圧倒 オステオン対エルトロン戦に戦慄せよ 2/2
翌日。
先日試合を終えた巧真は、今日は休養日である。この日は操縦士の休養はもちろん、グランドールの修理や整備が許される。だが公平を期すため、明日には運営が問答無用でヴァリアンテを封印しに来る。そうしないと、今日の試合の勝者が不利になるからだ。つまりグランドールフェスト中のグランドールの修理や整備は、一日でどうにかしなければならないというわけだ。
幸いヴァリアンテは装甲がミスリルという特殊な素材であるため、魔力さえぶち込んでやれば修復はミスリル自らが行ってくれる。よほど大きな欠損や破損がない限りは、一日もあれば充分先日の試合のダメージは消える。
そして調整は巧真が自分で最適化できるため、作業はもうほとんど終わっていると言っても過言ではない。
巧真自身も試合の疲れはほとんど残っていなかった。やはり若いだけあって、一晩ぐっすり寝ればすっかり元気である。最も懸念していた尻の痛みも、リサがくれたクッションのお陰でほとんど痛みはない。これなら次も問題なくヴァリアンテに乗れそうだ。
なので巧真たちは作業に追われる事なく、食堂で揃って第二試合を観戦していた。
テーブルの真中に置かれた魔導石板に、試合会場が映る。
『さあ本日の試合、骸骨魔獣オステオン対青銅入道エルトロン。舞台は森林ステージです』
アナウンサーの声とともに、空撮でもしているかのような俯瞰で針葉樹林が画面に映る。地面は勾配が少なくほぼ平地のようだが、木々の間隔が狭くグランドールの戦場としては少し不向きに思える。特にエルトロンのような、他のグランドールに比べて身体の大きなものには不利な地形だろう。
「オステオン有利ですね」
巧真の台詞に、ギリガンが「だな」と短く応える。
『さあ、両者が位置につきました。間もなく第二試合開始の時間です』
それから間もなく、試合開始の合図が鳴った。
グランドールフェスト第二試合、開始。
† †
まず画面に映ったのは、森の中を軽快に駆けるオステオンの姿だった。まったく走る速度を落とさず、木々の間をグランドールの巨体が駆け抜けていく。その姿はまさに野生の大型獣のようだった。
『さすがオステオン。木の生い茂る森の中でも全く意に介さない。これは地の利を得たか!?』
まるでプロレスの実況中継のような軽妙なアナウンスに、巧真はふと疑問が湧く。
「そういえば、グランドールフェストの試合中継には実況がつくんですね」
アイザックとした賭け試合の時は賭けの胴元が試合開始と終了のアナウンスをしていただけのようだが、グランドールフェストくらい大きな公式試合となると実況のアナウンサーがいるようだ。
「お前の時もついていたぞ」
「マジすか」
「リムギガスに二回も足を溶かされて、大盛況だったな」
「うわあ……」
恥ずかしいところばかり実況されていたようで、巧真は顔から火が出そうになる。
「だが、それを修復させたのはまずかったかもしれんな」
「え……?」
「ヴァリアンテがミスリルゴーレムで、ミスリルが特殊な金属だってのは周知の事実だ。だが試合中に自己修復できるなんて離れ業、わしは今まで見た事がない」
そこでようやく巧真はギリガンが何を言わんとしているのか理解した。
巧真は知らず、ヴァリアンテの特殊能力を開陳してしまっていたのだ。ヴァリアンテが試合中にも関わらず自己修復できる事が知れ渡ってしまえば、これからはそれを組み込んだ作戦や対策が立てられてしまう。部位破壊が無意味と考えるか、それとも魔力消費を狙って執拗に部位破壊を狙われるか。どちらにせよ、こちらの手札にあった秘密のカードが一枚消えたというわけだ。
「そうか……失敗したな」
今さらになって後悔しても遅いが、もっと慎重に動くべきだった。慚愧の念に堪えない巧真に、ギリガンが言葉を継ぐ。
