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グランドールフェスト  作者: 五月雨 拳人
第一章 グランドールフェスト
13/30

開幕 予選を観戦せよ 2/2

 各国の予選が終わり、何も映さなくなった魔導石版をテーブルの端にやり、ギリガンは切り出した。


「さて、これでひと通り目ぼしい試合を見たわけだが、」


 そこで一度言葉を止め、いかにもこれから面倒な仕事に取り掛かるような重苦しい溜め息をつく。


「また面倒な奴らが残っちまったな」


 強い者が勝ち残る試合形式だから当然なのだが、それにしてもクセの強い連中が残ってしまった。


 ギンギー共和国代表、泥田坊マッドゴーレムリムギガス。操縦士はヒドゥ。詳細は不明。

 エッゾ帝国代表、骸骨魔獣スカルゴーレムオステオン。操縦士はピレーネ。女性でありながらとある部族の族長を務める猛者。


 ゴシク諸島連合国代表、青銅入道ブロンズゴーレムエルトロン。操縦士は双子のプエル・プエラ兄妹。


 そして巧真たちがいるカント王国の代表に加え、前回優勝者と前回準優勝者、それに我らが進道巧真のヴァリアンテが本戦に出場する。


「あれ? ちょっと待って」

「どうしたタクマ?」

「そういや前回の優勝者と準優勝者の情報をまだ聞いてないんだけど」


 前回優勝者の名前だけは知ってるが、それだけではさすがに心許ない。


「そうか。お前何も知らないんだったな。ヴィルヘルミナ、ちょっと教えてやれ」


 ギリガンに促され、ヴィルヘルミナは普段持ち歩いている作業用のとは別の魔導石版を操作する。


「ちょっと待って……っと、出た。

 前回準優勝者、キュウシュ大国代表の岩石闘士ストーンゴーレムルーペース。操縦士はガンロックね」


 そう言って巧真に向けた魔導石板には、全身が岩で出来たグランドールが映っていた。


「これがルーペースか。こう言っちゃあなんだけど、あんまり強そうに見えないね」


 率直な感想を言った巧真を、ギリガンは鼻で笑う。


「見た目だけで判断すると痛い目見るぞ」

「だって岩でしょ? ヴァリアンテはミスリルだし、金属系ゴーレムじゃなくても岩より硬いグランドールはいっぱいあるじゃないか」


 巧真がそう言うと、ギリガンは椅子に深く座り居住まいを正し、


「確かにストーンゴーレムは中途半端かもしれない。硬さは鉄や銅の金属より劣るし、重量は木や骨よりも重い。力が特別強いわけでも、ヴァリアンテやサンドゴーレムのように機体や装甲が変形するわけでもない。

 だがそれは高い汎用性の裏返しだ。突出した部分が無い代わりに、あらゆる能力が平均的に備わっているのがストーンゴーレムの特徴なんだ。


 よくしたり顔で『何でもできるというのは何もできないのと同じ事だ』などと言う馬鹿がいるが、一点特化型であれば良いという考えがわしに言わせればそもそも間違いだ。器用貧乏という言葉は、一つしか取り柄のない奴のひがみから生まれた言葉だとは思わんか? たった一つ他人より秀でているが他は人並み以下より、何でも人並みにできるほうが優れているのは子どもでもわかるだろう。つまり汎用性とは優秀さの現れであり、むしろ汎用などではなく万能と言ってもいい。


 そして万能であるからこそ、操縦士を選ぶ事が無い。あらゆる操縦士の要求に応え、そしてそれを実現する事が可能なのは世界中どこを探してもストーンゴーレムだけだ。

 だいたいグランドールの性能で勝敗が決まるなら、操縦士は必要無いではないか。こんなまだるっこしい大会なんぞ開かずとも、カタログスペックを比べて優劣を決めればいい。だが数字を比べて何になる。グランドールは戦ってこそだ。つまりグランドールは操縦士が乗ってこそ初めてグランドールたり得るのではないか。ならばその操縦士との相性が他のどのグランドールよりも優れているストーンゴーレムこそが、世界最高のグランドールと言っても過言ではないとは思わんか?」


