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グランドールフェスト  作者: 五月雨 拳人
第一章 グランドールフェスト
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プロローグ

     †     † 

ドーム球場を思わせる巨大な闘技場には、観客たちの熱狂が渦巻いている。どいつもこいつも明日食うのに困るにも構わず、有り金全部を賭けに突っ込むようなアホどもだ。

 

アホと言えば、闘技場もアホみたいにデカい。何しろ小さいとは言え廃墟の都市が丸ごとすっぽり収まっている。だがそんなでたらめな広さのくせに、中で戦っているのは二人しかいない。これでは観客も豆粒を見ているようで目が疲れないかと思いきや、闘技場中央の上空にはスタジアムのバックスクリーンモニターを思わせる巨大なモニターが浮かんでいて、観客全員に建物の陰に隠れて互いを牽制している二人がよく見えるようになっている。


 だがこの二人、どうにも様子がおかしい。

 一人は全身銀色の甲冑を着込んだ頭身の低い騎士。

 もう一人は木目調のきぐるみを着たゆるキャラの出来損ない。


 おかしいのは当然だ。

 こいつらは人間ではない。

 片や、闘技者ランク最下級「鉄」の進道巧真しんどうたくまが操るグランドール、魔銀巨人ミスリルゴーレムヴァリアンテ。銀色に輝くボディの期待の新人ルーキー

 片や、闘技者ランクは上から二番目の「銀」のアイザックが操るグランドール、大木人ウッドゴーレムスペレッサー。見かけは巨大なデッサン人形だが、機体性能を軽さに全振りしたスピードスター。その速さはグランドール界でもトップクラスと言われている。


 ここは、グランドールと呼ばれる全長約十メートルの巨人ゴーレムに搭乗して戦う闘技場である。

 本来なら、十年に一度開かれる国を上げての祭典「グランドールフェスト」以外は階級の違う者同士の対戦は行われない。そういう決まりだし、何より勝敗が目に見えていて賭けにならないからだ。


 だが今回は違う。

 アイザックが売って、巧真が買った喧嘩だ。正式な試合ではない。

 ゆえに賭けの対象は、主にアイザックが何分で巧真を倒すかが主題メインになっている。賭けが集中しているのは五分以内。中には十分以上という酔狂な者もいるが、今日ばかりはその頭のイカレ具合が良いほうに作用している。何しろもう試合が始まって五分以上経っていた。


 ちなみにアイザックが負けるのに賭けたのは一人しかいない。

 今戦っている巧真本人だ。


 眩しい太陽の光が、アメリカンフットボールのプロテクターのようなヴァリアンテの装甲を銀色に輝かせる。今日も天気は快晴。無駄に暑くなりそうだ。空調なんて概念すら無い蒸し風呂のようなグランドールの操縦席で、巧真は考える。


 どうしてこうなった。

 額の汗を学生服の袖で拭う。

 確か自分は闘技者登録とヴァリアンテの操縦訓練に来ただけのはずだ。なのにどうして今試合なんかしているのだろう。


 また汗が額を伝う。今度は掌で乱暴に拭うと、その手を目の前にある魔導石に置く前に学生服のズボンにこすりつけた。

 グランドールの操縦は、操縦席の前に据えられた魔導石に操縦士ドールマギスタが手を添えるだけでいい。適性のある者は、それだけでグランドールと一心同体になれるのだ。


 通常のグランドールの魔導石はソフトボールを半分に割ったくらいの半球が二つあるのだが、巧真の乗るヴァリアンテの魔導石は半分にしたバスケットボールみたいな大きさの半球がどかんと一つ埋まっている。それだけで、ヴァリアンテの内包する魔力が無類である事がわかる。


 巧真はバスケットボールでチェストパスを出すように魔導石に手を添え、全神経をスペレッサーの動きに集中する。すると魔導石を通じてヴァリアンテの五感が直接巧真の中に送り込まれる。

 魔導石の発動適正を持つ者は少なくはないが、操縦士の適正を持つ者はこの世界の人口の僅か数パーセントしかいない。その僅か数パーセントも大部分が軍のグランドール部隊が占め、さらに残りのほとんどが元軍人の賭けグランドール乗りになる。


 アイザックも後者の一人だ。

 彼は軍人時代に訓練中の事故で右目を負傷し失明。それが元で依病除隊となった。不名誉除隊が多い軍隊上がりの操縦士には珍しい種類の人間だが、だからと言って他の賭けグランドール乗りと大きく違うわけではない。