「しかし、あそこであのまま両足がもげたままじゃ、何もできずに負けていただろう。手札を隠すのも大事だが、それで負けちゃ意味が無いからな。
それに誰だって後からならどうとでも言える。あれが正解かどうか、決められるのはお前だけだ」
「そうよね。実際に戦って勝ったのはタクマで、貴方たちは外で見てただけですものね」
冷やかすようなヴィルヘルミナの声に、ギリガンと今日も平然とそこにいたアイザックが苦笑する。
「ま、手札が割れたのは向こうも同じだ。お前が泥の秘密を暴いたお陰で、これからはリムギガス対策が練られるだろう。もう新型の優位性はほとんど失くなったと言ってもいいかもしれん。損害で言うと、向こうのほうが大きかもしれんな」
そう言うとギリガンは、巧真に向けてにやりと笑う。アイザックは菓子入れが見当たらず、テーブルの上に浮かせた手を持て余していた。
画面が切り替わり、今度はエルトロンが遠景で映る。
相変わらずでかい。木々の先端から少し頭がはみ出ているため、遠くからでもどこにいるのか一目でわかる。操縦士も諦めているのか小細工はしない質なのか、木を避けようともせず真っ直ぐ進み、進行方向にある全てのものを薙ぎ払って歩く姿は圧巻である。木の倒れる音と、そこから逃げるように飛び立つ鳥の鳴き声で、馬鹿でもそこにエルトロンがいるのがわかる。
オステオンにしてみれば、探す手間が省けて楽だろう。恐らく既に近くにいて、様子を窺っているのかもしれない。両者の遭遇は時間の問題だった。
「そろそろ仕掛けるぞ」
ギリガンの呟きを裏付けするように、画面内のアナウンサーが吠えた。
『さあ、オステオンがエルトロンを射程圏内に捉えた。一体どう動く!?』
画面が再び俯瞰に変わると、両者の位置が一目瞭然になった。オステオンは大方の予想通り、エルトロンの背後から駆け寄って今にも襲いかかろうとしている。
「まあ、そう来るわな」
アイザックの気の抜けた言葉を合図に、オステオンが仕掛けた。まだ存在に気づいていないエルトロンの背中に、容赦なく爪を立てる。
『決まったあ! オステオン、見事にエルトロンの背後をついた!』
予選で数々のグランドールを屠ったオステオンの爪の威力を見ているだけに、これで勝負が決まったと巧真たちは思った。
だが実際は、オステオンの爪はエルトロンの背中に僅かに線を引いただけであった。
「硬っ!」
「なんて装甲の厚さだ」
巧真とアイザックが同時に唸る。並みのグランドールなら一撃で破壊していた爪が、エルトロンにはまったく歯が立たない。だがそれに驚いて動きが止まるようなオステオンではなかった。一度距離を取り、再びエルトロンの死角に回り込もうと猛烈な勢いで木々の間を駆ける。
この切り替えの早さに、巧真はオステオンの操縦士が相当の手練だと思った。格闘ゲームの世界でも、一つの戦法や攻撃方法にこだわっている人間は上位に行けない。常に複数の攻撃プランを用意し、冷静に対処できる者だけが上位ランカーになれるのだ。
爪の攻撃を早々と捨てたオステオンだが、脅威となるのは爪だけではない。勿論牙による噛みつきが最も強力なのだが、それよりも警戒すべきはその機動力である。普通なら木々に阻まれ速度が落ちる森林ステージの中を、オステオンは木の幹を蹴って飛び跳ねる事によって予測不可能な速度と軌道で移動している。ただでさえ巨体で動きが遅いエルトロンは、オステオンの速度にまったく追いつけない。
スピードが乗ったオステオンの動きは、中継の魔導石でも捉えられず影しか映らなかった。仕方なく映像が引いて俯瞰になって、ようやく何が起こっているか判断できるようになった。
オステオンは、もの凄い速度でエルトロンの周りを移動していた。しかもその動きは平面ではなく、上下を含めた立体的なものだった。
