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グランドールフェスト  作者: 五月雨 拳人
第一章 グランドールフェスト
3/30

驚愕 ヴァリアンテ、起動せよ 2/2

「小僧、起きろ」

「ん…………」

 

酒やけしたようなだみ声と、頬をぴたぴたと叩く感触で巧真は目を覚ました。

 目を開くとギリガンの顔があり、ついさっき同じ事があったような気がする。

 だが状況が違った。巧真が今いる場所は、気を失う前にいた金属質の狭い個室ではなく、どこかの事務所のような場所だった。そして古い革張りのソファに寝かされている。


 室内には、オッサンの他に黒髪の少女と長い耳をした金髪の女性がいる。二人とも神妙な顔をしてこちらを見ている。そのせいか室内の空気が重い。だが巧真を泥棒と思って警戒しているようには見えない。むしろ巧真の身を気遣うような気配があった。


「あの、俺、一体……」


 まだ身体に力が入らず、苦労して上体を起こすと、寝かされていたソファが軋んだ。


「ヴァリアンテの中で気を失っていたんだ。起動した際、魔導石から流れてくる情報にてられたんだろう。グランドール乗りなら誰でも最初は似たような経験をする。しばらく頭が痛むかもしれんが、なあに別に大したこっちゃない」

「はあ……」


 そう言われても、巧真にはピンと来ない。それよりも気になる事があった。


「ヴァリアンテって?」

「自分が乗れるグランドールの名前も知らないのか? お前が中に潜り込んでいたグランドールの名前だよ」


 また知らない単語が出てきた。


「魔導石? グランドール?」


 連続して巧真がわけのわからないという顔をすると、オッサンは呆れたように言った。


「お前、まだ寝ぼけて……。まさかお前、自分がヴァリアンテの適正持ちだって知らなかったのか?」

「ちょっとギリガン、いきなりそんなにあれこれ尋ねたら混乱するじゃない」


 オッサン――ギリガンの声を、黒髪の少女が遮った。


「お嬢、それよりこいつ――」

「ギリガンはちょっと下がってて。キュウシュ人の厳つい顔は、寝起きにはちょっと刺激が強すぎるわ」

「ぬう……」


 少女に窘められ、ギリガンは渋々巧真から離れる。その際、彼の左足にバネ仕掛けの補助器具のようなものが装着されているのが見えた。


 お嬢と呼ばれた少女は、警戒する子猫に近づくようにゆっくりと巧真の寝るソファに近づいてきた。

 量の多い黒髪を後ろでぶっとい三つ編みにした、瞳と胸の大きな少女であった。作業ツナギを無理矢理仕立て直したようなワンピースがごつい印象を受けるが、その上にデニム地のエプロンをかけて家庭的な感じを出している。


「気分はどう?」

「あ、うん。大丈夫、別にどこも痛くない」

「そう、良かった」

 そう言うと少女は、うっすらとそばかすの残る顔でにこりと笑った。とりあえず巧真は曖昧に「どうも……」と応えておく。


 だがそれから少女は表情を暗くし、黙り込んでしまう。沈黙が痛い。

 身の置き場のない沈黙を打ち破ったのは、ギリガンの咳払いだった。重く響く咳払いに、弾かれたように少女の身体が震える。


「あ、えっと……そう、きみ、名前は? わたしはリサ。一応、ここの責任者よ。それからこっちがギリガン。あのゴシクの女性がヴィルヘルミナよ」


 少女――リサが紹介すると、ギリガンは「フン」と鼻を鳴らし、金髪の女性――ヴィルヘルミナは「どうも」小さく会釈した。


「巧真。進道巧真」と巧真も会釈して返す。

「タクマくんだね。それでタクマくん、今日泊まるとこある? なかったら今夜はもう遅いから、ここに泊まっていきなよ」


 リサの言葉、巧真はようやく現在時刻を気にかける。室内に時計は見つからなかったが、窓の外はすっかり暗くなっている。


「え? でも……」


 突然の親切な申し出に、巧真は一瞬遠慮しそうになる。だが今は身体が思うように動かないし、頭も冴えないけど考える事が多そうのでありがたく休ませてもらう事にした。


「いいよ、困った時はお互い様。で、もし良かったらなんだけど……」


 そこでまたリサの表情が曇って声が小さくなる。だが今度は完全に沈黙してしまう前に、再びにこりと笑って言った。


「ううん、何でもない。おやすみ」


 リサは巧真に背を向けるとゆっくりと歩いて部屋を出ていった。残った二人は彼女の背中を少しの間見送っていたが、やがて黙って後を追った。ギリガンは左足を引きずっていた。

