ファースト主将山野
オレはバカだ。
まぶしい太陽が照りつけるのは、何もマウンドだけじゃない。
もうひとつ来いと、グローブで胸を叩いてみせたサードにも、五回の裏に見せた大きなジャンピングキャッチで先制点への弾みをつけたショートにも、ツーアウトと指を立てるセカンドにも、等しく光は注いでいる。
そして、オレに最後までしっかりやれ、とばかりに顎をしゃくる、ファーストにも──
山野。
今なら、おまえに、それでもエースかと、罵倒されたわけが分かる。
大切なのは、オレ自身のプライドとか能力とか練習量よりも。
まず、全ての投球に責任を持つこと。
そして、いつだってバックに居てくれる仲間を、信じることだったのに。
ストレート、外角のサインに大きく頷く。
その要求を受け入れたのは、オレ。
中村は頭のキレる相棒だと頼りにしてるのも、オレ。
だから、打たれたなら、それは他でもない、オレのせいだ。
胸に引き寄せたボールに、目を伏せ、気持ちを込めた。
この一人を打ち取るためなら、あと何球だって、力のかぎり投げてやる、と。
そして、左膝を高く上げ、大きく踏み込みながら体重移動をし、右足で投球プレートを蹴って、右腕を思いきり振り抜く。
刹那、ミットを鋭く横切った、銀の影。
いつもなら、手を出すフリで、見送る打球だった。
だけど、抜ければセンター前ヒットになる、という直感が、オレに体勢もバランスも無視してただ、グローブを出させる。
倒れ込み、一塁を向いているのか三塁を向いているのか、仰向けになっているのかうつ伏せになっているのか、全く分からない中で。
顔の横に転がるボールだけが、見えた。
捕らなきゃ、捕って、投げなければ。
でも、どこへ?
「米山!」
呼ぶ声に向かってボールを放れば、長い腕が後はきっと何とかしてくれる、そう信じることが、素早いスローイングの秘訣なんだと、いつか金森が言っていた。
いっしょに教えてくれた、スナップスローと共に、振り返ったファーストミット。
ああ。
あそこは、あんなに大きなヤツに守られていたんだ、と。
オレが託したボールに、力の限り伸ばしてくれた腕を見て思う。
このチームに、オレを米山と呼ぶのは、一人しかいない。
怒らせてばかりいたから、親しみなんか込めて呼んでくれなかった、山野だけだ。
頭から突っ込んだ、縦縞のユニフォームの向こう。
一塁コーチの両手が願望とともに風をなぎ払った。
世界から、瞬間、音が消える。
一拍遅れて、山野の頭の上に、突然、審判の拳が突き出した。
厳かな、最後の判定の声と同時に逆流を始めた音は、悲鳴なのか歓声なのか、それとも、両方だろうか。
九坂高校、米山翼。
県大会準々決勝で、完全試合達成、と。
そう、記録には記される。
だけど、完全なのは投手でも、投球内容でもなく、この試合のチーム、そのものだ。
パーフェクトの称号は、全力でダイヤモンドを守り抜いた騎士たちと分け合う、見えない勲章なんだと思う。
「やったー、ヨネ!」
終幕の緞帳が降りてきたような闇が、オレを一気に飲み込む。
笑顔の波に埋もれて、もみくちゃにされて、痛いほど、ただ嬉しい。
「おまえなら、やると思ってた」
おまえたちが居なきゃできてねえよ、と。
オレは熱い、熱い心の中で、呟いた。
読んでくださってありがとうございました。
今年の夏も、どこかで完全試合が達成されているかも……
雑誌掲載時、挿絵を描いてくださった方がいたのですが、お礼を言えなかったのが心残りです。雑誌は1回開いただけで、いつの間にか家族に処分されてましてね(苦笑)
絵もよくおぼえてないのですが、この場を借りて──その節はありがとうございました。