粉砕 奈落の底へ招待せよ 2/2
遺跡ステージの最奥部にある城は、巧真の予想した通りこの施設がかつて遊園地だった頃の象徴的建造物であった。
かつては遊園地のシンボルとして敷地内の上座に鎮座していたが、今は老朽化と数多くのグランドールの試合でできた破損で見る影も無い。
だが城の中央、正門に当たる箇所の空洞だけは最初からあるものだ。
それはかつてこの場所が、盛大なショーが行われるステージであったからだ。人々はショーの時間になると他のアトラクションには目もくれず城の前に集まり、きらびやかな衣装を着たダンサーたちが踊るのを見て歓声を上げた。
しかしこの空洞はそれだけではない。夜になって日が落ちると、ステージは取り払われて巨大な通路になる。何故なら夜だけに行われるパレードに使う山車たちがここから発進するからだ。
フロートは数え切れない電飾で彩られ、幾人もの演者を乗せて敷地内をゆっくりと巡回する。その幻想的な光景は様々な客層に愛され、この遊園地の目玉だった。
そして時は流れて現在、その空洞にエルトロンはいた。
エルトロンは手からヴァリアンテがすっぽ抜けるや否や、己の不利を感じて一も二もなくこの空洞へと逃げ込んだ。
本来なら高所から攻撃されるかもしれない城の近辺からはすぐにでも離れたいのだが、あまりにも足が遅いため仕方なくこの空洞に避難せざるを得なかったのだ。
「くっそーあいつめ、人の指だと思ってボキボキ折りやがって」
城内部の床は外に比べて薄いのか、超重量級のエルトロンが立つにはどうにも心許ない。ともあれ少しの間身を隠す場所と時間が確保できたので、プエルは少し迷ったが魔力を消費してエルトロンの指を修復する事にした。右腕を失っただけならまだしも、残った左腕も使えないとなるとさすがに心細すぎる。
エルトロンの機体は柔らかい銅でできているため、僅かながら自己修復できる。ただしミスリルのヴァリアンテと違って切断されるとどうにもならないが、指が折れ曲がった程度なら技師に頼らずとも溜め込んだ魔力を消費するだけで修復可能である。
「ねえお兄ちゃん、これからどうするの?」
不安そうな声でプエラが尋ねる。当初の予定では動かずに魔力を温存して相手の魔力切れを狙うつもりだったのだが、左腕の指を修復するために予定外の魔力を使ってしまった。これではこっちが先に魔力切れをするかもしれない。
ならば作戦変更か、とプエルが今後の方針を考え直していると、
「お兄ちゃん、上うえっ!」
突然プエラが叫んだ。
慌てて上を見ると、暗闇の中にヴァリアンテの姿があった。
彼らゴシク人は夜目が利く。とはいえ暗闇を真昼のように見通すキュウシュ人ほどではないが、それでも全く明かりの無い城の内部でも歩くのに支障がない程度には見えている。
そんな彼らの目が、城の頂上の大穴から手探りで中に入ってくるヴァリアンテを捉えていた。
ヴァリアンテは暗闇で何も見えていないのか、おっかなびっくりといった感じだ。という事は、向こうにはこちらが見えていないのか。
「お兄ちゃん、どうする?」
「しっ、ちょっと黙ってろ」
妹を黙らせ、兄は考える。エルトロンがこの城の中に逃げ込むのは見られていないはずだ。だったら、ヴァリアンテはエルトロンがここにいると知ってて入って来たわけではないのか。
つまりただの勘か偶然。ならばこのままじっとして動かずにやり過ごすという手もある。それともこの闇に乗じて仕留めるか。
「ふむ……」
静か動かの二択に、プエルはここが思案のしどころと熟考する。残った魔力、現在の戦力、様々な要素を考慮に入れてこれからどうするかを考えていると、
「お兄ちゃん、お兄ちゃん!」
またプエラが叫んだ。
「うるさい、黙ってろって言っただろ!」
「だって、あいつがまた飛び降りたから」
「なに!?」
慌てて上を見る。暗視スコープを通したような視界の中では、ヴァリアンテが落下しているところだった。
まさか、向こうも見えているのか。一瞬そう思ったが、ヴァリアンテの落ちる先が見当違い過ぎるのでその考えを否定しかける。
だがすぐにヴァリアンテが空中でも落下軌道を自由に変える事ができるのを思い出し、警戒レベルを最大に引き上げた。
この場に留まるかここから動くかだった二択問題が、受けるか逃げるかに変わる。
いや、考えるまでもない。両腕で止めようとした結果、右腕を失った上に胸部装甲に甚大なダメージを受けた。なのに左腕しかない今の状態で受け止められるわけがない。
選択肢は一つ。
「逃げるぞ、プエラ!」
一瞬の判断で、プエルはこの場を離れる事を決意。すぐさまヴァリアンテに背を向けて、相手にこちらの位置がばれるのも覚悟の上で全力疾走。
亀の歩みの如き速度でエルトロンが離脱する中、ヴァリアンテは闇の中を一直線に落下する。その真っ直ぐな軌道に、プエルはやはり向こうは何も見えていないのだと確信する。だが今さら遅い。本当はもっと隠れていたかったが、左腕の指が回復できただけでも善しとするしかない。