 一人取り残された巧真は、大きく息を吐く。


「やれやれ、何がなんだか……」


 起こしていた身体をずらし、ソファに横になる。天井をぼんやり見ながら、頭の中を整理する。


「……俺、どこにいるんだろう」


 口に出してはみたものの、まったく何もわからない。朝学校に行くために電車に乗り、気がついたら見知らぬ個室にいた。そして今はどこかの事務所の応接間みたいな所のソファで寝ている。


「何だか変な事言ってたよなあ」


 ヴァリアンテ。

 グランドール。

 魔導石。

 どれもこれも知らないし、聞いた事もない。目が覚めてから知らない単語のオンパレードだ。そもそもここはどこなのだろう。見た感じどこかの事務所のようではあるが、今どきパソコンもコピー機もファクシミリもない前時代的な事務所があるだろうか。


 それに彼らをよく見れば、何となく普通の人じゃないような気がする。リサは普通の黒髪の、そしてちょっと、いや、かなり胸の大きな可愛い女の子だ。歳は巧真とそう変わらないように見える。

 まあリサはいい。それよりも明確におかしいのはギリガンと、ヴィルヘルミナだ。二人とも同じ草色のツナギを着ている事から、技術系の職人か何かだと思う。だが問題は服装や職業ではない。彼らの身体的特徴だ。


 まずオッサン。巧真の頭一つ分は背が低い。そのくせめちゃくちゃ筋肉質で手足が太く短い。まるで樽に丸太の手足がついているようだが、こういう樽マッチョは珍しいがいないでもない。かなり強引だがそうしておこう。


 オッサンよりも問題なのが、ヴィルヘルミナのほうだ。さっきは軽く会釈されただけだが、それでもどこがおかしいかは一目瞭然だった。白人かと思うような白い肌や無造作に後ろで纏めた長い金髪。そして女優かと見紛うほど整った顔立ちと、不釣り合いにレンズの分厚い丸メガネは特に問題ではない。問題は頭の横から生えている耳である。何と彼女の耳は尖っている上に長いのだ。オッサンもよく見ると尖った耳なのだが、彼のはよく見ないと気づかない程度だ。


 さて、これらの事を総合した結果、一つの仮説が浮かんでくる。だがそれは夢みたいにとても非常識で突拍子もないものだった。


「……まさかな」


 ありえない。一度に色々ありすぎて心身ともに疲れきった巧真は、これ以上考える事を一時中断した。今はとりあえず寝よう。もしこれが夢なのだとしたら、起きたら覚めるかもしれない。そんな問題の先送り的な事を考えながら、巧真は眠りに落ちていった。


     †     †


 慣れないソファで眠ったせいか、すぐに巧真は目を覚ました。

 あまり期待はしていなかったが、状況はまったく変わっていなかった。小さく溜め息をつく。

 時刻を確認したかったが、しんと静まり返った暗い室内には、残念な事ながら時計は無い。なので今が何時なのかさっぱりわからない。


「そうだ、スマホ」


 今まですっかり忘れていたが、学生服の上着のポケットには高校入学の時に買ってもらったスマホが入れてあったのだ。

 だが巧真の期待とは裏腹に、スマホはいくら操作しても電源が入らなかった。


「あれ、おかしいな……確か昨日充電したばっかなのに」


 何度やってもうんともすんとも言わない。電源の入らないスマホなど、ただ高価なだけの板である。

 腕時計はしていない。全てスマホでまかなってきたツケがこんな時に来るかと少し後悔したが、何となく時計があっても止まっている可能性のほうが高い気がした。そもそも時刻が合っているとも限らないし。

 仕方なく巧真はスマホを元あったポケットに戻す。するとひと眠りして緊張が解けたせいか、思い出したように腹が盛大に鳴った。思い返してみれば、朝飯を食って以来飲まず食わずだった。


