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グランドールフェスト  作者: 五月雨 拳人
第一章 グランドールフェスト
15/30

初戦 泥の謎を解明せよ 2/2

 巧真が運営に指示された開始位置は、山の中腹だった。

 山と言っても土や草は無く、一面石や岩だらけで殺伐としている。靴を履いた自分の足で歩くのとは違い、グランドールの巨大な偏平足はグリップなんて期待できないし、何トンもある重量はただでさえ不安定な足元を容易に崩して倒れそうになる。前もって山岳ステージのための訓練をしていたから良かったものの、何の準備もしていなかったら今頃足を滑らせて崖か谷に落ちていただろう。


 山の斜面を慎重に歩きながら周囲を観察すると、山岳ステージは以前アイザックが言った「昔は何かの採掘場だったらしい」という言葉通りの場所だった。まるで巨人が砂遊びでもしたかのような複雑な地形には、人の手が入った名残が存分に残っている。


 段々畑みたいになった壁面に、あちこちに開いた発破によるものと思われる穴。そしてここに来るまでのやたら広い舗装路は、きっと巨大重機や大型トラックが往来するためのものなのだろう。

 だが今はこうして作業もなくグランドールの戦場となっているという事は、目当ての物を採り尽くしたか、採掘する必要がなくなったかでもしたのだろうか。


 ともあれ、重機や火薬で荒らされた地盤は驚くほど崩れやすく、気をつけて歩かないと敵と遭遇する前に滑って転んで自滅してしまいそうだ。

 足元に神経をすり減らしながら進んでいると、ギリガンから通信が入った。


『どうだ調子は?』

「思った以上に足場が悪い。けど練習したおかげで何とか歩けてるよ」

『そうだろうそうだろう。俺様に感謝しろよ』


 ギリガンの近くにいたのか、得意げなアイザックが割り込んできた。それから魔導石を奪い合うような気配。どうやらギリガンが奪い返したようだ。


『奴の姿は見えたか?』

「まだ全然見えない」

『油断するなよ。泥田坊マッドゴーレムはここだとほとんど保護色みたいなもんだからな』

「自然の迷彩か……。そりゃ厄介だな」


 以前アイザックと廃墟で戦った時もそうだが、向い合って合図と同時に始まる対戦形式と違い、今回のような互いに索敵しながらの対戦は、先に相手を見つけたほうが圧倒的に有利になる。そう考えるとヴァリアンテの銀色のボディはどこであろうと目立つので不利な事この上ない。


「今さら言うのもなんだけど、ヴァリアンテの色って塗り替えたら駄目なのかなあ」

『こればっかりはなあ。できるもんならとっくの昔にそうしとるわい』


 木製のスペレッサーならともかく、ヴァリアンテの装甲はミスリルという特殊な金属なので、どんな下処理をしても塗料が乗らないそうだ。


「素材から駄目かあ……」


 根本的な理由でヴァリアンテの色替え案が却下されたところで、巧真は幸運にもリムギガスを見つける事ができた。


「あれは、」


 素早く姿勢を低くし、岩の陰に身を隠す。


『どうした?』

「見つけた。リムギガスだ」

『本当か!? でかした!』


 岩の陰から慎重に覗いてみれば、巧真がいる場所よりかなり下の段差をリムギガスが歩いていた。

 リムギガスも崩れやすい足場に苦労しているのか、ずっと下を向いて足元を気にしている。そのためまだこちらに気がついていないようだ。今なら相手より高い位置にいるし、奇襲をかける絶好の機会かもしれない。


 だがちょっと待て、と巧真の中で警鐘が鳴る。逸る気持ちを抑え一度大きく深呼吸すると、彼は持ち前の観察力を発揮した。


「ん……?」

『どうしたタクマ? 仕掛けんのか?』

「いや、ちょっと気になる事が」

『何だ?』

「グランドールって痩せたっけ?」

『はあ?』


 ギリガンが素っ頓狂な声を上げるのも無理はない。巧真だって自分が馬鹿な事を言っているのは自覚している。だが自分の記憶にあるリムギガスの体型と、今足元にいるリムギガスの体型はどう考えても一致しない。例えるならダイエット広告のビフォーアフターだ。


