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グランドールフェスト  作者: 五月雨 拳人
第一章 グランドールフェスト
16/30

圧倒 オステオン対エルトロン戦に戦慄せよ 1/2

 二段上の段差で、岩の陰に隠れているリムギガスを見つけた。

 巧真が自分を見つけた事に気づいたのか、リムギガスの姿が岩の陰に消えた。逃げるつもりだ。


「逃すか!」


 ここで逃すと振り出しに戻る。巧真はヴァリアンテを脚力特化型に変えて跳躍し、一気に距離を詰めよう考えた。


 だが残った魔力の少なさに、それを断念する。機体の変形は大量に魔力を食う。今の魔力残量でそれをやると、リムギガスと戦う分が残らないかもしれない。いざという時にガス欠など目も当てられないので、ここは慎重に魔力温存の方向で。


 だからと言ってのんびり歩いて上に向かえば、その間にリムギガスはまた姿を消すだろう。

 ではどうすれば最もエネルギー消費が少なく、そして短時間でリムギガスに追いつく事ができるのか。

 その時、巧真の頭にアイザックの言葉が蘇る。

 ――元は何かの採掘現場だったらしく、あちこち穴だらけで崩れやすいから気をつけろよ――


 そうだ。ここはただの岩山ではない。かつて何かを採掘するためにあちこち掘ったり発破をかけたりしたため、自然の山よりもずっと脆く崩れやすくなっている。


「だったら――!」


 巧真はリムギガスのいる段差の真下の壁に、思い切り拳を打ち込む。ヴァリアンテの右拳は思ったより簡単に壁にめり込み、一拍の間を置いて壁面に大きなヒビが入った。ヴァリアンテの拳が、山の中を蟻の巣のように走る採掘用の穴の一つに偶然突き当たったのだ。


「手応えあり!」


 腕を引き抜くと同時に、ヴァリアンテはひび割れた壁に向かって前蹴りを放った。ずしんと重い音がして、壁のひびがさらに大きく広がる。


 ヴァリアンテは壁を蹴った反動を利用し、大きく後ろに飛び退く。空洞だらけで脆くなっていた地盤が、その一撃によって均衡が破れて一気に崩れ出した。


 きっかけを与えてやるだけで良かった。

 ヴァリアンテの攻撃によって穴の一つが崩壊すると、他の穴も連鎖的に崩れ始める。そうして小規模な地盤沈下を引き起こすと、ただでさえ脆かった崖が耐え切れずに土砂崩れを起こした。


「行っけえ!」


 安全圏に避難した巧真が吼える。その視線の先では、段々畑状だった壁面が崩れて滝のように流れていく。

 突如足元を崩されたリムギガスは、隠れていた岩と一緒に土砂に埋もれて下へと流された。土砂に飲み込まれ、リムギガスの姿が消える。


「やったか……」


 土砂が全て崩れきるのを待ち、巧真はリムギガスが埋もれた辺りに近づく。

 一度崩れたせいでさらに緩くなった足元に気をつけながら、ヴァリアンテは慎重に進む。アナウンスが無い事が、リムギガスと操縦士ドールマギスタが無事である事を表している。勝負はまだ続いている。ここで気を抜いてはいけない。自分にそう言い聞かせながら、巧真は神経を研ぎ澄ました。


 油断しなかった事が功を奏した。僅かに足元が膨らんだ感触に、ヴァリアンテは跳躍する。一瞬後、ヴァリアンテの右足があった空間をリムギガスの左手が掴んだ。


「あぶねえっ!」


 咄嗟に飛び上がったヴァリアンテの俊敏さも大したものだったが、リムギガスはその上を行っていた。もの凄い勢いで土砂の中から飛び出し、まだ空中にいるヴァリアンテに攻撃を仕掛けた。

 空中で身動きの取れないヴァリアンテに、リムギガスの飛び蹴りが決まる。バランスを崩し、背中から地面に落ちるヴァリアンテ。


「こいつ、速い!?」


 リムギガスの動きは、以前見たものとは比べ物にならないくらい速かった。まるで重い枷から解き放たれたように身軽になっている。


「そうか、泥だ」


 リムギガスの表面を覆っている泥は、罠を張るためにほとんど使ってしまっている。その分軽量化されたため、動きが見違えるほど俊敏になったのだ。

 だがメリットだけではない。あの泥はリムギガスの装甲を兼ねている。つまり、今のリムギガスは俊敏性を得た代わりに防御力をほとんど失っている状態だ。


「だったら当たりさえすれば勝てる!」


 丸裸になったリムギガスなら、通常状態のヴァリアンテでもクリーンヒットさえすれば勝てる。ここが勝機とばかりに巧真はリムギガスに躍りかかった。

 だがリムギガスは逃げるどころか、向かってくるヴァリアンテを迎え撃つかのように構えを取った。

 諦めたか。巧真がそう思った時、目の前からリムギガスの姿が消えた。


「なに――」


 気づいた時には右から衝撃が襲った。何が起こったのか一瞬わからなかったが、どうやらリムギガスが目にも留まらぬ速さでヴァリアンテの攻撃を左に躱し、横から攻撃を加えたようだった。