「腹が減ったな」


 声に出してみると、飢えと渇きが耐え難くなってきた。しかしここは他人の家。勝手に台所を物色して盗み食いするのはさすがに気が引ける。

 かといって近くにコンビニとかあるのだろうか。仮にあったとしても、こっそり抜け出して戻ってくるのも難しそうだ。それ以前に手持ちの金が使えるだろうか。

 選択肢はなかった。


「ま、見つかったら謝ればいいか」


 結局は空腹に負け、巧真は静かに事務室から出た。足音を忍ばせ、暗い廊下を手探りで進む。

 すると廊下の先にぼんやりと灯りが見えた。近づくと、扉の隙間から灯りが漏れている。どうやらまだ起きている者がいるようだ。

 それならば話が早い。何か食べるものを分けてもらおう。巧真が扉の前に立つと、中から話し声が聞こえてきた。

 思わず息を止め、会話に耳をそばだてる。


「――どうしてあいつに頼まなかったんだ」

「またその話? これはうちの問題なのよ。あたしは無関係な人を巻き込みたくないの」

「そんな事言ってる場合か。このままだと借金が返せないんだぞ」

「そんなの、どうにかしてみせるわよ! まだ当てだっていくつか残ってるし、頼み込めば少しは助けてくれるかもしれないじゃない!」

「世の中そんなに甘くねえよ。そもそも、そうやってあちこちから借りまくったところで借金は消えないからな」


「う…………」

「それよりもあの小僧だ。百年ぶりに出てきたヴァリアンテの適応者だぞ。しかも工房がピンチのこの時に。これは絶対あいつを乗せてグランドールフェストに出ろっていう神の思し召しだ」

「だめよ、そんなの。彼はうちとは何の関係もないじゃない。工房の運命を全部託すような事、できるわけないじゃない」

「お嬢は本当にそれでいいのか? この工房『銀の星』とヴァリアンテはお前の親父さんが――いや、もっと前から代々大事に守ってきたものなんだぞ」

「わかってる。わかってるわよ……」


「だから、あの小僧をヴァリアンテに乗せてグランドールフェストに出せって言ってんだ。そして優勝すれば、」

「そんなの無理に決まってるじゃない。タクマくんはグランドールや魔導石の事なんにも知らないような人なのよ。そんな彼がほいほい勝てるほどグランドールフェストは甘くないわ。それはギリガンだって知ってるでしょ」

「む……」


「リサ、言い過ぎよ」

「ごめんヴィル……」

「わたしに謝っても仕方ないでしょ」

「……ごめんギリガン」

「いや、いいんだお嬢」

「けどわたしもリサに賛成。いくらヴァリアンテの適応者だからって、あんな素人が操縦士ドールマギスタじゃ優勝なんて無理。それに大会にはあのクラウフェルトが出るし、今回もきっと――」


「そんなもん、やってみなけりゃわからねえだろう。大会までまだ時間はある。死ぬ気で鍛えりゃもしかしたら――」

「それじゃあタクマくんの気持ちはどうなるのよ。あたしたちの都合で、彼にどれだけの重荷を背負わせる気? ヴァリアンテに乗って試合に出てくれ。ただし負けたらうちの工房は潰れるので死ぬ気で頑張れ、なんて重圧かけられて平気なほど肝が座っているようにも頭が軽いようにも見えなかったわ」

「それは……」

「だからもうこの話はおしまい。あたしは資金繰りに忙しいんだから、もう邪魔しないでよね」


 リサの言葉を最後に、ギリガンとヴィルヘルミナの声も聞こえなくなった。

 参ったな、と巧真は内心で溜息をつく。自分と同い年くらいの少女が責任者だし、他に従業員もいないようだったから潤ってない職場かもしれないと思っていたが、まさか本当に借金で破産寸前だったとは。

 しかも話を聞くに、困窮した状況から一発逆転できる希望の鍵が自分ときている。自分がヴァリアンテに乗ってグランドールフェストとやらに出て優勝すれば、その賞金で借金が返済できるとか何とかかんとか、というよくある話だ。


