セカンド金森
べつに、オレは、ただ全力で、目の前の敵に向かっていくだけだ、と手の中のボールに言い聞かせた。
読み取った中村のサイン通り、厳しいコースを狙って、挑発の刃を突きつける。
それが、オレのピッチングスタイルだ。
野球は、力と力をぶつけるものじゃない。
才能や、理論だけでやるものでもない。
ぶつけ合うのは、お互いが磨きをかけた、技術と技術。
そして、持てるものを出しきるだけの集中力が、勝負の行方を決めていく。
二球目の、低めのボール球を引っ掛けたバットが、頭から力なくファールラインの向こうに転がった。
オレの左を勢いよく抜けていったボールが、セカンドのなめらかなフィールディングによってファーストへと送られた時。
まだ、五番バッターの一塁ベースへの道のりは、三分の一ほど残っていただろうか。
セカンドの守備範囲に転がったゴロは、打たれたものじゃなく、打たせたものだ。
うちのチームに、二年生の時から守備を買われてレギュラー入りしていた金森より多く、ノックを受ける野手はいない。
人よりもはるかに少ない確率のミスだって、ドンマイの一言で片づけたりは決してせずに、次の試合まで居残り練習を続けて、オレからの信頼を取り戻そうとする。
だから、いつだって自信をもって、オレは金森に大切な打球の処理を任せてきた。
くり返せばいいことは自分にも出来るから、そう、金森は笑って言う。
才能では打球を飛ばせないから、百発百中のバントでカバーするしかないんだと、苦笑してみせて。
どうしたら狙いどおりにボールを転がすことができるのか、唯一、オレにもサインが出される送りバントのコツを、惜しむことなく、何度も何度も教えてくれた。
内野を一周したボールが、オレの元まで戻ってくる。
屈託のない笑みで、ツーアウト、と合図をよこす金森に、オレはグローブごと左手を上げて応えた。
正午を過ぎたばかりの陽射しに、容赦なんて言葉はどこにも見当たらない。
腕に張りついた、濃紺のアンダーレイヤーで額を拭って、ロージンバッグを拾い上げる。
指先ではね上げると、白い粉がサッと風に泳いでいった。
それにしても、脳味噌が煮えそうなほど、暑い。
キャッチャーマスクの向こう、サインを出す中村の頭はちゃんと働いているんだろうな、と疑わしく思えてくる。
「ボール」
左バッターの外角いっぱい、を狙ったボールは、わずかにストライクゾーンを外れた。
「ボール、ツー」
言われるまでもない。
今度は、慌ててキャッチャーが立ち上がるほどの、超ハイボール。
返球を待つオレに、何やら球審を振り返ってから、中村ごとボールが駆けてきた。
「……なんだよ」
ちょっと手元が狂っただけだろ、いちいちタイムなんか取ってんじゃねえよ、と怒るのも体力の無駄だと思えるくらい、暑い。
「ヨネ。大丈夫だ」
何がでしょうか、と思わず聞き返したくなってしまう。
マウンドにやって来たこいつのセリフは、いつも決まってそれだ。
理屈も、根拠も何もなく、ただその一言を置いて、帰っていく。
こいつは、たぶん誤解してるんだろうけど。
タイムの後、オレのピッチングが蘇るのは何も、あんな言葉でその気にさせられるからじゃない。
大丈夫じゃなかったら全部おまえのせいだと、開き直ってやるからなのに。