 しかし幸いにも威力はそれほどでもなかったので、ヴァリアンテはどうにか転倒を免れる。


「軽くなった分威力も減ったのか」


 とは言え、小さなダメージでも数多く受けると大きな損傷に繋がるので侮れない。特に魔力の残り少ない今は、次に手足が欠損しても回復できないので致命傷になりかねない。なので弱くても手数の多さは充分に脅威だ。


 向こうも同じ事を考えているのか、リムギガスは巧真を休ませる事なく攻め続けた。やはり一撃一撃は軽いが、瞬きする暇もない連打は肉体よりも精神的に疲労する。

 このままリムギガス優勢のまま、ヴァリアンテはじりじりとダメージを蓄積していくように思われたその時、


「甘い!」


 リムギガスの放った右拳を、ヴァリアンテが左の掌で受け止める。

 そのまま手首を掴み、後ろに大きく退くようにしてリムギガスを引き込む。釣られてリムギガスが前に出た瞬間、ヴァリアンテはすぐさま手を離して左肩を前に突き出したまま踏み込んだ。相手の前に引かれた勢いと自分が前に出た勢いが合わさり、倍加したダメージがリムギガスを襲う。


 超至近距離でのカウンター式ショルダータックル。中国拳法で言うところの心意把が決まり、リムギガスが後ろに吹っ飛ばされる。


「どうだ!」


 手応えはあった。だが相手が軽いから派手に吹っ飛んだだけで、ダメージとしては充分ではなかった。リムギガスはすぐさま起き上がり、再びこちらに向かって来る。

 素人の巧真とは違い、リムギガスの操縦士はかなり訓練を積んでいるのだろう。この程度の衝撃では失神どころか戦意を挫く事もできない。


 やはり大きな衝撃を連続で与え、中にいる操縦士を激しく揺さぶらないと駄目か。しかし大技を繰り出すとなると、それ相応の隙が必要になる。果たして今の素早さが増したリムギガスにそんなものがあるだろうか。


 そんなものはない。

 なければ作ればいい。


 軽量化されたリムギガスは確かに速い。恐らく向こうも自分の速さに自信を持っているだろう。

 しかし、いくら速いと言っても所詮は付け焼き刃だ。リムギガスの本領は、グランドールの装甲を溶かす泥を使った攻撃や罠であり、決して軽量化を活かした肉弾戦ではないはずだ。


 そんなものは、本当の速さではない。

 巧真は今まで、トップクラスのスピードを持つグランドール、スペレッサーから特訓を受けていたのだ。それに比べればリムギガスのスピードなど、


「ハエが止まってるぜ!」


 ヴァリアンテはリムギガスの右回し蹴りを左拳の鉄槌で打ち落とすと、そのまま踏み込みつつ腕を伸ばして崩拳を繰り出す。

 崩拳がリムギガスの腹に決まると同時に、ヴァリアンテはさらに一歩踏み込みながら、打ち込んだ左腕を曲げて肘を打ち込む。2コンボ。


 そしてそのままの勢いでぶつかるように左肩を当てる。ぶちかまし式ショルダータックル。3コンボ。

 怒涛の三連続攻撃に、リムギガスはたまらずよろめく。しかしまだKOには届かない。

 ならばこれでとどめだ、とばかりにヴァリアンテが攻める。


「打撃で駄目なら――」


 ふらついているリムギガスに素早く詰め寄ると、相手の右腕を両腕で掴みつつ反転。その際自分の腰を相手の腹に密着させ、脚の力で押し上げる。これらの動作を一連で行うと、テコの原理で驚くほど軽く相手の身体が浮く。

 特に泥を失って軽くなった今のリムギガスを投げる事など、造作も無い。


「これでどうだあっ!」


 ヴァリアンテに一本背負いをかけられたリムギガスは、綺麗に弧を描いて地面に叩きつけられた。轟音とともに地面でワンバウンドし、自分の身体の形をした窪みに沈んだ。

 あまりの手応えに、残心の如くヴァリアンテの動きが止まる。

 闘技場の観客全員が、いや、世界中でこの映像を見ている者の息を呑む音が聞こえた気がした。


 ヴァリアンテは動かない。


 リムギガスも動かない。


 時間さえも止まったかに思えた。


 だが永遠に続くかと思える長い沈黙も、


「リムギガスの大破と操縦士ヒドゥの失神を確認。試合続行不可能と判断されたため、勝者、シンドータクマ!」


 巧真の勝利を告げるアナウンスによって破られた。

 そして山が震えるほどの歓声が、胸元の魔導石から聞こえるギリガンとアイザックの叫びを打ち消した。

 ヴァリアンテ――進道巧真、二回戦進出。


     †     †


 工房「銀の星」に戻った巧真を、リサとヴィルヘルミナはささやかなお祝いで迎えてくれた。

 まだ一回戦を突破しただけではあるが、それでもこの快挙を祝いたいというリサの気持ちで開かれた祝勝会である。


 とは言え、気持ちはあるが、悲しいかな金が無い。ささやかとは言ったものの、場所は工房の食堂で、飾りも何も無い。料理は普段の食事とほとんど変わりなく、強いて言えばスープの具が少しばかり増えたような気がしないでもない。そんな程度のささやかさだった。