 うん、無理。


 リサが言ったように、自分は何も知らない。ヴァリアンテが何の事かすらわかっていない。車やバイクの大会だったらどうしよう。どちらにも乗った事がない。免許もない。そんな奴が出場して、あまつさえ優勝なんて夢物語にもほどがある。

 そういう都合のいい展開は、漫画やアニメの中だけだ。現実は、どんな大会であれ素人が初めて出ていいとこ行けるなんて甘いもんじゃない。巧真など、格闘ゲームで世界二位になるまで何度予選で落ちたか。


 溜め息が出る。

 聞かなきゃ良かったなあ、と思いながら、巧真はそっと応接室に戻る。もはや空腹とかどうでもよくなっていた。


     †     †


 応接室に戻り、ソファに横になる。両手を組んで頭を乗せ、闇の向こうにある天井を見つめる。

 面倒な事になった。ただでさえ突然わけのわからない事になり、これからどうすればいいのかもわからないのに、この上他人の経済事情まで心配してやれるほど巧真の許容量キャパシティはでかくない。

 とはいえ、知ってしまったものは今さら無かった事にはできない。実際リサにはこうして一晩の宿を与えてもらったのだから、その恩ぐらいは返したい。


 だが人には出来る事と出来ない事がある。グランドールフェストとやらは、当然後者だ。可愛い女の子が困っているのに何もできないのは辛いが、もし彼女の気が変わって明日お願いされたとしても、はっきりと断ろう。なるべく差し障りなく。


「よし、そうしよう」


 腹は減っているが肚を括った巧真は、毛布を被り直し再び眠りについた。


     †     †


 翌朝。

 顔に当たる光が眩しくて目を覚ますと、リサが応接室の窓を開けていた。開け放たれた窓から差し込む朝日が、巧真の寝ているソファまで伸びている。


「おはよう。よく眠れた?」

「おかげ様でぐっすり」


 嘘だができるだけ快眠したような顔で上体を起こし、首や肩の関節をほぐす。狭くて硬いソファで寝たせいで、身体中の関節が悲鳴を上げていた。

 骨をばきばき鳴らしながら身体を伸ばしている巧真を見て、リサが可笑しそうに微笑えんでいると、彼の腹が盛大に腹が鳴った。


「あ……」


 赤面する巧真に、リサがまた笑う。


「朝ごはんにしよっか」


     †     †


 リサの案内で、巧真は食堂のような部屋にやってきた。広めの部屋には十人ぐらいが一度に食事を摂れるほど大きなテーブルがあり、すでにギリガンとヴィルヘルミナが席に着いていた。


「おう、ようやく起きたか」

「おはようございます」


 二人の前にはパンの乗った皿とスープの入った皿がある。見た目も匂いも美味そうだ。この世界の食事が自分でも食べられそうなもので、巧真はほっとしながらこっそり唾を飲み込む。


「おはようございます」


 二人に朝の挨拶をし、巧真は二人の向かいの空いている席に座る。しばらくするとリサが巧真の分の朝食を持ってきてくれた。


「はいどうぞ。口に合うといいけど」

「ありがとう」

「おかわりあるから、欲しかったら言って」

「うん」


 にっこり笑って巧真の前に朝食を置くと、リサは厨房に戻っていった。すると食堂内はギリガンたちが食事をする微かな音だけになり、気まずい。

 普通だ。あまりにもみんな普通だ。昨夜の会話を聞いてしまっているだけに、みんな普通に接しようと努力してくれているのがわかってますます居心地が悪い。

 巧真は目の前のパンを手に取り、ちぎって口に運ぶ。パンの味が口いっぱいに広がり、久しぶりに物を食べた喜びに涙が出そうになる。


 ああ、パンだ。ちょっと固くてぱさぱさするが、充分食えるパンだ。それにこのスープ。具が少なくて塩気しかないが、それでも今の空っぽの腹には死ぬほどありがたい。ちぎったパンをスープに浸せば、固くてぱさぱさのパンもしっとり柔らかくなるので全然問題ない。

 ほぼ一日ぶりの食事に、巧真は枷が外れたように猛然と食べ始めようとするが、ふとその手が止まった。手の中のパンと、目の前のスープを見る。


 この粗末だが温かくて美味い食事は、当然の事ながらタダで作れるものではないのだ。もしかすると苦しい経営状態の中、自分たちの分を削って賄われたものかもしれない。ひょっとするとリサの分という可能性もある。