対してエルトロンは動きを追うのを諦めたのか、周囲を飛び交うオステオンには目もくれず仁王立ちしている。
オステオンは始めはエルトロンの周りを大きく回っていたが、徐々にその輪が小さくなっていき、やがて手を伸ばせば触れられるほど輪が小さくなった。
いつ攻撃を仕掛けてもおかしくない状況がしばらく続き、見ているこちらまで緊張で息をするのも忘れた。
食堂の誰かが、ごくりと唾を呑み込んだ。
その瞬間、オステオンが動いた。
エルトロンの背後から、首をめがけて噛みつこうとした。
「あ、馬鹿」
呟いたのはアイザックだった。
巧真も同じ事を思った。
オステオンは二つのミスを犯した。
一つはエルトロンの装甲の厚さを見誤った事。
もう一つは、二度続けて同じ攻めをしてしまった事。
隻眼のアイザックが右目の死角に回り込まれる事が多かったように、エルトロンも自身の動きの遅さ故に背後から襲われる事が多かったのだろう。
多いという事は、それだけ慣れる。
そして慣れれば読むのも容易くなる。
オステオンの牙は、エルトロンの太い腕によって防がれていた。だがさすがに爪とは違い、牙は半ばまで刺さってエルトロンの腕にがっしり食い込んでいる。
だがそれだけである。
エルトロンは左腕にオステオンを噛みつかせたまま、ゆっくりとその腕を背後から胸の前に持ってくる。一方オステオンは牙がエルトロンの腕に深く食い込んで身動きが取れなくなっている。
エルトロンは右手で自分の左腕に噛みついているオステオンの口を掴むと、強引に口を開かせた。
動物の噛む力というのは、人間が思う以上に強力である。特に肉食獣の咬合力は、その体重からは想像もできないほど強いものが多い。なので肉食獣を象ったオステオンの顎の力も相当たるものだろう。だがエルトロンの膂力はそれを上回った。
必死に食らいつこうとするオステオンの口を、エルトロンは力づくで開いていく。やがてもうこれ以上は開かないだろうというところまで来るが、当然そこで終わるはずはなかった。
めきめきという厭な音を立てて、オステオンの顎が引きちぎられていく。凄惨な光景に、リサが目を逸らす。巧真も画面越しでなく肉眼だったら、果たして正視できたかどうか。
グランドールフェストに、レフェリーはいない。操縦士が気絶するかグランドールが行動不能になるかでしか、試合は終了しない。なので当然、ギブアップも無いのだ。
ごきゃん、と大きな音がした。画面の中では顎が外され、百八十度を超える角度まで口を広げられたオステオンを、エルトロンは片手で軽々と頭上へと持ち上げている。
「まさか……」
厭な予感がし、巧真の背中がぞくりと凍りつく。誰が見ても、もうこの時点で決着はついていた。これ以上は攻撃する必要はない。あと数秒もすれば、試合終了のアナウンスが入る。エルトロンの操縦士だって、無駄な損傷を与える事はしないだろうと思っていた。
しかし、それは甘い考えだった。
エルトロンは高々と掲げたオステオンを、力任せに地面に叩きつけた。
もの凄い音がして、オステオンは顔面から地面に埋まった。顎がおかしな形になっている。生物なら即死の一撃だった。
『――お、オステオン戦闘不能により、エルトロンの勝利!』
圧倒的なエルトロンの強さに、遅れたのはアナウンスだけではない。凄絶過ぎる光景に遅れて上がった歓声には、悲鳴も含まれていた。
エルトロン――プエル・プエラ兄妹、二回戦進出。
† †
画面内のアナウンサーが試合の終了を告げても、誰も動こうとはしなかった。画面には試合のハイライトシーンのリプレイと、二回戦の日時と思われるテロップが映っている。
ようやくギリガンが手を伸ばして魔導石板に触れると、画面は真っ暗になった。誰もオステオンの顎が引き裂かれるシーンをもう一度見たいとは思わなかったので、文句はなかった。
