4番サード神田
「あと、二人……」
汗を振り払い、スライダー二つで、八番バッターも一気に追い詰める。
最後は、低めへのストレートで三球三振斬りだ、と狙った球。
まさか、逆にそれを狙われているとは思わなかった。
キン、と三塁線を描くように閃いた打球は、すぐにオレの視界の端に消える。
頼むから……
頼むから、ファールラインを切れていてくれと、祈りながら振り返ったオレは、フェアゾーンのどこにも見当たらないボールに、一瞬本気で、祈りが通じて神隠しにあったのかも、と信じそうになる。
ボールを隠していたのは、らくだ色の巨大な手で。
神様は、意外にも、地面に這いつくばっていた。
半信半疑、という顔でグローブの中を探った手が、土汚れのない白球ごと、あらわれる。
塁審が右拳を振り上げた時、オレは、すげぇ、と自分で呟いてる神田の声を聞いていた。
すげくねーオレ、と。
練習中だったら、誰彼構わず捕まえて、大騒ぎしているところだろう。
その姿を、単なるまぐれだろ、と無言で切り捨てるオレも、居たはずだ。
四番打者としての神田は、気味悪いほどの集中力と、異常なまでの勝負強さを持っていて、チームメートから神様神田と讃えられた活躍も、一度や二度じゃない。
ただし、一切、その神経を守備に回そうとはしなくて。
サードに生息するあいつは、オレにとって、神は神でも常に疫病神も同然だった。
オレが何と文句を言っても、ひょろろん、と笑ってすませるし。
そのくせ、劇的な決勝打で、称賛は全部さらっていってしまう。
神田ぐらい、いっしょに野球をやっていて腹の立つヤツは居ない、そう思っていたのに。
球場中の感嘆と注視を浴びながら、見て、と三つの球体を向けた相手は、なぜか真っ直ぐに、オレだった。
沸きたつ応援席や、近くで声をかけるショートに応えるより、まずオレを見たのは。
それが、自分の手柄ではなくおまえのために捕ったボールだからだと、そう言われてるようで。
胸に押し寄せた濁流に、不信もわだかまりもあっけなく飲み込まれていく。
オレに恩をきせるつもりなら、ボールの向こう、二つの瞳に頷き返したとたん、あんなふうに破顔してみせるとは思えない。
確かに、神田の守備は下手で、おまえもう試合に出るなと、そう罵ったこともある。
そういう時、オレとケンカになるのはいつも主将の山野だったから、オレは黙って笑うあいつの心中に、気づくことができなかった。
神田はいつだって、オレの投球に、バットで応えてくれていた。
それは、あいつにしか出来ないことで。
今日、あと一人アウトに取ればこの試合を終わらせ、勝利を手にできるのだって、全部、六回にあいつが放ったツーランホームランのおかげだ。
オレが打席で、呑気に見逃し三振なんてしてられるのは、オレを投球に集中させてくれる、野手たちが居てくれるからなのに。
打たれたら捕手のせい、点を取られたら守備のせい、点を取れなきゃ打線のせいで。
ミスばかり責めて、足を引っ張られたことだけ根に持って、それ以外のマトモなプレーには何一つ、感謝することさえしなかった。
打たれたオレを責めないのは、他の誰も、オレのようには投げられないからだと傲って。
どんな時も自分を許してくれるみんなの優しさに、甘えていた。
本当は、オレをエースと認め、力を信じて、全てを預け、支えてくれていたのだとも知らず。