表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
パーフェクト  作者: 有羽妃
7/8

4番サード神田

「あと、二人……」


汗を振り払い、スライダー二つで、八番バッターも一気に追い詰める。

最後は、低めへのストレートで三球三振斬りだ、と狙った球。

まさか、逆にそれを狙われているとは思わなかった。

キン、と三塁線を描くように閃いた打球は、すぐにオレの視界の端に消える。

頼むから……

頼むから、ファールラインを切れていてくれと、祈りながら振り返ったオレは、フェアゾーンのどこにも見当たらないボールに、一瞬本気で、祈りが通じて神隠しにあったのかも、と信じそうになる。


ボールを隠していたのは、らくだ色の巨大な手で。

神様は、意外にも、地面に這いつくばっていた。

半信半疑、という顔でグローブの中を探った手が、土汚れのない白球ごと、あらわれる。

塁審が右拳を振り上げた時、オレは、すげぇ、と自分で呟いてる神田の声を聞いていた。


すげくねーオレ、と。

練習中だったら、誰彼構わず捕まえて、大騒ぎしているところだろう。

その姿を、単なるまぐれだろ、と無言で切り捨てるオレも、居たはずだ。

四番打者としての神田は、気味悪いほどの集中力と、異常なまでの勝負強さを持っていて、チームメートから神様神田と讃えられた活躍も、一度や二度じゃない。

ただし、一切、その神経を守備に回そうとはしなくて。

サードに生息するあいつは、オレにとって、神は神でも常に疫病神も同然だった。

オレが何と文句を言っても、ひょろろん、と笑ってすませるし。

そのくせ、劇的な決勝打で、称賛は全部さらっていってしまう。

神田ぐらい、いっしょに野球をやっていて腹の立つヤツは居ない、そう思っていたのに。


球場中の感嘆と注視を浴びながら、見て、と三つの球体を向けた相手は、なぜか真っ直ぐに、オレだった。

沸きたつ応援席や、近くで声をかけるショートに応えるより、まずオレを見たのは。

それが、自分の手柄ではなくおまえのために捕ったボールだからだと、そう言われてるようで。

胸に押し寄せた濁流に、不信もわだかまりもあっけなく飲み込まれていく。


オレに恩をきせるつもりなら、ボールの向こう、二つの瞳に頷き返したとたん、あんなふうに破顔してみせるとは思えない。

確かに、神田の守備は下手で、おまえもう試合に出るなと、そう罵ったこともある。

そういう時、オレとケンカになるのはいつも主将の山野だったから、オレは黙って笑うあいつの心中に、気づくことができなかった。

神田はいつだって、オレの投球に、バットで応えてくれていた。

それは、あいつにしか出来ないことで。

今日、あと一人アウトに取ればこの試合を終わらせ、勝利を手にできるのだって、全部、六回にあいつが放ったツーランホームランのおかげだ。

オレが打席で、呑気に見逃し三振なんてしてられるのは、オレを投球に集中させてくれる、野手たちが居てくれるからなのに。


打たれたら捕手のせい、点を取られたら守備のせい、点を取れなきゃ打線のせいで。

ミスばかり責めて、足を引っ張られたことだけ根に持って、それ以外のマトモなプレーには何一つ、感謝することさえしなかった。

打たれたオレを責めないのは、他の誰も、オレのようには投げられないからだと傲って。

どんな時も自分を許してくれるみんなの優しさに、甘えていた。

本当は、オレをエースと認め、力を信じて、全てを預け、支えてくれていたのだとも知らず。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