 そう思うと、途端に申し訳なくなって胸が詰まる。働かざる者食うべからず、という言葉があるように、メシを食うのなら何かをしなければならない。そして自分にできる事は、今のところ一つしかない。だがそれは、それしかないからやる、という簡単なものではなかった。


「そういやお前、これからどうすんだ?」

「へ?」


 突然ギリガンに話しかけられ、巧真は間の抜けた声を出す。


「行くあてとかあるのか?」

「あ――」


 しまった。頼みを断る事ばかり考えてて、これからどうするかはさっぱり考えていなかった。


「えっと…………」


 巧真が返答に窮していると、遠くから何か巨大な物体が近づいているような音と振動が伝わってきた。

 音と振動は次第に大きく近くなっていき、すぐ近くで止まったかと思うといきなり階下で轟音がした。


「なんだあっ!?」


 突然地震が来たような激しい揺れと音に、ギリガンが大声を上げる。


「地震……じゃないわ。工房の方よ!」


 長い耳を勢いよく立ててそう言うと、ヴィルヘルミナは駆け出して食堂を出ていった。次にギリガンとリサが彼女の後を追い、取り残された巧真は一瞬呆然としたが、この場に残っていても仕方がないので急いでみんなの後を追った。


     †     †


 工房に着くと、すでに一悶着起こっていた。


「なんですか、貴方たちは!」


 工房の入り口と思われる大きなシャッターは、重機でこじ開けたのかと思うほどひしゃげている。そしてそこから入ったのか、でっぷりと肥えた偉そうな中年男と、その部下と思しき大男がいた。そして彼らに向けて、リサが猛烈に抗議している。


「まだ期日じゃありません。お引取りください!」

「それやねんけどな、お嬢ちゃん。こっちも予定が変わってん。ほら、知ってるやろ、もうすぐ十年に一度のグランドールフェストや。あれにうちらも出ようと思うんやけど、そのためにあんたのとこのそれ、ヴァリアンテが欲しいんや。せやから一足先に差し押さえさせてもらう事にしたんよ」

「そんな、困ります!」

「困るんはこっちや。借りた金返してくれんと、うちらおまんまの食い上げやわ」

「でもヴァリアンテだけあっても適応者が――」

「適応者なら心配いらへん。人なんていくらでも集められるさかい、数打ちゃ一人くらいは当たるやろ。わかったらはよ明け渡してんか。こっちも忙しいねん」

「ですからそれは、期日までにはなんとか……」

「その言葉は聞き飽きたんやな」


 太った男は大仰に鼻から息を漏らすと、工房の外に向かって大声で言った。


「おーい、ええからやってまい!」


 すると外から「うぃーっす」というスピーカーを通した音声とともに、全長十メートルはありそうな巨大な鉄の像が工房の入り口を身をかがめてくぐって来た。どうやらこいつが騒音の正体とシャッターを壊した犯人だろう。


「野郎、アイアンゴーレムなんか用意してやがったのか」


 ギリガンの声に、巧真は改めて鉄の巨人――アイアンゴーレムを見る。

 巨大な鉄の彫像みたいな見た目だが、動きが妙に滑らかだ。機械のように油圧シリンダーや歯車で動いているようにはとても見えない。この大きさで二足歩行をする事を含めても、現代の科学力ではとても作れそうになかった。


「ほな、ヴァリアンテはいただいて行くで。良かったなあ、これで借金はチャラどころかお釣りまで出るわ。差額は後日改めて届けたるさかい、安心して待っとき」


 太った男はそう言うと、後の事は手下に任せたとばかりに重そうな身体を反転させて帰っていった。

 一方工房の中では、侵入したアイアンゴーレムが銀色の巨像――ヴァリアンテの周囲に立つ移動式足場を力任せに引っぺがそうとしていた。


「あれが、ヴァリアンテ……?」


 眼前に立つ銀の巨人の圧倒的な姿に、巧真は呆然と呟く。

 鉄製のポールで組み立てられた移動式足場の中には、全長十メートルに達するかと思われる銀色の騎士像があった。


 騎士像はプロテクターのような鎧を全身に纏い、あたかも今から戦いの地に赴くような凛々しさと雄々しさを醸し出している。

 ただ完全に人型を模しているのではなく、妙に頭が大きくて腕が全体のバランスを損なうほど太く長い。その代わり胴体や足が太短かったりとデフォルメされているのが巧真には親しみやすく感じられた。