 これまで聞いた事が無いほどの饒舌さで語り出した。


「……なんかやけにギリガンが早口なんだけど」


 突然の出来事に思わず引く巧真に、ヴィルヘルミナがフォローを入れる。


「ストーンゴーレムの操縦士はキュウシュの人がほとんどなの。で、ギリガンはキュウシュ出身だから」

「ああ、地元びいきってやつか……」

「いるのよね、不人気なグランドールを好きな事をステータスにしたり、不人気グランドールのファンという不遇な自分が好きになってる本末転倒なファン」

「ああ~……」


 格闘ゲームでも弱キャラを愛するあまり、勝敗ではなくそのキャラを使う事が目的になったり、弱キャラを使う自分に酔う悲劇のヒロイン気取りのプレイヤーがいるものだ。


「……まあストーンゴーレムが優秀だってのはわかったよ。で、操縦士の情報ってわかる?」

「おい、まだ話は――」

「いいから黙って」


 リサがギリガンを一蹴している間に、ヴィルヘルミナは魔導石版を操作する。


「ガンロックの情報は特に秘匿されてないわね。キュウシュの武人、って書いてあるわ。年齢は百八十五歳、あら意外と若いわね」

「武人? 軍人とはどう違うの?」

「キュウシュは軍隊という組織を持たない唯一の国家なのよ」

「え? じゃあどうやって国防を?」

「それを担うのが武人っていう高位階級の人たちなの。彼らは高い地位による特権や領地を得る代わりに自らの領地領民を命がけで守る義務を課せられているわ」

「騎士や武士みたいなものか。けどそれだと絶対数が少なくならない? 少数精鋭だとしても、他国の軍隊と数に差があり過ぎると不利だよ」

「そこは……問題ないのよ」


 巧真の質問に、ヴィルヘルミナは苦笑いをする。


「どういう事?」

「キュウシュの人たちはね、他国から戦闘民族と言われて怖れられるくらい個人の戦闘力が高いの。武人商人農民関係なく、みんな毎日厳しい鍛錬をして有事に備えてて、そしていざ戦争になったら国民全員が戦闘員として戦場に集まる姿はもう悪夢としかい言い様がないわ」

「こわっ!」


 スパルタ人もびっくりの戦闘民族っぷりに、巧真は思わずギリガンのほうを見る。見た目からいかにも荒事が得意そうな感じはしていたが、まさかここまで頭のネジが飛んでる種族の人だったとは。


「こらこら、黙って聞いてりゃ勝手な事ばかり言いやがって。キュウシュ人がみんな戦闘狂の野蛮人だと思うなよ」


 わしのように繊細な職人もおる、と胸を張って言うギリガンを、ヴィルヘルミナは白い目で見る。


「けど事実じゃない。キュウシュ人の事を悪く言うつもりはないけれど、ちょっとした事で割腹したり斬首する習慣があるような民族を野蛮人と言わないのなら、他にどう言えばいいのよ」


 ぐぬぬ、と唸るギリガン。このままだと険悪になりそうなので、巧真は慌てて話題を元に戻した。


「そ、それより前回の優勝者は? 何か情報ない?」

「え? あ、そうね。前回優勝者、鋼鉄羅漢アイアンゴーレムフェルムロッサ。操縦士はヒルダ=クラウフェルト」


 ヒルダ=クラウフェルトの名前が出た瞬間、食堂内の気温が下がったような気がした。リサは視線を下げてテーブルを見つめ、ギリガンは虫歯がうずいているような顔をしている。


「……名前からして強そうな人だね」

「若干十四歳で初出場しただけじゃなくそのまま優勝してるからね。さすがグランドールの名門クラウフェルト家のご息女ってところかしら」

「十四歳? マジで!?」

「驚きでしょ? 歴代最年少の上に初出場初優勝と、これでもかってくらいタイトルを持ってるのよ。さすが名門」

「名門って、ここみたいに工房でもやってるとか?」

「いいえ。彼女の家は代々軍人の家系よ。ただ不可解なのは、代々グランドールに適正を持った嫡子が生まれているの」

「グランドールの適正って遺伝したっけ?」

「しないわ。だから不可解なの。禁呪とか禁忌とされる魔術を使っている、なんて噂されてるけど、所詮は噂ね。どれも信憑性が無いわ」

「それって人体実験なんじゃ……」

「だから噂よ、うわさ」

「どうだかな。あの家なら自分のガキの身体をいじるぐらいやってのけそうだぞ」

「もう、人様の家を憶測で悪く言わないの」


 リサに窘められ、ギリガンはばつが悪そうに口をへの字に曲げる。


「けど常にグランドールの適正者、それも超優秀なのを排出しているのは事実なのよね。そのせいか軍にも強い発言権があるみたいだし、わたしも何か裏があるとは思うんだけど……」

「ヴィルまでなに言ってるのよ。もしもグランドールの適正が人工的に得られる方法があるのなら、それこそ軍が放っておかないじゃない。絶対操縦士を量産してグランドールの大部隊を作るに決まってるわ。けど未だにそんな話を聞かないって事は、軍でも無理だって事なんでしょ? それを個人の家が成し遂げてるなんてあり得ない話だわ」