『馬鹿な事言っとらんでさっさと仕掛けろ! せっかくのチャンスをふいにしたいのか!』


 本来の巧真は、ギリガンに急かされるまでもなくチャンスを逃さない男だ。なので一瞬躊躇したものの、多少の違和感は気のせいだと自分を納得させ、タイミングを見計らって岩の陰から飛び出した。


「いっけー!」


 アイザックのお株を奪うような上空からの飛び蹴りがリムギガスに決まる。


「よっしゃあ、ファーストアタック!」


 抜群の手応えに、思わず快哉を叫ぶ。そして豪快に吹っ飛んだリムギガスに追撃をかけるべく、巧真はヴァリアンテを走らせた。

 だが、


「なにっ!?」


 いきなり右足を何かに引っ掛けたかのような感触とともに、ヴァリアンテは前に倒れ込んだ。

 咄嗟に両手を着くが、倒れる勢いを殺せずにヴァリアンテが地面を削って溝を作る。


「なんだぁ!?」


 慌ててヴァリアンテの首を巡らせ、転倒した原因を確認しようとした巧真の視覚に飛び込んできたのは、グランドールのものと思われる手がヴァリアンテの右足首を掴んでいる映像だった。


『どうしたタクマ!?』

「誰かがヴァリアンテの足を掴んでる!」

『何だと!?』

「まさか他のグランドールがいるのか?」

『そんな馬鹿な』


 全世界に向けて中継されているこのグランドールフェストで、ルール違反をしてそれが露見しないはずがない。それにそんな事をすれば、見つかった時点で試合が止まって反則負けが宣告されるはずだ。

 だが試合は止まっていない。


『どういう事だ……』

「わからない。まだ試合が続いてるって事は、とにかく戦わなきゃいけないって事だ」


 言いながら、巧真はヴァリアンテを立ち上がらせる。右足を掴まれたままどうにか立ち上がると、リムギガスの姿はどこにもなかった。


「いない……」


 反撃のチャンスだったはずなのにどうして。リムギガスの不可解な行動に巧真は戸惑う。だがその思考を、奇妙な感覚が邪魔した。

 掴まれた右足を引き抜こうと力を入れた途端、ヴァリアンテの右足が足首からもげたのだ。


「なにぃ!?」


 突然右足を失い、再びバランスを崩すヴァリアンテ。わけもわからず二度目の転倒に巧真はますます混乱する。


『大丈夫か!?』

「右足をやられた! けど、どうやってやられたのかわからない!」

『なにぃ!?』


 もげた右足を見ると、ヴァリアンテのミスリル製の装甲が酸でもかけられたかのように溶けていた。

 その独特の破損状態に、巧真は唐突に思い当たった。


「これか!」

『どれだ!?』

「予選でリムギガスが使ったのは、これだったんだ」


 予選でリムギガスに倒されたグランドールは、全て関節を破壊されていた。その時の何かで溶かしたような破損状態が、今のヴァリアンテの足首の状態と酷似している。つまり、リムギガスはこうやって他のグランドールの関節を破壊したのだ。


 方法はわかった。しかしヴァリアンテの足を溶かしたこれは何だ。石や鉄ならともかく、ミスリルまで溶かすこの謎の物体は何だ。そしてどうしてリムギガスがこれを使える。


 考えろ。持っている情報を繋ぎ合わせ、この不可解な現象を解き明かすんだ。

 民間のグランドールは武器の使用を禁止されているし、元よりグランドールフェストでは軍属であろうと徒手空拳で戦うのがルールだ。つまりこれは武器の類ではない。何より運営が試合を止めないという事が、これがルールに反しないものであるという証左だ。


 という事は、これがリムギガスの正当な攻撃方法、或いは最初から持っている固有の能力なのか。

 ヴァリアンテは素材がミスリルという特殊な金属であるため、魔導石内に貯蔵された魔力の許す限り変形や自己修復が可能である。これと同様に、素材による特殊能力がリムギガスにもあるのだとしたら――。

