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グランドールフェスト  作者: 五月雨 拳人
第一章 グランドールフェスト
22/30

開眼 巧真、覚醒せよ

 工房『銀の星』に戻った巧真は、勝利を祝うリサたちの歓迎もそこそこにアイザックの姿を探した。

 とはいえ、居所に当てはあったのですぐに見つかった。食堂に行くと、彼はさもそこが自分の席であるかのように座って茶を飲んでいた。身体のデカいアイザックが座ると、木の椅子が小さく見える。


「よう、お疲れさん」


 アイザックは食堂に入って来た巧真に気づくと、椅子を後ろに傾けて背もたれ越しに振り向いて言った。


「見てたぜ。ずいぶんとまあ、危ない橋を渡ったじゃねえか」

「咄嗟にスペレッサーの真似をしてみたんだけど、やっぱり慣れない事をするもんじゃないね。一回目は何とかなったけど、二回目は両足がおしゃかになって焦ったよ」

「ば~か、ヴァリアンテとスペレッサーじゃ機体の重量が違いすぎるわ。おまけに俺とお前じゃ熟練度が違う。一回できただけでも奇跡だと思え」

「ですよね~」


 アイザックに言われるまでもなく、巧真はよほどの事でもない限りスペレッサーの真似はしないと決めている。


 だが両足を失う危険がある荒業を何度かこなしたお陰で、巧真の操縦技術は普通にジャンプするぐらいなら関節の負担を気にしなくても良いレベルになっていた。怪我の功名というやつだろうか。


 それはさておき、巧真は説教を受けるためにアイザックを探していたのではないのだ。これ以上藪をつついて蛇を出す前に、用件を切り出した。


     †     †


 翌朝。

 巧真とアイザックは、二人が初めて出会い、そして戦った場所――廃墟ステージにいた。

 二人はそれぞれのグランドールに搭乗し、向かい合っている。陽も上らぬ闘技場内はまだ薄暗く、瓦礫と化したビルの影が二体をさらに暗く染めている。


 これで観客がいれば、いつ試合が始まってもおかしくない。まるでいつかの再現のような光景だった。

 スペレッサーが先に動いた。ゆっくりと右腕を持ち上げ、構える――かに見えた。

 だが右腕はそのまま頭上を超え、後頭部に廻る。そして緊張感のまるでない感じで頭を掻いた。


「えっと……なんだっけ? ガンロックの戦い方を教えろ、だったな」


 通信用の魔導石を介さず、スピーカーを通したような外部音声でアイザックが問うと、ヴァリアンテがそれに頷いた。


「映像資料でもいいんだけど、残ってないって言われてさ。アイザックなら戦ってるのを見た事ぐらいあるだろ? 何か特徴とか癖とか知ってたら、教えてもらえると助かるんだけど」

「ガンロックの癖ねえ……」


 アイザックは面倒臭そうに顔をしかめる。


「運営が封印作業に来るのはいつだ?」

「今日の夜、だったかな」

「となると、特訓っつっても今日半日ってところか」


 運営に封印シールを貼られた後では、グランドールの修理や調整はおろか乗って動かす事もできない。万が一封印の一枚でも破れたら、その時点で試合の出場資格を失う。つまり、こうやってグランドールで何かできるのは、あと半日というわけだ。


「それでも、何もしないよりは――いや、何かしたいんだ」


 巧真の真剣な声に、アイザックは大きな溜め息をつくと、


「やれやれ、たった半日で何がやれるかわからんが、それでも何もしないよりはマシか」


 頭を掻いていた腕を下ろし、気を取り直すように構えた。


「ガンロックの癖、かどうかはわからんが、あいつの動きは特徴的だ」


 そう言うとスペレッサーは右腕を上、左腕を下にして両腕を前に突き出す。それはまるで、剣を構えているかのような姿だった。


「ガンロックは武人、つまり剣で戦うのが本職だ。キュウシュの武人は皆剣を好んで使う」

「じゃあ素手での戦いは得意じゃないと?」

「いや、生憎だがそうじゃない」

「え?」


 アイザックはどう言えば適当か、少し考える。


「キュウシュの武人は、剣の技術と同時にそれを応用した武術を学ぶんだ。だから剣が強い奴は素手でも強い。そしてガンロックはキュウシュで一番の武人だ。つまり、素手でもキュウシュで最も強いと言っていいだろう」