「はあ…………」
伸ばした腕を戻してテーブルの上で両手を組むと、ギリガンは重苦しい溜め息をついて言った。
「とんでもねえな」
その一言が全てであった。
舞台は明らかにオステオンに地の利があった。そして森の木々を物ともしない機動性と、地形を活かした俊敏さ。それらを駆使して巧妙にエルトロンの死角から攻めた。
だが通用しなかった。
桁外れの装甲の厚さと圧倒的なパワーによって、オステオンは赤子の手をひねるように倒されてしまった。
エルトロンの強さは想像以上で、その“とんでもねえ”のと、明後日戦うのかと思うと溜め息しか出ない。
「けど、やるしかない」
絞り出すような巧真の声に、ギリガンたちは溜め息を呑み込む。
そう。相手が何であれ、やるしかないのだ。
勝たなければ、そして優勝しなければ工房「銀の星」は潰れてしまうのだから。
「やると言ってもなあ、具体的にどう戦うんだ、あんなのと」
アイザックの問いに、巧真は答えられない。あれだけ極端な力の差を見せつけられると、どこから攻めたら良いものやら見当もつかない。当然当初の予定なんかクソの役にも立たない。
突然リサが「そうだ!」と声を上げると同時に手を叩いたので、皆驚いて彼女を見る。リサは一斉に視線が集まったので恥ずかしいのか、一度咳払いを入れる。
「前回のグランドールフェストではどうやって負けたの? 優勝してないんだから、どこかで負けたはずよね。誰か知らない?」
さも名案といった感じの声に、巧真は「おお」と表情を明るくする。だがそれ以外の前回のグランドールフェストを知る年長者たちの表情はますます渋くなった。
「お嬢ちゃんにしてはいいとこに目をつけたな。確かに前回の試合を参考にすれば、何か攻略法が見つかるかもしれない」
代表で口を開いたのはアイザックだった。だがその口ぶりに反して、彼の顔は笑っているどころかいつになく真顔だ。
「だが今回ばかりはそう上手く行かないと思うぜ」
「どうしてよ?」
「前回のグランドールフェストでエルトロンを倒したのは、ヒルダ=クラウフェルトだ」
前回優勝者の名前が、食堂内の空気を固まらせる。
「もうわかるだろ。話にならなかったんだよ、あのエルトロンが。あんなもん参考になるかってんだ」
アイザックの声が掠れている。当時の記憶は、軍隊上がりの男の口の中をからからに乾かすほどなのか。口調に驚かせようとか怖がらせよういった誇張はなく、いたって普通なのが彼の心境を充分過ぎるほど伝わらせた。
だが巧真の意識がヒルダ=クラウフェルトに飛ぶ前に、アイザックの声が話題をエルトロンに引き戻す。
「それよりもタクマ、わかってるのか?」
「……なにが?」
「このままじゃお前、エルトロンには勝てねえぞ」
「ちょっと、いきなりなんなんですか!」
いきなり突きつけられた挑発じみた言葉に、巧真よりも早くリサが反応する。椅子が倒れそうなほど勢いよく立ち上がる。
「どうしてアイザックさんにそんな事がわかるんですか!」
「お嬢ちゃんは黙っててくれ。戦うのはタクマだ。それにこいつだってわかってるはずだ」
外野はすっこんでろ、と言わんばかりの締め出しに、リサはなおも文句を言おうとするが、彼の言う通り実際に戦うのは巧真なので黙って座り直した。視線を巧真に向ける。
巧真の表情は、むしろわかってはいたけれど敢えて見ないようにしていた所を指摘されて痛いといった感じだった。
「そうなの?」
リサの問いに、巧真は少し沈黙した後ゆっくりと頷いた。
「正直、舐めてた。けど今日、オステオンがあんな負け方するのを見てはっきりわかったよ」
「じゃあ……」
「うん。ヴァリアンテじゃ……いや、今の俺じゃエルトロンには勝てない」