 泥田坊マッドゴーレムリムギガス。その名の通り全身が泥でできていて、


 そしてその泥がただの泥ではなく、

 例えばグランドールの装甲を溶かすような特殊なものだとしたら。


「そういう事か」

『どういう事だよ!?』

「リムギガスの泥は、グランドールの装甲を溶かす特殊な泥なんだよ」

『何だって!?』


 巧真の考えが当たっているのなら、全てに説明がつく。

 予選で倒されたグランドールが全て奇妙な形で関節を破壊されていた事。

 そして、さっき見たリムギガスの身体が妙に痩せて見えていた事。


「って事は――」


 巧真は周囲に視線を巡らせる。

 さっきのリムギガスは、崩れやすい足場に注意を払っていたのではない。

 この周辺一帯に自分の泥を仕掛け、罠を張っていたのだ。恐らく足の先から泥を地中に移動させるようにして。

 まるで地雷を撒くように。


「まんまと敵の罠にはまっちまったって事か」


 無防備に見えたのは、こちらを誘うためだったのか。それに気づかず意気揚々と飛び蹴りをかまして自分から罠のど真ん中に飛び込んだマヌケぶりに、巧真は頭を殴りたくなる。

 だが反省は後だ。今はこの地雷原のまっただ中からどうやって抜け出すかを考えるのが先決だ。


 それには兎にも角にも機動力が必要なので、破損した右足の修復を始める。ミスリルに魔力を流して自己修復を促すが、これが思った以上に魔力を食う。ヴァリアンテの魔導石は規格外の魔力量を持っているが、それでも修復は何度も使えるものではないだろう。


「よし」


 溶け落ちた右足が繋がった。動作確認を済ませ、巧真はヴァリアンテを立たせた。十メートルに上がった視点で周囲を見まわし、リムギガスが仕掛けた罠の在処を探す。

 だがどこを見ても掘り返したような不自然な所はなく、目視でリムギガスの泥が埋まっている場所を見分けるのは無理に思えた。


「参ったな。これじゃここから動けないぞ」


 誤って地雷原に踏み込んでしまった時、一番にしなければならないのはその場から動かない事だ。

 しかしいくら試合時間無制限のグランドールフェストとはいえ、このままじっとしているだけでは事態は何も進展しない。なので何かしら行動を起こしてこの状況を打開しなければならない。


「だったら、」

『何する気だ?』

「ヴァリアンテの設定を機動力重視型に変えて、ここから離脱する」


 今のヴァリアンテのジャンプ力ではこの地雷原から脱出できないが、魔導石内の数値を変えて脚力に集中させてやればできるかもしれない。

 ただそれをやると結構魔力を消費するので、右足修復の分と合わせると手痛い浪費だ。


 だがこのままここでじっとしているわけにもいかない。巧真がこうして足止めを喰らっている間に、姿の見えないリムギガスがどこで新たな罠を張っているかわからないのだ。一刻も早く見つけて接近戦に持ち込まなければ。

