、と巧真が渋々思っていると、先ほどアイザックにこてんぱんにやられていた二体のグランドールの操縦士たちが建物の陰でへたばっているのが見えた。


 二人とも相当バテたのか日陰の中でだらしなく寝そべっているが、やはり体格といい目つきといい醸し出す雰囲気がアイザックほど露骨ではないがカタギの人間とは思えない。


「あの、」巧真はギリガンにそっと尋ねる。

「操縦士ってああいうゴツい人ばっかりなんですか?」

「そうだな。グランドールに適正があるやつはまず間違いなく軍隊に入るからな。そこから落ちぶれた奴が賭けグランドール乗りになる。だから、だいたいみんなああいう感じだ」

「みんな軍隊に?」

「まず適正があるかどうか試験するのが軍なんだ。そこで適合すりゃ即入隊よ。試験を受ける奴らも貧乏人がほとんどだから、食いっぱぐれず給料のいい軍のグランドール乗りになれるとなりゃ、そりゃ二つ返事さ」


 そこでふと疑問がよぎる。グランドールという巨大人型兵器が公然と存在している世界なら、それを軍事利用するというのは理に適っている。だが軍と民間の線引はどうなっているのだろう。民間の操縦士が結託して犯罪やクーデターとか起こすかもしれない。その辺りの対策はされているのだろうか。


「そりゃおめえ、お上だって馬鹿じゃねえ。その辺はちゃあんと規制がされてるさ」


 その一つの例が武器だ。民間のグランドールはあらゆる武装が禁じられている。もし破れば罰金や操縦士の資格を剥奪されるどころの話ではない。即処刑されるほどの厳罰である。それだけでなく、グランドール用の武装は全て国が管理しているため、民間人が入手する事がまず無いのだ。


 ちなみに武装したグランドールと非武装のグランドールでは、戦力差が圧倒的である。こうして武装を軍が徹底管理し戦力を削減する事によって、非武装グランドールによる犯罪や謀反を封じているのだ。


「だから民間の賭けグランドールだと武器の使用はなくみんな格闘戦なのか」

「他にも理由はあるぞ」


 そもそも、グランドールを始め魔導石や機械技術の多くは発掘品なのだ。主に国が主導で発掘作業を進め、そこから出て来たものを軍や民間に下ろす。なので最初に触れるのが国である以上、土から出て来た瞬間から徹底管理が始まっているのだ。ちなみに二人が乗ってきたトラックもその一つである。


「え? じゃあこのヴァリアンテも国の所有物なの?」

「いや、そうじゃねえ。そいつはお嬢の親父さんの前の前の前の……とにかくご先祖さんが戦争か何かで功績を上げて下賜された代物だ。それにモノにもよるが金さえ払えば軍から買い取れるし、軍から落ちぶれる奴も他にできる事が無いから借金してでもグランドールを買い取る。で、賭け試合で稼いでその借金を返すってわけだ。それに個人所有のグランドールなんて、金持ちやグランドール工房辺りだと珍しくないぞ」

「外国の金持ちが、個人で軍払い下げの戦車を所有してるようなもんか」

「まあ他にも色々とあるが、その辺りはおいおいな。まずは模擬戦の相手を探さねえと」

「うぃ~」


 模擬戦をするなら、相手がいないと始まらない。なので今日の訓練はここまでと巧真たちが帰り支度を始めかけたその時、


「お、なに? お前ら模擬戦の相手探してんの?」


 いつの間にかアイザックが巧真たちの近くに来ていた。相手役二人は汗だくでばてていたのに対し、汗一つかかず余裕の表情だ。


「俺が相手になってやろうか? あいつらは全然相手にならなくてつまらねえしよ。ちょっとぐらいなら遊んでやってもいいぜ」

「冗談言うな。『銀』のお前とタクマじゃ話にならん。こいつは今日『鉄』になったばかりなんだぞ」

「せっかく現れた操縦士と虎の子のグランドールを潰されるのが怖いのか? だぁいじょうぶ。ちゃんと手加減してやっから、そうビビるなって」

「安い挑発するな。グランドールフェストの前にめぼしい相手を潰しておこうって魂胆だろうが、その手には乗らんわい」

「はあ? 今日『鉄』になったばかりのヒヨッコなんてハナっから相手にしてねえっつーの。っつーか模擬戦相手を探してるのはお前らだろうが。普通なら格上の相手に頭下げてお願いしますって言うのがスジなんじゃねーの!?」

「相手がお前じゃなけりゃちゃんとそうしとるわい。それにここの地形はお前に有利過ぎる。実力差がある上に地の利まで合わさったら、こっちに勝ち目なんかあるもんか」


 随分と情けない言い分だが、ギリガンの文句は至極真っ当だった。さすがに巧真とアイザックでは実力差があり過ぎるし、地形も相手に有利過ぎる。これでは模擬戦にもならない。普通なら両者の実力差が極端に違う場合は上級者がハンデキャップを背負って初心者に合わせるのだが、どうやらアイザックにその気はなさそうだ。