「マジか……」


 剣の達人でも、剣を持たずに素手ならそう強くはないだろうと淡い期待を抱いたが、剣の達人は素手でも達人だったようだ。世の中そんなに甘くない。


「よく考えてみろ。剣の達人を倒そうってのに、馬鹿正直に剣を持ってる時を狙う奴がいるか?」

「うん……、うん……?」


 巧真は一瞬、アイザックの言葉が理解できなかった。


「いやいや、おかしいだろそれ」


 剣を持っていない剣の達人は、もはやただの人ではないか。ただの人を倒しても、何の自慢にもならないだろう。だがアイザックは、コイツ何を馬鹿な事を言ってるんだと言わんばかりの盛大な溜め息をつく。


「おかしいのはお前だ。剣を持ってる剣の達人に勝負を挑んでみろ。負けちまうじゃねえか」

「え? 俺のほうがおかしいの?」

「勝負はな、勝ちゃいいんだよ。どういうやり方だろうが、勝ちゃ正義。負ければ悪党のろくでなしって昔から決まってんだ」

「ええ~……」


 軍人と賭けグランドール乗り。どちらも戦いに美学や倫理を持ち込まない職業である。そして両方の経歴を持つアイザックの理論のほうが、どうやらこの世界では一般常識のようだ。


 巧真がこの世界の世知辛さにうんざりした顔をしていると、アイザックが「だがな、」と続ける。

「達人だって馬鹿じゃない。自分が剣を持っていない時に狙われるだろうってのはすぐにわかる。そうなるともう我慢比べさ。達人は寝る時もメシの時もクソする時も、剣を肌身離さなくなる。一方狙うほうは便所や風呂や寝室の陰に潜み、達人が丸腰になるまでじっと待つ」


「……その労力を他に使えばいいのに」

「そう、だから達人は考えた。剣を手にしていない時はどうしてもある。だったら素手でも剣を持っている時と同じか、それ以上に強くなればいいじゃねえかって」

「キュウシュの人って凄いのか馬鹿なのかわかんないね」

「まあそんな冗談みたいな思いつきを現実にしちまうんだから、大したモンだわなあ」


 剣の達人が素手でも強いという理由は、そうとうぶっ飛んだものだった。それならもう素手の戦いだけを極めたら良いのでないか、という思いを飲み込み、巧真は気を取り直して話を元に戻す。


「……とにかく、ガンロックは剣だけでなく素手でも強いって事だね。で、特徴的な動きって、具体的にどういうの?」

「ん? ああ、そうだな、口で説明するより、実際に見たほうがいいだろう」


 そう言うとアイザックは再びスペレッサーを構えさせた。またもや剣を正眼に構えているかのような姿勢だ。


「だが俺も直接戦ったわけじゃないからな。上手く真似られなかったら勘弁な」


 妙なところで謙虚なのか、アイザックが断りを入れてくる。だがこれまで彼に訓練を受け、幾度となく模擬戦をしてきた巧真はそれが謙遜である事を知っている。この男、こう見えて意外と器用なのだ。


「それじゃ、行くぜ。先に言っとくが、本物は俺の何倍も凄いからな」


 スペレッサーが腰を落とし、突撃のための力を溜める。


「お願いします」


 ヴァリアンテも構えた。


     †     †


 ルーペースの突進をもろに食らい、ヴァリアンテが紙くずのように吹っ飛ぶ。身体が地面に着いても勢いは全く衰えず、色々体勢を変えながら砂埃を上げて、荒野ステージの大地を百メートルほど転がる。


「うおおおおおっ!」


 必死に機体を立て直そうとする巧真をあざ笑うかのように、膨大な運動エネルギーが質量を蹂躙する。

 それでもどうにか転がっている最中にヴァリアンテを立ち上がらせたのは、初心者操縦士にしては大したものだった。


 だが吹っ飛んで転がっている相手に追い着く速度で追撃を仕掛けてきたガンロックは、さらに大したものだった。

 ヴァリアンテが完全に立ち上がる前に、ルーペースがもう一度ぶちかましをかける。

 戦車に全速力で追突されたような衝撃が巧真を襲った。


「があっ!」


 乾燥した大地を削りながら、再びヴァリアンテが転がる。

 見渡す限り遮蔽物や障害物のない荒野ステージに、幾本もの長い線が引いてある。これらは全て、今日の試合でヴァリアンテが身体を使って引いたものだ。上手く調整してやれば、ナスカの地上絵みたいになるかもしれない。


 だが線を引かせるほうのガンロックにそういう遊び心は無いようで、ただひたすらヴァリアンテにぶちかましをかける。その無計画にも見える執拗な攻撃によって、大地に線が増えていった。