「確かにそうなんだけど、」

「まあまあ、その話はまた今度にして、今はその――クラウフェルトさん? の話をしようよ」


 巧真が控え目に提案すると、リサとヴィルヘルミナは我に返り、一度咳払いをした後二人そろって


「そ、そうね。そうしましょ」と言った。


 女性陣がクールダウンのために大人しくなったところで、ギリガンが仕切り直す。


「はっきり言うと、悔しいがヒルダは強い。とんでもなく強い」

「やっぱり、グランドールフェスト優勝ってのは伊達じゃないわね」


 はあ、と溜め息とともにリサが呟く。


「しかも前回優勝してるから今回はシード待遇だしな。のんびり決勝で待ってるだけだから、途中退場は見込めねえ」


 ちなみに前回準優勝のガンロックもシード待遇で、二回戦からの出場となっている。巧真がアイザックから勝ち取った前回三位による待遇は予選免除のみで、本戦は一回戦からの出場だ。


「向こうは一回勝てば二度目の優勝だなんて、何だかずるいわよね」

 リサがぼやくのも無理はないが、チャンピオンに相応の権利が与えられるのはどの競技でも似たようなものである。

「となると、最後に当たるのはこの人で確定なんだね。じゃあこの人のグランドールってどんな感じなの?」

「どんな感じって……またざっくりした質問だな」


 ギリガンのツッコミに、巧真は言葉にできないもどかしさを誤魔化すように頭を掻く。


「本当は実際に対戦するのが一番手っ取り早いんだけど、何かこう、相手のクセや特徴がわかるような情報は無いかな? 映像とかあるとありがたいんだけど」


 映像という言葉に、ヴィルヘルミナは申し訳なさそうに長い耳を下げる。


「あいにくだけど、前回のグランドールフェストの映像は残ってないのよ。何しろ十年も前の事だし」

「そうか……残念だな……」


 せめて過去に対戦した事がある人に話が聞ければと思ったが、よく考えたらみんなライバルみたいなものなのだから貴重な情報を他人に与えるはずもない。


「まあ今から決勝の事を考えても仕方あるまい。まずは手近な相手から対策を立てよう」

「そうだね。で、本戦の対戦カードっていつわかるの?」

「本戦は十日後だから、その二三日前ってところだ」

「本戦まで十日もあるの?」

「移動日があるからな。特にエッゾやキュウシュの奴らは遠いから、予備日を多めに取ってあるんだ」


 今回のグランドールフェストは、前回優勝者のヒルダがいるこのカント王国で行われる。そのため各国の代表たちは予選終了後すぐに移動を開始しなければならず、特に遠方のエッゾ帝国やキュウシュ大国の代表など休む間もない。だが遠方の代表が移動のため休息や補給、グランドールの整備ができない等の不利益がないように、本戦開始日に余裕をもたせて十日後とされているのだ。


「じゃあまだ誰と当たるかもわからないのに今から考えても意味無いんじゃ……」

「だが今は他にする事もないしな。それに先に全部の相手に対策を立てておけば、いざ対戦カードが発表になっても慌てる事がないだろ」

「う~ん……」


 転ばぬ先の杖どころか先に医者を予約しておくような先走り感はするが、ギリガンの言う事も間違ってはいない。


「じゃあ、とりあえず今日試合が見れた相手から対策を考えていきますか」

「そうだな。情報は少ないが、実際にこの目で見れたのは大きいな。どれからいく?」

「そうですね……。じゃあ見た順番にゴシク諸島連合国のエルトロンからいきますか」


 エルトロンは巨体で怪力のパワータイプである。この手のキャラは格闘ゲームでも定番なので、巧真もいくつか対策を持っている。


「自分より大きくて強い相手と戦う基本は、絶対に掴まらない事だね」

「あれだけのパワーだからな。掴まったらひとたまりもないだろう」

「対策としては、基本は距離を取りながら戦って、小さくてもいいからダメージを蓄積させる。狙うは足元や手先などの末端。相手の攻撃の出だしに重ねてカウンターを狙うのもアリかな」

 つらつらと語る巧真に、ギリガンたちは意外だという顔で感嘆の声を上げた。

「え? どうしたの?」

「お前、結構ケンカ慣れしてやがるな」

「意外ね。ケンカなんかした事なさそうな顔してるのに」


 リサの言葉に、ヴィルヘルミナがからかうような感じで言う。


「アイザックに勝ったって聞いた時は信じられなかったけど、こう見えて実は歴戦の強者だった、とか?