「じゃあこういうのはどうだ? お前んとこのヒヨッコが俺に勝てたら、俺の持ってる予選免除の権利を譲ってやる。それでどうだ?」

「なに!?」


 いきなり話に食いついたギリガンに、アイザックはにやりと笑う。


「お? 目の色が変わったな。どうだ? グランドールフェストの予選免除だぞ。これさえあれば、初出場で本戦参加という肩書きが持てるんだ。こればっかりは金を積んだってなかなか得られるもんじゃねえからな。特にグランドール工房にとっちゃあいい宣伝になるから垂涎の品だろう」


 確かに。グランドールフェストに予選があるのは初耳だったが、それが免除されるのは出場者にとっては喉から手が出るほど欲しいものだろう。特に巧真のような実力も経験も無い者にとっては、いきなり本戦に出られるだけでもありがたい。


「いいんじゃないこれ? もし勝てたら即本戦出場決定なんだよ」

「しかしなあ……」


 一度は目の色を変えたギリガンであったが、すぐに冷静さを取り戻し渋面する。


「そりゃわしだって予選免除は欲しいわい。だがよく考えてみろ。どうしてアイザックがそんなもんを持ってると思う?」

「あ、」


 気づかなかった。だが常識的に考えれば、大会などでシード権を得られるのは背後に高額スポンサーが着いているか、或いは、


「アイザックはな、前回のグランドールフェストで準決勝まで行ったんだよ」


 前大会で好成績を収めた選手だ。


「マジすか……」


 元軍人でグランドールの経験豊富。

 加えて前大会準決勝出場経験者。

 これまでの不利な条件に、さらにでっかいおまけがついてしまった。むしろおまけだけでお釣りが出る。


「これで勝てたら奇跡どころじゃない」

「だろ?」


 自分で言ってなんだが、勝てる確率なんてほとんどゼロ。それこそ奇跡でも起こらない限り、いや、奇跡が一つくらい起こったところでどうにもならないレヴェルの実力差だ。


 だが。

 欲しい。アイザックの持つ予選免除権。これさえあれば、とりあえず本戦出場は確実なのだ。

 巧真のようなド素人は、まず間違いなく予選で落ちる。そうでないとしたら、それは何らかの幸運や偶然なんかが重なった時ぐらいだ。


 だが不思議な事に、実力がある者が確実に予選を突破できるとも限らないのが勝負の世界である。下馬評では優勝候補だった者が、あっさりと予選落ちしたりする。この不可思議な現象は、巧真も格闘ゲームの大会で何度も目の当たりにしてきた。

 勝負の世界には魔物が住む、みたいな事はよく言われるが、それを奇跡と呼ぶのなら、

 奇跡は意外と起きる。

 それも結構頻繁に。


 そして同じ奇跡を起こすのであれば、予選突破に使うのではなく、本戦で使ったほうが優勝する確率は上がる。

 そのためにも予選免除権が欲しい。


「その代わり、負けたらグランドールフェストに出るなよ」

「なっ――!?」


 勝負を受けかけた巧真は、アイザックの出した条件を聞いて驚愕する。


「なに驚いてんだよ。当然だろ。いくら十年に一度の大会で、出場するのに階級は問わねえからって、よえー雑魚にホイホイ出られちゃこっちが迷惑すんだよ。思い出作りならよそでやれっつーの。邪魔なんだよ。だから臭そうな芽は俺が先に摘んでやるんだよ。わかったか」


 さっきは賭けを受けようとした巧真であったが、負ければグランドールフェストに出られなくなると聞いて尻込みする。が、


「――ん?」


 ちょっと待て、と巧真は考え直す。

 どうせ普通に出ても予選落ちではないか。だったらここで負けても同じだ。万が一勝ったら予選免除。なんだ悪い条件ではないではないか。むしろこちらに得しかない。

 にやり、と巧真は笑う。


「いいよ。その条件、呑んだ」

「ほう」

「なにっ――!?」


 賭けを承諾した巧真に、今度はギリガンが驚愕する。


「小僧っ! お前なにを勝手に承諾してるんだ!」


 もの凄い剣幕で胸ぐらを掴まれるが、巧真は冷静にその手を払う。そしてアイザックに向けたものとは違う、覚悟を孕んだ不敵な笑みを向ける。


「これは願ってもないチャンスだ。だって勝ったら予選免除なんだよ」

「馬鹿言うな。お前ごときが勝てるもんか」

「どうせ普通に出ても予選で落ちるんだ。だったらここで負けても同じじゃないか。それなら一か八か、勝負に出るほうがいい」


 巧真が説明する間にギリガンはゆっくりと冷静さを取り戻し、掴んでいた胸ぐらから手を離した。


「……確かに、お前の言う通りかもしれんな」

「だろ? こっちは失うものはないんだ。だったらやるしかないだろ」


 ギリガンが大きく息を吐く。溜息ではない。肚を決めるための深呼吸だ。


「よし。やるか」

「やろう」

「おい、話は決まったか?」


 待ちくたびれたようなアイザックの声に、巧真とギリガンは同時に振り向いて言う。


「決まったぜ、勝負だ!」


 やや引きつった顔で言う二人に、アイザックは「そうこなくっちゃ」と残忍な笑みを浮かべた。

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