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グランドールフェスト  作者: 五月雨 拳人
第一章 グランドールフェスト
12/30

開幕 予選を観戦せよ 1/2

 グランドールフェストの予選は、バトルロイヤルである。

 世界各国の闘技場で同日同時刻に行われ、各闘技場で勝ち残った一名だけが本戦にエントリーされる。

 予選の模様は魔導石によって世界中に同時放送され、本戦に負けず劣らずの盛り上がりを見せる。一日に一試合ずつ数日かけて行われる本戦とは違い、この日だけは商売人であろうと聖職者であろうと仕事を休み、予選の放送を手に汗握って観戦するのがこの世界での習わしである。


 こうしてたった一日ではあるが、お祭りの余興としては大き過ぎるイベントが今回も始まった。

 グランドールフェスト、予選開始。


     †     †


 工房「銀の星」もこの日ばかりは店を閉め、全員食堂に集まって予選を観戦していた。

 テーブルの中央に置かれた大型モニターサイズの魔導石板には、各地で行われている予選の状況が映っている。十分割された魔導石板の画面には、五ヶ所の闘技場の様子がそれぞれ二つの角度で映されており、気になる箇所を指で押せばそこだけを拡大して見る事もできる。


「とうとう始まったな」


 ギリガンがテーブルに置いた手を堅く握り締める。これでビールでも飲んでいれば完全に野球中継を見ているオヤジなのだが、生憎まだ日も高い上に酔って敵情視察を放棄してしまうわけにもいかないので酒は無しだ。


「予選はバトルロイヤル方式なんですね」

「そうだ。手っ取り早いだろ」

「けど、それだとトーナメントと違って戦い方も変わりますよね」

「お前にしちゃいい所に気づいたな」


 巧真の言う通り、トーナメントとバトルロイヤルでは形式の他に大きく変わるものがある。

 二人の会話を裏付けるように、魔導石板に映し出される各地の闘技場では、多数のグランドールが一体を取り囲むように動き出した。


『さあ、早くも一体のグランドールを大勢が取り囲んだ! やはり実力者は最初に潰しておかなければ自分たちの勝ちは無いと踏んだかあっ!』


「さっそく動いたか」


 アナウンサーの声に反応し、ギリガンが魔導石版に手を伸ばして十分割されたうちの一つを拡大する。


「これは……ゴシク諸島連合国の予選会場か。となると、本戦出場候補はやはり――」


 魔導石版に、周囲をぐるりとグランドールに取り囲まれた一際大きな機体が映る。

 大きい。ただその一言に尽きる。周りにいる他のグランドールが貧相に見えるほど、腕も足も何もかも大きい。チェスのルークの駒に短い手足を生やしたようなその姿は、機体の色も相まって巧真には巨大な銅像ように見えた。


