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パーフェクト  作者: 有羽妃
5/8

キャッチャー中村

「言っとくけど。オレは完全試合なんか狙ってねえからな」


踵を返しかけた体にそう告げると、いつも落ちつき払った顔が、ふと笑みにゆがむ。


「ああ。おまえは、目の前のヤツを片っ端から返り討ちにしてやるだけだろ」


もう、一年近く、ほとんど二人きりでボールと意思を通わせ続けた相棒は、当たり前みたいに応じて、オレの左肩をひとつ、ミットで打った。


「俺はこれをど真ん中に構えてるから、おまえは自信もって、全力で投げ込んで来い」


エースを乗せる、甘いセリフ。

ただ、その後に、平然と変化球のサインを出してくるのが、中村の曲者なところで。

オレは、確かにベースの真上に構えられたミットに目を据わらせながら、サギだ、と呟く。

そこを目掛けて、スライダーを投げろってことは、つまりは内角攻めじゃねえか。

自信もって、全力で、バッターに投げ込む球といったら、ふつうはどストレートだろーが!


気に食わないサインなら、首を振って要求を拒否する権利が、投手にはある。

バッテリーを組んだ当初、オレはその権利を行使することに、何の躊躇いもなかった。

ボールを投げるのはオレなんだから、オレが投げたい球を投げたいように投げて、何が悪い。

実際、そう言って、中村と掴み合いのケンカになったこともある。


オレが考えを改めたのは、サインに首を振って投げたストレートをスタンドに運ばれて負けてしまった、秋の新人戦。

打たれた事実より、みんなの前で悪いのは自分だと頭を下げた中村の方が、オレには衝撃で。

その時、投球はバッテリーの共同作業なんだと、痛感した。

自分が、どういう意図でそのサインを出しているのか、理解し、信頼してもらえていないから、こいつは首を振ったんだと言った。

自分が、自分の判断に絶対の自信がないから、首を振るこいつに別のサインを提示してしまったんだ、と。

そう言われて、誰が、ただのわがままなんて通せるだろう。

中村の判断が、百パーセント正しいかなんて知らない。

でも、打たれたら、自分が責任を負うんだろうこいつなら、知ってるから。


「ストライク!」


内角に切れ込むスライダーで腰を引かせて、外角の速い球でファールを誘う。

手を出して欲しかった膝元へのボールは寸でのところで見送られて。

フルカウントからの、六球目。

真ん中低めを要求するスライダーは、滑る球ではなく、沈む球をよこせということ。

今日初めて投げるオレのウイニングショットにつられ、ストライクゾーンの真ん中を振り抜いたバットは、ボールをかすることなく、バッターボックスの外に着地した。


マウンドを駆け降りたオレに、寄ってきた中村が無言でミットを差し出す。

すこしよけいに日焼けしたような茶のグローブをそれにぶつけて、オレたちは似たような笑みを作り合った。


最終回の攻撃は、さっきは回ることなく終わった、三番、山野からの打順。

クリーンアップの三人で追加点を奪おう、と監督はハッパをかけていたけど、オレは、ベンチの最前列にできた数字の羅列を、日の当たらない場所からぼんやりと眺めていた。

歓声も、応援も、陽射しも、何だか壁一枚隔てた、別世界のことのように思える。


ああ、もしかしたら。

完全試合目前なんて、寮のベッド、朝の二度寝で見ている浅い夢なのかもしれない。



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