 突如現れた鉄の巨人にも度肝を抜かれたが、これまで何度か名前が出てきた“ヴァリアンテ”の正体が全身銀色の巨大ロボだと判明し、巧真は驚きのあまり意識が飛びそうになる。

 

 そこでふと、これまでの情報が一つに繋がった。

 あの巨大ロボのみたいのがヴァリアンテで、自分は気がついたらあの中にいて、しかもどうやったのかわからないが動かしたらしい。そしてギリガンたちは借金を返済するために、自分にヴァリアンテに乗せてグランドールフェストという大会に出て優勝して欲しいと思っている。


「冗談だろ……」


 せいぜい車かバイクのレースに出てくれと頼まれるのかと思っていたら、その正体は巨大ロボだったとは。


 うん、無理。


 車やバイクならまだしも、巨大ロボに乗れとか冗談じゃない。しかも競技はよくわからないが大会に出て優勝なんて、完全に手に余る。

 いや、そうじゃない。


 そもそもこんな巨大ロボが現実に存在するわけがない。しかも軍ならともかく、借金取りが押しかけてくるような場末の民間企業に。

 だが巧真に芽生えかけたこの世界に対する疑惑は、ギリガンの怒りの叫びにかき消された。


「やめろお! 汚え手でそいつに触るんじゃねえっ!」


 果敢にもアイアンゴーレムを止めようとギリガンが立ち向かうが、部下の大男にあっさり蹴飛ばされて床を転がる。

 ヴィルヘルミナに助け起こされたギリガンが、心底悔しそうに歯を食いしばる。


「畜生……やめろ、やめてくれ……」


 アイアンゴーレムがヴァリアンテの腕を掴み、足場の外に引きずり出そうとする。

 その様子を呆然と見る事しかできない巧真の耳に、少女の声が届いた。


「悔しい……」


 振り向くと、リサが涙を流しながら悔しそうに歯を食いしばっている。


「あたしがヴァリアンテに乗れたら……」


 己の無力を嘆く少女の悲痛な表情と声に、巧真の胸が絞めつけられる。だが自分に何ができよう。特技がゲームぐらいしかない自分に、一体何ができるというのか。


「あ……」


 気づく。

 あるではないか。

 自分には、いや、自分にしかできない事があるのに気づき、巧真の中で何かが爆発する。心臓がどくんと跳ねるのとほとんど同時に、身体が勝手に飛び出していた。

 特に何か考えがあったわけではない。ただがむしゃらに足場へと取り付き、ヴァリアンテの腹部に辿り着く。


 が、辿り着いたはいいがそこから先がわからない。人が乗って動かすとは聞いていたのだが、どうやって動かすか、それ以前にどこから乗ればいいのかすらわからない。


「あ、このガキいつの間に!」


 大男が巧真に気づき、足場を上ってくる。やばい、急げ。巧真は急いでヴァリアンテの入り口を探すが、それらしいものが見つからない。そうしている間に大男が背後に現れた。


「ガキが、ここから叩き落としてやる」


 ばきばき、と指の骨を鳴らしながら大男が迫る。前も後ろも逃げ場なし。巧真が絶体絶命のピンチに陥ったその時、

 突然ヴァリアンテの腹部装甲が開き、中の操縦席が現れた。


「なにっ!?」


 外部からの操作もせずに操縦席が現れた事に、ギリガンが驚愕の声を上げる。これではまるで、ヴァリアンテが自ら巧真を招き入れたみたいではないか。


「何だかわからないが、ありがたいぜ!」


 巧真が操縦席に飛び込むと同時に、腹部装甲が閉じる。間一髪で巧真を取り押さえようと飛びかかった大男が閉じた装甲に顔面からぶつかる。大男の顔面はしばらく腹部装甲に貼りついていたが、やがて重力に負けてずるずると落ちていった。