青銅入道ブロンズゴーレムエルトロン。操縦士は双子のプエル・プエラ兄妹だ」

「双子? 一つのグランドールに二人の操縦士が乗ってるの?」

「ああ。エルトロンは特殊な機体で、他のグランドールより一回り以上大きい代わりに二つの操縦席と二組の魔導石があるんだ。そして適合者は双子と決まっている」

「息の合った双子でないと動かせないピーキーな機体だけど、大きさとパワーはグランドール随一と言われてるのよ」


 ギリガンの説明をヴィルヘルミナが補足する。

 巧真は先日アイザックや闘技場の専門家から聞いた話を思い出した。これが力で他のグランドールをぶん投げる事できる、例外のグランドールか。


「ゴシク諸島連合国か。懐かしいわ」

「そう言えば、ヴィルもゴシク出身だったわね。やっぱりみんなヴィルみたいに綺麗で長生きなの?」


 リサは羨ましそうな目で、誰もわからないほど昔から工房「銀の星」で働いているヴィルヘルミナを見る。


「そうね。ゴシクはわたしのような長命種の国だから、みんなリサたちより遥かに長生きなのは確かね。綺麗かどうかは……フフ、個人の価値観かな」

「へ~。そう言えば、今は珍しくないけど昔はゴシクから外に出るのって厳しかったんじゃないの? ねえ、ヴィルはどうしてうちに来たの?」


 リサの言葉に、ヴィルヘルミナは「さあ、どうだったかしら……もう大昔の事だから忘れちゃった」と曖昧に微笑んだ。だがその笑みは少し寂しそうだった。


『ああっと、しかしさすがと言うべきか。これだけの数に取り囲まれてもまったく動じない!』


 重くなりかけた食堂の空気を、アナウンサーの声が一瞬でかき消した。つられて一同は身を乗り出すようにして魔導石板を見る。

 見れば、エルトロンが周囲を取り囲んでいたグランドールをその豪腕でいとも簡単に蹴散らしている。まるでヘビー級のボクサーが軽量級の選手をパンチ一発で軽々吹っ飛ばすようだ。ガードなどお構いなしに、当たれば面白いように飛んで行く。


「こりゃ決まりだな。この中にゃエルトロンをどうにかできそうな奴はいないだろう」


 早々と見切りをつけると、ギリガンは再び魔導石板を元の十分割に戻す。


「あんなのが本戦には出てくるのか……」


 予選でこれなら、本戦はどんな事になるのやら。巧真は背中を這い上がってくる冷たいものに、思わず身震いする。


「驚くのはまだ早いぞ」


 言いながら、ギリガンはチャンネルを適当に変えて何か面白そうな番組がやってないか探すような感じに魔導石板を適当にクリックする。


「ちょっとお、あんまりガチャガチャ変えないでよ。見づらいじゃない」


 コロコロ変わる画面にリサが不満を言ったその時、偶然変わった画面でアナウンサーが驚愕の声を上げた。


『こちらギンギー共和国予選会場。とんでもない事が起きました。ななななんと、早くも本戦出場を決めた選手が出てしまいました』

「なんだと?」


 慌ててギリガンが指を止める。するとそこに映っていたのは、闘技場内に倒れる無数のグランドールと、その中央に堂々と佇む一体のグランドール。

 茶色のボディをしたそのグランドールは、全体的にぽっちゃりとしていてゴーレムと言うより遊園地のバルーンみたいで、どう見ても強そうではない。だが事実こうして驚異的な早さで予選通過を決めたのだから、見た目では測れない実力があるのだろう。


 画面が切り替わり、敗退したグランドールたちが映る。地面に横たわるグランドールたちは、どれも腕や脚の関節を破壊され試合続行不可能になっている。だが不可解なのは、折れた手足の断面がどれも破壊されたというよりは何かで溶かされたように見える事だ。


「あれは……」

「知ってるの、ギリガン?」


 リサの問いに、ギリガンは一度唾を飲み込み大きく喉を鳴らしてから言った。


「いや、知らん」


 がく、と頬杖をついていた手から顔を落とすリサ。しかしそれに答えるかのように画面内のアナウンサーが語る。


『今情報が入りました。勝ち残ったのは泥田坊マッドゴーレムリムギガス。どうやらこのグランドールは最近発掘された新型のようですね。操縦士は――ええっと、名前がヒドゥ、とだけしかわかりません。詳細はわかり次第随時追って報告させていただきましょう。では続いて――』


 わからない事は放っておいて、ギンギー側のアナウンサーはさっさと試合のまとめに入った。恐らく操縦士が無名だったためにノーマークだったのだろう。機体が新型なので情報が無くて対策を立てられず、様々な幸運が続いた結果の予選通過、といったところだろうか。


 予選通過第一号という事で明るいトーンの画面とは裏腹に空気が重たくなった食堂で、ギリガンが大きな溜息をついた。


「参ったな。まさか今になって新型が出てくるとはな……」

「どうやって勝ったかぐらいは見ておきたかったね」


 巧真の言葉に、ギリガンは頷く。初見の相手と戦うのは誰にとっても不利だが、特に巧真のような大きな才能もなく相手の情報を蓄積しないと勝ち越せないタイプの人間にとって、この試合を見逃したのは手痛いミスだった。