 この勝負、負ける。


『わかった。だが気をつけろよ。相手も罠を仕掛けてそのままって事はないだろうからな』

「うん、気をつけるよ」


 通信を終えると、すぐに巧真は神経を魔導石内に集中する。ヴァリアンテを動かす時より深く中に潜るようにイメージし、ずらりと並ぶ行動術式よりも奥に進んで行った。

 そして以前にも見たヴァリアンテの基本性能を表す数値が並んでいる領域まで来た時、突如激痛に襲われた。


「うわっ!」


 両足が焼けるような痛みに、巧真は思わず叫ぶ。ヴァリアンテと深く繋がっていたため、まるで自分が直接痛みを受けたように感じたのだ。


 痛みで集中が途切れ、巧真の意識は魔導石内の浅い領域まで引き戻される。彼が状況を把握した時には、ヴァリアンテは再びバランスを崩して倒れている最中だった。


「なに!?」


 巧真は自分の目を疑う。

 二本の泥の手が、ヴァリアンテの両足を掴んでいた。

 どうして。まだ一歩も動いていないのに。しかも両足同時に地雷を踏むなんてあり得ない。

 もの凄い速さで頭の中を埋め尽くす疑問を、ヴァリアンテの両足がみるみる溶かされていく衝撃的な映像がかき消す。


 まずい、このままだと――

 思っている間に両足が溶断された。

 両足を同時に失い、切り倒された木みたいにヴァリアンテが倒れる。視点が十メートルから一気にゼロになり、地面と平行になった視点で巧真が見たのは、


「げっ!?」


 地中から次々と出てくる無数の泥のマドハンドだった。器用に指を使って蜘蛛のように歩き、ヴァリアンテに近づいてくる。


「こいつ、自律型なのか?」


 リムギガスの仕掛けた罠を、勝手に地雷と決めつけて不動だと思い込んでいた。だが実際は移動可能で、しかも自動追尾型だ。

 これだけの数の泥の手に掴まったら、ヴァリアンテの手足が全て溶かされてしまう。そうなったら行動不能と見なされ敗北決定だ。


 逃げなければ。だが立とうにも両足が足首から先が無い。修復させている時間もなさそうだ。

 絶体絶命――誰もがそう思うだろう状況で、巧真は両手を魔導石に置き、意識を集中させた。

 ヴァリアンテを動かす、のではない。

 再び魔導石内に深く潜り、ヴァリアンテの基本性能を変化させた。

 巧真が数値を変動させると同時に、ミスリルが反応しヴァリアンテの体型を数値に合った状態に変化させる。


 もげて用を成さない両足は枯れ枝のように細くなり、対して両腕は倍以上に太くなり、まるでゴリラか出来の悪いアメリカンコミックの筋肉馬鹿キャラクターみたいになる。


「うおおおおおおおっ!」


 巧真の気合とともに、腕力特化型に変形を完了したヴァリアンテは、腕だけの力で身体を持ち上げて倒立状態になる。

 そして顔面が地面につくギリギリまで腕を曲げて力を溜めると、


「いっけえええっ!」


 思い切り伸ばした反動で空高く飛び上がった。

 しかしいくら足を細くして軽量化し、その分を腕力にまわしたとしても所詮は腕の力である。足で跳ぶのに比べると、その距離はやはり短い。

 今はそれで充分だった。ヴァリアンテが飛んだ先は段になっていて、高さはリムギガスに飛び蹴りをした時よりも低い。


 ヴァリアンテは段差を落下し、地面を転がった。これで泥の手たちからかなり距離を取れたはずだ。

 稼いだ時間を一秒たりとも無駄にはできない。巧真は迷うことなく魔力を両足の再生にまわした。これで魔導石内の魔力をほとんど使ってしまった。残った魔力は僅か。これでリムギガスを倒すのは、至難の業と言えよう。


 両足が修復されている間、巧真は考える。

 内容はもちろん、どうやってリムギガスに勝つかだ。

 この状態で救いがあるとすれば、ほとんど謎だったリムギガスの能力が明らかになってきた事だ。そのために随分と手痛い犠牲を払ったが、まだ致命的な状況ではない。やり方次第では充分に逆転可能なはずだ。


 巧真は脳みそをフル回転させて、これまでに得た情報を整理する。

 グランドールの装甲を溶かし、本体を離れても自立活動する泥。地面に埋めて地雷としても使えるし、誘導弾としての機能も有している。非常に厄介だ。


 ちょっと待て。これ本当に泥か?

 当たり前だが、巧真の世界の泥は動かないし、物を溶かしたりしない。ただここは別の世界だ。人が乗って動かすグランドールというゴーレムがあるくらいだし、これくらいへんてこな泥があるのかもしれない。


 いや、この世界観で言うなら、泥というよりスライムのほうがしっくり来る。そうだ、スライムだったら物を溶かそうが勝手に動こうがまったく問題ない。だってスライムだもん。よし、決定。リムギガスはスライムを纏っている。

 

では仮にリムギガスの全身をスライムが覆っているとして、では何故当のリムギガスは侵食されない。スライムに敵味方を識別できる知能があり、リムギガスが自分を侵食しないように調教でもしているのか。

 かなり無理はあるが、ありえない話でもない。それなら誘導地雷としての説明もつく。まあスライムよりも、ナノマシンの集合体を母体であるリムギガスが操作している、とかのほうがよっぽど説得力はあるが。


 ともあれ、リムギガスの泥の正体と、その運用方法は大体わかった。次はその攻略法である。

 下手な攻撃を仕掛けると、リムギガスを覆っている泥にこちらの装甲を溶かされてしまう。


「ん? あれ?」


 ふと湧き上がった疑問に、巧真は記憶を巻き戻す。

 そして疑問を持った箇所に行き着いた。

 そう、最初の飛び蹴りだ。どうしてあの時ヴァリアンテの足は何ともなかったのか。

 思い出す。

 あの時リムギガスはヴァリアンテを罠にかけるべくあちこちに自分の泥を設置していた。大量の罠を設置したのだから、相当の量の泥を使用したのだろう。だから巧真の目にはリムギガスが痩せて見えたのだ。


