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グランドールフェスト  作者: 五月雨 拳人
第一章 グランドールフェスト
19/30

鉄壁 エルトロンを攻略せよ 2/2

 巧真が指定されたのは、遊園地の入場ゲート付近だった。回転式のゲートが数台並ぶ入り口が、この遊園地の客入りの多さを物語っている。

 かつてはこの遊園地も、休日になると多くの客で賑わったのだろうか。そしてその客とは、どういう姿をしていたのだろう。そんな事を考えていると、アナウンスが流れた。


『本日の試合は、魔銀巨人ミスリルゴーレムヴァリアンテ対青銅入道ブロンズゴーレムエルトロン。戦うはここ、遺跡ステージになります。

 さあ、両者が位置につきました。間もなくグランドールフェスト二回戦開始の時間です』


 間もなくして、試合開始の合図が鳴る。

 合図と同時に、巧真はヴァリアンテを走らせた。


『おい、いきなりどこへ行くんだ!?』


 開始早々一目散に駆け出したヴァリアンテに、ギリガンが慌てて問いかけてくる。


「どこって、決まってるだろ」


 巧真には明確な目的地があった。だからそこに向かって全力疾走しているのだ。

 遺跡ステージを最初に見た時、第一印象は驚きだった。

 そしてその次に思った事は、ここならエルトロンに勝てるかもしれない、だった。


 エルトロンは強い。そして硬い。そんな強敵を、ヴァリアンテでどうやって攻略するか。色々悩んだ末に、出た答えはどうしようもなく運任せだった。


 それは“高い所からエルトロンを落とす”である。

 いくらエルトロンの装甲が厚く強固でも、高所から落下すればただでは済むまい。むしろその厚い装甲のせいで重い機体は、他のグランドールに比べて落下のダメージが大きいだろう。


 だがそのためには戦う場所が問題だ。スペレッサーと戦った廃墟ステージや、リムギガスと戦った山岳ステージのような、大きな高低差がなければならない。


 そこで最も大きな問題は、グランドールフェストで戦う場所は運営がクジで選ぶという事だった。しかし幸運の女神が微笑んだのか、はたまた悪魔が手を滑らせたのか、運営が指定した遺跡ステージは見事に条件を満たした。


 クジ運の悪い巧真にとって、これはまたとないチャンスだった。後はこのチャンスを活かすべく、エルトロンよりも先に目的地――遊園地の最奥部にある城に着かなければいけない。何故なら高い所から落とすには、エルトロンに高い所に上がって来てもらわなければならないからだ。


 巧真は懸命に走るが、廃墟同然とは言え遊園地は巨大なグランドールが移動するには障害物が多すぎる。急ぐ気持ちとは裏腹に、目指す場所にはなかなか近づけないでいた。


 目指す城が建物越しに見えて焦る巧真であったが、相手は鈍重なエルトロンだ。あの巨体では建物が入り組んだこの遺跡ステージを移動するのは困難だろう。

 恐らくエルトロンは巧真と反対側からスタートしたであろうが、移動速度は明らかに遅いので城にはこちらが早く到着するはず。


 目的地まであと少し。この角を曲がればもう見えるはずだ。

 そしてヴァリアンテが建物の陰から飛び出した瞬間、

 エルトロンの豪腕がヴァリアンテの首に炸裂した。


「なにっ!?」


 いきなりカウンターのラリアットを食らい、ヴァリアンテが豪快に吹っ飛ぶ。半壊していたミラーハウスに突っ込んで全壊にしても勢いは衰えず、その先に並んでいた数件の売店を蹴散らしてようやく止まった。


「どうしてエルトロンがここに……!?」


 そんなはずはない。同じ距離を走るのなら、ヴァリアンテがエルトロンより遅いなんてあるわけがなかった。

 だが、相手のほうが距離が短かったら。


「まさか――」


 エルトロンの背後を見ると、建物が踏み潰されていたり、トンネルのような巨大な穴が開いていた。それはまるで、エルトロンが通る事によって道ができたかのようだった。


「こいつ、建物を全部ぶっ潰して直進してきたのか」


 律儀に建物を避け、道を通ってきたヴァリアンテと違い、エルトロンは障害物があろうがお構いなしに最短距離を直進してきたのだ。それなら距離は劇的に縮まり、ヴァリアンテよりも速くなる。

