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グランドールフェスト  作者: 五月雨 拳人
第一章 グランドールフェスト
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決意 巧真、就職せよ! 2/2

 二度目の朝食が終わると、今度こそ特訓が始まった。

 ギリガンに放り込まれるようにしてヴァリアンテに乗せられた巧真は、緊張しながら操縦席に座る。

 固い。巨大ロボを含むおよそ兵器と呼ばれる物体に座り心地や快適な居住性を求めるのは間違いだとわかっていても、この椅子の固さは動かす前から不安を駆り立てる。こんな固い椅子に座ったまま強い衝撃を受けたら、間違いなく尻が二つ以上に割れる。


「それじゃあ早速始めるぞ!」


 操縦席の装甲は開け放したままなので、外でがなり立てているギリガンがよく見える。


「まずは基本からだ。ヴァリアンテを歩かせてみろ」

「えっと、どうやって?」

「どうやってって、お前さっき動かしたばかりだろ」

「そうなんだけど、一応確認のために……」


 本当はどう動かしたのか全く憶えていないのだが、正直に言ったら今すぐ降りろとか言われそうなのでつい誤魔化してしまった。


「難しい事は考えるな。魔導石に手を置いて、頭ん中でヴァリアンテが歩いてる姿を思い浮かべるんだよ。その姿が正確で強いほどグランドールはその通りに動いてくれる」

「なるほど。イメージするだけでいいのか」


 それならば巧真にもできそうだ。巧真が魔導石に両手を添えると、ヴァリアンテとの接続が開始され五感の同調リンクが始まる。手のひらから魔力が侵入して全身を駆け巡る感覚に背中が泡立つ。


「うわ……」


 魔導石から魔力が供給され、起動したヴァリアンテの両目がぶん、と光る。すると巧真の視覚にヴァリアンテの視覚が割り込み、工房の中で仁王立ちしているギリガンと、少し離れた所で透明な板を持ってこちらを心配そうに見ているヴィルヘルミナの姿が見下ろすような角度で見えた。


「視点がここまで高くなるってのは、なかなか奇妙な感覚だな」


 ヴァリアンテの操縦席を塞ぐ装甲は、閉じてしまえば中から外はまったく見えなくなる。どうやって外の様子を見るのかというと、グランドールと視覚を共有するというわけだ。つまり魔導石を介して操縦士とグランドールは一心同体になるのだ。


「あれ? ヴィルヘルミナさんがどうしてここに?」


 グランドールの技師であるギリガンが見守っているのはわかるが、彼女がここにいる理由がわからない。リサに言われてギリガンが無茶な特訓をしないか様子を見に来たのだろうか。


「わたしも一応ここのグランドール技師なの。といっても専門は魔導石なんだけど。だから、ヴァリアンテの魔導石に書き込まれた術式の調整とか、魔力の充填とかが専門かな」

「へえ、そうなんだ……って術式?」


 またよくわからない単語が出てきた。


「グランドールの魔導石には、グランドールを動かすための様々な行動術式が組み込まれているの。その全部が解明されたわけじゃないけれど、わたしたち魔導石技師はその術式を書き換えたり組み替えたりして、グランドールを操縦士の動かしやすいように調整していくの。操縦士によって個性があるから、気になる事があったら何でも言ってね。その都度調整して、ヴァリアンテをあなたに合った機体にしてあげるから」

