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グランドールフェスト  作者: 五月雨 拳人
第一章 グランドールフェスト
18/30

鉄壁 エルトロンを攻略せよ 1/2

 エルトロンには勝てない。

 巧真のその言葉で、工房「銀の星」の食堂は長い沈黙に包まれていた。

 自ら作り出した重い空気の責任を取るかのように、巧真が静かに切り出す。


「さっきの試合を見た今ならはっきりとわかる。エルトロンはめちゃくちゃ強い」


 予選では他のグランドールの実力が低すぎてエルトロンの強さが理解できなかったが、オステオンとの戦いでその実力を見せつけられた。

 勝てる気がしない。

 正直最初はただの木偶の坊だと思っていた。身体の大きなパワーファイターというだけなら、巧真も予選の後で語ったようにいくらでも攻略法はあった。


 しかしエルトロンはただのパワーファイターではなく、規格外のパワーファイターだった。

 それにパワーは言うまでもなく、装甲の厚さが半端じゃない。むしろあれだけの重装甲だからこそ、機体の重量を動かすパワーが必要なのだろう。


 まあこの際パワーが先が装甲が先かは置いといて、あの防御力は攻略不可能だ。

 何故ならグランドールフェストの勝利条件は二つ。

 一つはグランドールが行動不能になる事。つまり、動けなくなるほど損傷させられた場合。

 もう一つは操縦士の意識が途絶えた場合。つまり、中の人間が気絶して操縦できなくなるほどの衝撃を与えられた場合。


 これ以外の決着はなく、例えセコンドや操縦士が負けを認めてギブアップしたところで意味は無い。

 単純に言えば、グランドールフェストとは如何にして相手のグランドールを壊すか中身を気絶させるかが勝負の決め手となるのだ。


 だがヴァリアンテには、エルトロンにこの二つを行えるほどの攻撃力は無い。

 それは例え巧真がヴァリアンテの設定を攻撃力特化型に変えたとしてもだ。限界まで上げてもエルトロンの装甲は砕けないし、中に通るほどの衝撃は与えられない。完全にキャラ勝ちされているのだ。


「勝つ方法があるとすれば、俺と戦った時みたいにぶん投げるか。或いは――」

「たぶん無理だろうね。ヴァリアンテの最大出力でもエルトロンは投げられないと思う」

「だろうな。俺の知る限り、今までエルトロンを投げた奴はいない」

「それはヒルダさんも?」

「ああ」

「じゃあ不可能だ」


 巧真とアイザックの淡々としたやり取りをリサは呆然と見ていたが、やがてはっと気がつくと慌てて口を挟む。


「でもホラ、リムギガスはヴァリアンテの設定を変えなくても投げられたじゃない」

「確かに、あの時は通常時のヴァリアンテでもリムギガスを投げる事ができた。けどあれはリムギガスが泥の装甲をほとんど失っていて軽量化されていて、その上で格闘技の技術があってこそできた事なんだよ」

「じゃあ――」


 首を横に振る巧真の姿に、リサの言葉が止まる。


「いくら技術があっても、物理的な限界はあるから」


 柔よく剛を制すという言葉があるが、ものには限度というものがある。身長差や体重差があまりにも激しい場合、いくら技術があっても投げる事はできない。現実はゲームのようには出来ていないのだ。


「そんなあ……。それじゃあ明後日の試合は……」


 リサの声が小さくなる。負ける、という言葉を口に出してしまうのを恐れたのだろう。言葉にしてしまうと、それが現実になるかもしれないから。

 いや、今の段階でほとんど現実になっていると言ってもいいだろう。このまま何も打開策が出ず時間が過ぎれば、

 ヴァリアンテはエルトロンに負ける。


「本当に作戦も何も無いの?」


 リサの弱々しい声が食堂に染みる。

 沈黙を破る者は誰もいなかった。

 巧真には、僅かだが策はあった。けどそれはあまりにも運任せで、しかもかなり都合よく事が運ばなければ成功しない、策と呼ぶのはおこがましいほどお粗末なものだった。


 それに今それを言ってしまうと、下手にみんなに希望を与えてしまいそうで言えなかった。もし自分の当てが外れたら、期待した反動でさらに落ち込むだろう。それならまだ、この痛いほど重苦しい沈黙に耐えているほうがいくらかマシだった。