     †     †


 たった半日の特訓では無意味だったのか。

 巧真のこのやられようを見たら、誰もがそう思うかもしれない。

 だが当の巧真自身は、違うとはっきり言える。

 もしあの半日が無かったら、とっくの昔に勝負はついていただろう。たぶん最初の一撃か二撃目で。今こうして景気良く転がっていられるのも、アイザックが模擬戦の中で彼なりにガンロックの戦い方を再現してくれたからだ。


 昨日の模擬戦で情報の蓄積があるおかげで、まだ負けずに戦えているのだ。

 ただ見かけによらず器用なアイザックでも、再現しきれない点があった。

 それがルーペースの重量だ。


 驚く事に、ルーペースの突進速度はスペレッサーと同じくらいだった。つまりガンロックは、ヴァリアンテと同じ重量級のグランドールのストーンゴーレムを、軽量級のスペレッサーと同じ速度で操っているのだ。だが速度が同じでも機体の重量が全く違うため、突進された時の威力は段違いである。特訓の時とはまるで違う突進の重さに、巧真は重量×速度という単純な図式がこれほどの威力になるのかと驚かされた。


 ガンロックは強い。キュウシュ最強の武人というのは伊達ではない。しかもそれは剣を持たない無手の状態でも同じだと言うから凄い、というかずるい。


 そうなると、前回のグランドールフェストでルーペースを破って初優勝したヒルダ=クラウフェルトの操るアイアンゴーレム・フェルムロッサとは、一体どれほどのものか想像もつかない。


 いや、今は先の事など考えている暇など無い。目の前の敵、ガンロックの操るルーペースとの戦いに集中しよう。


 さて、アイザックのおかげで今までどうにか負けずにいるが、さすがにこのまま吹っ飛ばされ続けているわけにもいかない。


 それに、巧真だってただ闇雲に吹っ飛ばされていたわけではない。ルーペースの動きは確かに速いが、一応ギリギリのところで致命傷にならないように打点をずらして受けていたのだ。そうしてルーペースの動きを見て憶え、突破口を見つけようとしていたのだが。


「だんだん見えてきたぞ」


 アイザックとの特訓と、これまで受け続けたルーペースの攻撃を分析し、巧真の中で一つの答えが出た。

 受けるのはここまでだ。

 反撃の時間だ。


     †     †


 ルーペースの操縦士ガンロックは、初手で憶えた違和感が気のせいではない事を確信していた。


「あ奴、やりおるわい」


 操縦室内に野太い声が響き、豊かに蓄えた口髭がにやりと傾く。初出場の上に最近操縦士になったばかりの新人だと聞いていたが、なかなかどうして歯応えがあるではないか。


 キュウシュ大国に古くから伝わる戦法は実に単純で、一撃離脱の体当たりである。何よりも速き事に重きを置き、当たれば一撃必殺、外れれば反撃されて即己の死、二つの意味で二の太刀要らずを心得とする潔さ。


 重い物がもの凄いスピードでぶつかる。至極単純ではあるが、それだけで脅威である事をキュウシュの民は昔から知っていたのだ。そこに小手先の技術は要らない。何なら練習のための相手すら必要無い。それゆえに、この戦法は古来からキュウシュの人々に好まれ、受け継がれ、そして磨かれてきたのだ。


 だのに自分はもう何度全力で打ち込んだ事だろう。明らかに打点をずらされている。しかも巧妙に。傍から見れば派手に吹っ飛んでいるヴァリアンテが不利に見えるが、実は向こうにダメージはほとんど無い。むしろ全力で走り回って魔力と関節を消費しているこちらの方が、長期的に見れば不利だろう。


 決勝戦のための準備運動だと侮っていたわけではないが、前情報から無意識に相手を舐めてかかっていたようだ。これは考えを改めなければならない。ガンロックが気合を入れ直すと、鋭い眼に光が灯り、キュウシュ人特有の太く短い手足が筋肉の盛り上がりを見せる。


 完全戦闘態勢に入ったガンロックは、戦法を変更した。キュウシュ伝統の一撃離脱の戦い方を捨てるのは屈辱的だが、そこにこだわって勝ちを捨てるほど彼は石頭ではない。要は勝てば良いのだ。その一点に関しては、武人も軍人もグランドール乗りも変わりはない。


「参る!」


 魔導石を握る手に力がこもる。それに呼応するように、ルーペースが駆け出す。だがこれまでの猪突猛進だった走り方とは違い、軽快なフットワークを見せる走法。左右に身体を振りながらヴァリアンテとの距離を詰め、挨拶代わりに左の拳を打ち込んだ。