 これはもしかしたら、本戦も期待できるかもしれないわね」


「え? ち、違うちがう、そんなんじゃないって……」


 まさかゲームの話とは言えず、巧真は慌てて話題を逸らそうとする。


「とにかく、エルトロン対策はこんな感じかな」

「よし、じゃあ次だ。次はえっと……何だっけ?」


 ど忘れしたギリガンに代わり、ヴィルヘルミナが「次はギンギー共和国代表のリムギガスね」


「こいつはほとんど見られなかったが、いいのか?」

「確かに戦ってるのは見逃したけど、結構重要な情報があったと思うよ」

「ほう、と言うと?」

「倒された大量のグランドールたちは、どれも関節を破壊されていた。けどその断面が妙なんだ」

「妙だと?」


 ギリガンの問いに巧真は神妙な顔で頷く。


「打撃や関節技で破壊したって感じじゃなかったんだ。どれも折れたんじゃなくて、溶かされたみたいになってたし」

「よく見てるなあお前……」

「それにいくら達人でもあれだけの数のグランドールを相手に、あんな短時間で関節を破壊するのはちょっと無理があると思うんだ。だからもしかしたら多数の相手の関節を同時に破壊する方法があるのかもしれない」

「そんな方法があるのか!?」

「いや、それはわからないけど……」

「まさか、隠れて武器を使ったんじゃ」


 ヴィルヘルミナは自分で言ってすぐに「いや、そんなはずはないか」と否定する。彼女もグランドールの整備士の端くれである。民間のグランドールが武器の所有厳禁なのは、知っていて当然の事だ。


「仮にもしそうだとしても、ちょっと想像もつかないわね」


 リサの言う通り、巧真も思いつかなかった。多数に向けて短時間で効果がある武器と言えば散弾銃のようなものが思い浮かぶが、そんな目立つものを、よりにもよって世界中に中継されているグランドールフェストの試合の中で使ったら、一発でバレて即失格即逮捕即処刑である。


「とりあえず現時点で確定しているのはそこまでかな。後はぶっつけ本番でどうにかするか、できれば本戦で当たらない事を祈るくらいしかできないよ」

「結局こいつに関しちゃそうなっちまうな」

「じゃあ次はエッゾ帝国のオステオン。これはちょっと……ある意味一番厄介かな」


 対戦格闘ゲームでは様々な大きさ強さの相手と戦った事のある巧真だが、人型をしていない完全な動物形態の相手と戦うのは初めてだった。


「動きとかまったく予測がつかないな……」


 体格からして犬や猫、或いは大型の肉食獣に近い動きをする事は予想がつく。だがどこまで同じなのかは想像の範囲を超えない。姿が似ているだけでまったく違う動きをする可能性も捨てきれない。


 だが短い時間だが今日の映像を見てわかった事もある。機動性が異常に高く、爪や牙による攻撃力が高い事だ。特に空中での姿勢制御や方向転換の機動はまさにネコ科の大型獣のもので、人型とはまったく異なる動きをすると理解していなければ対応できないだろう。これは良い情報だ。


「実際に戦う時は、人じゃなく獣と戦うような気持ちでいかないと駄目だね」

「後は廃墟みたいな障害物の多い闘技場にならない事を祈るくらいか」

「何だか神頼みばっかりだね」

「やれるだけの事をやったら、後はそれぐらいしかする事がねえしな」

「人事を尽くして天命を待つってやつか……」


 巧真はこの世界の神がどういったものかは知らないが、別の世界から来た自分の願いにも耳を傾けてくれる広い心を持っていてくれる事を願った。


     †     †


「とりあえずこんなとこかな」

「そうだな。今はこれだけできれば充分だろう」

「すっかり日が暮れたわね」


 ヴィルヘルミナの声につられて窓のほうを見れば、外はすっかり日が暮れていた


「あ、晩ご飯の準備しなくっちゃ」


 慌ててリサが席を立って厨房へと向かう。思いがけず長い時間かかってしまったが、ともあれこれで本戦でどの国の代表と当たっても慌てない程度の対策は練る事ができたと思う。

 ただ一つ気がかりなのは、やはりグランドールの練度であろうか。いくら巧真がヴァリアンテの行動術式を自分に最適化したとはいえ、単純に搭乗時間が短すぎるのだ。慣らしすら終わっていないと言ってもいい。


 ギリガンが言うには、グランドール乗りは最低百時間乗って初めてケツの殻が取れるそうだ。これは比喩ではなく、最低それくらい乗らないと操縦席の硬い椅子に尻が慣れず、痛みから解放されないという意味である。