とりあえず今はここから逃げなければ。一度ならず二度も撤退を余儀なくされ、プエルのプライドはいたく傷ついた。ヴァリアンテに対する怒りがめらめらと燃え上がり、隠れて魔力温存などという消極的な作戦は頭の中からきれいさっぱり消滅する。今彼の頭にあるのは、城の外に出たらすぐにでも決着をつけてやるという闘志だけであった。
† †
城の内部にエルトロンが隠れているという巧真の考えは、見事に的中していた。
とは言うものの中は真っ暗で、巧真にはそれを確認する事はできなかった。ただ与えられた条件で導き出した答えが、エルトロンがここに居ると示していただけだ。
それでも巧真はここにエルトロンが隠れていると確信し、再び高所から身を投じた。
だが標的はエルトロンではない。この暗闇ではエルトロンどころか地面までの距離すら計れない。いくら落下軌道が修正できても相手が見えなくては意味がないのだ。
では巧真は何を狙って飛び降りたのか。地面までの距離も計れず、下手をすれば着地に失敗して自爆する危険を冒してまで。
それは、標的がエルトロンではないからだ。
彼が狙ったのは、城内の床であった。
「砕けろおっ!」
雄叫びと共に打ち込まれた強烈な飛び蹴りによって、城内の床に大きな亀裂が走った。ヴァリアンテは床を蹴った勢いを利用し、外の明かりのするほうへと跳躍する。
元々この城はパレードの出発点兼終着点である。幾台ものフロートがここから出発し、園内の決められたルートを一周して再びこの場所に戻って来る。つまりフロートの収納場所でもあるのだ。
だがいくら巨大な城だと言っても何台ものフロートが収納できるほど内部は広くない。では一体どこに数々のフロートが収納されているのか。
それは地下である。この城の地下には巨大な空洞があり、フロートは全てそこに収納されているのだ。そしてエルトロンが立っていた場所にはフロートを地上と地下を往復させるための昇降機があり、その天板をヴァリアンテが蹴り砕いたのだ。
要はエルトロンを高い所から落とす作戦が通用しなくなったので、エルトロンを地下へと落とす作戦に変更したのである。
「なにぃ……」
それまでエルトロンの巨体をどうにか支えていた床であったが、亀裂が走った途端に限界を迎えて足元が不安になる。
「お兄ちゃん、なんかヤバくない?」
「動くな、妹よ。今下手に動いたら――」
だがプエルの言葉が終わる前に床が崩壊し、エルトロンが大きく傾いた。
「あ――」
「え――」
一瞬の浮遊感の後、エルトロンは崩壊した床と一緒に地下へと落下していった。
「うわああああああああああああっ!」
「きゃあああああああああああああっ!」
兄妹の悲鳴は反響しながらしばらく尾を引くように地下へと落ちていったが、やがてずしんと重い音がすると静かになった。
† †
一方、城の外に飛び出したヴァリアンテは、地面に倒れたまま立ち上がれずにいた。見れば、足首と膝が両足ともひしゃげている。やはり距離感の掴めない暗闇での飛び蹴りは無謀過ぎたか。
だが作戦通りどうにかエルトロンを地下へと落とす事ができた。これが決定打となってくれれば良いが、もしエルトロンが無事で今襲われたらひとたまりもない。急いで魔力を注ぎ込んで修復にかかる。
しかしヴァリアンテの両足が修復を始めるより先に、アナウンサーの大音声が響いた。
『エルトロン行動不能により、勝者、ヴァリアンテ!』
巧真の勝利が宣告されると、それまで息をひそめていた観客たちがどっと湧き立ち、遊園地が震えるほどの歓声が轟いた。
「危ないところだった……」
自分の勝利を知り、巧真はほっと胸を撫で下ろす。慌てる必要がなくなったので、両足を急速修復するために強制的に集中させていた魔力を、帰りにトラックに積める事ができる程度の無理のない分量に調整する。
巧真の作戦通り、地下に落下したエルトロンは自重によって倍増された落下衝撃に耐え切れずに致命的な損傷を受けたようだ。だがもし立ち上がって反撃されていたら、この状態では何もできずに負けていただろう。今回もかなり運に左右された展開だった。
ぎりぎりのところで勝ちを拾っているが、こんな事で本当に優勝できるのだろうか。
いや、そんな先の事よりも、次の戦いに勝てるのだろうか。エルトロンも強敵ではあったが、並外れた機体性能に胡座をかき、こちらが上手くその足元をすくえただけのような気がする。もし本当の実力者がこの機体を操っていたらどうなっていた事か。
そして次の対戦相手――キュウシュ大国の武人、ガンロック。彼こそ本当の実力者であろう。
「対策考えないとなあ……」
今試合が終わったばかりだというのに、もう次の試合の事を考えなければならない。あまりの自転車操業っぷりに、巧真はぐったりと魔導石のはまった台の上に覆いかぶさった。
その動きを読み取り、ヴァリアンテもぐったりと地面にうつ伏せになる。その姿はまさに、死闘の末に精も根も尽き果てたかのようだった。