「なるほど」


 つまりギリガンがグランドールの機体を整備するハード面の技師だとすると、ヴィルヘルミナは魔導石に書き込まれた術式プログラムを調整するソフト面の技師という事か。


「ますますロボットみたいだな」

「何か言った?」

「いいえ。よろしくお願いします」

「おしゃべりはいいから、早くヴァリアンテを歩かせてみろ! ただしゆっくりだぞ! そっと動かせよ!」

「へいへい、と」


 注文が多いなあと思いながら、巧真はヴァリアンテが歩いている姿をイメージする。すると巧真のイメージが魔導石を通じてヴァリアンテに送られる。

 ヴァリアンテは巧真のイメージという命令コマンドに反応し、魔導石内の行動術式の中から命令に適した術式を実行した。

 ヴァリアンテがゆっくりと右足を動かす。慎重に右膝を上げ、足の裏が工房の床から離れる。


「いいぞ、そのまま――」


 そのまま一歩前進、というところでヴァリアンテの動きが止まった。片足のまま停止したかと思うと、バランスを崩して機体が揺れる。


「危ない!」


 僅かな揺れでも、全長十メートルある巨体の中では大きく感じる。慌てて巧真は右足を降ろさせ、ヴァリアンテのバランスを取る。


「やばかった……」


 いきなり転倒しかけ、巧真の心臓が破裂しそうになる。遅れて額から汗が噴き出し、痛いほど動悸が胸を打つ。


「何やってんだ馬鹿野郎! ゆっくりやれとは言ったが、おっかなびっくりやってんじゃねえ! 男だったらビビってねえでがばっとやれがばっと!」

「ゆっくりなのかがばっとなのかどっちなんだよ……」

「うるせえさっさとやれ! 歩けるようになるまでメシが食えると思うなよ!」

「うへえ……」


 巧真は再びヴァリアンテを歩かせようとイメージし、ヴァリアンテはそれに呼応して右足を上げる。が、機体はまたそこでぴたりと止まり、さっきと同じようにぐらついた。


「マジか」


 さすがに二度目ともなれば巧真も冷静に対処した。素早くヴァリアンテに右足を降ろさせ、事なきを得る。


「ふざけてんのかこの野郎! 歩くのにいつまでかかってやがるんだ! このままだとグランドールフェストが終わっちまうぞ!」

「無茶言うなよ……」


 今の巧真は教習所で言うと、入校初日のようなものだ。そんな彼にいきなり「じゃあとりあえず動かして」というのは些か無理が過ぎるというものである。

 かと言って時間が無限にあるわけでもないので、軍隊ばりの鬼教官となったギリガンの気持ちもわからなくもない。特に彼はかつて自分も操縦士ドールマギスタだっただけに、自分ができた事をできない巧真に苛立つのは仕方のない事だろう。


 しかしながら、巧真だって好きでもたついているわけではない。確かに普段無意識でやっている歩くという動作を改めてイメージするのは思ったより難しかったが、それでもできる限り正確かつ強くイメージした。

 したのにこれである。


「っかしいな。百年動いてないって言ってたから、どっか錆びてるんじゃないの?」

「馬鹿言うな! そりゃヴァリアンテはこの百年ばかし動かす奴がいなかったが、整備はわしがきっちりやっとるわい! それにミスリルが錆びるわけないだろ!」


 言われてみればそうである。巧真の知るミスリルなら、百年経とうが塩水に漬けようが錆びるはずがない。


 という事は機体ハードは問題無い。

 だとすると問題があるのは行動術式ソフトか。

 巧真は意識をヴァリアンテを動かすイメージから、魔導石の内部を探る方向に変える。接続アクセス成功。頭の中に呪文のようなわけのわからない文字や記号の羅列が流れ込んできた。その中にはヴァリアンテの機体性能ポテンシャルに関係するステータスバーっぽいものも見受けられたが、とりあえず今は関係ないので無視しておく。


「これが魔導石の中身か」


 もの凄い情報量だが、乱雑でどうにも要領を得ないというか最適化されていないように思える。試しにさっき失敗した「歩く」という一連の動作の行動術式をまとめて引っ張り出してみた。


「なんだこりゃ?」


 思わず素っ頓狂な声が出る。「歩く」に分類カテゴリされた行動術式がざっと十個も見つかったのだ。そんな馬鹿な、と思いつつ巧真はその一つを開いてみる。するとどうだろう。タイトルに「歩く①軸足に体重移動」とある。これだけだと意味がわからないから全部開くと、ようやく理解できた。そしてこの行動術式を組んだ奴は相当几帳面かもしくは要領の悪い奴だと思った。


 ヴァリアンテの魔導石には、全ての運動を逐一分解した行動術式が組まれていたのだ。「歩く」で説明すると、まず軸足に体重を移動してそれから反対側の足を上げる。そうして重心を前に移動させつつ上げた足を前に出し、体重移動とともに足を着地させる。というしち面倒臭い過程を経ないと「歩く」という動作ひとつできないようになっていたのだ。そりゃ何も知らなけりゃ躓くわけだ。誰もそこまで考えて歩いている奴なんていない。


 格闘ゲームのキャラ性能を把握するためにプログラムを少しかじった巧真が見るまでもなく、無駄に行動項目を増やして容量を食う下手な組み方だった。


「参ったなこりゃ。こんな酷いシステム使ってたら、歩けるようになるだけで日が暮れるぞ」


 そこで巧真はヴィルヘルミナの言葉を思い出す。魔導石に組み込まれた行動術式は、後からいくらでも組み替えたり書き換えたりできるのだ。


 だったらこんなクソシステムはさっさと全部ポイして自分のやりやすいように書き換えてしまうに限る。旧態依然としたやり方をそのままにして効率を悪くするのは馬鹿のやる事だ。

 そうと決まれば善は急げ。早速ヴィルヘルミナに頼んで行動術式を組み替えてもらおう。こんなクソシステムよりも百倍使いやすいシステムなら、もうすでに知っているではないか。