 やられた、と思う巧真の耳に、胸元の魔導石から聞いた事のない声が届いた。


『残念だったねー』

『だったねー』

「子供……?」


 最初の声は少年で、後のは少女の声だった。二人同時にくすくす笑い出す。魔導石を通して聞こえるという事は、この声の主は二通りしかいない。

 闘技場の外でセコンドをしているギリガンか、

 闘技場の中で巧真と戦っている対戦相手だ。

 ギリガンはこんな可愛らしい声は逆立ちしても出せないだろうから……いや考えるまでもなく後者だろう。


「エルトロンの操縦士ドールマギスタか」

『高い所から落とせば勝てると思った?』

『思った?』

『けどその手には乗らないよ』

『乗らないよー』

「くそ」


 読まれていた。だから巧真たちよりも早く城まで来て待ち伏せできたのか。


『どうしてわかったと思う?』

『思うー?』

『それはね、みんなエルトロンと戦うと高い所に誘い込もうとするからさ。ほんと芸がないよね』

『ないよねー』


 どうやら巧真と同じ事を考えたのは一人や二人ではなかったようだ。アイザックの右目もそうだが、ひとたび弱点となる箇所ができると対戦相手は必ずそこを攻めて来る。何度も何度も同じ事をされれば、慣れて対策ができるのは当然の事だろう。


『ボクたちは優しいから、前もって忠告してあげるよ。この試合、リムギガスは絶対に高い所に上らないから。せいぜい頑張って他の作戦を考えるんだね』

『じゃあねー』


 やたら陽気な少女の声を最後に、魔導石は沈黙した。

 対戦相手が子供だというのも驚きだが、それよりも自分の作戦が完全に読まれていた事のほうがショックが大きい。


 試合開始早々、巧真の作戦は意味を失った。


「やはり読まれてたか」


 工房「銀の星」の食堂で、アイザックは菓子を食いながら呟いた。


「まあ、当然よね」


 同じく菓子を小さくかじりつつ、ヴィルヘルミナが同意する。


「当然ってどういう事よ?」


 二人の言葉が理解できず、リサはヴィルヘルミナに問いかける。


「対エルトロン戦で、高い所から落とすって作戦はもう使い古されてるのよ」

「え? そうなの?」

「これまでエルトロンについた黒星は、ヒルダ=クラウフェルトのもの以外は全てその作戦だもの。そりゃあいくらプエル・プエラ兄妹が子供だからって、いい加減対策ぐらい考えるわよ」

「けど結構長いこと同じ手口に引っかかってたよな、あいつら」


 アイザックのツッコミに、ヴィルヘルミナは「子供だからね……」と我が子の馬鹿さ加減に呆れる母親のような顔をする。


「子供って……。あの兄妹って、実際いくつなの? ゴシクの人だから、本当に子供ってわけじゃないよね」

「そうね、」とヴィルヘルミナは愛用の魔導石板で検索をかける。

「二人とも今年で七十二歳。ほんと、まだまだ子供ね」

「え……?」


 普通の人間なら七十二歳は立派な老人だが、ゴシク諸島の者にしたら百歳以下はまだまだ子供らしい。ヴィルヘルミナ曰く、ゴシクの人間は年齢を十分の一にすれば目安になるという。


「つまり、まだ七歳の子供ってわけね」

「まあ、大体そんな感じ」


 確かに七歳の子供なら、同じ手に何度も引っかかってもおかしくない。自分勝手だと知りながら、それならもう少しだけそのままでいてくれたら良かったのに、とリサは思う。


     †     †


 通信を最後に、エルトロンは両腕で頭を抱え込むようにしてその場にしゃがみ込んで動かなくなってしまった。こうなると甲羅に隠れた亀と同じだ。エルトロンの装甲は、ヴァリアンテがちょっとやそっと叩いたところで痛くも痒くもないだろう。


 グランドールフェストに、時間切タイムアップれは無い。全試合時間無制限一本勝負で、たとえ三日かかろうが四日かかろうがお構いなしだ。


 しかしグランドールの魔力は無限ではないので、普通に戦えばその日のうちに決着するし、日をまたぐような試合は滅多にない。ただし今のエルトロンのように、極端に行動を抑え省エネモードに入っていたら、残存魔力が尽きるのに何日かかるかわかったものではないが。


 巧真は悩む。このままではヴァリアンテのほうが先に魔力が尽きて行動不能になるだろう。だが下手に攻撃を加えたところで、無駄に魔力を消耗してガス欠を早めるだけだ。

 どうすればエルトロンの装甲を抜ける。

 いくら考えても出てこない答えに、巧真の焦りが募る。


 ヴァリアンテの機体性能数値をどう組み替えても、エルトロンの装甲を抜けるダメージは与えられない。パンチ力を上げても、強烈な一撃を打ち込むには下半身の力が足りなくなる。キック力を上げると、全体のバランスが崩れてただ足が太いだけのバッタみたいになる。攻撃力というのは、五体のうちのどれか一つの性能が高ければ良いというものではないのだ。