 つまり、あの時のリムギガスは限界まで泥を罠に使って無防備状態だったというわけか。

 という事は、リムギガスは今もまだ……。

 今リムギガスを見つければ、残存魔力の少ないヴァリアンテでも勝てる。

 突如見えた勝機に、魔導石に置いた巧真の手に力がこもる。


 捜せ。しかしどうやって。繋がったばかりの足で立ち上がり、周囲を見まわす。だがリムギガスの姿はどこにも見当たらない。視界に入るのは、しつこく自分を追いかけてくる奴の分身、無数の泥の手だけ。

 しつこい奴らだ。地雷だけでもこの世界観にそぐわないのに、指向性誘導機能付きとは現代兵器並みに上等な機能を有している。しかも目でもついてるかのように正確に追って来る。一体どういう仕組なのだろう。


 他のグランドールの素材――石や木や金属に反応するのか。それとも大雑把に、リムギガス以外のグランドールに反応するのか。

 ともあれ、この泥がどういう基準で敵味方を識別しているのか判明しないと、落ち着いてリムギガスを捜索できない。


 まず最も可能性が高いのが熱感知だ。これは赤外線を感知する事によって光に頼らず闇夜でも標的を視認できる昔から信頼性の高い誘導装置である。そして蛇などピット器官を持つ動物にも同様の能力があるので、リムギガスの泥もそうである可能性が出てくる。


 だが試すとなると何か熱を持つものが必要なのだが、生憎ヴァリアンテに火器は無い。周囲を見渡しても石や岩ばかりで火気も無い。せめて木でも生えていれば摩擦で火が起こせるのに。

 その時、頭上の崖が崩れて、ヴァリアンテでも抱えるのに苦労しそうなほど巨大な岩が落下してきた。

 岩はヴァリアンテから離れた所に落ち、豪快な音を立てて砕け散った。あんなものが直撃したら、いくらヴァリアンテでも無事では済まなかっただろう。


 しかし問題はそこではない。巧真は今の出来事に違和感を憶える。

 岩が落ちて砕け、大きな音がした。

 なのにどの泥の手もまったくそれには反応せず、一目散にヴァリアンテに向かっている。


 これはどういう事だ。

 あれだけ巨大な岩が落下すれば、動くものに反応する機能があれば必ずそちらに向くはずだ。なのにそれがなかった。

 そして岩が砕けた時の音。あれも音で獲物を探しているのだとしたら、そちらに反応するはずだ。それもなかった。


 最後に岩が当たった時の熱。位置エネルギーと岩の重量からして、瞬間的ではあるが結構な熱量が発生したはずだ。だが無反応。

 今の一瞬で、泥の手が動き、音、熱のどれにも反応しない事が判明した。つまり、それ以外の方法でヴァリアンテだけを狙うように条件付けされている。

 わからない。一体どういう条件で泥の手たちはヴァリアンテを追尾しているのか。動きも音も熱も違うというのなら、もう残るのは――、


「まさか……!?」


 巧真は自分の愚かさに気づいた衝撃で、言葉を失う。

 またやってしまったのか。

 また、勝手に思い込んでそう決めつけてしまっていたのか。

 リムギガスの泥がスライムのようなものだと勝手に仮定して、

 そしてそれが独自に意思を持っているかのように標的を追尾していると勘違いしていた。

 違う。そうじゃない。


 何も難しく考える必要などなかったのだ。

 自動追尾などという、大層なものではない。

 あれは単純に、遠隔操作されていただけだ。

 つまり、最初からリムギガスはヴァリアンテの姿を視認しながら泥の手を操作していたのだ。


「だったら――」


 ヴァリアンテが上を見る。段差になった崖の一段一段に目を凝らし、少しでも怪しいところがないか探す。この地形なら、条件に合う場所はそう多くはない。身を隠しながら、下方にいるヴァリアンテの様子を視認できればそれでいい。という事は、グランドールの巨体を隠せるほどの何かがあれば、そこはもう絶好のポイントになるはずだ。

 目当ての場所は、すぐに見つかった。


「見つけた!」


 巧真のいる崖から二段上の崖っぷちにある大きな岩。その陰に一瞬だけ見えた。間違いない。リムギガスだ。ヴァリアンテが泥の手の罠にかかっている間にあそこまで移動したのだ。

 本体さえ見つかれば、後はそれを叩くだけだ。

 巧真は唇を舐め、汗ばんだ掌をズボンの尻で乱暴に拭いた。


 勝負はこれからだ。

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