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パーフェクト  作者: 有羽妃
4/8

セカンド金森

べつに、オレは、ただ全力で、目の前の敵に向かっていくだけだ、と手の中のボールに言い聞かせた。

読み取った中村のサイン通り、厳しいコースを狙って、挑発の刃を突きつける。

それが、オレのピッチングスタイルだ。


野球は、力と力をぶつけるものじゃない。

才能や、理論だけでやるものでもない。

ぶつけ合うのは、お互いが磨きをかけた、技術と技術。

そして、持てるものを出しきるだけの集中力が、勝負の行方を決めていく。


二球目の、低めのボール球を引っ掛けたバットが、頭から力なくファールラインの向こうに転がった。

オレの左を勢いよく抜けていったボールが、セカンドのなめらかなフィールディングによってファーストへと送られた時。

まだ、五番バッターの一塁ベースへの道のりは、三分の一ほど残っていただろうか。


セカンドの守備範囲に転がったゴロは、打たれたものじゃなく、打たせたものだ。

うちのチームに、二年生の時から守備を買われてレギュラー入りしていた金森より多く、ノックを受ける野手はいない。

人よりもはるかに少ない確率のミスだって、ドンマイの一言で片づけたりは決してせずに、次の試合まで居残り練習を続けて、オレからの信頼を取り戻そうとする。

だから、いつだって自信をもって、オレは金森に大切な打球の処理を任せてきた。

くり返せばいいことは自分にも出来るから、そう、金森は笑って言う。

才能では打球を飛ばせないから、百発百中のバントでカバーするしかないんだと、苦笑してみせて。

どうしたら狙いどおりにボールを転がすことができるのか、唯一、オレにもサインが出される送りバントのコツを、惜しむことなく、何度も何度も教えてくれた。


内野を一周したボールが、オレの元まで戻ってくる。

屈託のない笑みで、ツーアウト、と合図をよこす金森に、オレはグローブごと左手を上げて応えた。


正午を過ぎたばかりの陽射しに、容赦なんて言葉はどこにも見当たらない。

腕に張りついた、濃紺のアンダーレイヤーで額を拭って、ロージンバッグを拾い上げる。

指先ではね上げると、白い粉がサッと風に泳いでいった。

それにしても、脳味噌が煮えそうなほど、暑い。

キャッチャーマスクの向こう、サインを出す中村の頭はちゃんと働いているんだろうな、と疑わしく思えてくる。


「ボール」


左バッターの外角いっぱい、を狙ったボールは、わずかにストライクゾーンを外れた。


「ボール、ツー」


言われるまでもない。

今度は、慌ててキャッチャーが立ち上がるほどの、超ハイボール。

返球を待つオレに、何やら球審を振り返ってから、中村ごとボールが駆けてきた。


「……なんだよ」


ちょっと手元が狂っただけだろ、いちいちタイムなんか取ってんじゃねえよ、と怒るのも体力の無駄だと思えるくらい、暑い。


「ヨネ。大丈夫だ」


何がでしょうか、と思わず聞き返したくなってしまう。

マウンドにやって来たこいつのセリフは、いつも決まってそれだ。

理屈も、根拠も何もなく、ただその一言を置いて、帰っていく。

こいつは、たぶん誤解してるんだろうけど。

タイムの後、オレのピッチングが蘇るのは何も、あんな言葉でその気にさせられるからじゃない。

大丈夫じゃなかったら全部おまえのせいだと、開き直ってやるからなのに。



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