 当然のように相手がガード。しかしそれは予定のうち。相手に右腕を上げさせるための布石。

 すぐさま本命の左のフック。今度は相手の肘の下からすくい上げるアッパー気味の角度で脇腹を狙う。岩の拳に操縦室を揺さぶられ、中の操縦士は脳震盪、或いは失神間違いなしの必勝パターン。

 だが、ヴァリアンテは僅かに肘を下げただけで、このコンビネーションを易易と防いだ。


「なにっ!?」


 技術的には大した攻撃ではないが、これまでのキュウシュ流の攻めに慣れた眼には捉えにくいはずの攻撃を、まるで予期していたかのように簡単に防ぐとは。


「良い眼をしておる」


 ガンロックの背すじがぞわりとする。手強い敵に会った時、必ず感じる怖気にも似た感覚。前にこれを感じたのは確か――


 十年前のグランドールフェスト、決勝戦。

 相手はヒルダ=クラウフェルト。

 若干十四歳の小娘に、ガンロックはこれと同じものを感じた。

 そして負けた。


 百数十も歳の離れた小娘に、こてんぱんに負けたのだ。あまりの恥ずかしさに試合後腹を切ろう思ったが、負けっぱなしのまま死ぬのもまた武人として恥なので、せめて汚名を雪いでから死のうと思い留まった。


 そしてようやく十年が経ち、再びこのグランドールフェストの舞台でヒルダ=クラウフェルトと戦える時がやってきた。

 と思ったらこれである。まったく、世界は広いというか何というか。油断しているとあっという間に若い世代に追い越されてしまう。


「だが、だからこそ面白い!」


 右の拳が相手に防がれるのと同時にしゃがみ込み、左足で相手の軸足を刈りにかかる。転倒させたらすぐさま馬乗りになり、後はひたすら乱打で試合を終わらせる、


 はずだった。


 ルーペースの蹴り足が届く前にヴァリアンテの右足が消える。消えたと思った右足は、そのまま伸びてルーペースの顔面を捉えた。


 なんとルーペースのしゃがみ足払いを、ヴァリアンテはそれを見てからかわした上に、逆にこちらに強烈な前蹴りを叩き込んできたのだ。


「ぐほぉっ!」


 カウンター気味に蹴りを顔面に食らい、今度はルーペースが派手に吹っ飛ぶ。


『小足見てから余裕でした』


 ガンロックは、ヴァリアンテの操縦士がそんな意味不明な言葉を言ったような気がした。


     †     †


 ルーペースを蹴り飛ばして後ろに下がった重心を立て直しながら、巧真は絞り出すように呟いた。


「小足見てから余裕でした、ってやつか……」


 上段攻撃をガードしてから下段の小足払いにカウンターで対空を当てる。格ゲーでよくあるセオリーがぴたりとはまったのでつい身体が反射的に動いてしまった。


 実際に出たのは普通の右前蹴りだったが、結果的に相手の足払いをかわしつつカウンターを当てられたので結果オーライだ。


 とはいえ、現実の“小足見てから云々”は誇張されたもので、実際は違う。実際、巧真も相手の足払いが見えたのではなく、反射的に蹴りを出していた。それがたまたま綺麗に決まっただけである。


 つまり、巧真が反射的にゲームの動きをしてしまうほど、ガンロックの攻めは格闘ゲームのセオリーに近いものがあったのだ。


 では何故、武人であるガンロックが、ゲームのセオリーに近い動きをしたのか。それは、格闘ゲームと現実の格闘は全く別のようで、その実共通点は多いからだ。かつては人間の運動機能を超えた挙動をするものも多かったが、最近のリアル志向に基づいたものは、現実の人間の動きを模している。中には実際にキャラクターが習得している設定の武術の有段者や師範に依頼し、彼らの本物の動きをゲームに取り込んだものまである。


 そうして出来上がったリアル志向の格闘ゲームは、技や動きはもちろん、コンビネーションの組み立て方から試合中の駆け引きなど、様々なものが実際の格闘技に近づいた。


 極端な話をすると、もう現実の格闘技と格闘ゲームの差は、実際に肉体を動かして痛みを感じるかどうかの差でしかない。だからガンロックの動きが格闘ゲームの動きと親和性があったとしても、何ら不思議ではないのだ。