「こうなったら初戦で当たらない事を祈るしかねえな」

「俺クジ運悪いんだよなあ……」

「そんな事より早く画面戻してよ。終わった試合をずっと見ててもしょうがないでしょ」

「おっとそうだった」


 リサに叱られ、ギリガンは慌てて画面を十分割に戻す。それから試合の終わったギンギーと勝敗の見えたゴシクの試合中継は省略し、八分割にした。


「これでも画面が小さくて何がなにやらね」

「いっその事、当たりをつけて一つの試合を集中して見たほうがいいんじゃない?」

「となると、めぼしい試合はと……」


 女性二人の意見に、ギリガンは画面に向けて人差し指をぐるぐる迷わせる。


「有名な人とか出てないの?」


 巧真が言うと、ギリガンは回していた指を一つの画面の上で止める。


「そうだな……おっと、こいつがいい」


 太短い指に押されて画面に映ったのは、何と巨大な動物の骨だった。


「何だこれ? これもグランドールなのか?」


 巧真の声に、ギリガンは「そうだ」とにやりと笑う。


骸骨魔獣スカルゴーレムオステオン。操縦士はピレーネ。エッゾ帝国の代表はこいつでまず間違いないだろう。見ておいて損はないぞ」

「こんなグランドールもあるんだ……」


 巧真が驚くのも無理はない。オステオンはグランドールではあるが、骸骨スカルと名のつく通り全身が骨で出来ている。しかもさらに驚くのは、他のグランドールとは違い人型をしていない。その姿は一見虎か狼の骨格標本のようだが、大きさが恐竜並に大きい。鋭く尖った大きな爪や牙を持ち、見るからに強そうだ。


 だが容姿だけで驚いてはいけない。オステオンが特殊な容姿をしているのは、伊達でも酔狂でもないのだ。

 それは、ほんの一瞬の出来事だった。


「あっ――!」


 と巧真が声を上げた時には、四体のグランドールがオステオンに倒されていた。四足歩行による強烈なバネによって生み出された機体の速度は、対峙する人間の反射速度を遥かに凌駕する。オステオンは一度地面を蹴っただけで周囲にいた四体のグランドールをほとんど同時に攻撃していた。


 だが脅威なのは速度だけではない。重機を思わせる太く強力な前脚とそこに光る鋭い爪は、グランドールの装甲を紙のように引き裂き、太い牙がずらりと並んだ大きな口による噛みつき攻撃は防ごうと出した腕を簡単に噛みちぎった。

 オステオンの近くにいたグランドールたちは、まるで猛獣に襲われたかのように次々と破壊されていった。


 後に残ったのは壊れた人形と化したグランドールたち。エッゾ帝国の予選会場は、一匹の獣によって蹂躙された。


 オステオン、予選通過。


     †     †


「とんでもないのが出てきたな……」


 圧倒的な強さを見せつけられた巧真が思わず泣き言を漏らすと、ギリガンがトドメをさすような事を言ってきた。


「おいおい、こんなもんで驚いてちゃ優勝なんて夢のまた夢だぞ」

「でも――」

「よく考えてみろ。こいつは予選なんだぜ」

「そりゃ言われなくてもわかってますよ」

「いいや、忘れてるだろ。じゃあお前は何故予選に出ずにいまここにいる?」

「それは、アイザックさんから――」


 そこで巧真ははっと気づく。そして気づいた様子の巧真を見て、ギリガンは意味ありげに頷く。


「そうだ。大会の上位者には次回予選免除権が与えられる。つまり、今日こうしてちんたら予選をやらされている連中は、新型のリムギガスを除いてみんな前回上位に入れなかった奴らなんだよ」

「マジで……?」


 あれだけ圧倒的な強さを見せつけたエルトロンやオステオンでさえ、上位三位に入れなかったというのか。


「って言うかアイザックさんって、よく三位になれたな……」


 さらっと失礼な事を言う巧真。


「まあ、そこはトーナメントのクジ運みたいなのもあるからな。相手との相性もあるが、戦う闘技場が自分の乗るグランドールにとって有利か不利かってのも大きく影響する」

「え? 闘技場もクジで選ぶの?」

「公平な条件の下での対戦、という名目で運営が毎試合選ぶんだ」

「そんなんでいいのかな……」

「そこはホラ、運も実力のうちと言うだろ」

「でもさ、特定の人が極端に有利になる地形とかあるよ」


 言いながら巧真は、ああそうか、アイザックはクジ運が良くて地の利に恵まれたから前回三位になれたんだ、などととても本人の前では言えない失礼な事を思った。

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