 つまり大多数の軍隊上がりの連中と同じ、場所や武装を問わず戦えるという事だ。当然市街戦の訓練も受けているので、廃墟を内包したこの闘技場との相性も良いと言えるだろう。

 おまけに彼の操るスペレッサーは、全グランドール中最軽量。その軽さを活かしたアクロバティックな攻めは、この高低差の豊かな建物が並ぶ闘技場で最も活かされる。


 対して巧真は文字通り昨日今日乗り始めたばかりの、まだケツに温かい殻がついたヒヨッコだ。それが毎日訓練で血の小便が出るまでグランドールに乗っていた元軍人と対等に戦えるかと言うと、世の中そんなうまい話があるわけがない。単純に総搭乗時間だけ見てもケタが違い過ぎる。F1ドライバーに仮免教習者が挑むようなものだ。


 何より、これはゲームではないのだ。

 ヴァリアンテの分厚い装甲に守られているとはいえ、グランドールの巨体同士がぶつかったエネルギーは簡単に中まで通る。

 つまり、グランドールで格闘戦をするという事は、接触の度に車同士で正面衝突事故を起こしたのと同じくらいの衝撃を身体に受けるのだ。


 そんな一発で脳ミソが鼻から出るほどの衝撃を、シートベルトもない操縦席で何度も受けたら試合が終わる頃にはヒトの形をした何かの出来上がりである。

 そもそも本職のグランドール乗りでさえ、いきなりグランドールに乗れるわけではない。グランドールの適正を認められて軍隊に入隊したその日から、ひたすら筋力トレーニングでグランドールの衝撃に負けない身体作りをするのだ。そうでないと長く乗り続けるにつれ脳や内臓にダメージが蓄積し、最後にはパンチドランカーのような廃人になる事が長い歴史で証明されている。


 こうして入隊初年度はほとんどグランドールに触る事なく地味な鍛錬(主に首の筋肉)を経て、ようやっとグランドールに乗る事を許されるのだ。

 その基礎ができていない巧真は、何度もスペレッサーの攻撃を受けて意識が半分飛びかけていた。


「くそ、動きが早い上に何て身軽なんだ……」


 アイザックが操るスペレッサーは、本当にグランドールなのかと思うほど俊敏で軽快だった。軽量ゆえに一つ一つの攻撃が軽いからまだどうにか立っていられるが、いくらヴァリアンテでもこれ以上好き勝手されると本当にヤバい。だが巧真は未だにアイザックの動きを捕らえられずにいた。


 アイザックの攻めは、闘技場の豊富な遮蔽物を利用したヒット&アウェイである。特に高い建物の上から降って来るようにして攻撃するのを得意としている。これなら軽い機体でも重力の力を借りて大きなダメージを与える事ができるからだ。自分の機体の長所と短所を知り尽くした戦闘スタイルだと言えよう。

 またどこからかスペレッサーが突然現れ、ヴァリアンテに飛び蹴りをかます。


「ぐわっ!」


 蹴り飛ばされて無様に倒れるヴァリアンテの姿と、賭けの胴元が煽るアナウンスで観客が狂ったように騒ぎ立てる。

 スペレッサーの攻撃は、いつも死角から現れ、やられたと思った時にはもう姿を消している。その神出鬼没な攻撃は、巧真に防御どころか攻撃を受けた時の衝撃に対する覚悟や手足を踏ん張る暇さえ与えない。


『泣きを入れて試合をやめるなら今のうちだぞ』


 通信用の魔導石からアイザックの軽薄な声がする。見れば、スペレッサーが倒れたヴァリアンテを見下ろすように立っていた。アイザックは見た目はガタイのいいチンピラだが、遊び心が旺盛なのかいつでも巧真を仕留められるくせにわざといたぶって楽しんでいるようだ。


「くそ、いい加減にしろ!」


 ヴァリアンテは起き上がると同時にスペレッサーに攻撃をかけるが、軽々と避けられる。


『ひゅ~、威勢だけはいいな。ま、無駄な努力だけどせいぜい頑張りな』


 煽り文句とともに、再びスペレッサーの姿がビルの陰に消える。こうなると、もう巧真にはどこにいるのかわからない。わかった時にはもう攻撃を受けている。もう何度も後手に回っていた。


 このままではまずい。焦りが苛立ちを生み、巧真は歯を食いしばる。

 巧真の額から汗が滲み、頬を伝って足元に落ちたのは、操縦室の暑さだけではなかった。

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