     †     †


 翌日。

 運営から通知が来た。

 二回戦の闘技場が決まったのだ。

 どの闘技場に当たるかで運命が変わる。巧真は祈る気持ちでギリガンの言葉を待った。


「第二試合の舞台は――」


 緊張の一瞬。巧真たちの視線がギリガンに集中する。


「遺跡ステージだ」

「うん……、……え?」


 言われてもすぐにイメージが湧かず、巧真は喜ぶべきかがっかりするべきか判断がつかずに迷う。


「えっと、遺跡ステージって?」

「文字通り古代遺跡の中で戦うんだ」

「え? 遺跡だよね? よく知らないけど学術的とか歴史的価値とか大丈夫なの?」


 遺跡や観光地が背景になっている格闘ゲームはあるが、本当に遺跡の中で戦って大丈夫なのだろうか、と巧真は不安になる。


「それなら問題ない。もうずいぶん昔に調査は終わってるし、学術的にも歴史的にも価値は無い。だからグランドールの闘技場として使っとるんだろうが」


「なるほど」と納得する巧真。


 ギリガンが言うには、遺跡は建造物に整合性がなく、どの時代のどの文明のものか判然としないせいで学者たちが物議を醸したらしい。しかも残存する壁画のほとんどが動物を擬人化したようなもので、カント王国の起源がエッゾ帝国にあるとかその逆だとか人間の進化論を根底から覆すとか無駄な論争を呼んだため、その界隈ではもう触れないほうがいい黒歴史と判断されたそうな。


「まあ今さら過去の歴史とか言わても、わしらにゃ腹の足しにもならんからなあ。それならまだグランドールか魔導石が発掘されたほうがよっぽどマシだ」

「過去や歴史から学ぼうよ……」

「後ろを振り返って何になる。生きるために必要なのは、前を見る事だけだ」

「いい事言ってるように聞こえるけど、凄くいい加減な事言ってるだけだからねそれ」


 薄々感じていたが、どうもこの世界の住人は刹那的と言うか自分たちの歴史や足跡を顧みない傾向がある。魔導石やグランドールにしても、その実体を調べたり深く研究しようとせず、ただ使えればいいというところで止まっている。他所者の巧真が思うのはお門違いかもしれないが、このままではいつかしっぺ返しを食らいそうで心配になる。


「とにかく舞台は決まったんだ。後は明日、エルトロンと戦うだけだ」

「そうだね……、もうやるしかないんだよね」


 やるしかない。そうは言ったものの、巧真は何をどうすれば良いのかわからなかった。


     †     †


 食堂を出て廊下を歩き、階段を降りて工房へと向かう。

 この建物もすっかり歩き慣れたなと思いながら、巧真はヴァリアンテの前に立つ。

 見上げると、ヴァリアンテはあちこち封印シールだらけだった。昨日運営が来て貼っていったのだ。大会期間中のグランドールの整備や調整は決められた時間だけなので、これが剥がれると規約違反したと見なされ失格となる。


 足場にかけられた階段を上がり、ヴァリアンテの操縦席の前に行く。封印シールを剥がさないように気をつけながら、巧真はそっとヴァリアンテに手を置いた。

 ミスリルの肌触りは、金属の冷たさと手に吸い付くような質感の合わさった、まるで水銀を特殊な加工で固めたような、もしくは微粒子が集まったような、巧真が生まれて初めて触る感触だった。


 ヴァリアンテに触れながら、巧真は思う。もし自分にもっと力があれば、明日の試合を前にこんな不安はなかったのだろうか。

 エルトロンの装甲やパワーなどものともしない実力があれば。


 いや、そうじゃない。


 ただ単に、自分がヴァリアンテの性能を引き出せていないだけだ。

 ヴァリアンテの性能を百パーセント出せれば、どんなグランドールにも負けないはずだ。ヴァリアンテがそれだけの性能ポテンシャルを秘めているのは、実際に乗り、そして魔導石の中身を見た巧真が一番知っている。


 ヴァリアンテの魔導石の深部には、まるで封印でもされているかのような箇所がある。とは言え、鍵がかかっているわけでもなく、ただ何かの機能が制限されているのだ。

 巧真が思うに、あれはきっとヴァリアンテのブラックボックスだ。誰がどういう意図でヴァリアンテの機能を封じたのかは知らないが、あれさえ解放できればきっとヴァリアンテはその本来の性能を発揮できるはずだ。