 だがグランドールフェストはすでに始まってしまっている。今さら巧真の習熟やケツの鍛錬に付き合ってくれるようなお人好しはいないだろう。

 それが当たり前である。例え予選で落ちた者であっても、他の操縦士は皆ライバルなのだ。報酬が出るならともかく、無償で助ける義理などどこにも無い。

 だからここから先は、自分一人の戦いだ。もちろんギリガンやヴィルヘルミナは支えてくれるだろうが、実際に戦うのは巧真だ。いざ闘技場に入ったら頼れるのは自分だけなのだ。


 本戦までの短い時間でどこまでやれるかわからないが、せめて尻の殻が取れるぐらいはやってみようと巧真は決心した。


     †     †


 しかし巧真の決意とは裏腹に、救いの手は思いがけないところから差し伸べられた。

 翌朝。窓の外から聞こえるどこかで聞いたような声に、巧真は目を覚ました。


「たーくーまくーん、おーきてるー!?」

「まさか……」


 慌てて窓を開けて窓枠にしがみつくようにして下を見ると、アイザックが立っていた。

 大急ぎで巧真が下に降りてシャッターを開けると、アイザックは工房から出て来た彼を見てにやりと笑う。


「よう、やっと起きたかこのねぼすけ野郎」

「どうしたんですかアイザックさん。こんなに朝早く」

「どうしたもこうしたもねえだろ。特訓だよ特訓。もう忘れたのか?」

「え? あれってグランドールフェストが始まるまでじゃなかったんですか?」

「馬鹿野郎。大会まで、って言っただろ。つまりお前が本戦に出る日までは、そうなんだよ」

「え~……」


 せっかく地獄のようなシゴキが終わったと思ったのにまさかの延長を告げられ、巧真は露骨に厭そうな顔をする。だいたい今は体を鍛えるよりもグランドールに乗るほうを優先したいのだ。


「まあそんな顔するな。今日からやるのは肉体鍛錬じゃなく、こっちのほうだ」


 そう言ってアイザックは親指で自分の背後を指す。


「こっち?」


 巧真がその指を目で追うと、そこには大型のトラックが停まっていて、

 荷台にはスペレッサーが行儀良く座っていた。ジャイアントスイングで巧真に破壊された頭部も、新品同様になっている。


「スペレッサー! 直ったんですか!?」

「ついさっき修理が終わったばかりだ」

「そうなんですか……」


 直るのがあと一日早ければ予選に出られたのに。たった一日の差で予選に出られなかったアイザックに、巧真は重い責任を感じる。だがアイザックは巧真の肩を叩き、軽く鼻で笑う。


「だから気にするなって言ったろ。勝負で起こった事は恨みっこ無しだ」

「けど……」

「それに、あいにく予選には間に合わなかったが、その代わりこいつには別の役目がある」

「役目?」

「本戦まで、お前の練習相手になるって役目がな」

「えっ……!?」


 思いがけない言葉に、巧真は本気で驚いた。

 無理もない。ついさっき、自分の練習に付き合ってくれるような者はいないだろうと諦めたところだ。しかも申し出た相手がこの男である。どんな裏があるとまでは言わないが、さすがに巧真もこれをただの善意と取るほど間抜けではない。


「あの……俺、金なら無いですよ」


 巧真が恐る恐るそう言うと、「バーカ」と軽く頭を叩かれた。


「そんなんじゃねえよ。俺はただ――」


 俺に勝ったお前にすぐに負けられちゃ、俺が困るんだよ。巧真はアイザックが以前言ったセリフを思い出す。

 だが彼の照れ隠しとも思われた言葉は、


「――ヒルダ=クラウフェルトが死ぬほど嫌いなんだよ。あいつの二連覇を阻止できる確率が少しでも上がるのなら、例えお前のようなど素人の訓練だろうと何だろうと喜んでやってやるぜ!」

「……あれ?」


 いつの間にか極めて個人的でくだらないものに変わっていた。しかもどうやらこっちが本音のようだ。


「まあ理由なんてどーでもいーんだよ。それより感謝しろよ? 階級クラス『銀』にタダで鍛えてもらえるなんて、そうそう無いんだからな」

「マジで!?」


 階級の違う操縦士同士の訓練は、当然金銭が発生する。その金額の上下は階級によって様々だが、『銀』となると安いものではないだろう。それがアイザックの厚意で無料になるというのはありがたい話である。特に金の無い巧真の場合は。


「おう。だから早く支度しろ。本戦まで時間はねーんだぞ」

「はいっ!」


 ヒルダと当たるのは順当に行っても決勝戦なのだが、それでもアイザックという頼もしい訓練相手ができた事が嬉しくて、巧真は急いでギリガンを呼びに工房に戻った。

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