 思わざるを得ない。

 もしもヴァリアンテにオステオンのような強靭な爪や牙と機動性があれば、と。

 それともリムギガスのようなどんな装甲も溶かす特殊な装備があれば、と。

 はたまたスペレッサーのような――

 いや、スペレッサーの速度や軽さは必要ないか、と思い直す巧真の脳裏に、一筋の光が差し込んだ。


「待てよ……」


 スペレッサーの特性が欲しいかどうかはさておいて、その操縦士であるアイザックの言葉を巧真は思い出す。


“勝つ方法があるとすれば、俺と戦った時みたいにぶん投げるか。或いは――”


 或いは――何だろう。あの時アイザックは何を言おうとしていたのか。

 そもそもエルトロンを投げる事など不可能に近い。それはアイザックもわかっていたはずだ。だから本題はその後の「或いは」のはずなのだ。


「最後まで聞けば良かった……」


 あの時アイザックの話を遮ったのが自分だけに、誰にも怒れない。昔からよく通知表の備考欄に「人の話は最後まで聞きましょう」と書かれていたのが、まさかこんな所で災いするとは。

 今さら後悔しても始まらない。とにかくあの時アイザックが何を言おうとしていたのか考えよう。それがきっと、この試合での勝利の鍵になる。そんな気がしていた。


 どうせ相手は動かないのだ。だったら考える時間はいくらでもある。巧真もヴァリアンテを待機モードに移して魔力の消費を限界まで落とし、しかしエルトロンが動いたらすぐにでも立ち上げられるようにして考えに集中する。


 そこでふと思い当たる。あの後の会話から、アイザックはエルトロンには高い所から落とす作戦はもう通用しない事を知っていたと予想できる。という事は、「或いは」の続きが「高い所から落とす」という事はあり得ない。


 では他にどんな方法があるというのだろう。あれだけの巨体と装甲をどうにかするためには、高い所から落とす以外の方法は無い。


「ん……?」


 本当にそうだろうか。巧真は一度これまでの考えを捨ててみる。こうする事によって固定観念や凝り固まった思考から解放され、柔軟な思考を取り戻す事ができるのだ。格闘ゲームで対戦相手の攻略に行き詰った時は、よくやった手法である。


 要は相手の装甲(防御力)を上回るダメージ値を与えられれば良いのだ。

 ダメージ値とは、重量×速度×そのキャラクターの攻撃力である。本来ならこれらの数値は初期設定で決まっていて後から増やしたり減らしたりはできないのだが、そこはそれ、ヴァリアンテである。変幻自在のミスリル製という利点を活かして何かできないだろうか。


 まず重量は規定値だから変更はできない。となると次は速度なのだが、果たして今から速度を上げる事は可能なのか。

 仮にヴァリアンテの初期設定値を変更して脚部の出力を上げても、速度は確かに上がるがそれでもエルトロンの防御力を超えるダメージは与えられないのはわかっている。却下。


 駄目だ。これはもう何度も考えた事ではないか。また思考が堂々巡りしている。ヴァリアンテの中だけで事態が解決しないのは、もう結論が出ているではないか。だから答えがあるとするなら、ヴァリアンテの外からしかない。


 何かないのか。速度を上げる外的要因が。だがいくらヴァリアンテでも都合良くブースターとか強化パーツが生えたりはしない。できるとしても、せいぜい外装を変形させるぐらいか。


 しかしエルトロン相手に装甲を変形させて、一体何の役に立つというのか。空気抵抗を変えたところで、使えるのは空中での姿勢制御や方向転換ぐらいである。


「あ――!」


 あった。ヴァリアンテの速度を上げる外的要因が。しかし慌ててはいけない。まだいくつかの問題点がある。実行に移す前にまずはそれらを解決しておかないと。

 早速巧真は今思いついた作戦を脳内でシミュレートする。こうして自分の行動で相手がどう動くかを予想する将棋やチェスのような脳内仮想対戦は、格闘ゲームで培ったスキルだ。巧真は実際にゲームをしているよりも、脳内で対応策を練っている時間のほうが長いくらいだ。何しろこの方法ならゲーム機がなくともいつでもどこでも、ぶっちゃけ授業中でもできる。


「よし!」


 幸い問題点はクリアできた。後は実践するのみ。


「行くぜ!」


 巧真は唇を軽く舐め、両手を学生服のズボンの尻で拭いてから魔導石に置く。

 ヴァリアンテ、再起動。

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