 巧真はこれまで何度もこのブラックボックスの解放を試みてきたが、一度も成功しなかった。どれだけアプローチしても、うんともすんとも言わないのだ。

 ただ解放できなくてもまったく支障が無いのでこれまで特にこだわって来なかったが、ここに来てこのブラックボックスの中身が勝敗を分けるかもしれない窮地が来ている。


 明日の試合、もしかしたらこれが勝負を分けるかもしれない。

 何となくそんな事を思いながら、巧真はヴァリアンテに語りかけるように、ずっと触れ続けた。


     †     †


 翌早朝。

 運営の立会の下で封印を解かれたヴァリアンテを、巧真はトラックに積む。

 遺跡ステージは山岳ステージよりも遠く、長い時間車に揺られた。

 朝が早かったため助手席でうとうとしていると、潮の香りがしてきた。寝ぼけ眼で窓の外を見ると、トラックは巨大な橋を渡っている途中だった。

 ところどころ崩れ落ちた欄干から海が見える。潮風を顔に受けながら、巧真は言った。


「大きい橋だね」

「遺跡へと続く大橋さ。こいつも同じくらい古くて、いつ崩れるかわかったもんじゃねえがな」


 まああと百年ぐらいは大丈夫だろう、とギリガンは根拠の無い事を言いながらがははと笑う。

 橋は片側二車線の道路で、海を渡った先に巨大な建造物の影が見えた。恐らくあれが遺跡ステージであろう。


 朝もやでぼんやりとしか見えないが、シルエットは西洋の城が少し崩れたように見える。城の周囲には同じく塔のようなものが幾つもあり、遺跡というイメージからは大きく外れていないと思えた。

 あそこで戦うのか、と巧真は頭の中で今日のエルトロンとの戦いをシミュレートする。だがこれまで何度もやったように、結果は同じだった。


 攻め方や弱点は見えた。だがヴァリアンテでは致命的に決定力に欠けるのだ。どれだけ攻めても決定的なダメージは与えられないし、どれだけ有利だろうと向こうの攻撃が当たれば一撃で覆される。

 万策尽きるとはこの事だった。


 巧真も、ここまで酷いキャラ性能差がある対戦は初めてだった。しかしそれらは全てゲームだからで、ゲームは製作者がきちんとバランスを考えてあるからだ。そうでないとクソゲーになってユーザーが離れるからだとは言え、改めてゲーム製作者って凄いと思う。ちゃんとどのキャラでも勝てるようにできてる。

 だが現実はいくらクソゲーだと思ってもどうしようもなく、それを受け入れるしかない。


「着いたぞ」


 ギリガンの声で、巧真は思考から呼び戻された。いつの間にか橋を渡って遺跡に着いたらしい。

 トラックから降りて、ヴァリアンテに乗り込む。十メートル上がった視点で改めて遺跡ステージを見た巧真は、言葉を失った。


 朝もやが晴れてはっきりとその姿を現したのは、古代遺跡というイメージにある木と石でできた廃墟ではなく、鉄とコンクリートで作られた近代的な建築物の集合体であった。

 塔だと思っていた建物は鉄筋製のジェットコースターの柱で、レールが途中で千切れていたり高熱で溶けたりしてほとんど欠けていたからそう見えなかっただけだった。

 城だと思ったのはまさしく西洋風の城で、位置的に恐らくこの施設のシンボル的建造物だと思われる。


 他の建造物も、どれもこれも巧真がどこかで見た事あるような建物ばかりだ。違いがあるとすれば、どれもまともな形で残っているものはなく、何か巨大な物がぶつかったみたいに破壊されていたり、経年劣化とは思えない壊れ方をしている。


 だが間違えようがない。


 ここは遊園地だ。


 しかも地方の小さなものではなく、巧真でなくとも、本邦に住む者なら誰でも知っているほど有名なやつだ。

 巧真は胸に下げた魔導石を手に取ろうとするが、うまく掴めずに何度か手を滑らせる。


「……ギリガン」

『どうした?』

「ここが本当に古代遺跡なの?」

『ああ。もう何百年も前のものらしいが、それがどうした?』


 ギリガンの言葉に、巧真の頭がこんがらがる。確かにこの世界がよくある異世界っぽくない気はずっとしていた。だがそれは偶然とかご都合主義とか、とにかくそう深く考えるほどの事でもないと努めて無視してきた。


 けれどこの光景は、

 これではまるで、


『おい、何やってる。時間が無いぞ』

「――え?」

『早く所定の位置につけ。試合開始の時間になるぞ。急げ』

「あ、うん……」


 頭の隅に何か引っかかるものを残しながらも、巧真はヴァリアンテを動かした。

 この世界の事は気になるが、今は試合に集中しよう。負けたら世界の正体がどうとか言っていられなくなるので、とにかく勝たなければならない。

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