 ヴァリアンテの内部に入った巧真であったが、様々な戸惑いが一度に押し寄せて軽くパニックになっていた。

 改めて思うが、まず狭い。決して大柄ではない巧真だが、それでも窮屈に感じる。

 ヴァリアンテの内部は、背側の壁自体が段差になって椅子の代わりになっており、その前には円柱状の台が地面から生えるように突き出ていた。高さは座った巧真の腹ぐらいで、台の中央にはバスケットボールを半分にしたくらいの大きさの透明な半球がはまっている。


「ここに座るんだろうな」


 そうして席に座ると、それまで平坦だった椅子が突如変形し、巧真の尻を腰まで包み込んで身体を背もたれに引きつけた。硬さは相変わらずケツが痛くなりそうなままだが、これなら少々の振動で身体が振り回される事はなさそうだ。


 ケツが固定されると、目の前に置かれた半球が嫌でも目に入る。他に操縦桿やペダルなどの目ぼしい操作機器が見当たらないところを見ると、どうやらこの半球がこの巨人のコントロールの全てを担っているようだ。


「って事は、たぶんこいつをこう――」


 巧真は恐る恐る両手を魔導石に伸ばす。


     †     †


 巧真がヴァリアンテの操縦席に入ったのを見たアイアンゴーレムの操縦士は焦った。だがすぐにこのグランドールが百年近く適合者がおらず動いていない事を思い出し、余裕を取り戻す。どうせ中に入ったところで何もできまい。とりあえず当初の予定通り事務所までヴァリアンテを持って帰り、小僧はその後でゆっくり引きずり出していたぶってやる。


 男は暴力的な想像を頭の中から追い出し、アイアンゴーレムを動かすのに集中する。グランドールの操縦は操縦士のイメージが直接作用するので、余計な事を考えていると誤作動の原因になるのだ。

 アイアンゴーレムの右腕が再びヴァリアンテの左腕を掴む。そして力を込めて足場の中から引っ張り出そうとした時、

 ヴァリアンテが左腕を掴んでいるアイアンゴーレムの腕を掴み返した。


「なにっ!?」


 まさか動くとは思っていなかったのは、男だけではなかった。事態を見守る事しかできなかったギリガンたちもまた、突如動き出したヴァリアンテに度肝を抜かれていた。


「こ、こいつ、なんて力だ……」


 掴んだ腕を離さないようにアイアンゴーレムは懸命に力を入れるが、ヴァリアンテはそれ以上の力で腕を強引に引き剥がそうとする。そして完全に腕を引き剥がした瞬間、めき、という大きな音とともにヴァリアンテがアイアンゴーレムの右腕を握り潰した。


「げえっ!」


 ヴァリアンテは完全にひしゃげたアイアンゴーレムの腕を離すと同時に、今度はこちらの番だとばかりにアイアンゴーレムの顔面を掴んだ。


「ぐわあああああっ!」


 強烈なアイアンクローをかけられ、アイアンゴーレムの操縦士が悲鳴を上げる。グランドールのダメージが操縦士に伝わるわけではないが、視覚や聴覚を共有しているので真っ暗な視界の中で頭蓋がみしみし軋む音がするのは恐怖以外の何者でないだろう。

 ヴァリアンテはアイアンゴーレムの顔面を鷲づかみにしたまま歩いて工房の外へと押し出すと、そのまま力任せに腕を突き出した。


 顔のひしゃげたアイアンゴーレムが地面を転がり、騒音と盛大な土埃を上げる。その圧倒的力の差は、まるで大人と子供だった。

 頼みのアイアンゴーレムがつまみ出され、大男は血相を変えて戦闘不能になったアイアンゴーレムとヴァリアンテを何度も交互に見る。


「お、憶えてろ……!」


 完全に分が悪いと判断した大男がお決まりの台詞を吐いて脱兎の如く逃げ出すと、顔面が指の形にへこんだアイアンゴーレムが彼の後を追うようによろめきながら逃げて行った。

 やがて巨人の姿が見えなくなり、工房に静寂が訪れた。リサたちはしばらく呆然としていたが、ようやく我に返ったギリガンが思い出したように叫んだ。


「おとといきやがれ!」

次回更新は10月27日です。

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