 そしてガンロックが格闘ゲームのセオリーで動くというのなら、それを読むのは巧真にとっては造作も無い事である。


 何しろ、進道巧真しんどうたくまは世界二位である。

 戦ってきたキャラクターたちは、ゲームの世界ではあるが皆武術の達人やケンカ番長たちである。経験値だけでいえば、ガンロックに負けず劣らずだ。


「そろそろ決めるぜ」


 にやりと笑って呟くと、巧真は唇を軽く舐めつつ両手の汗をズボンの尻で拭った。


     †     †


 ヴァリアンテに蹴り飛ばされたルーペースであったが、地面を一度後転しただけで立ち上がった。恐るべき機体制御技術だ。普通のグランドール乗りではこうはいかない。さすがグランドールフェスト優勝経験者だ。

 だがそんなガンロックを驚かせる光景が、目の前に迫っていた。


「なに……」


 重量級のヴァリアンテが、跳躍して襲いかかってきたのだ。こんな真似、普通はしない。重量級のグランドールは、歩き方が少しでも雑になるだけで脚部の関節に負担がかかる。その負担をどれだけ軽減させられるかで、操縦士の腕が測れるぐらいだ。だからジャンプとなると、ガンロックほどの操縦士でもそうおいそれとはしない。少しでも着地の衝撃を殺し損ねたら、脚の関節が死ぬからだ。


 それをこの操縦士は何の迷いもなく、それもルーペースを飛び越すような高さで跳躍してきた。

 自爆覚悟の特攻か。ガンロックがヴァリアンテの操縦士の意図を読もうとした一瞬の隙が、ルーペースの動作をコンマ数秒だけ遅らせた。


 そのミリ秒が、勝負の世界では明暗を分ける。


 ヴァリアンテが放つ跳び込み式の踵落としを、ルーペースは僅かに遅れながらもどうにか十字受けで防御する。強烈な踵落としにヴァリアンテの重量が加わり、ルーペースの両足の衝撃緩衝材が悲鳴を上げた。膝裏にある衝撃を熱に変換して排気するための排気口から高熱のガスを噴出し、上からかけられた膨大な圧を殺す。だがその代わりにサスペンションの圧力が抜け切り、次に踏み出すための瞬発力がゼロになる。


 そして防御で両腕を上げたため、胴体ががら空きになった。ヴァリアンテは着地すると同時に、強烈な右のボディブローを叩き込む。


「ぬうっ!」


 ミスリル製の拳に横腹をぶん殴られ、岩山のようなルーペースがくの字に傾く。ガスが抜け切って踏ん張りの利かなくなった脚では耐え切れず、堪らず右によろめいた。


 その無防備になった僅かな瞬間を狙ったかのように、ヴァリアンテはさらに一歩踏み込む。

 荒野の赤土を踏み砕く震脚とともに、ヴァリアンテが背中から体当たりでぶつかった。

 よろけて右に傾いた状態でまともにそれを食らったルーペースは、点ではなく面での攻撃によって生じた幅と厚みのある衝撃を内部に受ける。突如操縦室内に発生した怒涛の如き慣性に、ガンロックの樽みたいな身体が左に引っ張られる。


 だがそれでもガンロックが意識を失っていないのは、さすがであった。歴戦の猛者となれば、これぐらいの衝撃は未知ではない。そして武人ならば、一度受けて耐えた事のある痛みなら何度でも耐えられる。


 しかし受けた事のない痛みならばどうであろう。


 ヴァリアンテの攻撃はここで終わりではなかった。

 背中から体当たりをしたヴァリアンテは、ルーペースを吹っ飛ばすと同時にその場で素早く振り向くと、さらにもう一歩踏み込む。


 吹っ飛んで離れていこうとするルーペースに追いつくともう一度震脚。渾身の力を両腕に込めて前に突き出した。

 ヴァリアンテの双掌打によってさらに加速したルーペースの機体の内部は、増加したGに一瞬で埋め尽くされた。


 カタパルトで射出される戦闘機よりも大きなGをその身に受ける経験など、ガンロックも初めてであろう。通常の何倍ものGによって、ガンロックはもの凄い力で操縦席に押さえつけられた。胸が潰れて息ができない。


 だが軋む肋骨と肺の痛みや酸欠の苦しさを味わうよりも先に、ガンロックは脳から血液が急激に失われ、脳貧血で意識を失った。


     †     †


 ルーペースはのけぞった状態で三十メートルほど地面と平行に飛んだ後、力なくその場に倒れ込んだ。

 うつ伏せに倒れたまま、じっと動かず数秒が過ぎる。その数秒は、巧真にとって何分にも何時間にも感じられる時間だった。


 一陣の風が、赤い土埃を運んでくる。地面に横たわったルーペースに、うっすらと赤い砂を残して風が去っていくと、


『操縦士ガンロックの失神を確認。よって勝者、シンドゥタクマ!』


 荒野に巧真の勝利を告げるアナウンスが響き渡った。

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