「あのー、ヴィ……」


 だがヴィルヘルミナを呼ぼうとしたところで、巧真の声が止まる。彼の頭にあるのは格闘ゲームのシステムを使ったモーションモジュールなのだが、果たしてヴィルヘルミナに上手く伝えられるだろうか。特にゲーム用語やプログラミング用語は専門的で言い換えが利きにくい。逆に言えば理解している者同士なら齟齬の無い伝達が可能なのだが、世界観の違うヴィルヘルミナ相手にそれは期待できそうにない。


「う~ん……」


 考えた結果、


「こりゃ自分でやるしかないか」


 巧真は自分でヴァリアンテの行動術式を書き換える事にした。

 とりあえず無駄な現システムは限界まで圧縮して魔導石内の空き容量を確保し、基本的な行動術式から構築を始める。


 取り急ぎ必要なのは、歩く走るに加えて殴る蹴るなどの格闘動作モーションだ。となると、やはりここは自分に馴染みのある格闘ゲームの様式フォーマットに組み替えるのがいいだろう。

 まずは「歩く」。これはレバーを横に倒すだけで勝手に歩くイメージでいいだろう。「殴る」はボタンを押せば殴る。「蹴る」も同様。そして強さは弱中強の三段階。

 巧真は基本的な動作を全てマクロ登録し、そこから自分のイメージをコントロールレバーやボタンを操作するものと連動させる。こうしてヴァリアンテは格闘ゲームのキャラのように脳内コントローラーで操作できるようになった。


 ひと通り基本動作が構築し終わると、圧縮してあった既存動作に検索をかけ、重複してあるものは片っ端から消去していく。これでまた魔導石内の空き容量が増え、より複雑な動作を登録できるようになった。重複しない動作は下手に消すと不具合が生じる可能性があるので今は触らない。

 こうしてあっという間に巧真はヴァリアンテを自分好みに改造してしまった。


     †     †


 一方その様子をヴァリアンテの魔導石に同調リンクさせていた魔導石板で観察モニターしていたヴィルヘルミナは、いきなりヴァリアンテの行動術式の書き換えが始まり、我が目を疑っていた。


「え、何? どういう事……?」

「どうした?」


 ギリガンが問いかけてもヴィルヘルミナは視線を魔導石板から外さず食い入るように見つめている。何が起こっているのかわからずギリガンが彼女の持つ魔導石板を覗こうと懸命に爪先立ちをするが、この魔導石板は特別製で彼女のかけている眼鏡のレンズを通さないと何も見えないのだ。まあそれ以前に身長差があって全然届かないのだが。


「あの子、自分でヴァリアンテの行動術式を書き換えてるの」

「何だって!?」


 通常、操縦士はグランドールの魔導石に接続して動かす事はできるが、魔導石内の行動術式を直接書き換えたり組み替える事はできない。それにはヴィルヘルミナが持っているような魔導石に同調させる魔導石板と、専門の知識と技術を持った技師が必要だからだ。


 しかしながら、行動術式の調整は操縦士だろうと誰だろうと魔導石に同調できる魔導石板と適切な知識と技術があればできなくはない。ただしそれはできなくはないというだけで、事実上不可能に近いからだ。なぜなら現在でも操縦者ドライバー技術者メカニックを兼任する者が少ないように、それぞれの知識や技術はそれ単体を習得するだけでも相当の時間と努力を要する。欲をかいて二つを得ようとすると、結局どちらもモノにならずに終わる。二兎を追う者は一兎をも得ずというやつだ。だからこそグランドールには機体と魔導石両方の技師がつき、操縦士の要求に的確に応えようと努めるのだ。そうやって長い時間と地道な作業を繰り返し、ようやく一体のグランドールが操縦士の好みに合ったものになる。


「二つ以上の属性の魔導石を発動させた上にグランドールの魔導石内の行動術式を書き換えるなんて、一体何者なのあの子……」

「わからねえ。だがひょっとしたらこいつなら、とんでもねえ事をしでかしてくれそうな気がするぜ」

「とんでもない事って……例えば、グランドールフェストで優勝とか?」

「そりゃ確かにとんでもねえな」


 ギリガンはにやりと笑う。


「いくら規格外の素質を持っていても、それとグランドールの操縦は別物よ。それに大会にはクラウフェルト家が出て来るもの。勝てっこないわ」


 ヴィルヘルミナの言葉に、ギリガンは不敵な笑みから一転して苦虫を噛み潰したかのようになる。


「グランドール乗りの名門、クラウフェルト家か」

「そうよ。だから期待なんかしないほうがいい。下手に期待が大きいと、それが駄目だった時の絶望も大きいから……」


 すでに未来を受け入れ諦めたかのようなヴィルヘルミナの声に、ギリガンは歯を食いしばる。


「それでも、やってみなけりゃわからねえじゃねえか……」


 絶望に抗うように拳を握るギリガン。だが視線を魔導石板に戻したヴィルヘルミナは、その姿を見てはいなかった。

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