 リサは恥ずかしそうに「ごめんね、お粗末で」と言ったが、巧真は祝ってくれるという気持ちだけで本当に嬉しかった。


「とんでもない。めちゃくちゃ嬉しいよ」


 巧真の本心からの言葉に、リサの顔がぱっと輝いた。本当に眩しい、これまでの疲れが吹っ飛び全身に力がみなぎる。魔法の効果があるんじゃないかと思うような笑顔だった。

 思えば、格闘ゲームの大会で世界二位になった時は、誰にも祝ってもらえなかった。それどころか誰にも言えなかった。親はもちろんだが、友達などの言う相手がいなかったのだが。


 盾やトロフィーの隠し場所を考えながら自宅へ帰る道の途中にあったコンビニで、普段買わないちょっと高いアイスを自分へのご褒美に買って部屋でこっそり食べた。決勝で負けた悔しさと、それでも世界二位の嬉しさ、そしてそれを誰とも共有できない孤独の入り混じったあのアイスの甘じょっぱい味は今でも忘れられない。


 それに比べたらどうだろう。この祝勝会だけで、巧真はこの世界に来てからこれまでの疲れや苦労が全て報われたような気がした。

 もちろんこれで終わりではない。繰り返すが、たかだか一回勝っただけだ。目指すは優勝、そして借金の返済なので、道はまだとてつもなく長く険しい。


 だが今日この時ぐらいはいいだろう。

 今はただ、みんなでこの喜びを分かち合い、次への戦いに向けて英気を養おう。

 それぐらいしたって、許されるはずだ。


     †     †


 食事の途中で、巧真はふと思い出したように言った。


「そう言えばリサ、」

「なに?」


 何気なく問いかけに応えたリサに、巧真は努めてさり気なく言った。


「クッションありがとう。すごく助かったよ」

「ぶふっ!」


 想定外のセリフを言われたのか、リサがスープを気管に詰まらし激しくむせる。しばらく苦しそうに咳き込むと、


「お、お礼なら朝言ったじゃない」

「うん。でももう一度改めて言いたかったんだ。あれのお陰で激しい動きをしても全然平気になったから、その分操縦に集中できたんだ。言ってみれば、今日勝てたのはリサがくれたクッションのお陰と言ってもいいくらいだよ」

「そんな、大げさな……」

「いやいや、全然大げさなんかじゃないよ」

「そう? でも、その話はここではちょっと……」


 お礼などいくら言っても言い足りない巧真であったが、リサは遠慮しているのか謙遜しているのか、とにかく話題を変えたがっているようだ。


「なんだクッションって? まさかタクマ、お前ヴァリアンテの操縦席にクッションなんか敷いてるのか?」


 二人の会話にギリガンが、聞き捨てならぬといった感じに割って入ってきた。


「あー、ギリガンあのね、その話はね――」何故か焦るリサ。

「うん、今朝リサが――」

「あー! あー!」


 突然リサが巧真の話を遮るかのように大声を上げた。


「ど、どうしたんだい、リサ?」

「え? あ、うん、何でもないの。それよりタクマくんこの話はもう――」

「操縦席にクッションを敷くなんざ軟弱もののする事だ」

「そうかな?」と巧真。

操縦士ドールマギスタってのは男の中の男がなるもんだ。それをケツの痛みに音を上げてクッションなんざ敷くような女々しい奴に務まるもんか」

「あら、操縦士が男だけって誰が決めたのかしら? それとも女性の操縦士がいるのを忘れたのなら、まだ若いのに物忘れが激しいんじゃない?」


 それまで静かだったヴィルヘルミナにいきなり横から口撃を受け、ギリガンが「ぐ、」と唸る。


「大体、ギリガンは考え方が古いのよ。今は根性だとか気合で何とかなる時代じゃないの。お尻が痛いなら椅子にクッションを敷いたっていいじゃない。それで何が変わるのよ。むしろお尻の痛みが気になって負けるほうがよっぽど軟弱だわ」


 そしてすかさずリサが「そーよそーよ」切り込む。女性二人にステレオで責め立てられ、さすがにギリガンもたじたじだ。


 あたふたするギリガンの姿など初めてだ。これは良いものが見れた、と巧真は少しにやりとしながら三人を眺めていた。

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